高山真のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
読み進めるうちにタイトルが切なくも胸をえぐっていくようだった。他人を愛して、他人のために何かをしたいと思うことは、本当に自分のエゴなのだろうか。
この本は同性愛の作品としてカテゴライズされる。同性愛者として生活していくうえでのこれまでの苦しみと解放。他人を愛したいという感情。そういった感情はきっと著者が当事者であったからこそ、ありありと迫ってくるようだった。
でも、この作品はそれだけじゃない。それだけで片づけるにはもったいなさすぎる。二人だけでなく、二人の家族をも巻き込む深い愛情の物語であり、人を愛することの喜びと苦しみを訴えかける。
印象的だったのは、「恋人だったけど、他人だった。」という言葉。確かに人は、他人と自分のおなじところを探して「おなじだ」と思ってしまいがち。だからこそ、「他人」であることを突き付けられる絶望感は計り知れない。浩輔が失意の中、愛する人を失った罪悪感に苦しんでいる描写に胸がいっぱいになった。
読後はやるせなさと切なさ、そしてあたたかさと希望でぐちゃぐちゃになった気持ちにしばらく浸っていた。
私はそれはエゴではなく救いだったのだと言いたい。
どうか彼らがもうこれ以上謝らずに、生きていけますように。そう願わずにはいられなかった。
このような作品を世に出してくれてありがとうございました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ若くして母を亡くした浩輔と、18歳にして母の闘病費のために身体を売るしかなかった龍太。
そして、自分の病気のせいで息子に負担をかけ続けていることに、ずっと後ろめたさを抱えている母親。
浩輔は、亡き母への未練をどこかで埋めたくて、龍太とその母を支えようとする。龍太もまた、母を救うためならプライドなんて捨ててでも、金を稼ぐしかなかった。
そんな3人は、“エゴ”と“金”で繋がった関係やった。
浩輔と龍太は、ちゃんとお互いを愛してる。
でも、その関係がエゴと金の上に成り立ってるって分かってるから、どこかでずっと引っかかってる。
好きやのに、それをまっすぐ信じきれへん。そんな状態のまま、エゴと金の関係はどんどん深くなっていくのがしんどい。
そんな中で龍太は過労で亡くなって、さらに母親からも金を拒まれて、浩輔は全部を失って絶望する。
でもそこで金なんかなくても、この関係はちゃんと成立してたんやってことに気付く。龍太の母は、それでも浩輔を我が子みたいに受け入れる。
その瞬間、「エゴやと思ってたもんが、ほんまはただの愛やった」って分かるのが、もうあかん。ラストはほんまに涙止まらんかった。 -
Posted by ブクログ
映画のエゴイストを観てから、ご本人の書かれた本書が気になって、一気読みした。
愛とは、なんなのか?と考えざるを得ない本。
一気に読んだ後、自分のことも振り返って考えてしまった。
難しい・・・
愛ゆえに、与え方が分からないゆえに、恋人に金銭的な物含め自分にできることをどんどん与えていく。
エゴと言われれば、エゴかもしれない。
相手が本当に望んでいるのかも、分からないから。本当の意味で恋人のためになっているのか分からないから。
うん。エゴかもしれない。
だけど、好きになった人に、大切な人に、自分ができることをしたいって思うのって、普通のことじゃ無いかな?
愛があるからこそ、『したい』って思うわけだし。
恋人の母親に対してはどうだろう。
自分の母親に重ね合わせて恋人の母親にやっていること。
その側面だけ見たらエゴなのかもしれない。
だけど、恋人の母親は、きっと幸せだったと思う。
自分の息子は確かに愛されていたって、十分伝わるもん。
もう一人の息子のように気にかけてくれる人がいるって、我が子を亡くした高齢者にとってみたら、貴重な存在というか。
だけど、人様は人様。だから住まいのこととかはちゃんと一線引いている。でも、主人公の優しさや愛は伝わっていたと思う。
なんだか一気に映画、小説と読んで心にポッカリ穴が空いたような虚無感に包まれた本。
なかなかエネルギーを使うので、自分が元気な時じゃないと心が持っていかれそうになる本。 -
Posted by ブクログ
ネタバレサブスクで映画を観て、これは原作を読まないと本質がわからないと思い手に取りました。
本作のタイトルを『エゴイスト』とした著者のセンス。皮肉とも現実的とも取れる、自分に向ける視線の客観性。すごいを通り越して、脅威的ですらある。
そして、これを演じ切った鈴木亮平さんと宮沢氷雨さんの演技力の高さ。原作を読んでも一切、印象が変わることがなかった再現性の高さに、おふたりの覚悟と原作へのリスペクトを感じました。
浩輔と龍太、そして龍太の母は互いの存在に支えられ、そして互いの中に『母』を見て、過去の自分を癒し癒されて辛い現実とも向き合っていきます。
人は他者との関係性の中でしか癒されないし、その中に占める『母』の役割って想像以上に大きいということを改めて実感しました。
浩輔にとっては、龍太や龍太の母にしたことは『エゴ』だったのかもしれませんが、それは2人にはしっかり『愛』として受け取られていて、そもそも人を愛することは多少のエゴを含むのではとも思ったり。
いやぁ、映画も原作も衝撃的すぎて。
定期的に読み返したい、見返したい好きな作品が増えました。
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Posted by ブクログ
ネタバレ(⚠映画の話もちょっと含む)
同性愛について というよりも
"その事情は踏まえておいて"
という軸で、
それよりも際立つ 人間味の生々しさ みたいなものの描き方に
とても気持ちをつかまれた。
本には描かれていなかったけれど
主人公·浩輔を演じる鈴木亮平と、龍太演じる宮沢氷魚が
動画を撮りあったり、
仕事で疲弊して泥のように眠る龍太に ハンドクリームを塗ったりするシーンがある。
このシーンがとても好きだったのだけど
映画オリジナルだったのかなあ…。
普段 インスタントのような、沸いては消えていく範囲にある漫画を読み捨てるように読んでいて(失礼⚠️)、
「そこに愛はあるんか?」
という思いで眺めながら終わることが多い。
インスタントのような出会い
インスタントのような始まり方
インスタントのような関係性の繋がり…
それに慣れていた頃、
小説の空気感をなぞる様に映像化されたシーンを見て
「これが愛じゃなければなんなんだろう…」
と思わされた。
映画始まりで知って読んだ小説だったけれど
小説からでもきっと好きになったと思う。
読み終わったあと、
いろんな気持ちが胸にせまって
少し ほぅ… としてしまうような小説だった。 -
Posted by ブクログ
実母の喪失を他人の母子で代替する事はエゴなのかというお話
以下、公式のあらすじ
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「愛した彼は体を売って、生きていた」
2023年初春、本作品の映画化が決定。出演は鈴木亮平、宮沢氷魚。文庫版には鈴木亮平の特別寄稿を収録。
「母が死んで、『死にたい』と思っていた僕の何かは死んだ」。14歳で母を亡くした浩輔は、同性愛者である本当の自分の姿を押し殺しながら過ごした思春期を経て、しがらみのない東京で開放感に満ちた日々を送っていた。30代半ばにさしかかったある日、癌に冒された母と寄り添って暮らすパーソナルトレーナー、龍太と出会う。彼らとの満たされた日々に、失われた実母への想いを重ねる浩輔。しかし、そこには残酷な運命が待っていた・・・。
龍太と母を救いたいという浩輔の思いは、彼らを傷つけ、追いつめていたのか? 僕たちは、出会わなければよかったのか? 愛とは、自らを救うためのエゴだったのか? 浩輔の心を後悔の津波が襲う。人は誰のために愛するのか。賛否両論渦巻く、愛のカタチ。
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映画を視聴済み
なので、物語の内容は知っていた
原作との相違点はいくつかあったけど、概ね原作通り
故郷に帰る際に、ブランド物の服で武装するというのはある意味で虚しいなぁ
ま、それを虚しいと思えるくらいに私は幸せなのだろうけど
浩輔は龍太を好きになったように見えて
その実、龍太と母親の関係に自身と亡くなった母親を重ね合わせている
悪く言うと龍太を使っているというエゴ
龍太を過労死?に追いやったのは自分という認識もしている
浩輔は、母のために犠牲になりたかったという思いもあるのではなかろうか
ただ、龍太の親子を傷つけていたようには思えない
むしろ本当に感謝しているし、龍太の母にしても息子の喪失を浩輔を分かち合っているようにも思える
最後のところで、息子かどうかを訂正しなかったあたり
本当の親子とまではいかないまでも、それに近しい関係性を結べたのだろうなぁ
鈴木亮平の解説によると、著者の体験を元にしているようだ
この小説や映画に嫌悪感を抱いている人もいるようだけど
その要因は同性愛というところなのだろうか?
だとしたら、その人は中々に偏見のある人なのかもしれない
この物語、同性愛の要素がなくとも成立するメッセージがあると思うのだが?