チャック・パラニュークのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ一気読みしたが、奇妙な小説である。
引き込まれて、読む手が止まらないのだが、何が語られているのかは、よくわからないのだ。
文体には、常に皮肉なユーモアが満ちている。
さらに、話題を急旋回させたり、何度もリフレインさせたりする、独特のリズムがあり、グイグイ先を読ませる。
しかし、物語の軸は何なのか?主題は何なのか?は、見えてこない。
「主人公=タイラー」の構造は、予想できるし、序盤・中盤で、何度もほのめかされているため、ミステリー的な求心力が、仕込まれているわけでもない。
第1章で、「主人公/タイラー/マーラ」の「三角関係」が示唆されるが、明確に提示されず、成立していないといったほうが良いぐらいだ。
効果的な物語の推進力としては用いられていない。
リアリティの水準もよくわからない。
シーンによって、現実社会のようであったり、マンガ的であったり、おとぎ話のようであったりする。
「生の実感」が得られない現代社会から、「血が沸き立つ暴力衝動」によって解放されること…、「本当の自分」を生きはじめること…、というテーマを読み取り、読者も血を沸き立たせることが多いらしいが、わたしには、そのような感触は一切なかった。
そもそも、そのようなテーマだけでは、単純すぎると思うし、それでも、そのテーマを主眼に置くとするならば、もっとシンプルな構成にするはずだろうと思う。
例えば、村上龍は「血が沸き立つ暴力衝動」を、もっと上手く、読者の血が沸き立つように描いていると思う。
わたしにとっては、何がおもしろいのか、掴み取れないが、それでも、一気読みさせられる奇妙な作品であった…、文体に魅力があるのは間違いない。
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映画も鑑賞してみたが、やはり、「ひとつの主題に向かって研ぎ澄まされた構成」ではなく、雑多な印象を受けた。
ほぼ原作どおりに、あれこれを詰め込んだ結果、「とっ散らかっている」と言ってよいだろう。
『ファイト・クラブ』が、世界的なカルト作品になった理由を考えてみる。
まず何より、世界的スターである、ブラッド・ピット主演で映画化されたこと。
次に、「ファイト・クラブ」、つまり、「男たちの地下喧嘩クラブ」という、世界中の誰もが一瞬で理解できるコンセプトを、タイトルにしたこと。
そして、「男たちの地下喧嘩クラブ」というコンセプトは、世界的に需要があるということ。
この映画以降の、日本でのアマチュア地下格闘技の流行や、ケージの中での総合格闘技の流行を考えると、このコンセプトには、(たぶん、はるか昔から)潜在的な一定の需要があるのだろう。
何より注目すべき点は、「小説の読者や、映画の観客は、プロット全体を見渡したうえで、心を動かされるのではなく、ひとつのシーンや、ひとつのコンセプトに、強く惹きつけられ、その理解や解釈は、社会に伝播していく」ということだ。
この点は、小説や映画に限らず「作品鑑賞」の本質に関わる議題であり、今後も心に留めておかなければならない。
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Posted by ブクログ
運命を悟った人物が、初めて自由意志を持ってそれに抗おうとする姿はやはりかっこいい。
テンダーブラウソンはカルト宗教のドグマにより生まれの時点で悲劇的な人生を辿ることが確定していて可哀想すぎる。彼もそれを自覚していて宗教から離れていてもゴミ溜めのような生活を送っている。しかし、宗教から離れている時点で抗う才能があり、終盤の行動においても主人公に値する人物だと思った。
ファーティリティ(豊穣の意を持つ)の未来予知がテンダーにとって人生の豊穣さに全く寄与せずむしろ逆効果になるのは、未来予知が人間が本来できないはずの能力で、できるという奴は金儲け目的で人を不幸にするだけだと皮肉を効かせているようで面白かった。 -
Posted by ブクログ
おれを力いっぱい殴ってくれ、とタイラーは言った。
事の始まりは、ぼくの慢性不眠症だ。
ちっぽけな仕事と欲しくもない家具の収集に人生を奪われかけていたからだ。
ぼくらはファイト・クラブで体を殴り合い、命の痛みを確かめる。
タイラーは社会に倦んだ男たちを集め、全米に広がる組織はやがて巨大な騒乱計画へと驀進する――
人が生きることの病いを高らかに哄笑し、アメリカ中を熱狂させた二十世紀最強のカルト・ロマンス。デヴィッド・フィンチャー監督×ブラッド・ピット&エドワード・ノートン主演の映画化以後、創作の原点をパラニューク自らが明かした衝撃の著者あとがきと、アメリカ文学研究者・都甲幸治氏の解説を新規収録。
デヴィッド・フィンチャー監督作品とストーリーはほぼ同じだけど、ブランド品で心の隙間を埋め広告に踊らされるブランド志向や生きている実感を得にくい社会や男性の生き方のロールモデルがない彷徨える男性の迷走へのシニカルでユーモラスな風刺が散りばめられた原作のユーモラスな面白みが良い。
「ファイトクラブ」の着想のきっかけが、ホスピスでのボランティアだったり、様々な細部の元ネタなどが判るあとがきも必読。 -
Posted by ブクログ
映画を観てから興味が湧いて。
序盤は映画を観ていないと読めないかも…と尻込むほど独特な文体だなぁと思った。
日本語訳だから余計読みにくいのかと思ってたけど、読み進めるにつれ映像作品のようにシチュエーションがパンパン切り替わる文章が面白いし、主人公の脳内のカオス感が味わえて良かった。
紹介文に「カルトロマンス」と書いていて、映画を観た感じそんなにロマンスがあったか?と思ったが、小説は特に後半が分かりやすくロマンスだった。
映画だとブラッドピットという美しく、セクシーすぎる人間がタイラーを演じていたのでそっちに気を取られて、タイラーと僕を中心に観てしまっていたんだろうなと気付いた。
ファイトクラブ2があるらしいが、日本語訳版はないっぽい?
どこからどう続くのかは気になるが、このままで終わらせてほしい気持ちもある。 -
Posted by ブクログ
介護施設で働いていると利用者の理不尽な暴力に曝されることがあり、自分も首を締められたことがある。肉体がわりと元気な方だったので苦しかったけども、そのときとても脳内はクリアだった。本書を読んでそのときの澄み渡った感覚は、自分の命が自由で期限のあるものであることを実感したからだと思った。
本作は慢性不眠症を患う主人公にタイラーという人物が「おれを力いっぱいに殴ってくれ」と頼むところから大きく動きだす。2人の殴り合いはやがてファイト・クラブという互助グループとなり、規模を大きくし全米を揺るがす騒乱計画となっていく。
主人公は周囲がそうするように学校を卒業し、就職してメディアの勧める品を消費するようないわば普通の人。そんな主人公は物語が進むに連れて死という逃れられないものに向き合っていき、ファイト・クラブによってそれまで手にしていた普通を捨てていくことになる。この過程が自分の経験した命の危機にも通じるものがあるなと感じた。それと同時に、正解のない人生をいかに生きるのかという哲学的な問いに気付かされた。自分は本書からこの問へのアンサーとして、どんな生き方をしても自分は自分でしかないのだからもっと自分の力を信じて好きに生きてみたら?というメッセージがあるように感じた。 -
Posted by ブクログ
娘を探し探す男と叫び声専門の音響技師の女。危険すぎる絶叫の演舞 #インヴェンションオブサウンド
■きっと読みたくなるレビュー
この本は凄い、そして危険。
おそらく次世代以降の価値観や芸術観で、本を読む力がないと理解できない(おそらく私も十分に理解できていない)。起承転結もあるミステリーではあるけど、イメージとしてはもはや純文です。
本作のスゴイところは、狂気、暴力性がテーマになりつつも、直接的な描写は少ないところ。そして丁寧な説明やプロットで提示してくれず、ただ場面場面や1on1の会話を提示してくる。
怒りや激情を荒々しく表現するのではなく、もはや狂気は日常となってとり憑かれてしまう。しかも読者をほっとさせてくれる瞬間は一片もなく、クレイジーな世界観に閉じ込められる。
その理由は主役である二人がヤバすぎるんです。
フォスター:娘をさらった犯人を捜している、復讐のために文字通り命を懸けている男。
ミッツィ:人の悲鳴の音源を生業とする、薬物中毒の女。
彼らの常によくわからない行動や暴力行為によって、読み手の価値観が歪ませられる。もはや正しさの判断基準がわからなくなってしまう、狂気と絶望が極まる作品でしたね。
しかしこの独特の表現力は圧巻です、パンキッシュな読書体験をぜひ。
■ぜっさん推しポイント
私はどこにでもいる平凡な一般人で、もちろんドラッグ、暴力、殺人などといった犯罪に関わったことはありません。まわりの人を不幸にしたくないですし、そもそも犯罪を犯すような勇気なんてありませんしね。
これまで数多くのミステリーで、殺人シーンを読んできたのですが、所詮はフィクションなのは分かってますし、作家先生も心情描写を丁寧に描くことはあっても、エグくは描きません。そのためリアルさは感じないんですよね。
ただ本書は違うんです。犯罪を犯す、人を殺めるというのは、こういう感じなのか… という、現実味のある体験ができてしまうのです。
貴重な経験をさせてもらえるんですが、なんともなんとも、恐ろしい本でした。 -
Posted by ブクログ
自分の人生がまるで欺瞞だと感じても、人を殴ってはいけないし自分を傷つけてはいけない。それらは完全に間違ってる。
そして、ときには一度どん底まで落ちてみないと分からないこともある。
中盤から終盤へと差し掛かったあたりの大学中退ボーイとのシーンは、映画にもあったけど、小説で読むと切れ味はさらに格別で、ぐちゃぐちゃになっていく終盤の前で一息をつけるページになっている。
この数ページのエピソードはあまりにも美しいから、このシーンを読むためだけにでもこの小説を読む価値がある。すでに映画を観た人でも。
人間扱いされないことに切れたタイラーが、結局形を変えて同じことをしているということは、一応指摘しておきたいと思う。タイラーも神ではなく、絶対的な正義でもなく、思想に絡め取られ自分の人生を見失い世界の中でもがきながら正解を探し求める一人だということだろう。
ただ映画を先に観ない方がいいね。
読む度にシーンがチラついて全然読むのに集中できない。