寺尾まち子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
すごく良かった。夫と息子に先立たれ、孤独な老女が一匹のネズミを拾ったことで、どんどん変わっていく。愛する存在がいることで、人は強くなれる。
どんなに年老いてからでも、愛する存在がどんなに小さな命であっても。あとがきにも書かれていたと思うが、老女とネズミという組み合わせが、さらにそのことを際立たせていると思う。
ヘレンが、ネズミのために奮闘して、周りの人と繋がっていくところは純粋に応援したくなる。
一方で、孤独で静かな生活の描写もかなり好みの文章だった。ヘレンと一緒にお茶を飲んで、お風呂につかって、失ってしまったものの記憶に立ち止まる。そんな読書体験も悪くないと思えた。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ語り口や表現が少し複雑で、前半はなかなか情景を思い描けず、正直読むのに少し苦戦した。
けれど、残り3割ほどのところから一気に視界がひらけて、そこからラストまでは止まらずに読み切ってしまった。
全体の空気感は、どこか映画 オットーという男 を思わせるところがある。
なかでも心に残ったのが、
「最後まで残されたことの唯一の救いは、誰よりも愛した人たちが、その人たちがいないせいで自分がいま味わっている苦しみを経験することはないとわかっていることよ」
というヘレンの台詞。
大人になってから、誰よりも長生きしたいと思うようになった私にとって、この呟きは驚くほど腑に落ちた。
残される痛みを引き受けることもまた、愛のかたちなのかもしれないと思わされた。 -
Posted by ブクログ
これでもか、というほどの事例が提示され、それぞれの当事者や関係者の行く末が丁寧に描かれていました。この分量のデータを集め、形にされた筆者の熱意を感じました。
以下、印象的だった内容です。
・物理的には比較的不自由なく生きてきた中で、何らかの原因で周りに馴染めない自分に理由を見つけたくて、「自分は女の子じゃないのかもしれない」という思いに至るというケースが多いということでした。
・未成年からの一方的な主張だけで、身体改造に進んでしまうと、後戻りできなくなる、ということも書かれていました。
・そこまで熱狂的にTGになりたいと思う裏側には、「仲間が欲しい」「何者かになりたい、思われたい」という欲があるという分析もなされていました。
もしも当事者が読んだら、どんな気持ちになるのか様々な想像が膨らみました。個々人で状況も心境も違うという前提はありますが、図星だと感じた人は怒り、それこそ冷静を保てないのではと心配にもなりました。
ある程度恵まれている環境にいるからこそ、いろいろなことを考えてしまうというのは、ギリシャで哲学が生まれた理由(暇だから不要不急無事を考えてしまう)ともつながるのかと感じました。この本のテーマはトランスジェンダーでしたが、多かれ少なかれ、人がものや地位など何かを欲しがる理由としては、周りの目が関わるものだと感じています。
もし無人島で生きていても、そのブランド品のカバンを欲しがったか、出世のための試験を受けたか、性別違和を感じたか、、、などと考えるきっかけとなりました。
特別な自分でいたい、なんて思わされる世の中はしんどいです。 -
Posted by ブクログ
厚くて長い本なので、最初だけ読みました。後はパラパラと。
いわゆる、トランスジェンダーと言う概念が広がる中で、本来は医学的には性不一致ではない子供たちが、メンタルの状況によって、トランスジェンダーを自認して、テストステロン投与や、手術に踏み切ってしまうと言うことに、警鐘を鳴らす内容。
そうですね、個人的な、感覚的には、何かファッションの一環というか、考え方1つで、LGBTQになるみたいなところはあるような感じは持っていました。全く否定するわけでは無いですが。
とは言え、LGBTQコミュニティーからは、割と内容的に糾弾された物議を醸した作品だったようです。
LGBTQと言うラベルをつけなくても、まぁ何でも自由に自分が思った通りに生きればいいんじゃない、別に男と女どっちが好きだっていいんじゃない?と言う感じもしますが、結構医学的にシビアな手術とかをして、後遺症が残るような事は、そっちに何か追い込まれていくのは、あまり幸せじゃないなぁとも思いました。親御さんとしては、自分の娘が何かそんな風になっていってしまうのは、止めたいなぁって思う気持ちもわかりますわね。 -
Posted by ブクログ
2020年に刊行された本書は、米英有力紙の書評で絶賛されベストセラーとなった。
米国では2010年代以降に10代の少女たちの間でトランスジェンダーとしてカミングアウトし、男性名への改名、性別・人称代名詞の変更、テストステロンの投与、乳房切除、甚だしくは陰茎形成手術などを行うケースが急増した。
本書は当事者本人、母親、教師、医者、活動家、反対派、成人した経験者などに幅広く取材し、その背景を多面的に分析したもの。
発行後、活動家界隈からは激しい非難を受けたというが、内容は極めてバランスの取れた常識的なもので、翻訳版を角川書店が発行しようとした際にも爆破予告だかの脅迫を受け断念したらしいが、産経新聞が出してくれたおかげで本邦でも日本語訳を入手できることとなった。
活動家界隈は自分の主張は声高に唱えるが、他者の言論・思想の自由の侵害には何ら気を留めないという習性が、この一点にもよく現れている。
著者の結論は、第二次性徴を迎えた思春期の少女に特有の精神的不安定さにSNSのインフルエンサーや活動家がつけ込みカルト的に洗脳されているケースが大部分で、両親は娘の反感を買うことになっても断固としてインターネットから遮断するなど、影響を及ぼす媒体、環境から本人を切り離すべきというもの。
カミングアウトし、薬品投与までした子どもを長期旅行に連れ出すなとして周囲の影響を断ち切ったところ、生来の女性としての性自覚を取り戻した実例も複数あげ、活動家がいう思春期の性自覚は正しく、一生変わらないという主張を退けている。
リベラルな親は子どもを理解したいと思うあまりカミングアウトした我が子の気に障らないようにしようとするが、薬品投与、手術をしても本人の自己肯定感が上がることはまれで、むしろ生活の質が下がる悪循環に陥る。
思春期の自己認識が不安定なのは経験した者には自明だが、それだけを根拠に専門家としての客観的な診断を怠り、改名や薬品投与、手術などの後戻りの効かない身体侵襲をむしろ後押しする医学会、大学を含む教育界などのなんと無責任なことか。
本書で紹介された少女たちは時を経て親子関係や精神や生活の落ち着きを取り戻しているようだが、こういう悪夢のようなスパイラルに陥る少女たちがいなくなることを願ってやまない。
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Posted by ブクログ
多様性を標榜する某界隈からの執拗な抗議に屈して発行すら断念したKADOKAWAのお陰で、発売前から出版が待ち望まれ、強力な宣伝効果があったその本。
この本が「差別」だと言う方々が、LGBTQ活動の中心であると言うことが、答えだと思った。
どこが差別なのか、さっぱり理解できない。
どこを差別と言ってるのか、全く分からない。
いわゆるLGBTQは、昔からその個人の問題を抱えて来た人たちと、今大騒ぎしている活動家界隈と、この本が対象にしている思春期の女性と、全く問題が異なる。
そもそも、生まれながらの性とジェンダーが違うんだと、何十年も前から言い出して来たことが、ここに至る罠ではなかったのかとすら思う。
ヒトの性は、男性と女性しかない。
つか、その男性と女性を、極めて狭い定義に押し込めてるのはその多様性を謳っている方々やろうに。
ヒトの性は、生まれながらに決まるが、社会によって育っていく。
思春期がやばいと言うのは太古の昔から言われてるわけで、疾風怒濤とかなんとか言うわな。
大半の人は悩みながら、答えを見つけてきた。
なのに今は、それを逃げることができる。逃げることを推奨する。
自我が芽生えて来た子供が、色々悩むのは当然だが、今は、簡単に、安易に、知識だけが目に入る。経験も、思慮もなく、最初に見たものに飛びつく。そこで賞賛される。ああ私は間違ってないと思う。
否定されれば、頑なになる。
それを、そうだよ、君は間違ってないよ、こっちにおいでという。出て行ってはいけないよと言う。
カルト宗教と変わらん構造やんか。
判断力が無いうちに、取り込んでしまう。
いわんや、肉体的な施術や投薬で、気がついても帰れない状況に追い込んでしまう。
それを問題視している。
本当の「性同一障害」で悩む人を一言半句も否定していないし、活動家の「活動」自体にも、一言も言及していない(と記憶しているが)。
問題提起として、極めて良書だと思います。
それが困るんだろうが。
なんで困るんだろう。