細川貂々のレビュー一覧
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うーん、私の悩みには合わなかったかな。
合う人にはいい本だと思います。
コミックエッセイでとても読みやすかったです。
私は母の話を聞くのが本当に苦痛で、その助けになればと思って手に取りました。
でも、そもそもの読者層と私がズレていたみたいです。
私は貂々さんとちがって、そんなに自分にネガティブじゃないし、人も怖くないし、人の話を聞くのが元々好きなんですよね。
そして、母の話だけ無心で聞くのが大変難しいんです。
というのも、母は頭がこんがらがったまま話すので、突然「明日電話することにしたから~」のように話が始まるタイプで、そのまま謎は謎のまま話が進んでいってしまいます
聞いているときに「なんの話が始まったの?」「誰のことを話してるの?」という疑問ばかりで、そもそも頭をフル回転させて要点を整理しながら聞き返さないとなんの話かさっぱりわからないんです。
無心で聞いても何もわからないままで、心もほかぽかしないし、どっと疲れてなんの時間だったんだろう…となるばかりです。
また、母は自分の感情を認識することが困難な人で、自分の感情がわからないから、話の内容はすべて事実の羅列なんですよ。
誰々さんが誰々さんと喧嘩した、誰々さんがどこに旅行にいった、誰々さんはお母さんの介護でいま地元にいないらしい、そういった話のあとに湧き上がるはずの感情もなくて、「喧嘩するなんて子どもっぽいよねー」とか「旅行羨ましいー」とか、「介護って大変ねー」といった感情はなく、本当に近所の人、友達の近況、今日の自分の行動などを延々羅列して伝えられるだけなんですよ。
母はネガティブでもなく、悪口や愚痴を言うわけでもなく、事実の羅列だけなんです。
何を考えて感じる人なのか全くわからないんです。
(しかも、こういった話のときも、「どこどこに行ってきたらしくて~」と突然話が始まるので、「誰の話!?」となります。)
アドバイスしてあげなきゃとも思ってないし、何か言わなきゃとも思わないし、共感しなきゃとも思ってないし、母のためになりたいとも全く思ってないんですけど、なんの話かわからなくて、母が何を感じたかもわかりなくて、大量の球で壁打ちされているような気持ちになって、疲れるんです。
私は精神科に通っていますが、主治医は「本人を見ていないから確定診断はできないけれど、お母様はasdかもしれないですね」と言っていました。
そういったタイプの「話を聞くのに疲れる」タイプには役立たないかな…と思います。
「共感しよう、アドバイスしよう、相手のためにと、真剣に話を聞きすぎちゃって疲れちゃう」というタイプだと目から鱗になるんだと思います。
おそらく私の悩みの解決方法は、母が自身の心の動きを感じ取れるようになることなんだと思います。私は母と心の交流がしたくて苦しんでるんです。
けれど、母と私は他人ですから、母と楽しく話をしたい、普通に会話ができるようになりたい、変わってほしいと思うこと自体が間違っていて求めすぎなんだと思います。
そういった気持ちになった本でした。
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Posted by ブクログ
水島広子さんの本はもう何冊読んだだろうか。
何冊も読んでいると、対人関係療法の芯みたいなものがぼやーっと浮かび上がってくる。
一方で、どの本を拝読しても
新たな発見があり、読むことをやめられない。
一つずつ、ほんの少しずつだけど重荷を下ろしていくような、融解していくような感覚。
今回は、自虐が相手の反応を束縛する、という考え方にハッとした。
人間関係において、相手より幸せに見えてはいけない、ということを大切にしていたから。。。
そもそも私は人より幸せそうに見えてはいけないという呪縛を抱えていたのか、という発見。
常に自己評価を下げ続ける苦しみを抱えていて、
じんわり血を流し続けていたことに齡30超えて気づくという。。
水島さんの著書をきっかけに自己分析が進みます。
そして傷が癒やされていきます。
血を流した分の時間はかかるだろうけど。
漠然と自身の価値を疑っている人は読む価値あり。 -
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ネタバレ<ポイント>
・人の話を聴くときは、何か思考が浮かんだら気づき、その思考を脇に置く。その繰り返しを行って、相手の現在に集中して話を聴く。
・話をするときは、「私」を主語にする。
<ピックアップ>
〇ネガティブ思考がでてきたら、「今はそれでいい」と認める。これでいいんだと思えると、前に進める。
〇ショックなことがあっても、今はあれが精一杯自分のできることをやったから、しょうがない。今はそれでいい。
〇人と関わることで一番大事なことは、聴くことである。
〇人の話を聞いて疲れるのは、頭で整理しながら聞くから疲れる。
〇疲れない聴き方とは、「ありのまま」を受け入れる。「よい」「悪い」の判断もなし。話してくれた相手に感謝するという感じで聴く。
〇相手の話を聞きながら、「相手のためにならなくちゃ、どういうアドバイスを言ってあげたらいいのか。。。」と必死に考えいている、それは「自分の思考」。自分がどうしたらいいか?という「自分のこと」である。人は相手の話だけじゃなく、それより多く自分の考えも聞いている。アドバイスをもらってもモヤモヤする。
〇人の話を聴くときは、何か思考が浮かんだら気づき、その思考を脇に置く。その繰り返しを行って、相手の現在に集中して話を聴く。
〇話をするときは、「私」を主語にする。
〇自分が今どういう気持ちでいたいのかを選ぶのは自分自身である。
〇不機嫌な相手も、相当困っているんだなとみることができる。
〇心を穏やかにする方法
→怒り
→受け入れる。今、私は怒っていると受け入れる
→認める。でも、人間だから怒るのも仕方ない。
→自分に対して正直にある。ひどいことが起きて自分が起こっているのは現実だと認める。
→選ぶ。このまま引きずって起こっていいのか。それとも怒るのをやめておいしいスイーツを食べるのか?
→つながる。聞いてくれる相手がいたら、話す。
→現実に戻る。
〇昔もこの先も、今とは関係ない。怒りは困っているという危険信号。自分が怒ってしまったら、今、私は困っていると思う。怒っている人を見た時も同じ。
〇「なるほど」のポイントまでとにかく聴く。
〇仕事で関わる人は、仕事がうまくいく程度の関わる相手。
〇あらゆる感情が、その状況が自分の心や存在にとってどいう意味を持つか、を教えてくれるもの。ムカッとするのも当然だよねって思えば、簡単に手放すことができる。
〇自分がムカッとしたのは、相手が何らかの行動をとったから。行動と人格はくべ宇したほうがずっと楽に生きていける。
〇自分は相手の自由を尊重する。相手を変えようとしない。でも、それが今の自分を傷つけるのであれば、距離を置く。 -
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病院にあって読みました。
読んだのが今でよかったな。
一年前なら卑屈な気持ちでバカにしたかも。笑
うつという病気、状態は人に理解されにくいです。
うつになった人の家族も不安や怒りを感じて、本人を責めたくなってしまって当然だと思う。
実際、うつの人って、見てるとイライラすると思うんですよね。それで、うつだとは思わず、「この人は面倒くさいし、ネガティブなことばかり言うな〜」って思うと思います。
この事は、この作者の夫さんもエッセイとして書いてました。
当の本人からしても、振り返れば「なんであんな事考えてたのかなぁ」とか「当時は怠けてるだけって思ってたたけど、確かにこれは病気だ」とか「最悪の選択しなくてよかった」って思います。
うつになりやすい人には、認知のクセとか、考え方のクセがあって、それを直す(再構築するの方が相応しいかな)には、一度人生を休憩することが必要だと思います。
今後の人生、絶対マシになります。
私の場合は産業医の先生や、主治医の先生などが勧めてくれて、「はぁ?」とか思いながらもリハビリして、今では多くの学びと支えを得ることができました。
簡単だけど、誰でもいいから「大丈夫ですよ」って言ってもらえて、共感してもらうことが一番嬉しいですよね。
今は日々、周りの人に感謝できます。
人を追い詰める人ほど、うつになりにくいパーソナリティなんだよなぁ。自分じゃなくて人を責めるから。(人のせいにして甘えてんですよ。部長。笑)
人が考えてる事はコントロール出来ないし、その人の課題です。
だからあなたは気にしなくていい。
その事を忘れないで、ほどほどにいきましょう。
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ネタバレ死生観についての解説。
中身を知らずに購入したので、自分が求めていた「死とは?」と少し違っていた感。
涅槃経をわかりやすく表現した本。
自分は、別に経典を理解したくて読んだ本じゃないんだよなー感が残る。
後半は、さまざまな人の観点から「死」を説いている。
ソクラテス
『死ぬということは 生きてる自分がなくなってしまうこと』(96頁)
『死ぬということは 生まれる前のような意識になることかもしれない』(100頁)
イエス・キリスト
『死とは いったん待つこと』(111頁)
『死ぬって魂が神様のところに一旦帰って みんなでこの世の終わりを待つこと 生き残った人はさびしいけれど 死んだ本人にとっては悲しいことじゃない』(123頁)
オマル・ハイヤーム
『死とは合格すること』(127頁)
『イスラム教では 今、私たちが暮らしているこの世での生活は 死後の世界とくらべたら ずっと軽々しいかりそめのものにすぎないと言われている つまり 人間として暮らしてるこの時間は たとえれば入学試験のようなもので 合格すれば来世で楽しい大学生活が待っている』(135頁)
宮沢賢治
『死とはひとりで行くこと』(141頁)
エリザベス・キューブラー・ロス
『死とはちがう世界に行くこと』(157頁)
『死から派生した苦しみ やがてくる死 あるいは親しい者の死 私たちはそれを受け入れることができない なぜなら私たちが死を知らないから』(159頁)
『私たちは人として大人になって 何不自由なく生活してると思ってるけど 実はイモムシなんじゃないかって 毎日食物を求安全な場所を求め 夜になったらじっとして 近い未来のことなど心配して 規則正しく生活しているけど やがて年をとったイモムシは病気のようになってしまう 他のイモムシたちは動かない固い蛹を見て さようなら もう2度と会えないねと思うけれど 本当は蛹から飛び出してくるものがある イモムシたちは 空で舞っている蝶に気付けない』(171-173頁)
最後にわかってはいるが、それをそのまま捉えたくないのだろうと思う言葉があった
『自分もいつかは死ぬ 周りの人も死ぬ それは特別なことじゃない』(181頁)
1番この考え方良いなーと思ったのは、キューブラー。
過去に死の受容5過程を学んだことがあるせいか?この考え方が1番しっくりした。
メメントモリ。
死を常に自分ごととして考えていく。
これが大事なんだろうな。
(頭じゃわかるけど寂しい) -
Posted by ブクログ
ネットのインタビュー記事で「この本ですごく変わった!」と書いてる人がいて興味を持った。
著者は心理士で、気分転換の方法がたくさん載ってるのかな〜ぐらいに思ってたらガッツリ苦しんでる人向けで、私には必要なさそうと思いつつ今後何があるかわからないし読んでみた。
最初の落ち着く方法の1つに「毛布にくるまる」というのがあって、5歳の子がまさによくやってるのは落ち着く効果もあるのか〜と。廊下を引きずるのを汚いと思ってたけど、させてあげた方がいいな。ハグも同様。(木とかクッションとかでもいいそう)
誰かとつながる、ストレスを何でも書き出すのは大変かつ辛そうと思ったけど、必要なんだろうな。
マインドフルネス実践では何でも「〜と思った(感じる)」をつけてみるというのは冷静になれそうと思った。
きっかけになった記事では、川を流れる葉っぱのワークがよかったと言ってて、浮かんでくる考えをひたすら流していくイメージらしい。スッキリしそう。気分や感情を海の波に見立てるのもよさそう。
私が思った気晴らし的なことはこれらの後に書いてあったコーピングにあたるみたい。
その後はスキーマ(トラウマに似てると思ったけど、認知のクセみたいなものなのかな)について。
愛されない、うまくできない、我慢すればいいなどスキーマは真実でないのに、ずっと習慣になってるから呪いの言葉になってしまってる。
気づく、観察する、反論していつでも取り出せる希望の言葉を持つ。
この章にあった「紙に書いてクシャクシャにする」もいいなと思った。
最終章の内なるチャイルドは読んで条件反射で抵抗を感じた。
でもここを書くのに読み返してて、薄々感じてたけど、私は子どもの頃の自分をないがしろにしてるのかもなと。
認めてしまうと小さい自分を今の自分が慈しむのはアリかもなと思えた。
これは自分の子どもに感情移入しすぎることも防げる気がする。
書いたのは私が気になったごく一部だけなので、興味を持たれた方は全編読まれた方が有用だと思います。 -
Posted by ブクログ
「死」について模索するコミック。
釈迦の高弟「あなん」といっしょに著者の分身「テンテン」は、時空と空間を超えて、「死」と真剣に向き合った人たちに会いに旅に出る。
ソクラテス、イエス・キリスト、オマル・ハイヤー厶、宮沢賢治、エリザベス・キューブラー・ロス。
コミックなので、サラッと読めるが、深く読もうと思えばいくらでも深く読めるのかもしれない。
釈迦は概ね好きだが、男尊女卑っぽいところと、けっきょく人間がいちばん!な、世界観が受け入れられない、と常々思っている。(私は浅学なので、理解が及ばないのかもしれないが)
それでも、亡くなるとき、出血や下血をし、醜く汚れてゆく自分を、動揺する書記役の弟子に「いいから、書け!」と、言ったというエピソードは強く心に残っている。(この本にはそのエピソードは載ってません。ごめんなさい。)
“人間は物事を自分の都合の良いようにしか見ない”
釈迦のおっしゃった言葉。
それだけ覚えておけば大丈夫、な気もする。