宮野公樹のレビュー一覧
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問いを問う、と言うのは良い考え方だ。なぜその問いなのか、その根拠を考える。
問いとは考えることそのものだ。
根本的な問いを考える。その問いがどこから発生したのか考える。これは非常に有益な示唆に飛んでいる。自分がなぜその問いを発しているのか、個別、歴史的な背景を考える。他人ではなく自分がなぜその問いをはしたのか。
問いを思いついたら、どこからその問いが来たのか考える。時代的背景社会的背景。とにかくその問いについて掘り下げていく。なぜこの問いを考えるのか。
問いは結局のところ自分の中にあり、なにかを感じたり、疑問を感じた際にはそれがどこからきたのか、多角的に考える必要がある。 -
Posted by ブクログ
この本を読み、私が何を求めているのかが分かり始めた。
「頭でっかち」だと思われたくない。
言葉遊びのようにこねくり回してばかりで、実際には、実践には、役立ってないじゃないかと指摘されたくない。
「それ何の役に立つの?」「仕事に結びつくの?」と突っ込まれると辛い。
だけど、考えずにはいられない。
定義したくてうずうずする。結局は定義できないんだけど、それを議論したくてたまらなくなる。
「幸せ」って何?「愛する」ってどんな感情でどんな行動が伴うの?「生きている」ってどういうこと?
何のために「食べ」て、どんなことが「美しい」の?
「正しい」とは?「赦す」とは?
人が生きている限り逃れられない「真理」。
そのことについて私たちは考え続けている。
それを知りたくて、人類はあらゆる研究をする。
ある人は物理学を、ある人は社会学を、ある人は心理学を。
なぜ私たちが存在して、消滅するのか。それが知りたくて。
本来は分野なんてなくて、真理を解き明かすために細分化していった結果が現代の縦割り分野なのだと。
だから、専門を考えれば考えるほど、専門なんてものは無くなってしまうという真実があるのだと。
私はどの分野も選考していないし、
この本の一つのテーマである「大学の在り方」なんてものに興味もないけれど、
私の知的欲求はある特定の分野のノウハウなどではなくて、きっと「何のために知りたいのか」と問うことこそにあるのだと分かった気がする。
現代社会をよりよくするための課題解決に(ビジネスとして)取り組むことにさほど関心はない。これは企業人としては素質がないのかも。
一方で、すぐに役立つか不明だけど、常識を根本から疑い根源的なことを考え尽くさねばやまじ、というところなある。大学で学ぶには合っているのかも知れない。
ここまで考え、本書の後半で書かれてあることに目を止めた。
「学問は、大学でないとだめでもなきゃ、本を読まないとだめ、教えて貰わないとだめというわけでもありません。生き死にに対する構えの問題なのです。どこかの本で読んだ話が、僕の心の中にずっと残っています。農夫にプラトンの本を渡して読ませたら、こう言ったそうです『こんなの、俺がいつも考えている事だ』と。」
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心に残ったフレーズを。
「なぜ大学で学ぶのか?」という問いに対して著者が真剣に考えた結果導き出した答え。
「内省する思考の公開こそが、真に誠実であると思ったのです。」「学者として学問にその生を捧げる一人の人間。その精神に触れる。そういう講義以外に大学で行う講義がありましょうか。」
「大学でのあらゆる学びは、問いに学ぶことであり、それは普遍を通じて、自分が囚われている思考の殻に気づくことで本当の自分を知ろうと自分自身を振り返ることに尽きる、と言い切りたい。たかだか数十年、自分の人生を生きなくてどうしますか。幸せとは自分を生きるということに尽きるのです。」
「自分を知るとは自分を無くすということに尽きます。」(自身が大きな運命に翻弄されているという感覚に落ちた時、「あぁ…」と感嘆の声が漏れる。個である自分が全体・世界と一致していると信じられる)
「学ぶことは自分を知ること。自分を知ることは自分を無くすこと。自分を無くすとは「あぁ」の領域で生きること。そしてそれこそが、「何かに突き動かされている」の「何か」なのです。それは自分を超えたところにある「存在」というものへの畏怖、驚異。それが現れる認識こそがまさに生き死にを味わい深くする根本です。」
紀智則(古今和歌集の撰者の一人)
「きみならで誰にか見せん梅の花 色をも香をも知る人ぞ知る」(君でなくて、いったい誰に見せるというのか。この梅の花の色も香りも、理解できるのは君だけなのだから)
→美しい!この感覚、美意識を共有できる人とこの世で出会えることの奇跡を思う。
著者の学際センターでの活動の一つに分野を超えたシナジーを生み出す取り組みがある。
集まったメンバーが各々付箋に研究テーマや提供できる資源を書き(所属や肩書きは一切書かない)、繋がりたいと思ったら付箋にリクエストを記入しておく。後ほど事務局がマッチングしてそれぞれに連絡先を送るというもの。純粋に自身の興味関心で繋がれるという醍醐味。
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科学のフロンティアは、フラクタルのごとく微細な沿面を増やしながら、研究者の一人一人は際限なく蛸壺を掘るか、世界の塗り絵の本当に微細な一マスをこつこつ塗ることでかろうじて生きて行く羽目に。隣の研究者とはすでに興味が重なる分野もなく、ひたすら自分しか読まない軽い論文を積んでいくような研究生活では、科学は死んでしまう。
研究は「適切なクエスチョン」を設定することが何より大事。それは「何のためにそれをテーマに研究し、論文にするのか」を、とことん考え抜くこと、視野を高くもって分野違いの人と話をすること。アウトプット至上主義に絡め取られることなく、効率性、高生産性を鵜呑みに信奉せず、インプットと熟成に時間と資源を注ぎ込むこと。 -
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本書で重要なことは、第1部のスライド作成前の構想の練り方が具体的に書いてあることである。PCを立ち上げず、まずは「プレゼン全体の構造化」をはかることが先決とある。大学院で指導を受けていても、このような細かい研究上の常識は、いちいち教員からコメントを得ることができないし、そうしたことより専門分野の指導を受けたいと思う学生が大半だと思う。
本書は、研究以前の基本的な研究発表に必要なことが詳細に紹介されている。未読の方は一度本書をチェックされることをお勧めする。学会で配られるスライドの配付資料を、なんとなく自己流に自分の研究成果を当てはめてもよいが、他方で本書のような型があることも頭の片隅に置いておきたい。 -
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問うことについて論理的に考察を深めた一冊。
本書は「「いい問い」とは何か」、「「いい問い」にする方法」、「「いい問い」の見つけ方」の3部構成。「いい問い」とは、物事を根源まで踏まえて考え、考え進めた結果、自分の存在、在り様(本分)まで達することのできるもの。「いい問い」にする方法は、現時点でのアイデアを「これは本質的か?」と自問自答して深掘りし、自分の存在、在り様(本分)に至るまで昇華させること。「いい問い」の見つけ方は、心情的であれ論理的であれ感じた違和感を、自分の考え、思いとの差に思い至り、それが自分の存在、在り様(本分)そのものであるとの認識に至ること。
多忙な社会生活を送る上で、日々降りかかるありとあらゆる事象に対して、須く上記の様な姿勢で臨むことは可能であろうか。少なくとも、私にはできない。ほとんどの事象に対しては表層的に、あるいは筆者のいうハウツー的な手法で已む無くさばきつつも、本来的な問いとはこのようなものである、ということを頭の中で意識しておく努力は必要か・・。いや、日々降りかかるありとあらゆる事象も、「いい問い」を追求するとすべて同根であることに思い至ることができるのだろうか・・。 -
Posted by ブクログ
よい問いを持つためにはどうしたらいいか。
本書の課題はこれに尽きる。
「よい問い」とは、本質に迫る問い。
本質に迫る問いとは、根源までさかのぼって考えつくした問いということのようだ。
言い換えると、その問いはなぜ存在するのか、なぜ自分はそれを問うのかを徹底的に考えるということ。
ちなみに、本書では対象と自己は、区別はあるものの、両者は分かちがたく結びついているものと扱われている。
筆者も言っているように、ハウトゥを伝える本ではない。
が、多少の手掛かりは与えられている。
n「問い」は、全体/個別、可視/不可視という二つの軸に、時間軸を導入した三次元的な図式でプロットできるという。
p128~129の図9だ。
問いを磨くためにぶつける問い(問いをぶつけるという意味では戸田山和久さんの『論文を書く教室』のビリヤード法を想起させる)を導く。
過去(歴史性)の軸
・なぜその問いが気になったのか
・その問いを持ったきっかけは
・なぜ(社会に)そのような問いがあるのか
・その問いの時代性、歴史性は何か
現在(社会性)の軸
・その問いは自分にとって本物か
・それは本当の問いか
・類似の問いはないか
・全人類も持ちうる問いか
未来(創造性)の軸
・どうありたいか
・どうなりたいか
・何をしていることになるか
・この世に責任が持てるか
そもそも著者は「問い」は作れるものではなく、そのようにあるもの、そこに巻き込まれてしまうものともいう。
そして、それの解き方については本書の管轄外となる。
私がこの本に興味を持ったのは、自分が中高生の頃から、いわゆる問題意識がなかったことにある。
本書でも、問題の所在に気づくために、「違和感」に敏感になることを説かれている。
で、違和感を持つにはある程度知識も必要かと思い、それなりに知識を得てきた。
ある分野では、ある程度成功したかもしれない。
が、いまだに問題意識は希薄で、「問い」を立てることは苦手なままだ。
本書の考えに沿えば、自分がそのようなあり方をしていること自体を問うていくことはできるのかもしれないが…。