渋谷豊のレビュー一覧
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フランス文学を読むと読後にモヤモヤした感情が、残るが、この作品は割り切りが感じられて、モヤモヤしなかった。第三者が語り部になっているのも面白い。この時代の貴族社会に必要なふるまいや考えとして、作者が表現したかったことがわかるような気がした。クレーヴの奥方をしベースにしていることも感じられ、丁寧な解説で作者がこのような作品を書いた背景も理解することができた。
三島由紀夫が好きだったと聞いて読んだ。態度と心理と誤解でものごとが進んでいく様子に、三島作品への影響を感じることができた。
夭折の作者は、コクトーの恋人という説もあり、亡くなった後にコクトーが作品に手を入れてテイストが変わっているらしい。この本は手を入れる前の版の訳とのこと。 -
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ネタバレサン・テグジュペリのエッセイ。素晴らしかった。
初めての飛行任務、遭難や墜落と隣り合わせの空中のトラブル、奴隷のおじいさんを買い戻した話、同僚や自身の不時着体験、戦地のルポなどが詩的でどこか幻想的な文章でつづられる。その過酷さもさることながら、強く印象に残るのは飛行機や遭難した先で見る残酷なまでの自然の美、その中にサン・テグジュペリが星のようにちりばめている哲学だ。むしろ、状況や環境が過酷だからこそそれらが一層研ぎ澄まされていると言った方がいいだろうか。
「手の届かないところにある共通の目的によって同胞と結ばれたとき、僕らは初めて胸いっぱいに呼吸をすることができる。経験によれば、愛するとは互いに見つめあうことではない。一緒に同じ方向を見つめることだ」
「イデオロギーをめぐっていくら議論を重ねても無駄だ。結局、すべてのイデオロギーは論証可能で、しかも互いに対立し合っているのだから」
「どんなにささやかな役割であってもかまわない。僕らは自分の役割を自覚して初めて幸せになれる。そのとき初めて、心穏やかに生き、心穏やかに死ぬことができる。人生に意味を与えるものは、死に意味を与えるものだから」
サン・テグジュペリの中で、パイロットの視点で地球を見ること、自然を感じること、ちっぽけな人間という存在を自覚すること、そんな人間の生きる意味を思うこと、すべてがつながっているのだろう。読んでいると、その高い高い空を飛ぶパイロットの座席まで私たちも連れて行ってもらえるような気がする。
砂漠に不時着し、ムーア人に殺される危険の中で「砂と星のあいだに裸同然で横たわっている」とき、子供時代を過ごした屋敷の温かい思い出に浸る場面は、ちょっとヴィクトール・フランクルの「夜と霧」で妻を想う場面を思い出した。過酷な環境の中で強く輝かしい普遍的哲学が生まれくるというのは、どちらの作品にも共通しているかも。
私はのほほんと生きているだけだけど、その珠のような哲学をこうして読める、味わえるというのはどれほど貴重なことだろう。これからもたくさん本を読んでいきたいけど、こういう大事にしたい本を抱きしめていつまでも読んでいたい、という気もする。人生が足りないなあ。 -
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ネタバレ人間の大地
とても面白かった。自分が求めていたものが全て書かれているような気がした。
飛行機の操縦士という視点で書かれた本で、人間というものを上から俯瞰して見るというのが、本のテーマになっている。人間が作った街、人間が生きるために耕した畑、人間が争い合って血を流した戦争、人間が領地拡大のため侵略した土地、人間が食べるための労働。人間が人間らしく生きるとは何か、それを本書では問い続け、サン=テグジュペリの答えが書かれている。
サン=テグジュペリはとても人を平等に見ている人だ。人種も年齢も職業も、そういうフィルターを取っ払って、人間という尊い存在をきちんと評価している。
そして、飛行機の操縦士ゆえ、地球を一つの惑星のひとつと捉え、宇宙と繋がっている感覚があるという描写が幾度か出てくる。地球の上に立ち、過ごしていると人間を俯瞰で見られない。しかし飛行機から俯瞰して見ると、人は全て地球人という取られ方のようだ。
地球人は大地の上に生まれ、大地から湧く水を飲み、大地で育てた穀物を食べる。生きるとは大地と親密にくっついているのだ。
そんな大地を奪う行為は、その大地に住んでいた人の尊厳を奪うことで、他の人間がその土地に足を踏み入れることは、その土地を殺すことなのだ。サン=テグジュペリは他文化を尊重している。当時フランスやスペインが行ったアフリカの土地を侵略する行為を批判していた。
また、人間が何故戦争ため入隊するか、その心理も書いてあった。人間の根本欲求は人と同じ方向を見て、共に団結すること、そして、同じ釜の飯を食うこと。戦時下、政治家は入隊を薦めるため、論理的に正当かどうかは置いておいて、その欲求を満たすようなことを振りまいた。人間がそういう欲望を欲していることを知ってか知らずか、あえてそういうプロパガンダを流して、土地の取り合いゲームに参加させるのだ。
戦争は両者の主張というものは、本人にとって正しいものだ。他者から見ておかしいと思っても、本人は大真面目で言っている。ならばそれはその人にとって正しいのだ。その主義主張が隣国で噛み合わないとなると、戦争が起こる。
そういうものなのだ。しかし、一人一人の人間にフォーカスを当てた時、欲望に飢えた人間がいなくなれば戦争は起こらないかもしれない。ではどうすれば良いか。素足で土地を踏んで、土を耕し、宇宙の視点から見下ろして、人を愛でることだろう。 -
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堀口大学訳の新潮文庫版、ロングセラーの地位はいまも不動。私もずっとこの詩的な堀口訳に慣れ親しんできたが、引っかかる訳語がいくつもあった。
今回、渋谷豊訳の光文社古典新訳文庫版では、それがすっかり解消されている。たとえば、サンテクスの最初の職業フライトの場面。午前3時半、雨のなか、彼が乗り込むのは飛行場行きの「マイクロバス」なのか、「路面電車」なのか。渋谷訳は「路面電車」。タイトルも、堀口訳は「土地」だったが、渋谷訳は「大地」だ。
どちらの訳で読んでも、サンテクスが初仕事に向かうその緊張感と高揚感の描写はたまらない。そして彼とプレヴォがリビア砂漠の真ん中にクラッシュしたエピソードも。3日間飲まず食わずで、蜃気楼、錯覚と幻覚に悩まされながら生き延び、奇跡的にベドウィンの遊牧民に助けられる。何度読んでも、感動的だ。 -
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このタイトルを知ったのは、小さい頃に見ていた「ふしぎの海のナディア」のOPでした。ネモ船長が渋くて威圧的で怖かったけど、今見るとまた違う印象になりそう。
同じくNHKの「YAT安心!宇宙旅行」も好きだった。ヒロインカツラさんが可愛い。珍しい名前だと思ってた記憶があります。
世間を騒がせる海の怪物の正体を追う船に同乗できた博物館学者の主人公。ついに怪物を見つけ攻撃するも、全然適わず。逆襲され、海に落ちて死にそうなところを潜水艦に助けられ、世間と絶縁した、いかにもワケアリ風なネモ艦長と接触し、世界中の海を巡る冒険に出る…序盤から最高です。
怪物の正体は最先端技術の粋を集結させた潜水艦で、巨大なイッカクだと推測していた主人公は驚く。「助けてくれてthx、ところで国に帰りたいのだが」と伝えるも、俗世に存在が知られたくない艦長の答えはNO。「船中ならご自由に」と言われ、帰りたい気持ちよりも学者の血が騒いでしまう…面白い展開
ノーチラス号に攻撃した衝撃で海に落ち、逆に救出された主人公たち。世俗を断つネモ艦長から「君たちを陸地には戻せないが、船の中はご自由に」と告げられる。食べ物、衣服は全て海から採取したもの。エネルギー源の電気も海から。ノーチラス号造船の経過、レアな海洋生物の展示に膨大な書物等、興味深いものばかり。「我々は囚人ではない!」と訴えた主人公も、船の中は自由移動で、尋ねれば(割と)何でも応えてくれるネモ艦長との会話に大興奮。「狩りに招待します」と向かった"海底の森"に心を奪われるなど"囚人生活"を満喫している様子。
天才ネモは何者なのか?旅の目的は?
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1870年(!)に発表された海洋冒険小説。色鮮やかな海中風景や潜水艦の超ハイテク技術、主人公の心情、魅力的なネモ艦長の描写etc.....「確認ですが、あなたが体験したことではないんですよね?」と作者にインタビューしたいくらいの臨場感に溢れています。スマホの地図を見つつ、今はこの辺か〜とか、次はどの海に行くのかな〜とかを想像できて超楽しい。特に好きなのは、主人公と仲間達がいい歳した大人にもかかわらず、海や魚にはしゃいだり、技術に感嘆したり、肉だー!と久しぶりの陸を目指して船を漕ぐシーンです。下巻も楽しみ! -
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サン=テグジュペリの最高傑作。
若い人に読んで欲しいとあとがきにあったが、読んでも理解するのはずっと後になるだろう。人生における普遍的な真実をあの若さで書くことができたのは、死と隣り合わせの職業だったからではないか。読んでいて、極限状態に追い込まれないと真実には辿り着けないのではないかと感じた。
近しい身内を亡くした人間は、高次の意識に近づくと感じるけど、すぐまた元に戻ってしまう。
極限状態に居続けることは考えるだけでもしんどい。でも主人公は心が安らぐという。死ぬ瞬間には理解できるのだろうか。
いつもは考えない人間の根幹とか普遍的な何かとかを考える読書だった。浮かんでは消えていく感じだけど、サン=テグジュペリが伝えたいことの片鱗は誰の中にもあるのではないか。 -
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でぇえ…本当に20歳(執筆している間は10代)でこれを書いたの、すごいな……自分が20歳の頃なんて思い出したくもないから比較はしたくない(できない)が…「早熟」なんて言葉では括れない才能な気がする…
解説も読みごたえあって面白かった、何となくコクトーと仲良かったみたいなイメージしかなかったからもう少し詳しく知れて良かったな(コクトーが手直ししてるとこ想像してしまいました…)
言い回し好きすぎる、どうしてそんな比喩引っ張ってこれるの?終わりかたも好きだなぁ、まさに舞踏会が終わってしまう感じ。
でもやっぱり『肉体の悪魔』より、文体がより洗練されてキレキレになってた感じがした(ちゃんと文体について言及するには原文を読まなきゃ分からないですが…)けど、『肉体の悪魔』の方が好きかなぁ。うーん…。あと特徴的だなぁと思ったのは、1章とか1部とか区切りがないところ。これも幻想的な恋という舞踏会が続いてることを表してる?のかと思ったけど、前作でもそうだった気もする…。気になる。 -
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上巻に勝る、驚きの旅路が続きます。
前人未踏の海底世界へ、ネモ艦長がアロナックス教授らを導き続けます。
ネモ艦長はあらゆる海を制覇しましたが、それは南極点を除いてのことでした。
知的好奇心と冒険心を原動力に、彼らがそれに挑む姿が目に浮かびました。
しかし終盤になり、ネモ艦長は復讐心をもって行動を開始します。
普段の学者肌の男は、もうそこにはいませんでした。
結末は不透明なものとして有名です。
しかし、それがこの作品の魅力だと思うのです。
科学は自然に抗えないのか、科学は自然を支配するのか。
ノーチラス号の存在は、その問題そのものです。
そして、その科学を我々人類がどのように使うかを表現しているのがネモ艦長なのだと個人的に思っています。
海底二万里は今後も不朽の名作であり続けるでしょう。