倉田真由美のレビュー一覧
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読んでいて心がギュッとなる箇所がいくつもあったけど、タルタルのファミチキを食べさせてあげられなかったことをずっと後悔しているという話に思わず泣きそうになりました。
余命宣告を受けていても、それを体調の波とともに何度も越えてきていた叶井さんになら「明日がある」とくらたまさんが思うのもわかるし、自分もその状況ならきっとそう思っただろう、いや、信じただろうな…そんなことを考えて胸が詰まりました。
終盤、くらたまさんが「『夫の余命はそんなに長くない』ということに向き合いきれませんでした」と述べられていましたが、向き合いきれたと言える人なんて滅多にいないのではと思うと同時に「そもそも”向き合う”ってどういうことなんだろう?」という根本のところについてしばし考えさせられました(今はまだ、答えはこれっぽっちも出ていません)。
また、途中に挟まれる萬田先生のコラムの中で「最期の瞬間が大事なのではない(p191)」の項は何度も読みなおしたくなるくらい自分には響きました。
”生きているうちに、ありがとうを伝え合い「いい人生だった」と感じられていれば、穏やかな旅立ちの準備はできていると言えるのです。”
最期の瞬間よりも、生きているうち、気持ちを伝え合える”今”が大事なんだと改めて教えていただきました。 -
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2022年5月、夫・叶井俊太郎の「顔や体が黄色くなる」ことから始まった、私たち家族と「すい臓がん」の記録。
いまの日本において、「抗がん剤を打たない」という選択はとても少ないなか、叶井は抗がん剤を一切からだに投与することなく1年9カ月を生きた。 くらたまは言う。「自分の命や人生の在り方を決めるのは本来自分自身のはず。でも日本では一旦がんを発症すると自分の死に方、生き方が全部医者に丸投げになってしまうケースがほとんど。そうじゃない生き方ができること、何をして何をしないか自分で決めてもいいことに気付いて欲しくて筆をとりました。
〝自分で選べる〟って当たり前のことを、知らないままの人が多いんです」。 〝がんの王様〟とされるすい臓がんにかかりながら、抗がん剤治療を受けなかった夫は、どのように生きたのか……
まだどこにもそんな例がとりあげられていないなか、確固たる意志を貫いた生き様を、貴重すぎる家族の記録を、妻である倉田真由美が、自分の言葉で綴った640日間。
とても参考になった。
私も、抗がん剤や放射線治療をしない人の経過を知りたいと思っていた。
同僚が膵臓がんではなかったけど 去年亡くなった。亡くなる1ヶ月くらい前までは 頑張って休み休み仕事に来ていた。抗がん剤治療をしていたけど 結局5年くらいで亡くなってしまいました。
私の母親も癌で亡くなったけど いろんな所に転移していたし 歳も歳なので治療はしなかった。なので、あっという間に亡くなってしまった。
母はまさかの思いだったから もっと生きるつもりだったみたいだけど 私は父親が65歳で突然亡くなって以来、死のことをいろいろ考える機会が増え すごく意識して生きるようになった。
自分の人生は やっぱり自分で決めるのに限ると改めて思いました。
この本の筆者さんも旦那さんも一生懸命まっとうに生きた日々だったのがとても伝わってきました。 -
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テレビでそこまで言って委員会 に倉田真由美さんが出ていて
ご主人が抗がん剤を使わないで亡くなった
検索しても 抗がん剤を使わない過ごし方が
出てこなかったので 本にしました。
と言ってられて すぐに取り寄せました。
夕方に本が届いて 一気に読みました。
森永卓郎さん推薦
なんて書いてあるので 森永さんの前に亡くなられたんですね。
膵臓ガンだそうです。
抗がん剤は使わなかったけど
何度もステンドを入れる手術をされ
腹水もぬいておられる。
元気で会社にも行き 沢山好きなものも食べられたけど
痛みもあり 奥さんは泣いてしまう。
このご主人 ユーモアのある明るい方だったので
乗り切れたのかもしれない。
お家で看取られています。
50代だからできたのかもしれません。
ガンと戦うのって 患者本人も周りの家族も
エネルギーがいりますね。
森永卓郎さんも亡くなったし
お二人とも 悔いのない人生だったんだと思います。
倉田真由美さんも これ以上はできない看護です。
ガンは人ごとではありません。
私 こんなに覚悟ができるかしら
と思いました。 -
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久々に面白い巻だった。
ネットナンパ士Saiは、対局する女の子のことを最大限気遣う姿勢が感じられ、割と好感。ブルースのように自分の目標を達成する=打つためなら何でもありで、その後のフォローなしという姿勢と比べてしまうからかもしれないが。
中村ウサギの恋。ウリ専店に客として通っていたうさちゃん。22才下の男の子にうっすら恋心。セックスなしで通っていたが、ある日いつものように彼を駅まで送ったとき、「オレ今日降りない。一緒に寝たい」その日から三日三晩抱き合いまくって交際スタート。「少女漫画みたい」というくらたま。けだし!
不潔男の話は、自身ずぼらな私は同属嫌悪を感じたが、そいつに惚れただめんずうぉ~か~女子の心理には、脱帽。ある日部屋に新しいしみが合って、そこにアリがたかって行列を作っているのについてそのダメンが、「あの行列…どこまでつづいているんだろうな…」。そんな言葉にその女子は「きゅう~ん…」って!!!
その他、面白い話が目白押し。
巻末対談:加護亜依 -
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ネタバレ「このまま何もしなければ、早ければ半年、もって1年」
と余命を宣告されたが、標準治療や抗がん剤もやらないと決め
「思い残すことは何もない。いつ死んでもいい」と自由に生きた夫を支えた妻の640日間
私も義母をがんで送った経験から、延命治療は望まず、もしがんになっても抗がん剤も使わないつもりでいるけれど、こんなにブレずに後悔せず、食べたい物食べてやりたい事やって逝けるものかと驚いた
奥様としてはそこが救いでもあり歯痒い所でもあったと思うが、本人の意見を尊重して一緒に前を向けて居る所にも感動を覚える
がん末期の本にしては暗い面ばかりではなく一気読みしてしまったが、後半段々痛みが辛くなったりして心が苦しくなる
摘出手術も抗がん剤もしなかったから
余命宣告より長生き出来たのか、叶井さんの体力や気力があったからなのかはわからないが、治療を受けるより残りの時間を自由に過ごせた事は確かだと思う
貴重な記録をありがとうございます
ご冥福をお祈りいたします -
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とても辛いことなのに、くらたまさんの筆致が淡々としていて、旦那さんが後でお腹が痛くなったりするのに懲りずに好きなジャンクフードを食べてしまい呆れるというようなクダリで不謹慎かもしれないがくすっと笑ってしまったり。深刻になりすぎず、でもとても大切なことが書かれている本だった
本来自分の身体のことは自分で決めていいはずだし、病気であっても自分のやりたいことをやってもいいはずだ、いうことを改めて考えさせられた
父は肺がんステージ4が発覚し、何もしなければ余命半年、抗がん剤を使えば一年くらいと言われ抗がん剤を使ったが、とても体が辛くなってしまい、結局5ヶ月で亡くなってしまった。半年で亡くなったとしても
やらない方が最後まで元気に暮らせたんじゃないかと思ってしまう
自分だったらどうしたいか。再度考えるきっかけになった。 -
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結末を知った上で読む闘病記は、やっぱり辛い。
夫が余命宣告され、標準治療をしないという決断をする。それを側で支え続けたくらたまさん。
あっけらかんとした本人の横で、グズグズと泣いてしまうくらたまさんがいいなと思った。
気丈に振る舞って涙も見せない…という人もすごいけど、泣くということで心が浄化される気がするし、内に溜め込まないことが自宅療養をする上で良かった気がする。
辛い中でも笑いが絶えないのは、叶井さんとくらたまさんらしい。
そういえば、お葬式も「らしさ」が溢れたものだったなと思い出した。
最期までその人らしくいられるのは、理想だなと思う。 -
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「すい臓がんと闘った」ではなく「歩んだ」という表現が、くらたまさん家族を表している。
旦那さんの食欲と、何よりも生きることへの執着がないことに驚く。
こんなにはっきりと「思い残すことはない」と言える人がいるのか。存じ上げない方でしたが、どんな風に考えて人生を送ってきたのか、頭の中と記憶を覗いてみたい気になった。
遺される家族としては寂しくもあり、救いでもあったのではないか。
そうか、抗がん剤を使わない選択肢もあるのかと思いつつも、自分や家族が癌に罹患したらどうするだろうと考えながら読んだが、すぐには答えが出そうにない。
残りページが少なくなると、容体も悪化し、最期に近づいていることが分かるので、胸が苦しくなってしまった。
後悔ない人生を送った旦那さんと、常に隣にいたくらたまさん、あっぱれだと思う。
時間が経って、たくさんの思い出を笑って語れる日が来ますように。