川崎賢子のレビュー一覧
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国書刊行会の8月の本で『黄泉から』を読んだことや、別の作家のエッセイの中に度々登場していたため存在は知っていた久生十蘭。彼の小説の美技に魅せられた読者を『ジュウラニアン』とか『ジュラニアン』と呼ぶらしい。
厳選された短編集ともあって読み応えがあり、特に『黄泉から』、『泡沫の記』、『白雪姫』はとても幻想的だと思いながら読んだ。『予言』などは現実と夢の境界が曖昧になり読者が迷路に迷い込んでしまい、解説にもある通り泉鏡花をモダンに洗練したよう。夢野久作のような一人称語りの書き方が好きなので『猪鹿蝶』も楽しく読んだ。 15の短編が収められているが、ほとんどに共通しているのはどれも『死』を描いており、どこか仄暗い印象を受ける。それが幻想的な効果を強くしていて、私は結構好みだと思った。 -
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初めて読む作家。
何かで紹介されていて興味を持ったか、購入して積読になっていた。
買っておいて良かったと思う。美文である。
初出はほとんどが終戦から5〜6年のもの。
まだ戦争の傷が癒えない時期で、戦争がらみの物語も多い。死が身近である。
悲劇的な話多く、伝奇的な要素もあるが、おどろおどろしさは感じられず、透明感がある。
描かれていることは無惨なのに、なぜか美しい。
『母子像』なども、戦時中サイパンでの日本人の悲劇はあったが、物語の中の本当の地獄はそこではないところにある。
『白雪姫』では、氷河のクレバスに落ちた女性の遺体が20年以上の歳月を経て生前のままの姿に凍り付いて出てくる。性悪な女だったが、魂は洗われ、男の胸の憎しみも長の年月に消え、浄化されたような結末だ。
ギャンブルにのめり込み、確立の研究に人生を費やす『黒い手帳』は、呆れるほどの執念に恐ろしさと同時に滑稽を感じる。
なかなかそこら辺にはない作品の数々だと思う。
先が知りたくてストーリーばかりを追ってしまったが、地の文章をもっと味わわなくてはと思った。
編者による解説は難しく、ほとんど研究者向け。
一般人としては、物語をただ味わいたい。 -
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左川ちか(1911.2.14~1936.1.7)
北海道出身の詩人。
19歳で最初の詩「昆虫」を発表。
え!?これが最初の詩なの?
さぞや詩壇は沸いたことだろう。
けれど病に倒れ、24歳で亡くなった。
knkt09222さんのレビューから読みたくなり、すぐさま購入。
表紙も素敵だった。
よくよくレビューを拝読してから挑んだのだけど、難しかったなー。
ただ、突如放り込まれる冷徹さにドキリとさせられる。
「青白い夕暮れが窓をよぢのぼる。
ランプが女の首のやうに空から吊り下がる。」
であるとか、
「夕暮が遠くで太陽の舌を切る。」
であるとか、
「その時私の感情は街中を踊りまはる
悲しみを追い出すまで。」
であるとか、
鋭い感性に心が揺さぶられる。
左川さんは見たこともないような切り口で、情景を切り取る。
幾つかの詩の"踊る"とか"まわる"、"ステップを踏む"という文字が目に留まる。
足掻きながらも懸命に"生きること"を"踊る"と表現しているのだろうか。
踊り狂うことで、"生"を実感しているような。
加えて、緑色と青色が沢山登場する。("殻"も何度か登場する)
別の資料で、左川さんは"視力が弱くて、春先は必ず眼をいためて通院していた"と知った。
それについては『暗い夏』でご本人も明記している。
弱い視力で見渡す緑や青の世界は、彼女に様々な別の景色を見せたことだろう。
けれど時にそれら緑や青の押し寄せる波に、左川さんは溺れそうに見える。
緑と青の関係は………?
調べると、色弱の人は緑色が見えにくくても青色は認識できるとのこと。
「両側の硝子に燃えうつる明緑の焔で私たちの眼球と手が真青に染まる。」
とは、そのことか?
『暗い夏』は少しだけヒントを与えてくれたけれど、まだまだ分からない。
『春』
「亜麻の花は霞のとける匂がする。
紫の煙はおこつた羽毛だ。
それは緑の泉を充たす。
まもなくここへ来るだろう。
五月の女王のあなたは。」
冷徹な表現がないこの詩にホッとしてしまい、初めは美しく穏やかな春の光景だと思っていたが、違うのだろうね。
だって前述を踏まえると、
春がくれば眼が悪化して緑は認識できなくなってしまう。
きっと紫も。
女王の権力は絶対的だ。
猛威を振るう女王に逆らうことは出来ず、
ハッキリと認識出来るのは黄色や青色、茶色になってしまう。
そのことを詠った詩に思えてきた。
春になると見えなくなる緑色。
視界の中で存在感を増す青色。
だからこそ、彼女の詩には意識的に緑や青が多く登場するということか?
Wikipediaには"死や衰えのメタファーを用いるのが特徴"とあった。
例えば、
「料理人が青空を握る。四本の指あとがついて、次第に鶏が血をながす。ここでも太陽はつぶれてゐる。
たずねてくる空の看守。日光が駆け出すのを見る。」
などがそれにあたるのか。
これらのフレーズは『死の髯(ひげ)』と『幻の家』とで繰り返される。
『幻の家』が改作とのことだが、刊行者の覚え書によると「思うところあって二者とも収載した」とのこと。
『海の天使』と『海の捨子』でも、また別のフレーズが繰り返される。
こちらも改作なのだろうか?
"私"と詠まれている詩もあるが、"彼女"や"少女"という言葉が使われている詩も多々ある。
"彼女"や"少女"も左川さんのことではあるのだろうけれど、三人称を使うことで、彼女たちは左川さんの代弁者として詩の中に存在するのか?
先日読んだ宮沢賢治の詩は、リズミカルだった。
声に出して読みたいくらいに。
左川さんの詩は、リズムを保たない。
だからその分、私は1つ1つの言葉を噛み締めるようにしっかり読んだ。
これが本当に19歳~24歳の女性の詩なのかというくらい、
成熟した人間を思わせる詩だった。
中澤系の歌集を読み終えた時にも似た、すごいものを受け取ってしまった感。
『詩集のあとへ』という百田宗治さんの文章の、「林檎の枝はみな左川ちかのように天の方に手を延ばしている」という文章も良かったな。(こちらは百田さんの言葉)
川崎賢子さんの解説の中で、左川さんが恋心を抱いていた相手が、お兄さんの親友であり文学上の師でもある、伊藤整さんだと知った。
失恋したのは彼に対してなのかな?
また左川さんの『海の捨子』だが、
伊藤整さんの詩に『海の捨児』があることも知る。
すごいな。
師に真っ向から挑んでる。
また、"殻"についても解説で触れられていた。
"精神と身体の二元論。み(身・実)の側面と、から(空・殻)を内包するからだとしての側面"とのこと。
この解説、全体的にすごかった。
充実の内容。
最後に読んだ方がいいとは思うが、解説を読むと改めて詩集を読み返したくなる。
疑問符ばかりのレビューとなってしまったけど、とても好きな詩集となった。
読み返す度に深みを増していく自分でありたい。
以下、好きな表現を幾つか。
「人々は空に輪を投げる。
太陽等を捕らへるために。」
「刺繍の裏のやうな外の世界に触れるために」
「春が薔薇をまきちらしながら
我々の夢のまんなかへおりてくる。」
「夢は切断された果実である」
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文芸・演劇評論家、川崎賢子セレクト、
主に戦後に発表された久生十蘭の短編選集。
作品のテーマ・雰囲気に合わせて
自在に文体を変えているが、どれも見事。
個人的には終戦直後の作、
どことなく内田百閒に似たテイストの
「黄泉から」「予言」など、
少し素っ気ない感じの話が特に好み。
何となくいい雰囲気を醸して上手いこと誤魔化す、
みたいな姑息な手を使わず、
鋭い観察眼と深い洞察力で人間の心に切り込み、
その断面を覗かせるような描き方が素晴らしい。
女の読者に、
登場する女性キャラクターを愛らしい、
愛おしいと思わせる手腕たるや……(茫然)。
三一書房『中井英夫作品集Ⅸ「時間」』自作解説にて
「他人(よそびと)の夢」で
> 久生十蘭の「姦」を模した電話のお喋りで繋げた
部分への言及がある(p.513)が、
この本に収録された「猪鹿蝶」というのが
「姦(かしまし)」の元のタイトルだそうだ。
電話での話題に立ち現れ、
当人のマシンガントークを冷笑するかのような、
優雅な客体の涼しい佇まいが小気味いい。 -
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戦後に発表された久生十蘭短編集。
作者の目線は冷静であり、しかし熱狂も感じる。時代柄戦時中から戦後の悲惨さ、高揚、異様さがごく自然に当時の感覚で語られる。後の時代の研究者がいくら戦時中を考察しても敵わない生の感覚。
小説の筋構成も見事ながら、読んでいる時は本当に読書の愉しみを味わえる作家だ。
作品のいくつかは初めにコトの結末(誰が死ぬとか)を提示するので外連味たっぷり、まさに「つかみはばっちり」それから一連を振り返る構成で、終わりはバサッと幕を降ろす。それが余韻を残す場合もあれば、もう少し説明がほしかったなと思われるものもあり。
着物と食べ物の描写が秀逸かつテンポが良い。漢字の使い方が絢爛でさらに振られたルビがなんとも蠱惑。目で楽しむ小説家でもありますね。
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戦時中に若くして亡くなった従妹を思い出し、降霊術の真似事をする主人公の目の前に示された従妹の思惑。
主人公が自己中心的人物なので、悪い終わり方を想像してしまったのですが、なんとも不思議な優しい余韻を残す作品でした。
派遣された南方に降る雪、戦場で死んだ弟子たちの魂と宴会する師匠、何とも印象的な描写です。
/「黄泉から」
その男の恨みを買った者は予言通りの死を迎える。ある男が予言を辿るありさま。
/「予言」
隣の庭から飛来する鶴をひねって鶴鍋をやります、付き合ってください。
突然の申し出に興味を覚えて同行する主人公。
はたして鶴鍋の真意は。
/「鶴鍋」
後白河法院政のもと執り行われた死罪、事件の顛末。
この短編集の中でもより深く印象的だった作品。
イタリアの実際の事件を日本に置き換えたものですが、描写があまりに見事で途中までは史実の小説化かと思った。
殺害された男の非道な人格描写が強烈で、その非道さのために小説の人物としては抜きんでた印象を持たせられている。
”星屑ひとつ見えない暗い夜で、どこも深い闇だけであった”
「無月」とは凶事の行われた月の出ていない暗闇の夜でもあり、辛く悲惨な正と死を迎える死刑者の人生そのものでもある。
/「無月物語」
ある目的から同宿の男を殺そうとする夫婦。そして主人公はただその傍観者になることに決めた。殺害者と狙われた者の間の奇妙な気持ちの揺れ。
/「黒い手帳」
ルードウィヒ二世の晩年を振り返った考察
/「泡沫の記」
同じザイルで繋がれた夫が助かり妻は死んだ。愛情とは程遠い感情を互いに持つ二人の間で死に直面した瞬間に現れたある種の愛情。
”ひどい女でしたが善も悪もひっくるめて、それが人間というものなので、死んでくれてよかったなどとはいちども思ったことはありません。それどころか、ハナに出逢わなかったら、この世の人間の玄妙さというものをつくづくと感じることもなくすんでいたろうと思っています。”
/「白雪姫」
戦時中にスパイ行為で虐殺を導き死刑に処せられた「マリポサ(蝶)」と呼ばれた日本人がいた。
決して死ぬことのない任地へ送られた深窓の若旦那の生還の秘密、その後の精神の彷徨い
/「蝶の絵」
交通事故を「証拠の残らない殺人」と言い張る女。殺人?の顛末。
こればっかりは幕引きがあっさりしすぎ。結局その後どうだったんだと気になる。
/「雪間」
親戚の留守宅に住む主人公。敷地内の雑木林で行われている闘鶏を覗き見て感じた人生の大事。
初めは世間とちょっとずれたくらいに呑気な主人公の生活描写で今後小説として語るべき事が起こるのか?と思っていたら、臨場感溢れる描写となり、そして人生の機微まで示される。
ここにも一大事があった。「春の山で、一羽の軍鶏が涙を流しながら死んだ」
/「春の山」
二人の女の姦しい電話の会話から展開するある出来事。
親からもしようもない娘と語られる女のしたたかな度胸と、高みに立ったつもりでちょろちょろしている女二人の賑やかさ。うん、女だ。
/「猪鹿蝶」
老いた母親が親愛を込めて語る息子の姿。
息子の不始末を悟る母の愛と直感。
これまたラストの一文が気になる、がここでバスっと止めたのが小説として完成されているんでしょうね。
しかしこの題名は「気まぐれ」とかを意味し、ドヴォルザークの作品が連想させられるのですが、内容とどう連携するのかが今一つわからず。
/「ユモレスク」
少年はなぜ連行されたか。
聖母子像ではない、正反対の母子像。戦地の悲惨さと少年の歪むほどの母への慕情。
これはきつい。久生十蘭の小説ではたまにどうしようもなく救いようもないただ心にドスンといつまでも落ちているようなきつさがあります。
/「母子像」
母を亡くしたオールドミスの知った真実と微かな悦び
/「復活祭」
「この戦争で死ななくともすんだ若い娘がどれほど死んだか。(…)死んだものにはもうなんの煩いもないのだろうが、生き残ったものの上に残された悲しみや憂いは、そうかんたんに消えるものではない」(P372)
「娘らしい楽しさも味合わず、人生という盃からほんの上澄みだけを飲んだだけで、つまらなくあの世へ行ってしまった。」(P373)
青春を戦争に台無しにされ消えるように死んだ娘は、死ぬ直前にクリスチャンの洗礼を受けた。
生と死が当たり前すぎた時代だからこそ生まれた生死を超えた充足があったことを識る。
言葉も交わさず、手も握らず、同じ平面に立ったことのない相手との精神的な結婚。彼女の精神はどれほど満ち足りていたか。
/「春雪」
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巻末の解説で、久生十蘭と中井英夫の父が交流があったと書かれていました。中井英夫は「ジュウラニスト」で、「虚無への供物」に出てくる女性「久生」は十蘭からとったということですが(「虚無への供物」の後日談の短編、登場人物たちが言っていた)父の代からの交流でファンだったんですね。 -
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りんごは赤くて丸い果実に決まっているという現実的な見方よりも、置いた場所によって変わる色合いや、実は赤くないかもしれないことや、切らなきゃどんな中身なのか分からないことの方が大切なんだと思わせてくれる。
周りの自然現象や、自分の感情を楽しく、空想的に捉えても良いのだなと、読んでいて楽しく感じました。
若くて瑞々しい感性に惹かれます。
ちかさんは早くに旅立ってしまったけど、遺された詩が彼女自身で、昔の女性の、今より役割や、らしさが重視されていただろう中で、本当の自分はこうなんだ、と生き生き語っているような詩が魅力的です。
最後の方に記載されている小文は、特にこれからも大事に読んでいきたいと思いました。
難しい時もあるけど、余白を感じる心を大事にできたら良いなと思いました。
景色、物事、感情など、身の回りにあるものを直線的に伸ばしてみたり、平行線や垂直線を引いて拡げて見るような感覚の世界。
そんな風に、少し視野を広げて読書したり、生きていけたらなぁ、と思います。
完成された世界よりも、たとえ破綻していても将来性を感じるものの方に魅力を感じるという考えに勇気づけられました。 -
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ネタバレ島田龍・編の「全集」が書肆侃侃房で刊行され話題になった1年後、文庫で出た。
岩波文庫なので、印象としては「列聖した」感じがするが、多くの研究者のタマモノなのだろう。
本書、編者は川崎賢子で、津原泰水界隈で知った人。
前年の島田龍への言及が、解説に一切ない(定本は2010年森開社版、とのみ)ので、ギョーカイ的になんかあるのかしらんと邪推。
読む前はぼやーっと、久坂葉子とか少女趣味とかかしらん、と早とちりしていた。
が、厳しく冷たい言葉遣いに、ガツンとやられた。
現代詩に疎いものだが、先日、「一九二〇年代モダニズム詩集 稲垣足穂と竹中郁その周辺」という本を読んだところ。
で、佐川ちかの詩ってモダニズムで言及されるらしいが、前記”神戸モダニズム”とは全っ然違うんだな、という感慨を抱いた。
知っている人には当然だろうが自分のためのメモなので。
たとえば「青い馬」の中盤にて、
「テラスの客等はあんなにシガレットを吸ふのでブリキのやうな空は貴婦人の頭髪の輪を落書きしてゐる」と、いかにも足穂っぽい語彙が散見されるが、前後は全然「っぽく」ない。
だいいち、冒頭が「馬は山をかけ下りて発狂した」だし、そもそも足穂っぽい語彙ってそこだけだし。
むしろ、吉本隆明や谷川俊太郎が、急に冷酷な言葉遣いをして唖然とさせらるときを、思い出した。
あるいは、吉田一穂の「母」における「あゝ麗はしい距離〔デスタンス〕、/
つねに遠のいてゆく風景……//悲しみの彼方、母への、/捜り打つ夜半の最弱音〔ピアニツシモ〕。」
のような、短い詩を連想。
北海道という共通項だけではなかろうが、
世界と、それを認識するために頼らなければならない言葉との関係。
言葉を削ぎ落したり、付け加えたり、を繰り返す中で、言葉の連なりが別の風景を見せたり、世界の持つ「説明以上の」意味がぽかっと浮かんできたり、するような言語活動そのものが、詩文に現れる瞬間を、動きの中でつかまえてみせた、というような。
同じく短めの詩ということで愛好するのは中井英夫だが、中井の紡いだ語彙は、佐川を前にすれば「甘々」だ。
山尾悠子が、集成だったか、手元にないので適当だが、デビュー当時を思い出した感想として、片仮名混じりで「私ハ少シモアナタタチトハ似テイナイ」と思っていた、という一文があったが、それを連想した。
以上、既知の名でしか整理しきれない、理解のステップにならない、すごいコトバの連なりが、いくつも集まっている本だ。
具体的には、「私は人に捨てられた」とか「私は生きてゐる。私は生きてゐると思つた」とか、今まで聞いたことがあるし、一文だけ抜き出せばあれこれ意味づけできそうな文が、その前に空前絶後の文が提示されているので、「すごい」としか、言えない。
あとは数行だが、「1.2.3.4.5.」とか、仮に暗記して暗誦しても、記憶者・暗誦者の所有物にはならない、はみでる言葉そのものだ。
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左川ちか(1911-36)は昭和初期のモダニズムを駆け抜けた女性詩人。日本近代詩の隠された奇蹟とされた。「緑」「植物」「太陽」「海」から喚起する奔放自在なイメージ、「生」「性」「死」をめぐる意識は、清新で全く独自の詩として結実した。爽快な言葉のキーセンテンスは、読む者を捉えて離さない。初の文庫化。
目次
詩篇
昆虫
朝のパン
私の写真
錆びたナイフ
黒い空気
雪が降つてゐる
緑の焰
出発
青い馬
緑色の透視
死の髯
季節のモノクル
青い球体
断片
ガラスの翼
循環路
幻の家
記憶の海
青い道
冬の肖像
白と黒
五月のリボン
神秘
蛋白石
夢
白く
緑
眠つてゐる
The mad house
雲のかたち
風
雪の日
鐘のなる日
憑かれた街
波
雲のやうに
毎年土をかぶらせてね
目覚めるために
花咲ける大空に
雪の門
単純なる風景
春
舞踏場
暗い夏
星宿
むかしの花
他の一つのもの
背部
葡萄の汚点
雪線
プロムナアド
会話
遅いあつまり
天に昇る
メーフラワー
暗い歌
果実の午後
花
午後
海泡石
夏のをはり
Finale
素朴な月夜
前奏曲
季節
言葉
落魄
三原色の作文
海の花嫁
太陽の唄
山脈
海の天使
夏のこゑ
季節の夜
The street fair
1.2.3.4.5.
海の捨子
詩集のあとへ(百田宗治)
左川ちか詩集覚え書
左川ちか小伝
補遺
墜ちる海
樹魂
花
指間の花
菫の墓
烽火
夜の散歩
花苑の戯れ
風が吹いてゐる
季節
小文
Chamber music
魚の眼であつたならば
春・色・散歩
樹間をゆくとき
校異
解説(川崎賢子)