牧村康正のレビュー一覧
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伝説のアニメ『宇宙戦艦ヤマト』を世に送り出し、その他にも『海のトリトン』『ワンサくん』などを企画・製作した伝説のプロデューサー。西崎義展氏の破天荒かつスキャンダラスな生涯を描いたノンフィクションです。
後世のクリエイターたちに多大な影響を与えただけではなく、90年代の日本を震撼させた「オウム真理教」の教義にも重大な影響を与えたアニメ『宇宙戦艦ヤマト』。
実を言うと僕はテレビでの再放送で断片的にしか見たことはなく、その影響下にはほとんどありませんが(中高の同級生だったN君が「ヤマト馬鹿」であったことを思い出した)、日本サブカルチャー史における「ヤマト」の重要性は認識しております。
本 -
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宇宙戦艦ヤマトの生みの親、同号プロデューサー西崎氏を追ったノンフィクション。「悪党」「人非人」「金と欲望の権化」「天才」「改革者」など、評価は大きく分かれる。「一将功成りて万骨枯る」を地で行き、しゃぶり尽くされて捨てられた人も少なくないという。覚醒剤と銃刀法違反で収監され、自己破産したのちも、やはりヤマトで一発当てて、即クルーザーを購入するよう男。本のタイトルにあるように「狂気」を持ってたんだろうなあ。こういう人とは付き合いたくないが、一方で、こういう人でないとあのヤマト(リアル感や音楽。今でもテーマ曲には心踊らされる)はできなかったのだろう。世の中を変えるような起業家も、ある意味狂気の持ち主
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ネタバレ西崎氏とは一度会ったことがある。私が駆け出しの銀行員だった頃、同じ支店の先輩がなぜか「一度会わせてやる」と言い出して氏と会わせてくれた。本書を読むとJAVNを設立、運営していた頃だろうか。背の高い、押出しのよい人だった。西崎氏の生年を確認すると私より28歳上。
「銀行でスペイン語を習わされています」というと、
「そうか英語ができないのか」と言われたことを覚えている。
「いえ、英語はもうできるのでスペイン語を習わされています」と応じるとちょっと恥ずかしそうに下を向いたのを覚えている。
この本で何度も触れられている通り、「傲岸で自分勝手な判断をする、しかし純粋な」、人だったと思う。
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かねてから、西崎プロデューサーは悪人だろうと信じて疑わなかった。
一読万嘆! 想像していた数倍のワルだった。
高校のころ、ヤマト資料集が3万円で限定発売された。購入特典は、松本零士先生・シナリオの藤川桂介氏・西崎Pの内、二人のサインがもらえるというもの。
周囲すべてが松本・西崎を選ぶ中、私は松本・藤川にした。この判断、われながら感心だ。
西崎Pのよいところを敢えて挙げるなら、ファーストヤマトを35ミリフィルムで撮影したこと、音楽に手を抜かなかったこと。
この二点を以て、地獄で蠢く西崎Pに蜘蛛の糸を垂らしてあげたい。
なお、本書で触れられたイニシャルI・MとH・Yはそれぞれ石 -
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インディペンデントプロデューサーの西崎義展、東映のプロデューサー吉田逹、原作の豊田有恒、主題歌のささきいさお。全て皆、出身が私の母校の武蔵高校だ。その人たちが集まって大ヒットアニメ「宇宙戦艦ヤマト」が作られた。
その中でも核になったプロデューサーの西崎義展の評伝がこの作品。昔のテレビブロデューサーもかなりデタラメだったが、しょせんはテレビ局を背負ったサラリーマンなので限界はあった。しかし背負うもののない西崎義展はさらに上を行く。
まずは漫画の天才、手塚治虫を激怒させる。多くの人を踏み台にしてヒット作「宇宙戦艦ヤマト」を作り、信じられない豪遊を繰り返しては借金し、挙げ句の果てには海外逃亡。
しか -
ネタバレ 購入済み
規格外≧破茶目茶…。
2024年7月読了。
かねてから気に成っていたのだが、長らく積ん読状態だった本。ふと思い立ち読み始めたら…、まぁ〜止まらない!!!『ヤマト』の話と成るとシャキッとしてしまうほど大好きな自分が、こんなに長い間放置していたことを後悔した。
西崎氏の《破滅的な》生き方は色んなメディアで見聞していたし、子供心にも「この出たがりなプロデューサー、胡散臭いなぁ…」と四十数年前から感じていたので、ある程度予想はしていたがここまで破茶目茶な人生だったとは。
しかし著者が何度も書いているように、あれだけのスケール感、そしてしっかりとした物語の世界観を持ったアニメーション作品は、やはり『ヤマト』以外には当時 -
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今や高齢化の段階も過ぎて無人化に差し掛かりつつある寄場。かつてそこで戦争とまで言われるほど激しい労働運動が繰り広げられていたことはなかなか想像しにくくなっている。
かたや騒動の末に寄場の支配権を確立したヤクザ側も、暴対法によって勢力が弱まり、構成員は減少の一途らしい。
本書は山谷争議団の元メンバーやヤクザ側の関係者、ドヤの経営者らに当時の状況を聞き取った貴重な記録。現代ではすっかり存在感が失われてしまった左右の突破者達の、メディアにもあまり取り上げられない往時の争闘の生々しさが伝わるノンフィクションである。
争議団関係者の生き様をみると、今なら「生きづらさ」の一言で片付けられそうな葛藤を抱えて -
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ネタバレ100円のプラモデルを作っていたので全くの無関心であったわけではない。アニメも見ていた。
ヤマトから興味を失った理由は、のちに「ヤマト第三艦橋現象」と呼ばれることになるシーンに呆れたからだ。おさなごころにも、いい加減なお話なんだなと感じて見るのをやめた。なので、本書の存在を知ってからも手に取ることはなかった。しかし。
近頃、創作界隈のテキストに触れることが多く、不意にヤマトに出くわす。どうにも避けて通れないようなので、一通りの知識を仕入れるために本書を手に取った。
「かもしれない」ことや知り得るわけもない故人の心情を断定的に述べてしまうあたりジャーナリスティックな小説である。批判的な文章で中 -
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左右営利を問わず社会から排斥された私的暴力主義者達が激突した最後の祭場が山谷なのだろう。
船戸=豊浦 的な表現なら山谷ドヤ街は隔離区にして収容所となる。
議会主義の軍門に下った日本共産党に距離を置き、内ゲバに傾斜しゆく新左翼諸党派とつかず離れずでありながらヤクザ右翼との苛烈な闘争に突き進む山谷争議団とアナキズム系の東アジア反日武装戦線の距離の近さに驚くが妙に納得もした。
シマを死守る古い極道と祖国の否定と破壊に行き着いたウルトラ過激派が、バブルの狂乱にむけて走りだした表社会に居場所を失い、妥協を知らぬ原理原則主義者たるがゆえに追い込まれ追詰められた山谷ドヤ街で存続を賭け死闘する。
ゆえあらば暴 -
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1980年代末、父親の手伝いでよく山谷周辺を車で通っていて、昼間の歩道で酔いつぶれている労働者を見かけたことはあったが、暴動や騒乱に会うことは無かった。単に昼間だったからなのか、すでにバブルが到来し、ドヤ街が変わりつつあった(金町一家が勝利をおさめた)頃だったのかは定かではない。1980代まで新左翼が活動し、山谷でヤクザ相手に攻防戦を繰り広げていたことは記憶にない。1985年に大学に入って右翼や左翼に関心を持って、「テロルの決算」、「全学連と全共闘」などは読んでいたはずだが、そこまでは関心が無かったということか。ヤクザの道理(面子を潰されたら殺人までも辞さない)が新左翼の道理(労働者を守るため