渡邊大門のレビュー一覧

  • 諍いだらけの室町時代

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    平安や鎌倉の時代に溜まった中世の矛盾が噴き出して室町時代は大混乱します。読めば対局観無く、場当たり的に権力を握る連中がわんさか現れます。この時代の混乱は現代にも生きていると思われます。自民党の一党支配、もしくはアメリカ支配が弱まるなかで新しい政治の模索はこの時代と同様の混乱を生むと思われます。
    今はアメリカ、中国、ロシア等が日本に外圧をかけている分状況はなお悪いかも。日本の建て直しにのんびりと戦国時代をしている暇はありません。

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    2025年07月08日
  • 豊臣五奉行と家康

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    おもしろかった。沖縄の本屋で見かけて、新・やる夫の関が原戦線異常アリで五奉行とか気になっていた。特に五奉行は五大老より政治上において上位者のくだりは非常によかった。ただやはり軍事力がなければ負けるよね。

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    2025年05月25日
  • 本能寺の変に謎はあるのか?

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    一次資料から本能寺の変に纏わる説を検証した本。
    冒頭にもあるように史料を読まない、誤読、深読みなどにより解釈が変わり「真相」がいくつも生まれる工程が面白いと感じた。
    大半の説の根拠も辿ると忽ち怪しくなる。この本は歴史関係であるが現実にも適用っできると考えられる。

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    2021年08月03日
  • 清須会議 秀吉天下取りのスイッチはいつ入ったのか?

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    ネタバレ

    秀吉天下取りのスイッチはいつ入ったのか?
    最高責任者
    天正10年6月 三法師
    (四宿老や信孝・信雄の名代争い)
    四宿老発給連署状はわずか(実態怪しい)
    信孝が美濃で禁制発給するが秀吉の副状
    求められるなど実務は秀吉大活躍
    10月 信長葬儀へ三法師出席のため
    信孝との仲を修復しようとする秀吉

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    2021年07月12日
  • 本能寺の変に謎はあるのか?

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    P198 信長の朱印状書いた祐筆が誤植?
    「第一に讃岐国を信長に与えること」
    息子に家督を譲った信長が讃岐隠居か?
    (買った人だけふざけて良し!)

    m(__)m 冗談です
    (読んだことアピールしたかっただけ)

    さて、この本で目から鱗になった事は多い
    一番興奮したのは四国に関する考察である
    以前の著作「信長政権」でも興奮したのだが
    改めて整理された論説は胸に響きました
    今年は面白くなりそうだ(大門先生に注目)
    ※失礼を重ねますが脳内変換で「デーモン先生」
     と呼んでいます(ドクターXの連想です)

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    2020年01月24日
  • 明智光秀と本能寺の変

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    明智光秀の生涯をたどりながら、本能寺の変を考察した本書。

    論理的に書かれていると感じた。

    資料批判を行いつつ、先行研究も参照している。

    特に、光秀の単独犯説に集約したのは、面白味はないが納得できた。

    まぁ、光秀だけが謀反を起こしたならともかく、他にも散々信長はそむかれているのだから、確率は高くなっていたのだろう。

    たまたま光秀だけが届いた、と言うことなのかも。

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    2019年10月06日
  • 戦国誕生 中世日本が終焉するとき

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    注!ネタバレ設定してないですけど、内容に触れています。

    これは面白かった!
    世に嫌気がさして枯れきっちゃったイメージだった足利義政が、実は権力にうじうじ執着するタイプだった(らしい)、とか。御簾の向こうで和歌を詠んでいるだけのイメージだった当時の天皇(後花園、後土御門)が足利義政の浮世離れした行いを諫めていたり、とか。
    幕府と朝廷の関係が良かったというのも、意外でした(南朝という共通の敵がいたというのもあるのか)。

    流れをやたらぶっちゃけ言っちゃうと。
    各地の守護の家の家督争い、あるいは守護と守護代の争い、もしくは乱や変に土地を奪ってみたり等々、あちこちで欲にまかせて好き勝手始めちゃう。
    とはいえ、誰もがその好き勝手を正当な事ではないとわかっているから、自分より上の権威を持つ者、守護や守護代だったら、将軍や管領、もしくは自分より強い守護に自らの行為を追認してもらおうとする。
    一方、好き勝手された相手は、好き勝手した相手の行為を不当な事とするために、守護の弟等こそが正当な守護と担ぎ上げる。それによって、守護や幕府を巻き込んだ家督争いや土地争いの戦が起こる。

    その将軍や管領、有力守護もそれぞれ自分に利するように介入するもんだから、地域の争いは国(守護の国内)に広がり、さらに幕府の有力者同士の争いになっていく。

    将軍でも管領でも、もしくは天皇でもいいから絶対的な権力者(例えば義満のような) がいれば争いの裁断が出来、とりあえず争いは治まるのにそれがいない。将軍義政が裁断すると管領が横槍を入れ、あるいは有力守護が幕府に圧力をかける、そんな状況。

    絶対的な裁断者がいないもんだから、それこそ細々と残っていた南朝の末裔まで担ぎ上げようとするものまで出て来たり。
    そんな状況の中――というか室町時代はずっとそんな状況だったんだけど――(ここ最近大流行りの)応仁・文明の乱が始まるわけだが、そもそも将軍である足利義政の去就がハッキリしないようなグダグダ状態。
    さらに義政の後継を巡るのドロドロも加わって、幕府が崩壊状態。
    でもって、明応の政変で戦国期に突入と、なんともスゴイ乱暴なぶっちゃけ。
    いや、信じちゃダメですよ。あくまで私的な整理ですから(笑)

    そもそも、守護が幕府の役人になると国を離れ幕府(京都)に出仕しなかればならないということで、国にいる守護代が有力者(実質的な守護)になってしまうという、幕府の機構の欠陥が大きいでしょうし。
    というか、国元の守護代が国を乗っ取っちゃうという、「武士」という者たちの有り余った血の気が騒動の元なんでしょう。
    それは鎌倉時代、頼朝による弟や親戚の粛清から始まり、それが終わると執権家によって有力御家人の家が次々滅ぼされていく、あの流れそのままなんじゃないでしょうか。

    それでも、鎌倉時代は北条氏が絶対的な権力を持っていたから、幕府(北条氏)による粛清の戦はあっても、一応は平和を保っていられたし。また、土地や後継者等の争いがあっても、幕府(執権)がその権威で裁断を下せた。
    つまり、鎌倉時代と室町時代の違いというのはそこなんでしょう。
    失脚して地方に追放されたた人が再び政務を執ったり。ひどいのになると、一度辞めさせられた将軍がまた将軍職に就いたり(10代義材)。
    ある意味、鎌倉時代だったら夜討ちをかけられて館ごと滅ぼされちゃったりみたいな強権をふるうことが出来ないのが室町幕府のダメダメなところだったのでしょうね。

    ていうか、室町幕府のダメダメは昔、大河ドラマの「太平記」を見ていて、戦国時代って必然だったんだろうなぁ~と思ったのを思い出しました。
    そういう意味では昔の大河ドラマって、よく出来てましたねぇー。
    (今じゃ大河どころか、いいとこお庭のお泉水程度だもんなぁ~w)

    それはともかく、この本では明応の政変で室町幕府が崩壊状態に陥り、時の天皇である後土御門天皇が死んでもすぐには葬儀が出来ず、遺体が放置された状態だった、つまりそこまで世の中が乱れたという状態で終わります。
    でも、この後って、アレですよね。
    阿波の三好長慶なんていうのが出てきて、将軍義晴・義輝を京都から追い出しちゃって、事実上の三好政権になっちゃうわけですよね。
    さらに松永久秀なんてもんまで出てきちゃったりと……www

    こりゃぁ室町時代って無茶苦茶面白いや…、ってわけですが、とりあえずは例の『応仁の乱』と読みたいな(笑)



    この頃は、自分の行いの正当性を将軍や管領、有力守護求めましたけど、今だとそれは「科学」になるんですかね?(笑)
    ほら、裁判とかで、訴えた側、訴えられた側、どちらもそれぞれの学者がそれぞれの都合のいいように科学的な証言をすること、よくあるじゃないですか。
    えっ!てことは、科学って室町幕府レベル!?(笑)
    まーね。いつの時代も争いの種はつきないわけで。人は室町幕府でも、科学でもとりあえずあるものを使うしかないってことなのかもしれませんねwww

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    2018年12月16日
  • 真田幸村と真田丸の真実~徳川家康が恐れた名将~

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    大河ドラマの事前勉強のため読みました
    諸説があるなかで、周辺状況も説明いただき、大変勉強になりました
    負けた武将がこんなにも有名になるのはめずらしいのではないでしょうか

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    2016年01月26日
  • 奪われた「三種の神器」 皇位継承の中世史

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    ネタバレ

    今年の大河は清盛が主人公だけに、壇ノ浦の描写がどの程度になるのか、気になるところではありますが…。
    本書によって、平家が三種の神器を持って都落ちしたことが如何に重大事だったのかが改めて判って、その成り行きにドキドキしながらページをめくりました。

    この、源平時代の大事件のみならず、赤松氏に絡む神器争奪戦も、ほんに先が気になって気になって、途中で読み止められず、つい夜更かしを…という、歴史学術本では珍しい『ノリ』に満ち溢れております♪

    そういった、文字通りドラマチックな展開をこそ、大作歴史ドラマで拝見したい気持ちにもなったのでありますが、こと、こ~室に絡む話だけに、ドラマ化は難しいのかな…と思うたりもしておりまふ…。
    赤松氏再興を賭けた争奪戦のエピソードなどは、南北朝問題という、デリケートな部分が関わってきてしまう訳でありますし…。

    赤松氏の辺りに関わらず、この「奪われた『三種の神器』」は、もそっと、中世の歴史を勉強し直してから、じっくりとっくり再読したい気持ちが高まっております♪
    初読時は、本当に「えええーッ!!ど~なるのーーッ!??」と思いながら、かなりのスピードでワクワク読みをしてしまいましたゆえ…。

    一つ、何だか妙に感じ入ってしまいましたのが、壇ノ浦に沈んだ草薙の剣を、かなりの期間、朝廷が諦めずに探し続けていた…というくだり。(最後の探索が、27年後に行われたという記録があるそうです!)
    今のような、深海向けのダイビング道具も無い時代、「この辺?」という見当で広く深い海に潜った海人(あま)さんが居たのかと思うと、その不可能過ぎる仕事に、ため息が出るような切ない気持ちに…。

    上質のミステリーを読むかのように楽しめて…少し変わった角度から歴史が眺められる一冊だと思います♪

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    2012年04月14日
  • 戦国誕生 中世日本が終焉するとき

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    これは面白かった!岩波の「戦国時代の終焉」とセットでお勧めしたい。権力の空洞化と権威との分離が具体的にイメージできてよかった。特に、足利義政の無能っぷりと、後花園天皇、後土御門天皇の仁徳深さ(でも権力なし)の対比が涙を誘う。。。なんか、現代と一緒な気がする。。。

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    2011年06月19日
  • 奪われた「三種の神器」 皇位継承の中世史

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    本書は、中世史を専門とし

    現在は大阪観光大学研究員である著者が

    三種の神器について記した著作です。


    皇位の象徴とされる「三種の神器」

    著者は、古事記に記された伝承や律令制の下での位置づけ

    そして、源平の争いの中での逸失とそれに対するの対応を紹介。

    そのうえで、鎌倉後期から南北朝の分断~再統合の中で

    三種の神器にどのような政治的意味が付与(あるいは剥奪)さたのか。

    そして、朝廷や幕府・諸大名など神器と深くかかわる人々が

    どのような政治的駆け引きを繰り広げたのかを解説します。


    神器無しで執り行われた後鳥羽の即位、

    神器の帰還に熱狂に沸く人々と一条兼良の醒めた眼差しの対比―など、

    いずれの記述も興味深いのですが、なかでも印象深かったのは

    嘉吉の乱で断絶した赤松家の再興に、

    南朝の末裔からの神器奪還が深くかかわっていたという記述です。

    赤松家と神器という関係自体が初耳で、とても興味深いうえ

    有力な旧臣の助力によって赤松家の再興が果たされた―という指摘は

    後に赤松家の家中から浦上、宇喜多など

    アクの強い家臣が出てくることの遠因のように思えました。


    政治的シンボルをめぐる政治ドラマを通じて

    中世における国制や天皇制核心のをも浮かび上がらせる本書


    日本史や政治史に興味のある方に限らず

    一人でも多くの方におススメしたい著作です

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    2010年06月27日
  • 豊臣五奉行と家康

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    ネタバレ

    五奉行各人の行跡の記述が中心で、結局五奉行に期待された役割とか、大老との関係に関する考察があまり無いように感じた。
    結局五奉行も各個撃破で家康に絡め取られたり、失脚し挙げ句に、臣従する滅亡するかという末路を辿るのである。

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    2026年03月24日
  • 羽柴秀長と豊臣政権 ――秀吉を支えた弟の生涯

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    秀長は秀吉のイエスマン。
    たとえ兄弟であっても、秀吉の家臣になってしまう。
    兄弟エピソードがもう少し欲しかった。政治的な動きは面白い

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    2025年10月24日
  • 諍いだらけの室町時代

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    室町時代から戦国時代へ至る争乱は、
    応仁・文明の乱だけではない。
    将軍家・鎌倉公方家の内訌を発端にした関東での享徳の乱。
    応仁・文明の乱以降の明応の政変や将軍家・守護家などの
    紛争があった。更に、家督や守護職を巡る内訌、
    守護と守護代との抗争などでの、権力者たちの明暗を
    解き明かしてゆく。
    ・はじめに
    第一部 将軍家・鎌倉公方の内訌
    第二部 守護家の勢力争いと、その明暗
    第三部 下剋上のはじまり、台頭する守護代
    ・おわりに
    執筆者紹介、主要参考文献、人名索引有り。

    当事者は、将軍家・鎌倉公方家、幕政運営の守護や奉公人、
    奉公衆、守護代や国人など。
    原因は、家督相続や権力の維持に拡大、下克上など。
    親子も兄弟も一族も家内も諍いだらけで、守護も守護代も
    協力、裏切り、暗殺、没落と、戦乱はぐちゃぐちゃの泥沼化。
    土一揆や徳政一揆、一向一揆の影響も。
    混乱が生じる権力者は、足利将軍家の義政と義視。
    古河公方と関東管領。上杉四家。斯波氏。
    畠山義就と政長。富樫氏。六角氏と京極氏。
    赤松氏と山名氏。細川政元の暗殺と京兆家。
    守護代で台頭するのは多賀氏と浦上氏。(寛正の土一揆鎮圧)
    戦国大名の先駆け、朝倉氏。尼子氏の下克上。
    そして伊勢盛時(北条早雲)の真実。
    新史料や研究が含まれているうえに、
    家ごとの室町時代での変遷が分かり、面白かったです。
    如何に混乱の時代を生き抜くか、滅亡するかは綱渡り。
    織田、浅野、有馬、毛利、松平などの名前が登場してくると、
    戦国時代への橋渡しのようにも感じられました。
    また、近年の研究成果に基づく伊勢盛時が描かれる
    ゆうきまさみの「新九郎 奔る!」も読んでみたくなりました。

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    2025年08月03日
  • 誤解だらけの徳川家康

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    2023.5.21再読
    2023.3.9
    自分の推す説を書いていないから言う訳ではない
    ・・・と思うが、多くの新説・異説をエピソード
    毎に網羅的に取り上げているが、決めつけが少な
    くて良書・・・ではなく、背中の痒い所を撫でら
    れて余計痒くなる一冊です(´・ω・`)
    明智憲三郎まで載せる必要ないのにw

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    2023年03月09日
  • 嘉吉の乱 ──室町幕府を変えた将軍暗殺

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    中世の戦は、殲滅戦ではなかった。攻撃力が発展途上だったと言うことかな。
    そのため戦いに敗けても滅亡するわけではなかった。尊氏もそうだったけど敗けても何度でも再起できるチャンスがあったんだね。
    で、嘉吉の乱だけど、赤松氏からすれば義教の横暴をかわせさえすれば道はある、と思えたのかな。後に勃発する応仁の乱の前哨戦みたいなものかもしれない。一族の跡目争いってのはいつの世も騒乱の種になるってことだね。

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    2022年11月01日
  • 豊臣五奉行と家康

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    Twitter以外では堅実な研究者である渡邊大門先生
    どうする家康大河ドラマ前に豊臣政権筆頭である
    徳川家康の実態把握
    最も過去の著述が五奉行を軸に整理されただけで
    あるが五奉行其の物も資料を基に知ることが始め
    てなので美味しく読ませて頂きました

    ネタバレます

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    2022年08月29日
  • 誤解だらけの徳川家康

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    ネタバレ

    私は小学生の頃から家康が好き。戦国武将での人気の信長でも秀吉でもありません。江戸幕府を開いたからですかね?そのため、幕末も佐幕派です。
    やはり家康は勤勉で、健康オタクで長寿だったというのにつきます。
    実際とは違う「狸親父」という悪いイメージが無くなってほしいものです。
    松本潤主演の大河ではどのように描かれるのか今から楽しみです。

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    2022年08月12日
  • 黒田官兵衛 作られた軍師像

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    痛快! 黒田官兵衛と黒田長政の実像に迫る書

    本書の特徴は、文禄慶長の役から、関ケ原の役までに、黒田親子に何が起きたのか、なぜ、天下の趨勢は、徳川家康に帰したのかを、分かりやすく解説している点です。
    機を見るに敏、普段は堅実な黒田官兵衛は、時代の変革点を見事なまでに見抜き、わずか10石の豪族の家老職から、52万石の大大名へと変貌を遂げています。
    九州の関ケ原攻防戦では、毛利や、島津を対象として、領土の拡大を図るしたたかさもあります。が、助けを求められると一転、両家のために一心に家康にとりなしをお願いするなど、利害を超えた男気があるところも、名軍師たる、ゆえんかと思います。

    気になった点は次の通りです。
    ・官兵衛は攻めのみに終始していたわけではない。その持ち味は、交渉力であった。攻撃と和平交渉を交互に繰り返しながらできるだけ兵の消耗をさけていた。
    ・中国九州征伐では毛利島津が大身大名であったが故に、無益な戦いを回避したかったのだろう。秀吉は、両家については、一定の配慮を示している。
    ・秀吉に忠誠心を疑われると、北政所を介して家督を長政に譲っている。
    ・朝鮮出兵にて、三成は姻戚関係にあった熊谷直盛をかばって、黒田長政と、蜂須賀家政を罪に落とそうとした。このことが、関ケ原の役に、重大な影響を与えていく。
    ・近江の長浜以来の福島正則、加藤清正、藤堂高虎、細川忠興、浅野吉長、蜂須賀家政、黒田長政は、七将と呼ばれていて、朝鮮出兵時に三成から不当な扱いを受けていた。
    ・秀吉の死後、前田利家がなくなると、三成は七将から詰問され、家康の仲裁によって佐和山城へ隠退することとなる。その首謀者が、黒田長政と、蜂須賀家政と推測される。
    ・慶長5年、家康の養女、栄姫をめとった長政は、正室だった蜂須賀正勝の娘を離縁している。このときが黒田家にとって、豊臣家から徳川家を選んだ分岐点だと思われます。
    ・黒田家にとって、関ケ原は早くから始まっていました。
     清州城にいた福島正則を東軍に取り込み、西への交通路を確保した。
     吉川広家を介して、毛利家の内情に通じ、小早川家、毛利家を味方につけ、輝元の本領安堵をはかった。(それは、関ケ原後に、毛利家が西軍の味方を募集していたことが家康に知れ、長政の仲介でかろうじて毛利家存続ができた)
     小早川秀秋の裏切りも、背後に、広家と、北政所があって、いずれも、長政の貢献であろう。
     関ケ原合戦中は、加藤清正と黒田官兵衛の連携によって相互に応援をする手はずがととのえられていた。 
    ・長政の遺言というのが後ろにあって、黒田家が西軍につけば、天下の趨勢は西軍に帰したといい、たとえ長政が徳川についたとしても、官兵衛が西軍についていれば、加藤清正とともに、天下は西軍に帰していただろうと述べています。
    最後に、黒田官兵衛を題材にした小説の紹介がありましたので、付記します。
    ①長谷川伸 黒田如水軒 ②武者小路実篤 黒田如水 ③菊池寛 黒田如水 ④鷲尾雨工 黒田如水
    ⑤吉川英治 黒田如水 ⑥松本清張 軍師の境遇
    ⑦海音寺潮五郎 黒田如水 ⑧司馬遼太郎 播磨灘物語 ⑨坂口安吾 二流の人

    目次は以下の通りです。
    はじめに
    第1章 黒田氏の出自と父祖
    第2章 若き官兵衛 本能寺の変まで
    第3章 秀吉の天下統一戦争における官兵衛
    第4章 朝鮮出兵から関ケ原合戦へ
    第5章 「名軍師像」誕生の背景
    おわりに

    主要参考文献

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    2022年07月11日
  • 関ヶ原合戦は「作り話」だったのか 一次史料が語る天下分け目の真実

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    関ケ原の合戦を一次資料から丹念に分析した一冊。

    これまでの通説と違うところもあったが、とても勉強になった。

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    2022年06月12日