棚園正一のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
小学校の頃、よく学校に行く前にお腹が痛くなっていました。学校に行っても、お腹は痛くなりました。教室にいるのが苦痛に感じたこともありました。
この主人公のように、「普通」を演じようとしている部分もあったと思います。
中学校に入ると教室にはいけるけど、数人の友達とだけしか仲良く出来ず、保健室に通うのが多くなりました。
高校生になると、さらに酷くなって、ほぼ学校に行くことのない不登校になりました。友達とも仲が悪くなり、悪い噂を流されたり、学校に行こうとすると体が拒否して、お腹が痛くなり、電車に乗れずに家に引き返したりとして、担任の先生が家に迎えに来ることもありました。そんなことをされているのも嫌ではありました。
「普通」になりたい。
でも、どれが「普通」なのかわからない。
自分は「普通」じゃない。
この主人公は、幼い頃から「自分は普通じゃない」「普通になりたい」と思い続けて生きています。それが変わったのは、小さい頃から絵が大好きで、絵を描くことをずっと辞めずに書き続けたことがまず始めのきっかけ。そこがゴールではなく始まりで、そして、最後にずっと「普通じゃない」と思っていたことを「そんなことだったんだ」と実感します。
私も、学校という環境が大嫌いで、環境を変えたら何かが変わるのではないかとバイトを高校生のときに始めました。それがきっかけで「そんなもんなんだ」と思ったんです。
今まで私の世界は「学校」と「家」だけでした。
でもそこに「バイト」が加わって、友達でもない、でも一緒に何かをやり遂げたり、たまに遊んだりする「仲間」が出来て、「学校が全てではない」のだと感じたのです。
正直、この主人公が「そんなことだったんだ」と実感した瞬間を読んだ時は当時を思い出して泣きそうになりました。
不登校で悩んでいる人に、読んで欲しい一冊です。 -
ネタバレ 購入済み
それぞれの人にそれぞれの理があるとはいえ、
優しくないひとにだけは、なりたくない。
(優しくない人は、自分が優しくないことに気づかず自身を優しいと信じて疑わず、そしてそんな人ほど、いい人顔やサバサバものわかりのいい顔をアピールしている)
法律をやぶってなくても、ひとをめちゃくちゃに切り裂いてきた人たちは、世の中にくさるほどいる。
特定の誰かとつるむときだけ性格が変わるひと、昨日までと態度が変わるひと、
心ない言葉。
他人は混乱のもと。
普通にならなきゃ、と自分を追い込むほど、普通になれずギクシャクしてしまう。
それよりも、自分らしくいれるほうが、自然にいられるはずなのに、悪いことをしていなくても周りは普通と外れると放っておいてはくれない。
糾弾してきたり、逆にかまってきたり。
後半の作者本人の話は、作品としては特に感銘は受けなかったが(社会に馴染めないまま成人し、そのままのひともいるだろうから、実話としては、本当によかったことだと思う)、
普通にならなくてはならない、という自責の描写、
平日の昼間に外にいて、周りの目がこわいこと、
身体の病気になろうと画策したりこんなに痛むのに何故本当の病気ではないのか、という自問。
周囲の人間の言動がいかに本人を混乱させているか、
などの描写は、ものすごく突き刺さった。
ゲームのキャラのネーミングについて、大人が自分の意見を言わせたがっているところをウソをつかない、というシーンが特に好きだ。
周囲に、自分に、ウソがつけないから、「普通」の社会性格に適合しにくいのだろう。
そうした描写のひとつひとつに涙し、心かき乱されながら読んだ。 -
Posted by ブクログ
ニートとは、「就労・就学・職業訓練をしていない若者」の略。
決まった職業には就いていなくて、だけど人手がない集落にいると手伝いを頼まれることも…
それで山奥ニートなのか…と。
これはその「山奥ニート」の生活である。
大学で教職になろうと実習していたが、上手くいかず、バイトをしても怒られてばかりで引きこもりとなり中退した著者。
ネットを通じて知り合ったニート仲間と最初は2人で和歌山の山奥で移住。
最初から全く来たこともない山奥に住もうと思ったことが、凄いではないかと思った。
それからこの山奥へ来る人も増え、少ししては減り…とそれぞれの生き方も見えてくる。
自分から来て、何かに気づいてまた抜けたり…とそれはさまざまで。
何事も経験だろう。
けっして無駄ではなく役に立ち、身についているのでは…と感じた。
人それぞれに合った生き方は、ゆっくりでも見つかるのだろうというのがわかる。
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Posted by ブクログ
友達におすすめされて読んだ娘が、「ママも読んでみて」と私にも勧めてきた一冊。とりわけ読書におけるおすすめの連鎖って楽しい。
不登校やいじめを経験し、学校に通えなかった16人の語り手の過去と現在が漫画になっている。
もちろんそれぞれ別の苦しみがあって、乗り越え方も一人一人違うのは当然なんだけど、"学校に行きたくない君へ"、伝えたいことはきっと同じなのだ。
学校に通えずつらかった経験も、思うような人生を歩めずもがいた日々も、すべてが今の、大人になった自分につながっている。すすみたい道を見つけられた今の自分が好きだから、それらの過去もすべてかけがえのない宝物だと思える。
私も同じ。でもあの頃はそう言う大人が嘘を吐いているように思えて、到底信じられず綺麗事だと切り捨ててきたけど、でも本当だった。
あの頃に素直に信じられていたら、もっと早く柔軟に自分とも世界とも対峙できていたとは思うけど、結局そうできなかった、してこなかった自分のままだったから今の私がいるとも言えるし、結局は堂々巡りなのかもしれない。
けれどこの本は、そういう子どもたちに対しても頑なにならせず、静かに寄り添い信じさせてくれる本に思えた。
孤独な不登校の子に「君は一人じゃないよ」「同じ経験をしてきたよ」「心配いらないよ」とそっと包み込んでくれる、こういう本があることが嬉しい。娘たちが自分から読んでみたいと思ってくれたことは幸運だった。
子どもが不登校で、不安や悩みを抱える保護者にとっても、きっと大きな支えとなる本。
"学校に行けない"ことは大した問題ではないのだと理解したくても、どうして通えないのか、通わないまま大人になったらどうなるのかと将来の全てを悲観してしまいそうになる。たかが学校、されど学校。
私も、もし娘たちが今後とつぜん学校に行きたくないと言ったとき、忘れずにいたい気持ちや考え方が、この本には詰まっている。
寄り道をした分だけ、新しい出会いや経験が増える。自分が何をしたいか、何ならできるか。
学校に行くことよりも、楽しく幸せに過ごせることが何よりも大切で、我が子の笑顔こそが唯一無二なのだ。 -
購入済み
結局何が言いたいのかわからない
タイトルの通りです。読み手の解釈に任せるにしてもこれはちょっと。。。誰にも理解してもらえない病気?発達障害?かはわかりませんが、そういった苦悩があり、学校にいかなくても、親が何かしらの手だてを探してくれて、なんとかかんとかしてれば将来的には自立して生きれるよ。だから読み手もがんばれ。ってなこと???結局9人の先生がなんなの???漫画の基本の起承転結学んでほしいです。あと、これを読んで人への優しくなりたいとか語るような勘違いにはなりたくない。それははき違えてます。