1998年にノーベル経済学賞を受賞したインド人経済学者、アマルティア・セン氏の主唱している「ケイパビリティ・アプローチ」の概略が分かる本でした。センは人間の福祉の指標としてGDPや富、効用、幸福度を用いるよりも、各人のケイパビリティに着目するべきだと主張しているわけです。まずこれは訳者自身が冒頭およ
...続きを読むび巻末に記載していますように、本書内で度々使われている「潜在能力」と「福祉」は、それぞれケイパビリティ、ウェルビーイング、と置き換えて読むと一層理解が深まります。逆に言うと潜在能力、福祉として読んでいると混乱することが多々あります。ケイパビリティは何かといえば、「~をすることができる能力(自由)」を意味していて、実際に顕在化している能力を含んでいます。そしてウェルビーイングとは文字通り「良い状態であること」を意味します。福祉というとウェルフェアを連想することが多いかと思いますが、これはどちらかといえば何か良い出来事が起きるという行為ですが、ウェルビーイングはBeing(存在)という文字があるように、良い状態であることを意味します。そしてセンは、各人のウェルビーイングを高めることを人類の目的とし、それが達成できているかを判定するものとして各人(もしくは集団の)ケイパビリティを見よ、と主張しているわけです。
翻って現実社会を見ると、GDP成長率を高めよ、生産性を高めよ、ROE(株主資本収益率)を高めよ、というスローガンがあちこちから聞こえてきます。そして我々はあたかもこれが「目的」であるかのような錯覚を持ってしまうのですが、目的はあくまでも人々のウェルビーイング向上であって、所得や富、生産性は手段でしかありません。またミクロ経済学では各人の効用(ユーティリティ)を最大化するという思想がありますが、これはGDPや富ではなく幸福度、満足度(の総和)を最大化しようという意図があります。これに対してもセンは問題点を指摘し、ケイパビリティの優位性を主張しています。またこれはミクロ経済学の知識がないと理解が難しいのですが、センは人間が持つ「機能」と「ケイパビリティ」をそれぞれ「点」「空間」という風に解釈しています。つまりケイパビリティは機能(できること)の集合で、ケイパビリティが高いというのは、その選択した機能の高低によって得られる空間の広さ(選択できる余地の広さ)を意味します。
以上、私自身の頭の整理の意味も込めて書きましたが、ケイパビリティ・アプローチは非常に本質を突いているという印象を持つのと同時に、正直理解が難しいとも感じました。逆に言えば、すっと頭の中に(腹の中に)落ちていく概念として説明出来るようになれば、一気に世の中に広まるのではないかと思います。ケイパビリティ・アプローチの主な適用分野は発展途上国の貧困問題、格差問題などですが、最近では先進国の様々な経済社会問題などにも適用されることがあるそうで、個人的には21世紀の新たな指標としての可能性を強く期待しました。