アマルティア・センのレビュー一覧

  • 貧困と飢饉

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    飢饉は食料不足で起こるのではなく、交換権限写像の不足によって起こるのだということが全編を通して語られている。

    「好況が不平等な経済活動の拡大を伴っている場合、たとえば都市住民に有利に働き、農村の労働者を取り残す場合、好況のプロセスそれ自体が主要な役割を果たす。食料を得るための闘いは、他人のことは構わない世界であり、あるグループが他のグループの繁栄ゆえに苦しむこともあり得るのである。」

    1943年にベンガルに飢饉を引き起こしたメカニズム
    「当時の都市住民は戦時景気の恩恵を受けていた。日本軍が間近に迫っており、イギリスとインドの国防費はカルカッタを含むベンガルの都市部で集中的に支出されていた。いったん米価が高騰し始めると人々のパニックと投機的操作の影響によって米価はとどまるところを知らずに上昇していき、ベンガル農村部のほとんどの住民にとって手の届かないものとなった。」

    まるで今の日本のような話。戦争危機を煽り、一部の成長産業と軍拡のみに税金を注ぎ込む高市政権の下では、れいわ飢饉もそう遠くない未来の話なのかもしれない。

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    2025年12月06日
  • 貧困と飢饉

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    簡単なメモ

    ・飢餓は食料供給の減少からなるというアプローチでは飢餓の十分な説明にはならず、所有の権限からのアプローチで飢餓を捕らえた方が有効なケースが多い。例えば供給量が十分でも、ある層の所得が急上昇して食料需要が上がり価格が上昇すると、それに取り残された少ない?権限しか持たない貧困層は食料を得られる機会が減少する。

    ・今、世界は気候変動で食料供給の不確実性が増しており世界中で同時に不作が起こるケースがあった場合、この権限アプローチは有効性を持つのだろうか?要するに、他国から食料を調達費用が急上昇した場合である。そのような場合、市場原理よりも政府含む公共部門が本書で述べられてる以上の役割を果たす必要があるのだろうか?

    ・農業品を国家の戦略物資にしているアメリカやロシアのような大国の農業品に対する価格優位が高まった場合、市場原理を重視したグローバル化が加速していくと現地生産が減少するだろう。コロナウイルスで見られたような国境封鎖が行われた場合、一気に食料不安が勃発する可能性も考えられる。農業品は、生産されるまで時間がかかり短期間で超過需要を満たすことは難しい。そのような集中化により脆弱性が高まることはないだろうか?

    ・農業品の市場化を押し進めると、民間の商人が価格を操作し価格を釣り上げる可能性も出てくる。本書で述べられているように備蓄量の増加はそれに対応する意味で必要である。日本に置いてもコメ先物が再開するかもという報道を目にした。為替相場の安定のためドル等外国通貨を大量に保有するように、相場の安定のために米の十分な備蓄が求められる。

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    2024年06月09日
  • 貧困と飢饉

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    貧しい国も貧しいうちは保健と教育に投資した方が良い。「(貧しい国が保健と教育に多くを支出する余裕があるのか)多くの貧しい国々――スリランカ、中国、コスタリカ、インドのケーララ州他――がまさしくそれに成功したという、実証的な事実について述べるだけではなく、裕福な国より貧しい国の方が公衆衛生・医療サービスや基礎教育制度を提供するコストがはるかに安いという、一般的な事実を理解する必要もある。その理由は、保健も教育も労働集約的な活動であり、貧しい国の方が賃金が低いために保健や教育のコストがずっと安くなるからである。(中略)国が非常に貧しいうちは、これらのサービスに支払わなければならないお金もまた、著しく小さいのだ。」

    日本の徳川時代と明治時代の比較研究までも引用している。かなり勉強になった。権原という訳語が少し難解だが、それ以外はわかりやすい。

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    2024年01月10日
  • 不平等の再検討 潜在能力と自由

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    1998年にノーベル経済学賞を受賞したインド人経済学者、アマルティア・セン氏の主唱している「ケイパビリティ・アプローチ」の概略が分かる本でした。センは人間の福祉の指標としてGDPや富、効用、幸福度を用いるよりも、各人のケイパビリティに着目するべきだと主張しているわけです。まずこれは訳者自身が冒頭および巻末に記載していますように、本書内で度々使われている「潜在能力」と「福祉」は、それぞれケイパビリティ、ウェルビーイング、と置き換えて読むと一層理解が深まります。逆に言うと潜在能力、福祉として読んでいると混乱することが多々あります。ケイパビリティは何かといえば、「~をすることができる能力(自由)」を意味していて、実際に顕在化している能力を含んでいます。そしてウェルビーイングとは文字通り「良い状態であること」を意味します。福祉というとウェルフェアを連想することが多いかと思いますが、これはどちらかといえば何か良い出来事が起きるという行為ですが、ウェルビーイングはBeing(存在)という文字があるように、良い状態であることを意味します。そしてセンは、各人のウェルビーイングを高めることを人類の目的とし、それが達成できているかを判定するものとして各人(もしくは集団の)ケイパビリティを見よ、と主張しているわけです。

    翻って現実社会を見ると、GDP成長率を高めよ、生産性を高めよ、ROE(株主資本収益率)を高めよ、というスローガンがあちこちから聞こえてきます。そして我々はあたかもこれが「目的」であるかのような錯覚を持ってしまうのですが、目的はあくまでも人々のウェルビーイング向上であって、所得や富、生産性は手段でしかありません。またミクロ経済学では各人の効用(ユーティリティ)を最大化するという思想がありますが、これはGDPや富ではなく幸福度、満足度(の総和)を最大化しようという意図があります。これに対してもセンは問題点を指摘し、ケイパビリティの優位性を主張しています。またこれはミクロ経済学の知識がないと理解が難しいのですが、センは人間が持つ「機能」と「ケイパビリティ」をそれぞれ「点」「空間」という風に解釈しています。つまりケイパビリティは機能(できること)の集合で、ケイパビリティが高いというのは、その選択した機能の高低によって得られる空間の広さ(選択できる余地の広さ)を意味します。

    以上、私自身の頭の整理の意味も込めて書きましたが、ケイパビリティ・アプローチは非常に本質を突いているという印象を持つのと同時に、正直理解が難しいとも感じました。逆に言えば、すっと頭の中に(腹の中に)落ちていく概念として説明出来るようになれば、一気に世の中に広まるのではないかと思います。ケイパビリティ・アプローチの主な適用分野は発展途上国の貧困問題、格差問題などですが、最近では先進国の様々な経済社会問題などにも適用されることがあるそうで、個人的には21世紀の新たな指標としての可能性を強く期待しました。

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    2023年05月02日
  • 不平等の再検討 潜在能力と自由

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    > よりたくさんの選択肢を持っているということが、常に、その人がしたいことをする自由を広げることには必ずしもならない。

    「この文脈で重要な多様性はなにか」が大切。そうでないと、人間の多様性のために大きな差を生み出すことになる。ハッとする。

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    2021年11月20日
  • 不平等の再検討 潜在能力と自由

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    福祉、貧困対策などを考える上で基本的な考え方となる人のうち、割と新しい部類に入る人。
    数値化して捉えることが困難な貧困を、ケイパビリティとかいう、その人たちが望むものを得るためにアクセスすることのしやすさと定義した。
    例えば所得が低くても、田舎で自給して芋食って満足している人は貧しくないし、所得がある程度あっても都市部で子どもに塾によう行かせてやれんという人は貧しいだろうという話。
    多様な生き方がある現代においては、貧困は簡単な一言で定義するのは困難だが、それをかなりまとめた功績は大きい。

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    2019年07月21日
  • 不平等の経済学

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    本書はアマルティア・センによる不平等の考え方を数理的アプローチも交えて比較的厳密に論じた本である。経済学における不平等の考え方を記した上で、それを徐々に拡張して議論している。
    ひとえに不平等と言ってもさまざまなベクトルでさまざまな形態があり得るために、不平等の何が問題かを捕らえるためには多角的な分析が必要となってくることを、本書を通じて改めて認識した。本書が執筆されてから20年近く経っており、当時から現状は少し変化した部分があるが(たとえば実験経済学や行動経済学の台頭によって効用関数が測定可能になってきたり、幸福という概念が出てきたり、ピケティが新たな視点を導入したり、など)、本書で書かれている内容は現在不平等を考える際にも大いに重要な観点となるため、本書の内容を把握しておくことは重要である。また、本書で政治哲学との交わりについて、当然ながらロールズについては言及されていたが、コミュニタリアニズムなど今日的な政治哲学には当然言及されていないため、政治哲学との関係性については個人的に興味深いものとなった。

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    2016年08月27日
  • 不平等の経済学

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    今一番有名な経済学者(というか思想家?)の一人ではないか。
    シラバスにセン教授がどーたら書いてあったから、はるばる農学部まで行ったのになんか期待はずれだった。授業が。

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    2009年10月04日
  • 貧困と飢饉

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    飢饉を定義から問い直し、飢饉を一般的に・単純に考えられる食料不足からもたらされるものではなく、権原(自分が所有するもの、交換可能性)によってもたらされるという着眼点は斬新。権限は単なる所得や購買力ではなく、雇用制度や社会保障、相互扶助など公共政策も重要。1つの現象を定期から問い直し、その原因やメカニズムを事例をもとに分析して1つのアプローチに帰結させるという考え方はとても勉強になった

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    2024年04月21日
  • 不平等の再検討 潜在能力と自由

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    センのcapability approachに関して学ぶとするなら、最初の本になりうるかも。
    "福祉の経済学"に比べて、数式はほぼない。
    また、具体例が多い。
    思想がよく伝わってくる。
    なぜ?の部分が。

    生み出した富の量の合計で国の豊かさを評価すると、
    個人の差や、上位のお金持ちの富の和で打ち消されたその国のボトムにいる人たちの貧困や不平等が見えなくなってしまう。

    なぜ豊かな国なのに貧しい人が存在するのか?。

    インドでボロボロの服を着ていても困らないけれど、たとえば日本や豊かな国ではそんな服を着て行けるところはとても限られてしまう。
    …たとえば。
    スマホはお金がかかるといって、貧しくて持てなかったり、持っていても使う能力がないと、かえって働く機会を逃したり、災害時に情報を得られなかったりするのはよくある。

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    2024年01月02日
  • 不平等の再検討 潜在能力と自由

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    貧困は人間の選択肢がはく奪されている状態。極度の貧困により、栄養状態が悪い。雨風をしのげる家がない。予防可能な病気にかかる。早死にする。読み書きができない。部族紛争で負傷して体が不自由(身体障がい)になる。財を活用して生活の質を高める力がなければ、財を平等に分配されたとしても、それを充分に活用できない。国家は人が自分の願望や目的を実現するための前提となる能力を保障すべき。市場でまともな経済競争をするための前提となる能力を保障すべき。アマルティア・センSen『不平等の再検討』1992
    ※エチオピアで飢餓。ハイレ=セラシエ皇帝「働いて努力しなければ富は得られない」と、国家による救済策をほとんどせず、飢餓が悪化。国家が極度の貧困を解決すべき。

    経済開発はそれ自体が目的ではなく、人間のwell-beingを増やすための手段だ。人々を抑圧して、経済開発を進めるのは許されない。Human development (UNDP) マブーブル・ハク(パキスタンの経済学者)。

    自由な社会にとって、感情は大切だ。非合理なものとして排除してはいけない。不正に対する怒り、価値喪失への恐怖、困っている人への同情。感情が自由な社会を支えている。マーサ・ヌスバウムNussbaum『感情と法』2004

    各人が人間らしい生活を送るために必要な潜在能力がある。例えば生命・身体の健康・身体の不可侵性・感覚/想像力/思考力・感情・実践理性・連帯・共生・遊び・自分の環境の管理。ロールズの正義論では、こうした潜在能力を各人がもつことを前提としており、重度の知的損傷のある人々は除外されてしまっている。最も恵まれない人々への配慮が必要。マーサ・ヌスバウムNussbaum『正義のフロンティア』2006

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    2024年04月26日
  • 貧困と飢饉

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    インド生まれ、1998年にノーベル経済学賞を取ったアマルティア・センの著書。
    「飢饉」が何故起きるのかと探り、食料総供給量の減少によるという従来の通説(FAD)を、原因としてそれだけでは説明できないとして退け、或る階層の人々が食料を手に入れる権原が損なわれるためである、という自説を展開する(権原アプローチ)。
    実際の大飢饉、ベンガル、エチオピア、サヘル地域、バングラディッシュでの統計データに基づいて、詳しく分析しているのだが、数値データを経由して、現実界の様相がそれとはかけ離れた抽象的な学の論理へと跳躍するさまは、デリダなんぞを待つまでもなく脱構築的なスリリングさだ。経済学は社会学的観察から遠い数学的理論に突き進むというこの飛躍・断絶ゆえに面白い。
    もっとも、経済学の場合、抽象的理論に留まることなく、常にそれによって政策を導出しようという効用性が重要となる。ケインズの書物がこの実態を明瞭に示している。
    センの本書では、大飢饉という悲惨において、「実は国家全体としては食料供給量は十分な状態であり、あまつさえ食料を他国に輸出している状況にありながら、一部の国民はその食料が入手できずに餓死していく」という理不尽な現実を解明する試みとなっている。
    その後この経済学説が、学会においてどのように受容されているのか知らないが、少なくともこの本はひとつの「意外な知見」へと導かれるその道程によって面白い。
    もちろん、センはFADを全く否定しているわけではなく、「それとは別の仕方で」飢餓の原因にアプローチするひとつの手法を呈示しているのだと理解する。

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    2019年07月21日