澤康臣のレビュー一覧
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ネタバレスマホアプリを通して、当たり前のようにタダで情報を得ているけれども、メディアが情報を得るのには、人件費などのコストがかかっていると再認識させられた。つまり、私たちは対価を払わずに情報を得ているということ。
この状態が続くと、情報の質が低下し、国民が様々な社会問題を正しい情報で考えられなくなると危機感を覚えた。
また、日本国民は、国内の政治情勢などに無関心すぎるとも思った。本の中で、市民は政策のお客ではなく参加者であると書いてあり、共感した。いうなれば、今の日本国民は文句ばかり言うお客。もっと、自分たちの国をよくするにはどうしたらよいかを考えるべきだし、それを考える為に、精度の高い情報に対価を払うべきだと感じた。
この本を読んで、楽天証券を通して読めるテレコン21を読もうと思ったし、change.orgなどで、署名活動に参加しようと思った。 -
Posted by ブクログ
ジャーナリズムの国際的な動きを具体的な事例から紹介して、そのあとに日本はどうか、ということについて書いていて、流れとしても読みやすかったし内容もおもしろかった。
ジャーナリズムについてジャン―なリストの視点で取材する、しかも日本人の視点から、国際的な視野で書いである本なので、とても興味深かった。
「パナマ文書」がニュースになって特に調査報道の価値が世界に認められたと思うけれど、じゃあ日本社会ではどうなんだろう、って考えたときに、ニュースの消費者として、もっと時間をかけて追及するジャーナリズムに価値を置き、支持を示さないといけないと思った。
また、前に日本の判例を調べていたけれど思うように情報を入手できなかったことを思い出した。公的に明かされるべき情報は、とことん追究すべきだし、現在の法的制度でそれが合法でないのであれば、制度自体を正す必要も出てくること、そのためには市民の一人一人が社会はどうあるべきかについて意識して生きること、その環境を作ることが大事だと思った。
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「特定秘密」って誰に対して何を秘密にしたいんだろう。秘匿することが必要であるという選別は誰が行う権利を持っているんだろう。 -
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自分のためのメモになります。
政府も警察も国境を超えない、でも犯罪組織に境界線はない、だから我々記者は国境を越えて力を合わせる、そうすることにしたんだ・・。華々しいことより、地道なことが書いてあった。地味な調査取材は時間もお金もかかり、記者がお荷物扱いされることもある・・フランスの大新聞は企業の資本が入ってしまったこと、いまやNPOがメディアを運営すること、寄付金で調査取材をするメディア、ベトナムの学生の調査取材が毎年、新聞に掲載され、1面を飾ることもあること、インタビューを成功させるためには記者が「人間らしく正直に」なぜ話してほしいかを伝えること。悲しみの中にある遺族であっても厳しい状態にある企業の役員であっても。行政や裁判所がデータを出してくれないから、週に何回か電話したり、早く出していただくために何か手伝えることはあるか聞く。その場にふさわしい態度をとることの大切さ。
意外だったのはアメリカでは被害者の情報も含め事件や裁判内容が公開されること。江川紹子いわく、報道されるのは嫌だと思う。でも個人にとっていやなことと裁判を公開しないことによる公共や社会へのマイナスと、両方を考えなくてはいけない。実際、一見、関係ない裁判内容がいろいろな調査取材に役立つのだと言う。 -
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久しぶりにジャーナリズムの本を読んだが、真摯な態度で貫かれている良書だった。新聞の購読者が減ることにより記者の数も減らされていたり、読者の側も目に付きやすい情報に向いてしまうと社会への理解や関心がどんどん低くなることが心配だ。
日本では、日本ファクトチェックセンターやファクトチェック・イニシアティブがファクトチェック活動している。
真実の情報よりデマの方が6倍速く拡散する。後から誤情報を修正しても、それを強く信じるグループにはあまり効果がないという調査結果もある。誤情報を効果的に修正するには、ファクトチェック側の発信源が高く信頼できること、新たな枠組みで考えられる材料を提供すること、相手の世界観や信念を否定しないこと、できるだけ早く修正することが有効。
他人が発信した誤情報を訂正する際は、正しい情報だけを伝える方が良い。「(誤情報)は事実ではない」という言い方をすると、誤情報を繰り返すことにより、かえって印象を強める効果がある。
被害者が自分の経験を社会に公表し、不正を正し世の中を良くするために訴えることに対して、それをバッシングをする人は、個人的なメリットがなければ、こんな行動するはずがないという見方があるため、売名や政治的意図などについての憶測が出てくるものと思われる。
2001年に日本新聞協会と日本民間放送連盟は、多数の記者による乱暴な取材を防ぐための対応策を決定した。それ以降、メディアスクラム防止はメディア界の共通認識となった。
新聞社の総売り上げは、2005年の2兆4000億円から2020年の1兆4800億円に4割近く減少した。発行部数は、2005年の5250万部から2020年の3500万部へと2/3に縮小した。従業員数は、2005年から2020年までに25%減少したが、記者の数は13%の減少に抑えている。
TBSテレビのサンデーモーニングは、番組が打ち切られず、生き延びられる程度の視聴率が維持できれば、番組の質重視で考える生存視聴率という考え方で、1987年から放送を続けている。 -
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ネタバレ事実は把握していない、は、事実はない、とは言っていない。
市民は、行政や政治のお客様ではない。運営側である。これが民主主義。
「太陽光は裁量の消毒薬」=公開して暗闇にしないことが、解決に不可欠。
「取材源の秘密は職業の秘密に当たる」=証言を拒否できる。
新聞は裏付けを取って書いている。噂話では書かない。
三菱電機のサイバー被害では、社内にも知らされなかった。
東京医大、三菱電機、富山市議会、秋田の地上イージス、など。報道がなければ、知らされなかったことばかり。市民は運営側だからこそ、知る必要がある。
スクープは2種類、先んじて報道するものと、公表されないことを報道するもの。
先んじて報道することも、発表がなければ報道されないと思わせないためにも価値がある。政府の都合のいいタイミングで発表される恐れがある。独裁者の死など。お客さんではなく運営側だから。
大本営発表を安易に信じない。
ニュースは定食で見る=すべてのニュースを見る。新聞には定食機能がある。運営側である市民の基礎情報。
定食を提供するには、定点観測しておくしかない。
アメリカには全国紙という概念は乏しい。ローカル死が6700紙ある。
日本は自分の意見がなくてもうまくいく。むしろ意見をいうとたたかれる。アメリカでは、逆。運営側の意識がある。
デマの拡散速度は真実よりも速い。
SNSは定食ではなく、あなた好みの情報だけ。
スマホアプリはスロットマシン。
日本はツイッターの匿名性が好まれている。フェイスブックの実名公開に抵抗感がある。高校で実名を明かさないように指導している。
国家公務員に秘密を洩らさせることは違法だが、報道のためであれば正当な業務行為。=西山事件。
ミランダルール=手錠をかける際に、権利を告げるルール。
西山事件、朝日訴訟、レベタ訴訟、永山事件、など。裁判に市民の名前を付けるのはレアケース。
中立の立場とは難しい運用。運営側としての判断ができない。中立よりも独立がキーワード。
記者が、事件を前にして報道に専念していいか。助けるほうが先か。
高校生新聞で、自校の応援となることを避けているか、が問われる=独立性が失われる。
公共放送は、民による民のための放送局。政府からも独立しているもの。BBC、NHKの受信料制度は政府やスポンサーへの遠慮、視聴率を優先をしないため。
取材相手には原稿を見せない=報道内容への介入を防ぐ。
ネット広告は、新聞雑誌の広告のようには稼げない。
デジタル市場競争会議の報告では、ネット広告はブラックボックス化している。
デジタルだとメディアは儲からない。広告費がプラットフォームに搾取されている。
デジタル有料化の動き。ネット上のニュースはただ、ではなくなりつつある。
TBSのサンデーモーニングは定食的な長寿番組。
全体をSCANできることが、紙の新聞の長所。 -
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澤康臣(1966年~)氏は、東大文学部卒、共同通信社の社会部、外信部、ニューヨーク支局、特別報道室等の勤務を経て、専修大学文学部ジャーナリズム学科教授。共同通信社勤務時には、「パナマ文書」の調査・報道の担当、「国連記者会」(ニューヨーク)理事、英オックスフォード大学ロイタージャーナリズム研究所客員研究員等も務めた。
本書は、この20年間のデジタル技術の飛躍的進歩とインターネット情報の指数関数的拡大を背景に、ニュースや報道(所謂「ジャーナリズム」)とその他の情報の区別が曖昧になる中、著者が30年間記者として働いた経験を踏まえて、ジャーナリズムの意味について綴ったものである。
ジャーナリズムとは如何にあるべきかについては、米国の本『The Elements of Journalism(ジャーナリズムの原則)』から、報道のおきて10ヵ条として以下が引用されている。
①ジャーナリズムの第一の責務は真実である。②第一の忠誠は市民たちに対するものである。③その真髄は事実認識の厳格さにある。④その仕事をする者は報道対象から独立を保たねばならない。➄独立した権力の監視役を努めなければならない。⑥皆が批判と歩み寄りの議論をする場を提供しなければならない。⑦重大なことを面白く、自分事に感じられるよう努めなければならない。⑧ニュースがものごとの全体像をバランス良く示すように保たねばならない。➈その仕事をする者は個人としての良心に従うことが許されなければならない。➉市民もまたニュースに関して権利と責任がある。
本書の内容は、過去の報道の事例等を引いて、この10ヵ条の重要性を説明している部分が大きいが、更に、SNS全盛の時勢を踏まえて、SNSとジャーナリズムの違いやSNSの問題点(偽情報・誤情報を含む玉石混交であること、自分好みの情報が集まるシステム的な問題、匿名性の問題等)、また、ニュースにお金を払うことの意味等についても、詳しく述べられている。
私は以前からジャーナリズムに関心を持ち、本書に出て来るノンフィクション作品の多くも読んでおり、著者の主張の大半はこれまで感じてきたことなのだが、一点新たに考えさせられたのは、「実名報道」の意味である。日本ではしばしば、被害者や被災者(場合によっては、加害者も)を、本人や家族に配慮して、匿名で報道することがあるが、著者は、基本的には実名で報道するべきというのだ(欧米では実名報道が原則である)。それは、「本人や家族が公表を望むかどうか」と「社会やその歴史にとって重要な情報かどうか」は全くの別問題であり、社会をより良くしていくために必要なことだという。そして、実名報道によって、取材や報道で嫌な思いをしたり、SNSで誹謗中傷を受けたりする現実も理解しつつ、それでも、「平穏や秩序のため情報を統制する社会」よりも「市民が情報を生かし、差別や偏見をしない社会」という理想を追求するべきと強調する。
そして、上記を含めて、ジャーナリズムの最も中心的な役割とは、「市民が民主主義の『運営側』として、必要な情報を得る」ようにすること、という著者の軸には全く振れはない。
ハウツー的な内容を期待すると少々肩透かしを食うが、ジャーナリズムに関心のある向きには興味深い一冊だろう。
(2023年6月了) -
Posted by ブクログ
企業や政治家が絡む事件の報道は、大手メディアは時として追及が甘くなるケースがあります。そこには監督官庁への忖度であったり、広告主への配慮であったり様々な”しがらみ”が存在します。そのような制限とは無関係に報道できるのがフリーのジャーナリストですが、一方で組織力、取材資金などの制限を受けざるを得ません。国際犯罪では最早一人のジャーナリストで事件の全体像をつかむのは不可能になってきており、そこで脚光を浴びるのが本書で紹介されているフリーのジャーナリストによる国際協力組織です。
本書1章では、国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)がパナマに数多く存在するタックスヘイブンを利用した著名人、政治家の税金逃れの現状を明らかにした「パナマ文書」の裏側を紹介しています。
本書2章ではアゼルバイジャンのアリエフ大統領一家が、国営企業株の取引で巨額の利益を上げたケース、イタリアマフィアが南アフリカのダイヤモンド産業から巨額の資金を得ていたケースなども、同じような国際協力組織が事実を明らかにした例として挙げられています。
これだけでも十分、国際報道の舞台裏を伺い知ることができて興味深いですが、最も印象に残るのは本書5章の、「日本における調査報道の危機」に触れた部分です。
日本では「個人情報」が「プライベート」と同一視され、事件・事故報道でも実名を極力排した報道に向かいつつあります。また裁判資料について、個人情報保護法や刑事訴訟法の改正で、裁判以外の目的で使用することが禁止されたため、記者が事件報道のために訴訟資料を利用するハードルが非常に高くなってしまいました。現在の状況は、確かに事件・事故に巻き込まれた一般市民が報道によって多くの人の目に晒される状況を回避できる一方、行き過ぎた匿名性は権力者や監督官庁による情報の独占を許し、また公開されたくない情報を都合よく隠すことができる状況を作り出す遠因となります。著者が感じている日本における調査報道の危機が、本書5章に実例を挙げつつ詳しく述べられいます。
本書が出版された2017年から4年が経過しました。安倍政権後期から菅政権を経て、状況は著者が危惧した方向にかなり進行しているのではないかと改めて認識させられました。 -
Posted by ブクログ
デジタル技術の進歩を背景としたグローバリズムの進展は、ジャーナリズムの世界も劇的に変えようとしています。
それを如実に示したのが、記憶に新しいパナマ文書のスクープでした。
本書の第1章でも取り上げていますが、その舞台裏は実にスリリングで、この種の本としては珍しく興奮して読み耽りました。
きっかけは、南ドイツ新聞の記者の元に届いた1通のメールでした。
「こんにちは。私はジョン・ドウ(匿名太郎)。データに興味はあるか?」
同紙は、2・6テラバイト、実に1150万通にも上るパナマ文書を入手することになります。
しかし、パナマ文書には各国の有力者や関係者、さらには犯罪者が密かに設立した匿名法人が記されています。
とても、1社では手に負えないと判断した同紙は、国際調査情報ジャーナリスト連合(ICIJ)に連絡し、調査報道プロジェクトとして展開することを提案し、受け入れられます。
そこから各国のジャーナリストが連携・協調し、膨大な量のパナマ文書を分析する作業が始まります。
もちろん、報道解禁までは秘密を厳重に保持しなければなりません。
万一漏れれば、パナマ文書に記載された当事者に対策を講じられる恐れがあるからです。
実際に、大勢のジャーナリストが関わりながら報道解禁まで一切情報が漏れなかったのは驚嘆に値します。
報道が解禁されるや、同時多発的に各地でパナマ文書報道が火を噴き、国際スクープとして世界の注目を集めたのは周知の通り。
本書では、アイスランドの記者がだまし討ちで、パナマ文書に記載された同国の首相をやり込める場面も出てきますが、まさに痛快そのものです。
アゼルバイジャンなど民主主義が十分に機能していない国で国際協力して立ち向かうジャーナリストたち、ダイヤモンドを巡って暗闘するマフィアの罪を暴いたのはイタリア・アフリカ各国記者連合でした。
報道はグローバル化し、そこに既存のメディアだけでなく各社のスター記者を集めたNPOも加わって加熱します。
キーワードはやはり「デジタル技術」でしょう。
現代のデジタル技術がなければ、パナマ文書をはじめとする国際スクープの数々はとても成し得なかったに違いありません。
一方で、こうしたグローバル化する報道が、各国の地元記者によるローカルなジャーナリズムに立脚していることも明らかにされます。
「プロの取材は結局、人間と人間のコミュニケーションによって成り立つ」
との言葉が重く胸に響きました。 -
Posted by ブクログ
タイトルから、ニュースを受ける側がファクトチェックをして、事実かどうか確認すべきだという視点に立った本なのだろうと思っていた。
だが、実際読んでみると、共同通信の記者だった著者がジャーナリストの立場から報道とはかくあるべきだと語る骨太の内容だった。
報道の役割は事実を市民に知らせること、市民が社会の「運営側」として考え行動する上で大切な事実を公表すること。
SNSに比べ、報道メディアは情報の受け手である市民にとって大切かどうかを最重要と見る。正確さが命であり、複数の目でチェックするため、SNSのように機敏にはいかない。
SNSは「あなた好み」のコンテンツを多く表示する。
東京医大の女性差別入試、三菱電機のサイバー攻撃被害、富山市議会の政務活動費着服、秋田市の地上イージス艦配備に関するデータなど、記者が真実を調べなければ、市民が事実を知らずに暮らしていた可能性が高い。
市民にとって大切な真実を伝える報道の力をあらためて認識した。 -
Posted by ブクログ
「ニュースにお金を払う」、考えさせられる。
というのも最近新聞を取る人が減ってて、政府や権力者に黙っていると評価されても仕方がない日本のマスメディアが思い浮ぶ。取材にはどうしても費用が必要でこの費用はケチれるものじゃないから、(単純すぎるかもだけど)お金が減ると取材の質の低下を連想してしまいうんだなあ。(いまもそうかもだけど)偏ったり閉鎖的なニュースばかりTVや新聞がはこびれば、それが日本人の知性の低下につながる訳で、なんとかしなきゃいけない側面な気がする。
健全な民主主義の運営とニュースの関係性、考えると痛いほどその意味がわかるなあ。
後はニュース内容の真偽や偏見があるかとかの見極めや考察等、知る側としてニュースを目にしたらまずは「ちょっと自分でよく考える」ってアクションが凄く大事だなあと改めて実感しました。