町田明広のレビュー一覧
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幕末・明治維新期に関する最新の研究を元に歴史を紐解いていく。その中には自分の認識をアップデートしないといけないものが多々あった。
ペリー来航について幕府は事前に知っていたとか、尊王と佐幕は単純な対立構造に当てはめることはできないとか、坂本龍馬は薩長同盟の立役者とまでは言えないとか。
この時代は幕府、朝廷、藩の思惑がそれはもう絡み合ってもう訳分からん状態だったりする。一次資料も乏しいので、各勢力の思惑はなお分かりづらい。
現代社会ですら多様な勢力の思惑が入り乱れていて、情報は偏っていたり不透明だったりで何が正しいのかを判断することはとても難しい。
だから200年前の各勢力の状況を知ることはもう不可能とさえ思える。
そこに立ち向かって研究のバトンを繋いできた学者の皆様には畏敬の念を抱かざるをえない。 -
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司馬遼太郎「竜馬がゆく」の影響が余りに大きい中、坂本龍馬の実像を探る歴史学者の一冊。
政治家が、尊敬する人物なんかで定番の坂本龍馬。多くは司馬遼太郎のキャラの影響だろう。では歴史学として、坂本龍馬の実像はどうだったのか、龍馬ファンの歴史学者が近年の解釈からその実像を示す。
亀山社中や薩長同盟の存在を疑問視したり、小松帯刀と近藤長次郎の役割を高く評価したり、龍馬暗殺の犯人も明確に示すなど、司馬遼太郎ファンには驚きの内容。
ただし歴史学者の著作なので、文体は単調。歴史学は歴史学、小説は小説と割り切った方が良い。
過去の学問である歴史が時代を経て解釈が進んでいくというのがなんとも面白い。全国数多くの龍馬ファンが読んでみる価値はあるだろう。 -
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西郷・大久保の雄飛、慶喜の将軍就任、長州の変転……
幕末史の筋書きを決定づけた男
時は、幕末がいまだ「政治の季節」であった文久期。幕府の権威が根底から揺らぎ、過激志士らの暴発に朝廷がおびえる中、その動向をもっとも注目された男こそ、島津久光であった。久光の指揮の下、小松帯刀、大久保一蔵、中山中左衛門、堀次郎ら、実力ある藩士たちが、京都の中央政局を舞台にして、幕末の行方を決定づける政争をくりひろげてゆく。史料を丹念に読みこみ、幕末政治史にあらたな光をあてる意欲作!(2009年刊)
第1章 久光体制の確立と上京政略
第2章 錯綜するイデオロギー
第3章 率兵上京と中央政局
第4章 寺田屋事件の深層
第5章 久光vs.京都所司代――朝廷での政争
第6章 朔平門外の変――薩摩藩最大の危機
第7章 八月十八日政変――首謀者は誰か?
第8章 元治・慶応期の久光・薩摩藩
やや読みにくく流れを追う形となってしまったが、十分インパクトのある内容である。島津斉彬ファンとしてはどうしても久光の評価が感情的に低くなってしまうのだが、本書では史料を駆使しながら従来説の見直しを図っている。
なぜ、無位無官の藩主の父にすぎない久光が卒兵上京し、幕政改革を建白することが出来たのだろうか。さも当然のように語られていたが、著者は薩摩藩の特殊性(近衛家の親密な関係、将軍家との縁戚関係)にあるという。この点は改めて認識する必要を感じた。
久光は必ずしも藩内での権力が強くなく、その行動には掣肘を受けているが、対立勢力の更迭や小松帯刀をはじめとする側近の登用などにより足元を固めた。大河ドラマで知られたとはいえ、忘れられた存在である小松帯刀を再評価しようとしている。
朝廷と諸候の接触が禁じられているはずなのになぜ、政治活動が出来たのかが疑問であったが、本書によると関白や所司代が面談を追認したことにより秩序を崩壊させたとしており、回答が得られた気がした。(根本的には幕府の武威が失墜した事が原因であるが、本書により制度の崩壊の過程が窺える)また、姉小路公知暗殺事件については、単なる天誅の一つとしか思っていなかったが、勝海舟や薩摩藩など周囲に及ぼした影響の大きさを知る事が出来た。
本書では8月18日の政変がハイライトであり、それ以降の部分は本当に駆け足であるが、幕末史を知る上で必読の1冊と言える。 -
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<目次>
第1章 井伊直弼~植民地化から救った英雄か?
第2章 吉田松陰~長州藩の帰趨を左右した対外思想
第3章 マシュー・ペリー~日本開国というレガシーを求めて
第4章 徳川慶喜~真の姿が見えにくい「強情公」
第5章 平岡円四郎~慶喜の政治活動を支えた周旋家
第6章 島津久光~政治の舞台を京都に移した剛腕政治家
第7章 渋沢栄一~農民から幕臣、そしてパリへ
第8章 松平容保~京都守護職の苦悩と元治期の政局
第9章 佐久間象山~暗殺の真相と元治元年夏の流言
第10章 坂本龍馬~活躍の裏には”薩摩藩士”としての身分があった!?
第11章 五代友厚~幕府を出し抜いたパリ万博への権謀術数
<内容>
幕末史の専門家。選ばれた人物に見慣れない”平岡円四郎”がいるが、薩摩藩の島津久光を中心に(おそらくここが専門)、徳川慶喜、五代友厚あたりを詳しく述べている。坂本龍馬は”薩摩藩士”の視点から、渋沢栄一にも高い評価を与えている。従来の学説と少し違うが、幕末を愛でるなら面白いかも? -
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著者の言いたいことは、幕末の政争を“尊王攘夷"vs.”公武合体“と捉えるのでは見誤ることになる、主たる対立軸は、「攘夷」に関する時期や方法についての違いであり、言い換えれば「未来攘夷」か「即時攘夷」かの対立である、とする。
本書前半では、そもそもなぜ攘夷なのか、経世家や為政者の対外認識、理論的、思想的背景としての「日本型華夷帝国」思想が論じられ、また18世紀後半からのロシアの脅威が直接の引き金となって、国防・海防意識が醸成されていった経緯などが説明される。
後半では、主として文久年間に焦点を当て、攘夷がどのように、どの程度実行されたのか、どのような影響を政局にもたらしたのかが描かれていく。
この部分が読み応えがあった。
当時の朝廷は、即時の破約攘夷を主張し天皇親政を目指す廷臣が主導権を握り、そこに長州激派が結び付いていた。そして攘夷実行を指示する"勅命"と、横浜鎖港の交渉中であり、日本側から先制的な攻撃はするなとする"台命"との政令ニ途の状況に、西国諸藩は板挟みとなる。
なるほどと思ったのは、長州藩とは対岸の位置関係にある譜代藩、小倉藩との関係について。通行する外国船に対して、下関海峡を挟む両藩が同時に攻撃をしなければその実効性は上がらない、そのため長州藩は、朝廷の権威を盾に、小倉藩に圧力をかけていく。それに対し、隠忍自重する小倉藩。
両藩の緊張高まる中勃発したのが、朝陽丸事件。寡聞にして本事件のことは知らなかった(一般書のレベルで本事件は取り上げられているのだろうか?)。
著者は、この事件が八月十八日政変決行の大きな動機になったとする。すなわち、長州藩の暴発を抑え、政令二途状況の解消を目指す勢力が、廷臣激徒と長州藩を追い落とすものであった、と言う。
幕末史は、大きな事件が相次いで起こり、立場が入れ替わったりするので分かりにくさがあるが、文久年間における大きな流れは掴めたような気がする。
ただ、「第三章 坂本龍馬の対外認識」は、一般に龍馬は開明的で、攘夷思想とは縁も無さそうとのイメージを持たれているため敢えて取り上げているのかもしれないが、全体構成の中では少し据わりが悪い感じがする。