山口輝臣のレビュー一覧
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ちくまプリマーのはじめてシリーズのなかでも、実際の講義の書籍化だけありかなり高度な内容を含んでいると思いました。明治史に関する入門書としては最適なものの一冊ではないでしょうか。通俗的な思い込みを覆す意外性とそこからの丹念な実証的深掘りの両立により明治史研究の一端にしっかり触れられる内容でした。
とりわけ第二講が面白く、昔の通俗娯楽では開明な倒幕志士に対する頑迷な幕府というイメージもあったものを、倒幕とは決して明治維新のキーワードではなくあくまで王政復古の流れのなかのサブ的な論点であったこと、また旧幕府の幕臣が実際には先進的な知見と多様な視点の人材を揃えていたエリートたちであることを明確に語っており、好奇心をつかむフックとしてよく機能しています。
ではそんな優秀な幕府がなぜ結果としては倒れることになったのかという分析もしっかり及んでおり講義としての満足度が高かったです。
他の講義も概ね丁寧かつイメージより実証研究を重んじた内容となっており、またそれを学生との質疑応答も交え分かりやすく語っているため、読者の関心に添いやすくとてもよい入門書だと思いました。やはり実証的な歴史入門シリーズとして定評のある同じちくま新書の講義シリーズ、明治史講義などにステップアップしやすいのも利点です。 -
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2019年3冊目。日本史は受験科目ではなかったので、明治史は大きな出来事しか知らなかったけれど、この本でいろいろなことを知ることができました。徳川幕府は倒されたのではなく瓦解したのだとか、内閣総理大臣の権力は強くなかったとか、日露戦争の前には満韓交換論で纏まろうとしていたなど。
そして、明治天皇、大正天皇、昭和天皇と崩御の際の祭り事が少しずつ簡略化されてきていることは、今上天皇の御退位に向けて、最も参考になりました。昭和の終わり、M社では事前に喪章を準備していて、崩御の報と同時に店の社員、アルバイトさんに喪章を付けるよう連絡しようとした時、当時の副社長級の方から、準備していたという印象を与えないよう、午後から付けるようにと言われ、変更したことを思い出しました。あのような混乱は今回の御退位ではないのですね。 -
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最近,「西郷どん」の影響か,明治が気になります。
本書を読むと,「明治時代とはどんな時代だったのか」…その概略がつかめます。年号と天皇の世が一致していた最初の時代。天皇は死んだ後,明治天皇と呼ばれていますが,こういう風な諡のようなことは,明治からです。明治・大正・昭和・平成…このような日本のやり方がこれからも続くのか,それとも年号や天皇などはなくなっていくのか,それは,後世の国民の選択に俟つべきでしょう。
少なくとも,この明治の時代は,そこで生きていた本人たち自身が「私は明治の時代を生きている」と思っていたということです。だからこそ,「明治史」という視点で歴史を見る必然性も出てくるのではないか…著者たちは,そう言います。
本書は,東大教養学部前期課程の連続講義をまとめたものですが,ま,義務教育+αの日本史の教科書的知識があれば読めると思います。
日露戦争のキッカケにも関わった「満韓交換論」という言葉は初めて聞きました。また,華族にについても,あまり詳しく知らなかったので,興味深く読めました。 -
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大正期を代表する思想と歴史を、15の講義と11のコラムにより論じたもの。
編者の「はじめに」で大まかな見取り図が示されている。明治期の政府は、文明化の推進と「国体」の確立をめざした、しかし、この試みは、天皇の死と代位に伴う「国体」のほころび、及び第一次世界大戦の衝撃による文明化の変容(西洋化ではない「文化」の発見)により大正期に入るころから変化を強いられてきて、それがこの時代の思想や運動に現れてくるという。
興味を持ったところを以下簡記。
吉野作造の民本主義(第3講)や天皇機関説論争(第2講)、大正マルクス主義(第5講)や大正アナーキズム(第6講)などは定番のテーマだが、要領よくまとまめられており、新たな知見も得ることができた。
女性解放思想(第10講)では、平塚らいてう、与謝野晶子、伊藤野枝、山川菊栄、市川房江などの間での論争に関する問題の争点やそれぞれの立ち位置について、また水平社の思想(第13講)では、全国水平社の設立等の水平運動に対する喜多貞吉、佐野学の影響について、それぞれコンパクトに分かりやすく解説されている。
また、ほとんど知らなかったテーマとしては新教育(第11講)がある。国家の欲する”国民”を作っていくために教育、特に学校教育が重要であることは言うを俟たないが、明治期に導入された「ヘルバルト主義」教授法に対して、この時期、教員が児童の意欲を引き出し児童の学習を輔導する「新教育」が提唱され実践されたが、しかし……というもので、教育学に関する有益な知見を得ることができた。
教養主義(第4講)については、『三太郎の日記』などなぜあれほど一世を風靡したのか、人格の陶冶が本当にできたのかなど疑問が残ったし、皇道大本と「大正維新」(第12講)では、宗教の教義や宗教運動についてなかなか関心が持てないので、本講を読んでも今一つ釈然としないものが残った。
やはりこの時代を表す言葉と言えば「大正デモクラシー」。各講の参考文献でも松尾尊兊『大正デモクラシー』が挙げられているが現在品切れ中。読んでみたい。 -
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この昭和戦前期を「国体」の再構築と「文明化」の超克が目指された時代として意義付け、それに応じたテーマで各講が取り上げられる。一つ一つがかなりの歴史的背景を持ったものであるので、項目によっては消化不良を感じるものもあるが、最新の研究動向を知ることができて大変勉強になる。興味を持ったものについては、各講末に付されている<さらに詳しく知るための参考文献>によって、更に深堀りすることもできるだろう。
以下、個人的に特に興味を持ったもの
〇第3講「講座派と労農派」
講座派と労農派の対立点などについて一応の知識は持っていたが、両者の相違点がよりクリアに理解できた、①日本資本主義の発展の起点となった明治維新による諸変革-特に地租改正ーをどう位置付けるのか、②現状の日本で政治的・経済的権力を掌握しているのは誰であるのか、といった認識の違い、ひいては来るべき日本革命の性格といった点など。そして実際の日本共産党の行動についてコミンテルンの32年テーゼの持った意味などが良く分かった。
*『日本主義発達史講座』の復刻版も持っているのだが、読める日は来るだろうか?
〇第7講 「農本主義の時代」
農本主義というと、権藤成卿や橘孝三郎を連想するが、農業経済学の系譜もあり、小農を基盤にした農村改造を目指すもの、満洲移民政策につながるもの、他のアジア民族に対する日本の優秀性を唱えるようなものなどいろいろあって、その中には後の総力戦体制につながるものがあったことを忘れてはならないとする。
〇第13講 「国家総動員論」
今回、本書の中で一番蒙を啓かれたのが本講。これまで国家総動員は、1930年代日本の軍国主義や全体主義的傾向を示す代表的アイディアとして論じられてきたと言う(自分もそう学んだように思う)。しかし、総力戦を戦い抜くに適しているのは、国民の自発的参加と挙国的団結を可能にする民主主義であるとの考え方もある。日本でもその歴史を振り返れば、国家総動員はむしろ軍部の独走を抑制する役割を期待され登場し、当初国家総動員論をリードしたのは実業家や政治家であり、彼らは、国力に見合った計画、軍需と民需のバランスや国民生活の確保、産業による自主的統制などを理想とした、しかし、日中戦争の勃発は、その理想を裏切ることとなった、というもの。 -
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日本の長い歴史の中で、天皇は国民のための祭祀を神に捧げることが重要な役割であったし、また現に毎日のように多くの祭祀の時間が割かれていることは改めて思い知らされた気がする。仏教と関係は7世紀の伝来当時から異国の宗教であり、日本の神の怒りを招く考えられていたこと、それが幕末からの神仏分離の流れに続き、「天皇・皇室は国民ではないので、信教の自由はない」と知識人たちには公然と語られてきたという明治以来の歴史、信仰の自由というときに、キリスト教ではなく、仏教が意識された時代が長かったことは、気がつかなかったことである。昭和26年に死去した貞明皇太后は熱心な仏教信者だったが、仏教を認めず古式の葬儀で行われたとは知らなかった。また明治30年の英照皇太后(孝明女御)、明治31年の山階宮晃親王は仏式の遺言が無視された、実は孝明天皇は仏式で行われ、墓は泉涌寺に埋葬されているのに!天皇家の人たちは果たして幸せなのだろうか?高松宮が自分は幼少期に全く宗教教育を経験しなかったと語っていることに、寂しい心境を感じた。また明治維新後、宗教という造語が出来て、自分たちは何を信じているのか?改めて宗教を認識したこと、西洋化を進めるために天皇が洗礼を受けてクリスチャンになり、日本もキリスト教国にするとの考え(中村正直)があり、福沢諭吉もそのようなことを「時事新報」(明治17年)紙上に書いているとは全く驚き。そして今は天皇が個人の信仰として神道を選び、式典が宗教色を持って行われていることの説明ができることとなっているという!するともしキリスト教(或いは仏教でも良い)への改宗をしたらどうなるのか?それは誰も説明できないだろう。絶対あり得ない前提なのだろう!!