宇都宮直子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
加害者、被害者、支援者、記者、様々な立場から事件について書かれていた。それでもやっぱりりりちゃんというキャラクターに惹かれてるところが大きかった。著者自身もりりちゃんにひっぱられ、これまでの記者人生のモットーを曲げてしまった、しかもそれに気づけなかったと書いていてやっぱりどこか魅力がある存在だったのだなと思った。過去のDVなどの影響で、ホスト狂いになってしまい、ホストに使うためにおじを騙すという悪循環だなと思った。それと同時にマニュアルが沢山売れたというのは、同様の状況に置かれいている人が多くいたんだろうなと思った。今回の事件がきっかけで風営法などが改正されたんだと思うが、一概にホストが悪いとは言いきれないなと思った。りりちゃんが求めていたのは誰かからの承認欲求というか、無条件の肯定、それにより自己肯定感がついていればこのような事件は起きていなかったのかなと思う。多くの人が父親母親から愛情を受けるのに対して、それを受けれなかった人、今でも多くいると思うし、そのような人にどうやって気づいて、どうやって手を差し伸べればいいのだろうと思った。また、映画を作ろうとしていたひとがいっていた、ターゲットがおじじゃなくても成立しているマニュアル、弱っている人に漬け込んでいるマニュアルというところも心に刺さった。いつでも犯罪のターゲットにされるのは色々な意味で弱者の人だと思う。それを思うと今回の事件は妥当だったのかなと思う。犯罪を0にするのは無理だと思うし、理想論としてはなって欲しいが、その意味で見せしめじゃないが、そのような役割で使われたのかなと思う。被害者も悪いだろう、気づくやろうーとは思ったがターゲットにされていたのは身寄りがない人だったので相談もできないならなりうるのかなと意見が変わった。また、作中で語られた、キャラクターを作り上げてしまったことでりりちゃんが辞められなくなったのではという仮説が興味深かった。多くの人が周りからの見られ方を気にするし、関わる人によって態度を変えると思う。仕事や家庭、友達の前では多少キャラクターが違うと思う。りりちゃんは多くの人にりりちゃんというキャラクターを求められていて、これまで求められてこなかった人生にはそれが生き甲斐だったのかなと思った。なので、出所した後はりりちゃんではなく1人の人間として関わってくれる人と出会えたらいいなと思った。りりちゃんも、それに巻き込まれた人が良い人生をこれから歩んで行けたらいいなと思った。
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購入済み
あとがきの、「地獄に行く連中は自ら進んで地獄に行くのです。地獄が大好きだから」の引用された言葉がすごく印象的だった。歌舞伎町は普通の街とは違う。例え外から見て地獄でもそこに行くしかなかった子達や、自ら進んで行く子も、地獄とは思わず天国のように感じて身を滅ぼしてる。とても面白かったです。
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Posted by ブクログ
りりちゃん、かわいいりりちゃん。
YouTubeを全部見ていて、有料noteも読んだ。
パワーがあって、失うことを恐れず狂える女の子が本当に好きで、憧れで、りりちゃん、刑務所、そこは狭い。
女の子に優しくされたら困ってしまう感覚
本当にわかってしまって苦しかった。
彼女は被害者でも良いのではないか、思ってしまう。
どうにか幸せになって欲しい。許されて欲しい。
人間、寂しいと外にばっかり居場所を求めてしまう
大丈夫じゃなくても、大丈夫だし、
大丈夫になったとしても、大丈夫なんだよ、
と伝えたい。
そのままで愛されても大丈夫なんだと。
気持ち悪いかもしれないけど、それくらい感情移入をしてしまった。
最後の方はきっと冬で、
もう寒くなければいいなと思う。
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Posted by ブクログ
なかなか感想が書けなかった。消化不良というわけではないけど、表現が思考がまとまらないというか。それくらい衝撃的な作品だった。
「親ガチャ」という言葉。これを使う人間がどれくらいの意味、重みを持たせているかわからないけれど、玩具のガチャよりも可能性を定量化することは非現実的で。でも、確かに組み合わせの運みたいなものはあるとも思えて。
翻って親からすれば「子ガチャ」だってあるし、その親だって親ガチャを経験しているわけだから、その言葉で本気で良し悪しを表現してはいけないと感じた。
じゃあ祖父母の代から伝わる、時にありがたく時に忌まわしい運命というのか、自身を意味付けていく経験やそこから受ける感情とは何なのだろうか。
子に焦点を当てれば親に頼れない時、それも経済的とか関係性とか望まずに獲得してしまった状況において、何に縋ってどうなっていくことが「あるべき」なのか。
親に焦点を当てれば、親らしくなれない時、それは更に親から与えられた状況を恨みながら、反面教師的に振る舞うことも出来ない人間は、ただ「親なのに」と否定されるしかないのだろうか。
多様性という表現では整理がつかない事件。りりちゃんの被害を受けた方はとても辛く苦しい思いをしていることは間違いない。
というか苦しい人しか登場していない気がする。
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京アニ事件の「自分は「底辺の人間」です」を読んだ時より響くものがあった。
こういう本を読みたくなる自分は傲慢なのでは、という疑念も生まれた。
それではどうぞ聴いてください、RADWIMPSで「筆舌」。 -
Posted by ブクログ
693
これ読んで今まで何でホストなんかにハマるの?みたいに面白おかしく思ってたんだけど、ホストにハマる女性は、普通に愛されてなかったりとか、中学生の頃に実のお父さんを探し続けて家出した子とか生い立ちがやっぱり普通じゃないんだよね。凄く可哀想だなと思った。子供の頃に普通に満たされていればこういうのにハマらなかったわけだから。私は子供にごく普通の愛を与えられなかった親を憎んだし、怒りを覚えた。
ホストクラブって最初は破格に稼ぐ芸能界にいる女性たちが客だったんだけど、それに普通の稼ぎしかない客として一般の女性が入り込んだことによって、トーヨコ売春問題とかになったらしい。
宇都宮直子
ノンフィクション作家、エッセイスト。医療、人物、教育、スポーツ、ペットと人間の関わりなど、幅広いジャンルで活動。フィギュアスケートの取材・執筆は二〇年以上におよび、スポーツ誌、文芸誌などでルポルタージュ、エッセイを発表している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
『アイスダンスを踊る 集英社新書』より
そもそも、十数年前には、地位や名声がある女性がホストクラブに通うことは、一種の「ステイタス」として見られていた。しかし、反面、影では「あの人、ホスト好きじゃん……」とヒソヒソささやかれてもいた。そういった傾向は、現在でもまだ変わっておらず、ある大物女優がホストクラブで豪遊したことはすぐさまニュースとなった。しかし例えばもし、元ジャニーズの手越祐也ら男性タレントがラウンジやキャバクラで遊んだところでニュースとはならないだろう。 つまりはそれほど、未だに、女性がホストクラブで男性に大金を払って接客を受けるということは、まだ世間的には「特殊なこと」として扱われているのだ。ましてや、それが「コロナ禍の歌舞伎町」とくれば、関係者の口が堅くなるのも、当然のことだろう。
大きく変わったのはビジュアルだけではない。以前、ホストといえば、街で声をかける「キャッチ」を糸口として客を 摑 んでいくのが主だった。だが、2003年に、当時の石原慎太郎都知事により進められた「歌舞伎町浄化作戦」によって、表だってのスカウトやキャッチは禁止となった。それでも、ホストや外販による「声かけ」は絶えなかったが、「家にテレビがない」という若者が増え、YouTubeが市民権を得るようになり、やがてネットとテレビの広告費が逆転した 年、世相を反映するかのごとく、ホストたちもYouTubeやツイッター、TikTokなどを駆使するようになった。彼らの営業の主戦場はSNSへと移っていったのだ。この変化により、歌舞伎町から遠くはなれた地方に住むコや、まだ店に入ることができない中高生の未成年たちも、ホストたちのYouTubeなどを見て「このホストに会いたい!」「卒業したら指名したい!」と、「会いに行けるアイドル」感覚で、初回指名で来店するというように、営業形態も大きく変わってきている。
やはり、想像してしまうのは、ホストと客の行き着く先は結局「恋愛関係」なのではないかということ。実際ホストクラブには半世紀以上前の黎明期から、「枕」という言葉がある。「客と肉体関係を持つ」という意味だ。歌舞伎町に足を踏み入れてから、よく耳にしたのが「初回枕」という言葉。「初めて店に来たその日に〝寝る〟」という、そのままの意味だが、こうした単語が日常化しているほど、ホストと客は、〝そういう〟関係になることが当然のようだ。そのほかにも「本命の恋人のふりをする営業」という意味の「本営」、「営業抜きにして趣味で付き合う」、「趣味客」、果ては、ホストが営業後に客の自宅に「寝に」行く「家庭訪問」など、ホストクラブでのみ使われる「専門用語」は多々あるが、それらはどれも、ホストと客が「男女の関係」であることを前提としている。
の意味だが、こうした単語が日常化しているほど、ホストと客は、〝そういう〟関係になることが当然のようだ。そのほかにも「本命の恋人のふりをする営業」という意味の「本営」、「営業抜きにして趣味で付き合う」、「趣味客」、果ては、ホストが営業後に客の自宅に「寝に」行く「家庭訪問」など、ホストクラブでのみ使われる「専門用語」は多々あるが、それらはどれも、ホストと客が「男女の関係」であることを前提としている。
「ホス狂いユーチューバー」そして「歌舞伎町案内人」を名乗るあおいさんにぜひ、話を聞きたいと思った私は、彼女が経営するバー『プププらんど』に向かった。
あおいさんは1996年、静岡県熱海市で生まれた。鍼灸院を営む父に、専業主婦の母。両親は彼女が生まれて間もなく離婚。親権は母親が持ち、あおいさんは、母親とともに母方の祖父母の元で暮らすはずだった。しかし、その母は出奔した。あおいさんが引き取られた頃にはすでに末期がんを患っていた祖父は彼女が3歳の頃に死去し、祖母との二人暮らしが始まった。祖母は悪い人ではないものの、生粋のパチンコ好きだった。そのうえ片付けも苦手だったのか、自宅はゴミ屋敷だったという。
幼いあおいさんは、日々、朝から晩まで、ひとり公園で過ごすことが多くなった。そのため、すぐに児童相談所が介入し、福井県に住む実父か、子供のいない実母の兄夫婦か、どちらかが引き取ることになる。しかしいざ、あおいさんのこれからを決めるという話合いの当日もまた、母親はこなかった。蒸発中のため、連絡が取れなかったのだという。母親不在のままにあおいさんの「未来」は決まり、彼女は、苗字も変わり、養子となり、伯父夫婦のもとに身を寄せることとなった。小学校1年生の時だった。
小学校4年生の時、9歳にしてついに、初めての家出をする。 「自力でお父さんを捜しに行きました。もともと、伯父夫妻は私の父と連絡を取っていたから、お父さんの電話番号や住所、連絡先は知っていました。鍼灸師だったお父さんは私が家出をした時、本当に偶然に、熱海の介護福祉施設にいて、会うことができたんです」
あおいさんには中学時代の相談室登校の頃から、自殺願望があった。衝動的にリストカットをしてしまうこともあったというあおいさんは、ネットで自分と同じように「自殺したい」子たちを探すようになる。伝言板に貼られたメッセージを見て、〝仲間〟を捜し、死にたいという心情を吐露し合ったり、暇つぶしのようなおしゃべりをしていたという。
福井からひとり、東京にでてきたあおいさんには友達もおらず、とにかく、寂しかった。声をかけてきたミカさん(仮名) とは、すぐに仲良くなり、一緒に「ホスクラ通い」をするようになる。 「当時は中野坂上に住んでたんですけど、坂上から新宿までは、地下鉄丸ノ内線で2駅です。歌舞伎町がめちゃくちゃ近いから、そこまで行って飲むようになって、ミカさん以外にも、どんどん友達が増えていった。歌舞伎町にいけば、いつも誰かしらいる。とにかく寂しかったから、同年代の女のコの知り合いが増えていくのが楽しくて。あっというまに生活の中心は歌舞伎町になったんです」
「18 歳の時でした。タクミくん(仮名・当時 21 歳) は、黒髪のさわやか系の大学生。自分の話はほとんどせず、いつも、私の話をたくさん聞いてくれる。とても優しい人で、私のちょっとした体調のことや、その日あったこまごまとしたこと、感情の変化などを気にかけてくれた。これまで、私のことを心配してくれる人なんていなかったから、めちゃくちゃ嬉しかった」
両親の離婚の時と、 16 歳で単身、家出をした時。あおいさんは、2回母親に〝捨てられて〟いる。東京に出てからは、母親とも連絡を取るようになり「わだかまりもなくなって、お母さんの得意な料理を教えてもらって、お惣菜が上手に作れるようになった」と笑うあおいさんだが、心の底では、「自分のことを親身になって考えてくれる人なんていない」という気持ちがずっとあったとしても不思議ではない。タクミくんには、 18 歳から 21 歳までの3年間、ハマり続けた。
だが、あおいさんは、どうしようもなく、自分が生ききれなかった福井から逃げ出してきてからずっと、歌舞伎町でのみ過ごしてきた、いわば「歌舞伎町の中のコ」だ。街にはその街のルールがある。実際私も歌舞伎町に来た5月、この街には結界があるみたいだと感じていた。もちろん、借金をして、そのままいつ返すか見えないという、「借りパク」を疑われる行為をしたあおいさんは、決して擁護できるものではない。だが、「歌舞伎町の外」にいるコレコレ氏が、 13 万人を前にして、〝街のルール〟と空気を読むことで生きのびてきたまだ若い彼女の人格まで否定するほどの詰問をするというのも、また、どうなのだろうか。
そういいながらもふっとした時に、口にするのが「歌舞伎町でできた女友達を信用しちゃダメ」ということだ。彼女は一度、自分たちのための「居場所」を作ろうとして手痛い失敗をしている。そのため、物理的にすごく近い距離にいながらも、急に「あの人は、色恋営業をしかけられているのに、本当の両想いだと信じ込んでいる。今気付かなかったら一生、気付きませんよ」と〝友人〟をバッサリ切り捨てることもある。
ねねさんは、かなりの上客だ。それを切る、というのはなかなか聞かない話である。しかも、「絶縁」を言い渡された月は、ちょうどカレのバースデー月だ。「少なくとも、客でいるかぎりは、 繫 がっていることができる。バースデーイベントという、1年に1回のホストにとって特別なイベントがあるうちには、客である私を切るはずはない」と細い糸にすがるような気持ちだったねねさんの最後の糸も、紫陽くんの手で断たれてしまったのだ。 ショックのあまり、ねねさんは、自宅マンションの浴槽で自殺を図る。台所から包丁を取り、浴槽にお湯を張った。命を絶つと決めた時、思ったことは「最後は自分が一番幸せだった時の映像を見ながら死のう」ということだ。選んだ動画は、レオくんとの、あの結婚式の披露宴みたいな、シャンパンタワーの動画だった──。 「でも、死にきれなかったんですね。包丁を首にあてたところで、死んだらどうなるんだろう、ということをリアルに考えてしまい、怖くなって、やめてしまった。臆病ものです」と、力なく笑う。 もちろん、このことをカレにいうつもりはなかった。そのまま、カレの前から姿を消すつもりだった。しかし、心配した友人が、カレに、ねねさんが自殺を図ったことを伝えたのだった。 そんなねねさんに対し、紫陽くんがかけた言葉は「もうLINEもブロックする。店には一生くるな。死にたいなら死ね」という、辛辣きわまりないものだった。
お金を稼ぐのって大変じゃないですか。だからこそ、私たちは、死ぬ思いで稼いだお金を、〝愛のカタチ〟として、捧げるんです」
紫陽くんの本カノになりたいねねさんは、彼を「うちの人」と呼ぶ。いちごチェリーさんも、最初こそホストと恋人関係にはなりたくない、と言っていたが、徐々に「良人くんやキラオくんは私のことを好きだと思いますか?」と聞いてくるようになっていた。「ホス狂い」の女のコたちは、最初のうちは「私はカレを応援したいだけ」「カレは恋の対象ではなく推し!」などと言ってはいるが、じっくり話を聞いていくうちに〝本音〟が飛び出してくる。それは「担当の〝本当のカノジョ〟になりたい」という、切実な思いだ。どれ程お金を積み、そして性的関係を結んでいても、実際、本当のカノジョなのか、と言えば、おおむね答えは「否」。
ホストは、キャバクラとちがって、『なんでこんなのが……』って首をかしげるようなコも多いじゃないですか。ホストは、顔やスタイルだけじゃない。ほんと変な顔でも、話がうまかったり、それこそ、とことん共感してくれたり。これだけホストがいれば、その中には、そのコにピタリと合うホストもいる。歌舞伎町という街全体が〝マッチングアプリ〟みたいになってるんです。歌舞伎町は、女の子にとっては、お金がなくなったら働く場所もあるし、良くも悪くも、『女のコのための街』なんです」
「透とは、本当は結婚したかったんです。私は来年で 30 歳になります。小さい頃から 30 歳で結婚するって漠然ときめていた。透は、私に、内縁の妻としてカードも作ってくれていたし、一緒に住んで、生活費も全部もってくれていた。でも〝結婚する〟って話していたのに、じゃあ、入籍は? とか式はいつ、どこでとか、具体的な話が彼の口から出ることは、最後までありませんでした。 透には正直、億はつかったと思います。でも、後悔は一切していません。むしろあるのは、感謝ですね。私、自己肯定感がめちゃくちゃ低いんですよ。出会った頃の透は、自信とプライドのカタマリで、よく私に『俺についてきたら、俺が見ている光景を、エミカに見せてあげる』と言っていた。私も、透が見ているキラキラした光景を一緒に見たかった。彼がいる場所に並びたかったんです」
「ホストにハマる子って、死ぬ、死ぬ、と言っているけど、でも、実は死なない、って子が多いと思われがちじゃないですか。でも、本当に死んじゃう子がいるんだって。それは『当たり前の事』や『ありふれた事』ではなく周囲に大きなダメージをあたえる。それを、どこかで報じてほしいって、思ってたんです」 ねねさんのことが頭をよぎった。彼女には独特の明るさがあり、自らの経験のすべてを「ネタ」にしている部分もあるため、どこかで、何があっても、なんとか生還してくるのだろう、と思っていた。エミカさんに、痛いところをつかれた気がした。
高岡が初公判で明かしたように、誰にも内緒で「本当に、辛くて、みじめで……」と感じながらも、デリヘルやパパ活で稼ぎ、琉月さんの店に通っていた2か月は、本人にとっては地獄でありながらも、どこか、出るに出られない「ぬるま湯の行水」のように温かな場所でもあったのではないか。ぬるま湯は、そこから外に出れば、浸かる前よりはるかな寒さを感じる。しかしぬるま湯の中にいれば、ずっと温かいままだ。だから傍から見れば、どのような地獄であろうとも、浸かっている人間にとっては、温かく、そこから出ることのほうがよほど〝地獄〟なのだ。 -
Posted by ブクログ
自分の生活や常識とは違ってぶっ飛び過ぎてるホス狂サンたちをものすごい近い所から追ってくれていた。のですごい興味津々で読破出来た。
歌舞伎町はうまくお金が回ってるんだなぁ、って感心した。
欲望のままに動くホス狂サンたち。
ある意味正直で真っ直ぐ。
でも、、お金が足りないなら諦めなきゃ。
足りないから風俗!って発想が理解出来ない。
ホストクラブってお客のストレス発散かと思ってたけど、疑似恋愛と自己顕示欲を満たすために大金をつぎ込む場所だったんだ。。
見栄を張りたい気持ちも分かるけど…うーん…
家庭環境が悪い子もいれば、まともな子もホス狂になるのね。
うーん…
ホストを刺して、って事件のことも書かれてて。
この事件、見てて気になってたからその後も分かって良き。
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Posted by ブクログ
知らない世界を見ることができた一冊。
「歌舞伎町は女の子の街」。若い頃の私が知っていた街とは、随分と変わったものだなと思った。
「ホス狂い」の生き方を否定するつもりはないが、登場する女性たちに、何一つ共感することはできなかった。
寧ろ、嫌悪感の方が強かった。
そういう自分も、ホストクラブに行ったことはある。
でも、席に着いてくれたホストの彼は、見た目だけでなく、中身もイマイチ。連れて行ってもらっておきながら何だけれど、つまらなかった。それ以来ホストクラブに行ったことはない。ニューハーフのショーパプの方がずっと楽しかった。
某二世タレントがホストにハマって、AVにまで出演していたと話題になっていたが、そのホストが、某バラエティ番組に出ていたのには驚いた…。
しかし、まさしく天職なのではと思わせる超ハイスペックな容姿だったことを覚えている。 -
Posted by ブクログ
歌舞伎町に実際に居を構えて、歌舞伎町の中から取材した著者。最初は余所者として拒絶されていた著者だが、だんだんと歌舞伎町のホス狂と仲良くなっていく過程が面白い。
なんで「人生を一変させるぐらいの額をホストに注ぎ込むのだろう」とずっと疑問に思っていた。それだけの額を出してホス狂さんは何を買いたかったんだろう。
この本の最後で少しだけヒントが得られた。「アジール」。避難所・不可触領域を意味する言葉。歌舞伎町の中では、現実世界の自分とは切り離された「なりたかった”特別な”自分」になることができる。そして、ホストと自分だけという物語を紡ぐことができる。そのためなら全てを投げうってでもいい、という感じなのだろう。そういう気持ちは多くの人が持っているものであろうし、なんとなく分からないでもない。そのために「頑張る」のだろう。歌舞伎町という街が、居場所であり、物語を紡ぐ場なのだ。
というのが自分の感想でした。 -
購入済み
都築先生のアナザーストーリー
羽生結弦選手のアナザーストーリーのように、いろんな方から話を聞いています。
非常に苦労された方ですが、実を結んだことが素晴らしい。
このメンタルと不屈の闘志を羽生選手が引き継いだように思いました。
羽生選手も次代に引き継ぐことを意識した発言をされてきています。フィギュアスケート文化を更に根付かせることができますように。 -
Posted by ブクログ
一気読み。1日で。興味深かった。
今までに出会った、危うい子たちが脳裏に浮かびながら読み進めた。
好かれたくて、注意をひきたくて、エネルギーはすごい。周りを巻き込む力もある。
でも、人として大切なことがどうしても欠落していて、人を裏切り続けてしまう。
してもらったことに対して感謝、というか、本当の意味での愛の感受性がない。
愛されてないわけじゃないのに。気にかけて、何とかしようと手を差し伸べてる人はきちんといるのに、それを本当の意味では感じられていない。表面的には感謝の気持ちを述べたりするけど、本当は信頼できていなくて、簡単に裏切ってしまう。
そういう人って、いるな。
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Posted by ブクログ
センセーショナルだった頂き女子りりちゃんの詐欺事件について取材をしたノンフィクション。Xで盛り上がっていたのが、そういえば下火になったと思っていたら、刑が確定して受刑してるんだな。
著者が取材していく中で、頂き女子へのめり込んでしまった経緯や、被害者取材を経てあらためて冷静になって本人への取材を再開したそのドキュメンタリー感が面白かった。時の人を追ううちに、取材する人が飲み込まれてゆく感じ。木嶋佳苗事件でも、記者が取材する中で獄中結婚していたし、相手を知ろうとするうちに、夢中になってしまうんだな…。
また、支援のために色んな企画が立ち上がって、たくさんの人が群がって、消えていった騒乱も見えて、犯罪者支援の困難さも感じた。一体何が正しいんだろう。ホストクラブが悪い、詐欺の被害者が悪い、家庭環境が悪い、と一つの原因を求められたら簡単なんだけど、そうじゃないから手に負えないし、呆然とするしかない。 -
Posted by ブクログ
いまいちな評価も多いので期待せずに読んだが、個人的には珍しく残りのページが少なくなると悲しくなるくらいハマって読んでしまった。予想だけど、普段あまりノンフィクションを読まない人はもっと大きな展開や暴露話を期待してつまらないと感じたのかもしれない。あと著者がどことなくりりちゃんの味方をしているように見えるのが人道的にどうなんだという意見も多いぽい。
普段ノンフィクションが大好きな自分としては、著者がいつのまにかりりちゃんに魅かれていく過程を赤裸々に描いているのはリアルで好印象だった。また、いつもホス狂いの女の子たちを取材している著者がどちらかといえばりりちゃん側に感情移入してしまうのは仕方ないと思ったし、それでも何とか被害者側の心境も理解しようと取材を重ねていった著者はできることはしたのではないか?と思った。
自殺も考えたという善良な被害者には確かに同情するし、罪をまったく理解していないりりちゃんには確かに少し苛ついた。でも本書で公開されているりりちゃんとおぢとのLINEのやり取りを読むと、年下女子にどこか上から目線で、会ってまだ数回なのに結婚を決めた男性に対する違和感と、気持ち悪さのようなものは正直自分も感じた、、
YouTubeで少しだけりりちゃんの姿を見たが、不思議な魅力がある方で、本書を楽しめるかは、著者が犯罪者に魅かれていくけど葛藤を感じるという部分に共感できるか、というのは大きそう。
なぜりりちゃんがこのようになったかという鍵?を握る母親に、むしろ自分はりりちゃんに対してよりも苛立ちとモヤモヤを感じた。娘の今後の支援のことも考えると仕事を辞めるわけにはいかないから、という言い訳?で裁判には出廷しなかったのに、娘の気持ちを理解したいから、、という理由でりりちゃん関連のイベントに行ったりホストに行ってみたりする母親に大きな違和感を感じた。著者も多分取材協力してもらった手前あまり悪くは書けなかったのだろうけど、違和感を感じていることが隅々から読んで取れた。酒鬼薔薇聖斗の母親もそうだけど、犯罪者の親だけど虐待をしていたわけではないという人は、一見良い親なんだけどどこかズレてるというパターンが多い気がする。
罪を理解できない上にその日によってテンションが変わるりりちゃんと、なんとかその思考を理解しようとするがいつも振り回されてしまう著者の描写もリアルで読み応えがあった。著者の他の本も是非読んでみたい。