こみねゆらのレビュー一覧

  • 若草物語

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    何十年ぶりに読み返し。4姉妹の成長の他、母のアドバイスや、ローリーの優しく勇敢なところがGood!!(・ω・)b

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    2024年11月20日
  • ふゆねこ

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    窓の外は雪。この絵本のようにまっしろなねこがたずねてきそうな夜です。

    亡くなったお母さんに頼まれてやってきたふゆねこは、へやにあがりホットミルクを飲むとここへきたわけを話します。

     あみかけの ももいろのてぶくろを
     おかあさんのかわりに あみあげて
     ほしいとたのまれ やってきた

     さいごに てぶくろを くさりあみの
     ひもでつなぐこと わすれないでね
     ぜったいに

    ちさとちゃんはてぶくろを落とした日のことを思い出しました。失くして悲しかったこと。おかあさんがすぐにてぶくろを編んでくさりあみでつないでくれてうれしかったこと。

     てぶくろをはめて ほほにあてると
     おかあさんに だきしめてもらって
     いるようで とてもあたたかい

    おかあさんのいないはじめての誕生日。
    ちさとのおじいちゃんとおばあちゃんがプレゼントを届けにきました。
    おかあさんがひろってきたという白ねこは、ももいろの毛糸のくびわをしています。そう、あのふゆねこのマフラーのように…。

    外ではしずかに雪が降り続いています。

    ちさとちゃんのてぶくろを編み上げて、
    やわらかな雪のなかへ、すいこまれるように消えていったふゆねこの後ろ姿がいつまでも心に残る絵本です。

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    2024年02月05日
  • ふゆねこ

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     かんのゆうこさんの物語と、様々な絵描きさんとの組み合わせによって、それぞれに異なる味が生み出される『四季ねこシリーズ』だが、本書は、シリーズもの関係なく、ひとつの作品としての素晴らしさを感じられた、喪失から再生への物語である。

     上記のような絵本と聞いて、私が思いつくのは、湯本香樹実さんの『くまとやまねこ』だが、それとはまた異なる趣があるのが、また印象深く、その物語の展開や構成も含めて、とてもよく考えられてるなあと思わせるものがあった。

     また、その冬の切々とした静謐さの中にもある、ほのかな温かみを抑えた色調で描いた、こみねゆらさんの、素朴なヨーロッパの片田舎の雰囲気を纏った絵も素敵で、特に見返しの、まるで雪の結晶を糸で編んだような、隙間のあるパッチワークのようなデザインの美しさは、本編とも関係の深いものを思わせてハッとさせられるし、その他にも、玄関の三和土やテーブルクロスといった、きめ細かい模様の描写も素晴らしい。


     物語は、主人公の女の子「ちさと」のおかあさんが亡くなったことから始まり、悲しみに暮れる彼女に、おとうさんは「おかあさんはね、おほしさまに なったんだよ」と、ドラマなどでも聞かれそうなことを言うが、実際に、これがどれだけの慰めになるのだろうかといったら、おそらく気休めにもならないのだろうと思わせた、その根拠は、ちさとの、どんなに探しても、おかあさんが見つからない、その泣いている姿からも察することが出来て、ここからいったい、どんな展開にしていくのだろうと不安が募るが・・・。

     なんと、その次のページになると、いきなり雪のように真っ白な猫が、人間のような二本脚で立って、ちさとと玄関で対面している絵が現れ、その、あまりに当然ですよと云わんばかりの物腰には、思わず、ちさとも固い表情となるが、私はこの場面に、それまでの悲しくて重い雰囲気を、ちょっと和らげてくれるような効果があるのではないかと感じられた。

     しかも、それまでずっと暗めの絵の中に文章を入れていたのが、ここに来て初めて、見開きの半分をまるまる白を背景にした文章だけの構成にしている点にも、ちょっとした抜け感というか、息抜きを与えてくれているようで、それによって私も、思いも寄らぬ悲しい始まりに戸惑っていた気持ちから、少し違う視点を見せてくれたような、落ち着きを得た気分になることが出来た。

     更に、この場面を強調するように、次のページはふゆねこの上半身を拡大した絵になっているが、ここでのふゆねこの、おかあさんは〈ひかりのくに〉で元気に暮らしていて、もう戻ることの出来ない彼女に頼まれて、代わりにやって来たことを伝える様子と、そのふゆねこの両方の瞳に映る、ちさとの姿には、たとえちさとの姿が絵には無くても、二人がどれだけ真剣な思いでこのやり取りをしているのかが、よく分かる、こみねさんの素晴らしい描写だと思う。

     そして、ふゆねこが、おかあさんから頼まれたことは、今年の冬に間に合うように、おかあさんが編んでいた手袋が、その完成間近で亡くなったため、最後の部分をふゆねこに編み上げて欲しいというもので、早速取りかかるが、その上手な手捌きに思わず、ちさとが「どうして そんなに あみものが じょうずなの?」と聞くと、「ながくて さむい ふゆのあいだ、いろんなものを あたためるのが わたしの しごとですからね、あみものなんて おてのものです」と、分かったような、よく分からないような答えを返されるが、その編み物をする優しい佇まいの、まるで彼女自身が乗り移ったかのような慈愛に満ちた雰囲気には、ちさとも、きっと何か感じたものがあったに違いない。

     何故ならば、その後、完成した手袋を見ることによって、ちさとの心の中には、過去のおかあさんとの素敵な思い出が浮かんで来たり、それをはめて頬にあててみたときの、まるで、おかあさんに抱きしめてもらっているような、とても温かい気持ちになれたことは、その未完成のまま眠っていた手袋ではなく、完成されたそれがあるからこそ、初めてなることの出来た感情なのであって、であるのならば、それを生み出した、ふゆねこというのは、おかあさんと全く同じような存在といっても差し支えないのではと、私は思ったのである。

     と書きつつも、実は様々な解釈が出来そうなのが、本書のまた奥深い点だと感じ、一応、ネタばれっぽい出来事は最後に起こるのだが、それでも、あれこれと想像を巡らせたくなるものがあり、もう少しだけ書くと、ふゆねことおかあさんの関係性が生まれたことによって、ちさととの関係性も生まれてきた、このトライアングルの素晴らしさは、それぞれが糸によって繋がっており、糸というのは、あっさり切ることが出来そうで、実は幾重にも重ねて編み上げると、思いのほか、しっかりとした丈夫なものへと変わり、それがまるで、ちさととふゆねことの絆から、人と人との絆、ちさととおかあさんとの確かな絆へ移行するようにも思われた、そこには、新たな喪失から再生への物語が生まれ出しており、そのファンタジーの中にもあった確かな現実的希望は、最初と最後の絵が、共に現実に在るものを抱きしめている描写でありながらも、そこに含まれた気持ちや意味合いは全く異なっていることからも証明されているのだろうと、私は思う。


     ふゆねこが役目を終えて帰るとき、外はいつの間にか、雪が降り始めていた。

    「あしたは きっと、ゆきだるまが つくれますよ」

     そのふゆねこの言葉に込められた思いと、表紙の絵が、私の中でリンクする。

     きっと、いつまでも降り続くような、その雪の、ひと粒ひと粒は、おかあさんの嬉し涙なのであろう。

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    2024年01月09日
  • ぼうし

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    表紙もどのページも
    ハンカチ、
    緻密な色とりどりの刺繍が差され
    ちょっと薄暗い古民家ギャラリー

    ひだりからみぎへ
    並んでいるだけなのに
    ハンカチが少し明るく浮き上がっている
    好きで奏でる楽器たち
    青い素敵な帽子の楽曲になりました

    でもミューズが男の子って…不思議

    落ちてた帽子、ひろって被ってみると、うまく被れない…象さん、驢馬さん、山羊さん、兎さん、鼠さん。男の子がやって来て、「さがしてたんだ」。

    ブレーメンへ?ちょっとちがう。

    象さん首にヒラヒラ襟付けてトランペット。驢馬さん腰にヒラヒラスカート、タンバリン。山羊さんダブダブズボンでピアノ奏で。兎さん蝶ネクタイ締め桶胴太鼓。鼠さん赤襟、黄色ブラウスキュートにくびれてカスタネット。男の子ぼうし被って指揮棒斜めに1-2,1-2。みんな一列マーチング。刺繍のような花や蔓草ゆくみち飾る。

    #こみねゆら #ぼうし #講談社

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    2022年12月23日
  • おーばあちゃんはきらきら

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    あーかわいい。
    女の子もかわいいけど、なんといっても、おーばあちゃんがかわいい。こんなおばあちゃんになりたいなぁ。

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    2019年01月26日
  • オルゴールのくるくるちゃん

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    ネタバレ

    切なくて優しいおみねゆらさんの独特の世界。小さなものに向けられる優しいまなざしが感じられます。くるくるちゃんという踊る御人形の物語。レトロな建物にオルゴール人形、ページをめくるとメルヘンな可愛らしさにあふれています。うららかな午後に紅茶を飲みながら読みたくなります。

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    2017年05月30日
  • ミシンのうた

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    ネタバレ

    ミシンが紡ぐ不思議な可愛いお話。
    個人的には最初は現実的なお針子の暮らしだったのに、
    最後にでてくる女の子がミステリーな雰囲気で
    謎のままでした。
    読み終わった後も針でつかれたように胸につんと残るのでまた読みたくなります。

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    2016年11月28日
  • オルゴールのくるくるちゃん

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    こういう思い出の品ってありますよね。
    私も大人になってから、小さいころに大切にしていたけど、お別れしてしまっていた物に、再び巡り合ったことがあります。
    なんとも暖かい気持ちになりましたが、物の方はくるくるちゃんみたいに、苦労をしたり悲しい思いをしたのかな?
    くるくるちゃんは、持ち主のもとに戻れて良かったです。

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    2016年06月28日
  • おーばあちゃんはきらきら

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    おーばあちゃんとは小学校1年生のチイちゃんのひいおばあちゃんのこと。
    おーばあちゃんはチイちゃんにきらきらしたお話しをたくさんしてくれる。チイちゃんもきらきらする。

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    2016年06月17日
  • ふゆねこ

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    結花おすすめ。
    亡くなったお母さんに頼まれて、途中まで編んであったちさとの手袋を完成させるためにあらわれたふゆねこ。手袋を作ったらふゆねこは帰ってしまったけど、その後ちさとの誕生日にまたねこがやってくる… ふゆねこそっくりな。
    読み始めた時からすでにお母さんは亡くなってていないけど、お母さんの子を思う気持ち、存在感がすごく伝わる…あたたかい絵本だと思いました。

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    2012年03月04日
  • かばん

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    こみねゆらさんの絵本ですね。

      のはらに かばんが おちていた
      かぎの かかった かばん

      ぞうさんが もちあげた
      でも かばんは あかない

      ろばさんが ひっぱった
      でも かばんは あかない

      やぎさんが かんだ
      でも かばんは あかない

      うさぎさんが おまじない
      でも かばんは あかない

      ねずみさんが よりかかった
      でも かばんは あかない

      そこに だれかが やってきた

      ネックレスが きらり きらり

      「この かぎ ひろったの」
      そっと かばんに さしこむと⋯⋯

          カチッ
          あいた!

     やわらかな可愛らしいユーモラスな絵が、お話をみちびきます♫
     あかちゃんから、楽しめる絵本ですね。

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    2026年04月16日
  • オルゴールのくるくるちゃん

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    こみねゆらさんの絵本ですね。

     おにんぎょうのくるくるちゃんは むかし、ちいさなおんなのこと くらしていました。
     おんなのこは くるくるちゃんを、
     ミトちゃんとよびました。
     おんなのことの たのしいひびは いつしか すぎてゆきました。
     きがつくと、くるくるちゃんは はくぶつかんのなかで、オルゴールにんぎょうとして おどっていました。
     オルゴールのねじがまかれると、にんぎょうたちのでばんです。
     みぎへくるり。ひだりへくるり。
     おんがくにあわせて まわります。
     みぎへくるり。ひだりへくるり。
     だけど くるくるちゃんだけ、みんなとちょうしが
    あいません。
     くるくるちゃんは セルロイドで できていました。とうきでできた ほかのにんぎょうとは ちがって、はねのように かるかったのです。

     くるくるちゃんは とうきでできた にんぎょうと
    いれかえられました。
     くるくるちゃんは どうなるのでしょう?

     おにんぎょうのくるくるちゃんのお話です。

     こみねゆらさんが、くるくるちゃんが活きているように冒険のお話をみちびきます。
     落ち着いた色彩の可愛らしい絵がお話をかもし出します。
     最後に、くるくるちゃんのもとの持ち主に出逢うシーンは、嬉しくなりますね(=^ェ^=)

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    2025年06月08日
  • ふゆねこ

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    ネタバレ

    四季ねこシリーズの『ふゆ』の絵本ですね。
    かんのゆうこさんの、四季ねこシリーズ『ふゆねこ』
    絵はこみねゆらさん(1956年、熊本県生まれ)
    絵本作家、イラストレーター、人形作家。

     あきも おわり、
     ひんやりとした ふゆの かぜが、あたりに
     ふきはじめたころ、
     ちさとの おかあさんが なくなりました。

     そんなあるひ。
     まるで ゆきのように まっしろな ねこが、
     ちさとの いえを、たずねてきたのです。

     「ちさとちゃん、こんにちは。わたしの 
      なまえは、ふゆねこです。
      きょうは、ちさとちゃんの おかあさんに
      たのまれて やってきました。」

     ふゆねこは、おかあさんが あみかけの
     ちさとちゃんの てぶくろを あみに
     きたのです。

     悲しい物語の最初に、どんなお話になるのかなと心配しましたが、ちさとちゃんに寄り添った、心がほんわりする、『とても あたたかな きもちになる』お話でした。
     こみねゆらさんの絵が可愛らしく、ふゆねことちさとちゃんを包み込んでくれています。

     ちさとの おじいちゃんと おばあちゃんが、
     にっこり わらって ちさとちゃんの
     おたんじょうの プレゼントを とどけに
     きてくれました。
     それは、 
     おかあさんが ちさとちゃんに ないしょで
     おたんじょうまで 
     おじいちゃんと おばあちゃんに あずけておいた
     しろい ねこ です。

     ちさとは にっこり ほほえむと、
     あしもとに すりよってきたねこを だきあげて
     りょうてで そっと だきしめました。

     胸が熱くなるお話ですね。
     素敵な物語を紡ぎだす、かんのゆうこさんの作品を、さらに読んでみたくなりました。
     

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    2025年02月10日
  • ふゆねこ

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    胸がキュッとなるオープニング
    でも、表紙のピンクマフラーのシロネコちゃんの姿を頼りに読み進める
    お母さんの娘さんへの気持ちの強さを感じてホロリ

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    2024年10月14日
  • ふゆねこ

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    最初の始まりから涙が出そうになるのを堪えながら読んだ。
    このシリーズの中で一番優しくて悲しいお話なんじゃないかしら。
    子どもを残して旅立たなければならなかったお母さんの気持ち、残された女の子の気持ちを想像するともう( ; ; )
    ふゆねこさんは誰かを温かさを届けるためにいるのね。
    ありがとう、お母さんの心残りを届けに来てくれて。
    私のさ、亡くなったお友達のお子さん、表面上は元気なの。
    でもたまに学校で見かけると一人小さくなって座っていることがあって。
    何度お母さんの代わりに抱きしめてあげたいと思ったことか分からない。
    亡くなったのも結構急なことだったから…ふゆねこさん、私のお友達とあの子の所にも行ってあげて。
    お願い。

    …と暗くなってしまった。
    この四季のねこシリーズ、表表紙を並べるとそれぞれの絵描きさんの個性と四季の色合いがはっきりと分かれていてそれはそれでとても素敵なんだけど、裏表紙を並べるとあら不思議、統一感があってとっても素敵なの。
    これは4冊並べて見てみる価値があると思う(*´꒳`*)

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    2024年08月11日
  • ともだち できたよ

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    友達が欲しいウサギが、カッパと友達になるまでの話。文章は優しくて読みやすいけど、途中に出てくる動物たちの言葉は、キツイものがあるかな。

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    2024年06月10日
  • ふゆねこ

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    冬の風が吹く頃にちさとのおかあさんは亡くなった。
    「おかあさんはね、おほしさまになったんだよ。」とおとうさんは言うけど、星のなかにおかあさんは見つからない。
    ある日、真っ白なねこが、ちさとをたずねてやってきた。
    ふゆねこと名乗る白いねこは、おかあさんに頼まれたと言って、てぶくろを編みはじめる。
    器用に編み上げて、くさりあみのひもでつないで出来上がり。
    かたほうだけなくして、悲しかったことがあるのを思い出した。
    ふゆねこは、雪の中帰って行った。
    おかあさんのいない初めての誕生日におじいちゃんとおばあちゃんが、おかあさんからのプレゼントだよとかごのふたをあけると…。

    寂しいイメージだなぁと…だけどページをめくるたびにふゆねこのしぐさや表情が気になってくる。
    ふゆねこの目の中には、ちさとが映っている。
    2本足で立てば、ちさとと同じくらいの背丈で、てぶくろを編んでいる手の柔らかさまで感じるようで、またうつむいて目を閉じてるようなところもおかあさんみたいだと、ちさとも感じたのではないだろうか。

    ラストがこういう展開だとは思わなかったけど、最初からおかあさんはプレゼントを決めていたことに少し驚いた。


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    2024年01月19日
  • おーばあちゃんはきらきら

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    ネタバレ

    おーばあちゃんっていうのは、小学校一年生のチイちゃんのひいばあちゃんのことだ。

    おばあちゃんのうちのはなれに住んでいて、ときおりおばあちゃんと一緒にチイちゃんのところに来たり、チイちゃんが遊びに行ったりもする。

    チイちゃんはおーばあちゃんが大好きだ。ちいさくてほそくてしわしわで、すきとおった淡いひとみ。もうこの世のガツガツした生活や欲望から遠く、淡い夢の世界、いうなればピュアなイデアに近い世界に生きるひと。あるいは、「この世」の外側に近い場所。

     ***** ***** *****

    子供、年寄り。

    まだ「あちら側」から来て日が浅く、この世に定着して間もない者、まもなく「あちら側」へ召されようとするもの。死後未生のその境界に接している者たち。

    あるいは、いわゆる「女、子供、年寄り」というカテゴリは、一般にこの社会の中枢、中心機能の「周辺」、外側に近いところに位置付けられている。

    更に言えば、ここではおかあさんやおばあちゃんはチイちゃんにとっての「社会」、現実の日常生活、社会の側にいる。対して、「おーばあちゃん」がその外側、この世界のマトリックスの不可思議な混沌への繋がりを担当する役柄を担っているのだ。

    その繋がりの手だては、物語。

    時折チイちゃんにお話ししてくれる、記憶の中の思い出話。あるいはおとぎ話。日々を、日常の出来事を、不思議や喜びや美しいもので満たすためのファンタジイに満ちたイデアの側を語る物語。

    …これは、おーばあちゃんがチイちゃんに語ってくれた小さなお話が8章集められた短編集である。こみねゆらさんの繊細で美しい絵が物語世界を美しく彩る。

     ***** ***** *****

    第一章「赤い鳥と青い鳥」という始まりと第八章「金色のトカゲ」の結びがきれいに対応している構成上の美しさも深い読後の余韻を生む要素である。感銘を受ける見事なうつくしさだ。

    赤い鳥と青い鳥。チイちゃんがよぼよぼしわしわとして弱々しいおーばあちゃんに「年取ってるってかわいそう」と言ったとき、それを否定するために語ってくれた、おーばあちゃんが小さな女の子だった頃の思い出の中の不思議なお話。

    広場で一緒に遊んでいた友達とはぐれたとき見つけた、長い柵にとまっていたきれいな赤い鳥と青い鳥、捕まえられそうで捕まえられなくて、ぴょんぴょんと交互に逃げてゆく二羽をどんどん追いかけてゆく。その果てに、二羽が同時に飛び立ち、赤い鳥と青い鳥が紫の靄に変わってきらきらとあたりを包み込んだとき、変容した世界が現れる。

    そしてそこにはひどく年取ったお婆さんが、…今のおーばあちゃんが、小さな女の子だった自分をにこにこと迎えたという。

    「よくここまできたこと。いつかまたいらっしゃいね。鳥をおいかけてずうっときたみたいに、少しずつ。ずうっとずうっといらっしゃいね、きっとよ。」

    と、小さな女の子だったおーばあちゃんに言ったのだという。

    自分がおばあさんになったときの未来を見たという子供の頃の未来幻視の不思議な記憶のお話なのだ。人生のはじまりのときに、そのゴールまでの時間が、象徴的なフィールドで描かれているお話。

    赤い鳥、青い鳥は、人生のさまざまな場面でそのときそのとき追いかける、さまざまの目的、美しいもののかたちのメタファ。そして、ひたすら追いかけた末、それらがそれらとしての具体性を失い、雲散霧消したようにみえた人生の終わりのとき、けれどそれは具体性としての赤と青の鳥のかたちを失った果てに、違う姿、赤でもなく青でもなく、けれどその両方の属性を失うことなく紫の靄というアウフヘーベンされた姿できらきらと美しく、幸福に主体を包み込む。

    ーーそこに今たどり着いた、今のこのおーばあちゃんの姿にたどり着いたのだというのだ。

    長い人生、そのひとつの物語の不思議な美しい風景が、ただ目の前の時間、目の前の赤い鳥と青い鳥を夢中で追いかけて長い長い柵(時間)を駆けてきたその長い人生、それを成し遂げて赤と青、それらすべてを得た紫の靄の輝く美しい約束の地、目的の地にたどり着いた充足のことを彼女は語っているのだ。

    その地は、世界のすべてを、己の人生の輝き、広い広い果て無い広場(世界の無限)のすべてを感じながらひとすじの慎ましい自分の時間(うつくしい赤い鳥と青い鳥の明滅するひとすじの長い柵。)をまっとうした先の完璧な場所、過去のすべてがトータルにインテグレードされた特異なフィールド。

    ーーーそれから、おーばあちゃんは、きらきら目をかがやかせながら、
    「ほおら、ちゃあんとこうしてついたんだもの、だから、ちっともかわいそうなんかじゃないの、とってもうれしいのよ」
    っていったのよ。ーーー



    そうだ、それがこの上なく美しい全肯定された世界であることを、今まで生きてきた世界と自分とがすべて肯定される美と喜びの満足で満たされた場所であることを感じ、無事そこを人生の最終フィールドとしてたどり着いた自分の年月を、老いた形をも含めて祝福されたものとして彼女は喜ぶのだ。

     ***** ***** *****

    この物語構成は、宮澤賢治の「マグノリアの木」という小品を思い起こさせる。

    賢治のお話の方は、諒安という主人公が、じめじめとした霧の中、苦難に満ちた道のりを修業として上り続けるというものであるが、彼が頂上にたどり着いたときに、すべての今までの道のりが美しいマグノリアによって祝福され、光り輝いていたのを発見するというストーリーになっている。

    ひたすら目の前のことに夢中になって無心に歩んできた道のり。ゴール、目的地についたとき、ふりかえると、その歩んできた道のりこそが輝き、価値そのものであり、目的地をトータルな形で輝かしいものにしているいう意味あいをもつ物語構成だ。

    「マグノリアの木」はこちらに全文が掲載されているので参考に。


    ***** ***** *****

    2章から7章にかけても、チイちゃんの日常やおーばあちゃんの記憶の中の物語が魔法やファンタジーを交えて楽しく語られる。現実なのか夢なのか分からなくなってくるような、子供の頃の魔法や夢に満ちた豊かな世界が現実にまじりこんでくるような、不思議な味わいの物語。おもちゃたちの会話、空き家のもつファンタジー、お人形たちの生き生きと活躍するお話。

    そうして、結びの短い第8章が、おーばあちゃんのお話の魅力の秘密をかたるお話「金色のトカゲ」である。

    さて、この前の7章のお話では、夢や不思議を打ち壊す現実、という冷ややかな種明かし的な展開がある。(小さなときの夢を果たしてポルトガルのお屋敷で老後を過ごしているはずのおーばあちゃんの友達のその葉書の景色が、別荘地の老人向け介護マンションの部屋の風景であることの暗示)

    だが、このラストではそれでも夢の方を信じよう、「信じる」ことの真実、換言すれば、現実と真実は違うのではないか、という命題が浮き上がってきている。

    その命題が、最終章にきれいなかたちで語られ、おさめられているのだ。
    現実と真実、お話の力、物語の力、想像の力のこと。

    …さて、最終章「金色のトカゲ」である。

    おーばあちゃんのこころのなかにある思い出のおうち。思い出を管理する門番が金色のトカゲだ。

    「むかしのことを思い出すときは、この門番さんにおねがいするの。(中略)思い出のほこりをはらって、いたんだところをなおしてくれたあと、あちらこちらにきれいな色をぬってくれるの、ここはクレヨンで…ここは絵具で…って考えてね。それからわたしにとどけてくれるんだよ。だからね、どの思い出も、まるでさっきあったことみたいに、つやつやしてるんだよ。」

    「わたしは、(中略)思い出のお話、ほんとうは違っていて、金色のトカゲがあんなふうにしてくれたことだったのかなあって。」

    「だからね、じっさいには、もっとくすんでいたのかもしれないの。…だけどもね、…そう、だけどもね、金色のトカゲは、ほんとうのほんとうは、こうだったんだって色を、ちゃあんとしってて、その色をぬってとどけてくれるんだって、わたしは思ってるのよ。」

    「ほんとう」がくすんで色あせた「現実」であったとしても、そのもっともっと深いところにある「ほんとうのほんとう」はきらきらした「真実」の色で彩られているのだ、という…まるでイデア論のような「思想」「信念」「哲学」なのだ。

    「おとうさんとおかあさんが、こっちにむかってわらいながら歩いてきた。そのとき、とつぜん、ぱっとわたしは思った。わたしがずうっとずうっと大きくなって、おとうさんとお母さんのことを思い出すとしたら、おこってるときの顔じゃなく、今、見えてるみたいなふたりの顔を思い出すだろうなあって。ときどきこわい顔をしておこるのも、ちゃんとほんとうのことだとしても。」

    「チイちゃん」もまた、己の行き着くべき未来の場所をここで幻視する。1章での小さな女の子だったおーばあちゃんの物語の時間がここにきれいに重なってゆく。

    目の前のひとつひとつの具体的な小さな現実たちをやがて凌駕するべき大きな真実を選び取る。自らそのフィールドを創造する力。心の奥底にそのような力に満ちた大きな暖かな場所があれば、外側でどんな嵐が吹き荒れているように見えるときも、いつでもそれはどこかで自分の人生を支えてくれる心のセーフティネットとなっていてくれる。

    これがおーばあちゃんからチイちゃんに受け渡された物語の力だ。

    幼いころ夢に見たようなポルトガルでの暮らしを、現実の老人介護マンションの部屋の中に重ね、その想像力の中で「幸せを感ずる力」をくみ取る手法、方便とすることができるとするならば。

    人形やおもちゃたちの王国やドラマを想像することで、日々が輝き、それらを大切にし美しく価値づけることができるようになるならば。

    世界はふわりとふくらみ、豊穣な輝きを帯びる。心は何か現実のかたちに壊滅的に壊されたりとらわれ過ぎることなく、どこかに解放空間を保持することができる。そこに対抗する心の力を生み出す祝福され肯定された、誰にも侵されるいことのない輝きの力に満ちた超越フィールド。

    「真実」は心の中のきらきらした光、既にかたちを失ったその輝きのエッセンスにのみ存在する。そこでは、かたちとしての現実は既に心を落胆させたり振り回すような力を持たない、解放されたフィールドを心の中にもっていること。嘘や本当、というかたちはそこでは意味を持たないということ。

    大人が読んでも、子供が読んでも深く残る絵本というのはあるものだ。これもその中の一冊であると私は思う。

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    2015年04月04日
  • ふゆねこ

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    はるねこ、なつねこ、あきねこ、そして、ふゆねこ。四冊とも読んでみよう。特にふゆねこはじんわりきます。

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    2012年02月11日
  • かばん

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    9歳10ヶ月の娘
    6歳10ヶ月の息子に読み聞かせ

    ぼうしに続き
    かばん

    絵が可愛いんだよなー

    ロバさんのスカートすてき

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    2025年04月01日