雨海弘美のレビュー一覧

  • 消失

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    文句なしで面白かった。
    私は作中の「My Pafology」が書評家のお墨付きで出版されていたら、喜んで、すごい小説だと享受してしまうと思う。

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    2026年08月19日
  • 消失

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     モンクとその家族を通して、人種をめぐる社会や世間の不条理さが語られているのだが、その語り口に悲嘆や諦念はあまりなく、むしろ風刺の効いた展開がユーモラスだった。
     とりわけ印象的なのは、モンクが作家として熱心に取り組んだギリシア悲劇の研究が受け入れられず、書店では黒人作家というだけでアフリカ系アメリカ人研究の棚に置かれてしまう一方、貧困、暴力、性を前面に押し出した、いかにも「黒人らしい」と期待される小説が大金を生み、大きな賞まで得てしまうところだ。ここに、この作品の最大の皮肉がある。
     人種差別というと、私はこれまで、James のように肌の色によって露骨に蔑み、区別するものをまず思い浮かべていた。けれどこの作品で描かれるのは、「あなたはこうあるべきだ」というアイデンティティの押しつけであり、それはむしろもっと厄介で根深いものに思えた。そうした息苦しさを、説教ではなく風刺として描くところに、この作品の機知がある。
     それにしても、巻末の著者紹介で パーシヴァル・エヴェレット をまず「アフリカ系アメリカ人作家」と紹介してしまうのは、なんとも皮肉である。

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    2026年05月03日
  • 消失

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    【原題】Erasure

    大学で教えながら高尚な小説を書いているアフリカ系アメリカ人のセロニアス・エリスン(通称:モンク)。自身の新作の小説は「黒人らしさが足りない」と言われて出版を断られているのに、低俗な黒人小説が売れていることに腹を立てている。独身で西海岸に住んでいる彼の実家はワシントンにあり、母は認知症、貧しい人のための中絶を行っていた医師の姉は反対派の人間に撃たれ、ゲイの兄はカミングアウトして離婚、金銭的に苦しくなったモンクは、別名(スタッグ・リー)で低俗で世間受けしそうな黒人小説を書き、これが売れてしまう…。

    本書は2001年の出版で、時代設定は1990年代。「ジェイムズ」よりも20年以上前の作品だが、同様の視点の作品と感じた。

    人種差別は不公正なことであるという考えは広く認知されているが、「黒人はこういうもの」というステレオタイプな見方は消えていない。黒人は知的に劣っているという先入観は表立っては出てこないが抜けがたく存在している。だからこそ知的なモンクの作品は評価されず、スタッグ・リーの低俗な作品が「真に迫っている」として高い評価を受ける。
    この隠れた抜きがたい偏見を主題としながら、親の介護や兄弟の確執など普遍的かつ現代的な問題も取り入れた作品で、ストーリーも面白い。

    「消失」が書かれた25年前は、建前としては、差別は悪いこと、歴史的な過ちは正すべきこと、という見方が大勢であったように思う。今は、逆に「ポリティカルコレクトネス」が嫌われ、おおっぴらに人種差別発言が通っているのではないか。

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    2026年03月22日
  • 消失

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    『ジェイムズ』のパーシヴァル・エヴェレットの新作と聞いて飛びついたが、2001年の作品だった!
    それも話題になったあの ニューヨーク・タイムズ紙が選ぶ『21世紀のベスト・ブック100冊』でなんと20位という素晴らしい評価!

    面白かった。
    作家が白人なのか黒人なのか、もうそんなのどっちでもよくない?黒人はアフリカ系アメリカ人と名乗らせるのに白人はアメリカ人…?フランス系かアイルランド系かもしれないっていうのに?

    芸術にいちいちそんな言い方必要なのか…
    2001年から20年以上経った今も新鮮に読めてしまうことを翻訳者の雨海さんもあとがきで なげいています。

    先日読書会で読んだクッツェーの『鉄の時代』で、浮浪者ファーカイルという重要な登場人物が白人なのか黒人なのかで意見が別れました。
    文学なんてそれぞれのイメージで読めばいいのだと思うけれど、ステレオタイプなイメージとういうのがいつまでもある… そういう物語でした!

    主人公はセロニアス・エリスン 通称モンク(いいよね、大好き!)
    「私が暮らす社会に言わせれば、私は黒人であり、黒人が私の人種、ということになる」

    モンクは作家だが、時々大学で教えている。書いているのは知的で難解な文学であり、本は売れない。ギリシャ悲劇の語り直し的作品を書いても、黒人作家に求めていないと批判されるし、書店では残念なことにその素晴らしいギリシャ研究の本はアフリカ系アメリカ人研究の棚に置かれている…
    黒人作家に求められるのは、貧しく、差別を受けながらもアメリカで生きていく…みたいな大衆的で自虐的、涙を誘う(臭い)作品なのだ。

    医者の息子というブルジョワな家にうまれ、末っ子の変わり者、文学的哲学的な資質から、父親に特別視されてきたため、兄姉との関係も微妙。
    母親の住むワシントンに暮らす、父のような正義感の強い医師である姉リサと(彼女は中絶反対派からの嫌がらせを受けている)
    アリゾナで美容外科医をしているゲイの兄(結婚して子どももいたが今は離婚し親権も剥奪されそうな状況)ビルがいる。

    学会に出席するため故郷に帰るところから物語ははじまる。

    母は近ごろ物忘れがひどく、この先の暮らしを姉のリサも悩んでいる。モンクは何か手伝いたいが、自分の本は売れないし、大学の仕事も継続が危うい。
    兄のビルは離婚による金銭的危機にあり、あてにできない。

    しかしある事件がおき、モンクが母親と家政婦のロレインのもとで暮らすことになる。

    父の書斎にあったタイプライターを前にモンクはなぜか大衆的黒人小説『マイ・パフォロジー』または『FUCK』を偽名で書き上げた。これが…(作中作として100ページほど読まされるがムカつくけど面白い)発売前から批評家たちに絶賛されベストセラーになっていく。そのおかげで得た大金で、母とロレインの生活を支えることができるようになるのだ。

    ある日モンクはとある文学賞の審査員の仕事を受ける。しかしまさかそこに、偽名で書いた自分の作品が…!

    ところでここまでアメリカ人とアフリカ系アメリカ人について批判的にかいているのになんと集英社さんカバーの裏にエヴェレットの顔写真とプロフィールにしっかりとアフリカ系アメリカ人と書いているのが矛盾してますね。

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    2026年03月12日
  • Hマートで泣きながら

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    自宅のカウチで泣きながら、読みました。

    アメリカ人の夫を持ち、日米ミックスの子どもたちを持つ自分にとって、とても他人事とは思えない手記。この辛く尊い体験を我々にシェアしてくれてありがとう、と著者に伝えたい。

    著者のオンマのように、自分は日本の食文化を子どもたちに継承することができるだろうか? レシピだけじゃなく、「風邪のときには松の実のおかゆ」「後でお腹がふくれるとわかっていても食べてしまう寒空の下の焼き栗」のような、シチュエーションやエピソードに紐づいた食の文化を? うちの子たちは、アメリカンなごはんばかり食べているので。

    19章に、「母はわたしの守護者(チャンピオン)、わたしの記録保管庫(アーカイブ)だった。」という一文が出てくるけど、母は韓国文化の守護者、記録保管庫でもあったんだなと思う。母がいなくなると、子はその文化にアクセスできなくなる。祖国の言葉も忘れ、祖国に残った家族とのつながりも断たれる。だから自分が死ぬ前に、アーカイブを子どもに移さないといけない。それは親子だけのパーソナルな関係でなく、もっと長期的・社会的に考えなければいけない問題でもある。

    とはいえ、「今は英語で会話している自分も、病にふせったら日本語が中心になり、日本食だけを求めるようになるのかな?」と不安になり、ちゃんと看病してもらえるように夫と子どもに日本語教育しないとな……などと、個人的思惑も十分にかき立てられる。うちの夫なんて、風邪のときはベーコンエッグとか作ってくるもの。

    そんな、社会的にも個人的にも捉えられる壮大な手記でした。

    この物語がアメリカで大ベストセラーになったのも、アジア系としては嬉しい。今度アメリカへ行ったときは原著を入手しよう……もちろん翻訳も素晴らしかったけども。英語の本なのに韓国語の固有名詞が多くて訳すの大変だったろうな。訳してくださり、ありがとうございました。

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    2026年02月02日
  • 消失

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    ネタバレ

    偏見やステレオタイプはいけない、つまらない、それこそが差別につながると、割と誰でもわかっていながら、割と易々とそこに陥る。

    もちろん”ステレオタイプ”に対する皮肉と挑戦であり、さらに、読者や批評家、名作とされる小説や文学に対する皮肉と挑戦でもあるよね。ユーモアも含まれながら、嫌でも我が身を問い質される。

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    2026年01月15日
  • Hマートで泣きながら

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    母への愛と喪失が、料理の記憶を通して静かに積み重なっていく本だと感じました。
    キムチやスープ、Hマートでの買い物の場面など、丁寧に描かれた料理の描写一つ一つに、作者の母への愛を感じました。食べ物の記憶をたどることで、母の存在が鮮やかによみがえるように感じました。

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    2025年11月22日
  • トゥクパを たべよう インドの ごちそう スープ

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    ツェリンの目が不自由ということは本文中では何も触れられていないのだけど、絵でわかるかんじ。トゥクパおいしそうだな〜!おばあちゃんのトゥクパおいしいんだね、いろんな人を食べにきてと誘うツェリンが可愛らしいよ。停電にはびっくりするけど、ツェリンのおかげでちゃんとお料理できる。周りの人も優しいし、物が溢れるのでない豊かさがなんとも素敵だなあと。

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    2025年08月30日
  • Hマートで泣きながら

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    読みやすさ★★★★★

    セラピーとしての料理。キムチ作りがこんなにカタルシスのある作業に感じるとは。

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    2025年06月10日
  • Hマートで泣きながら

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    人気急上昇中のバンドJapanese Breakfastのボーカリストでもあるミシェル・スナウザーさんののエッセイ。友人に勧められて読んでみました。

    米韓ミックスで米国生まれ育ちの著者と、韓国人のお母様との関係をが軸になっている一冊。韓国系スーパーやyoutuberの韓国料理レシピを通して著者は母の人生をトレースし、自分の中の母、自分の中の韓国人としての要素を見出そうとする。
    他地域がそうではないとは言わないけど、やっぱり特に日本や韓国、中華圏、アジアでは家族や親子、愛情の象徴となるのは食べ物だよね。翻訳の妙もあって美味しそうなご飯の描写がとても印象に残った。

    中盤ではお母様が癌に倒れて亡くなるまでの過程を結構生々しく描写していて、癌の罹患率が高い日本の人にとっては読むのがしんどかったり、自分の家族や自分自身もこうなるのかも…と思わず想像してしまう(私はそうなった)。
    でも私にとって涙が出そうになったのはその場面ではなく、Japanese Breakfastが成功してアジアツアーを回ることになり、韓国でライブや打ち上げを楽しむ様子や、おばのナミとのやりとりだった。親は子どもの記憶の中で生きているし、言い換えれば亡くなった人は生きている人の記憶の中で生きている。

    私の母はケーキやおせち料理、クリスマスディナー、誕生日などはいつも自分で作って家族に振る舞ってくれている。幸いまだ元気だけど、老いや病で動けなくなる前に作り方を教えてもらおうと思った。

    ー
    ★時間とお金のムダ
    ★★普通〜微妙
    ★★★よかった
    ★★★★心が動いた(感動した、意表をつかれた、ショックだった)
    ★★★★★人生の本棚に入れたい

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    2024年12月05日
  • Hマートで泣きながら

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    親の介護と死に向き合うことがいかに辛いことか、当事者のリアルな視点から語られており思わず感情移入してしまった。迷惑をかけた母親への後ろめたさと母親の力になりたいという思いの間で揺れる主人公の葛藤が伝わってきた。

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    2024年09月04日
  • Hマートで泣きながら

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    めちゃ泣いた。東アジアの文化と個人主義な西洋社会で自己が板挟みになって辛い。エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンスが思い浮かんだ。

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    2024年08月09日
  • Hマートで泣きながら

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    これは友達に勧めてもらった本。最初はなかなか流れに乗れなくて読み進められなくて、面白いんかなーなんて疑いを持ってしまったけど。とんでもない。疑うのが愚かな行為だって思わされるほど、親子の関係について、親子の関係にどれ程深く「食」というものが絡み合ってるか、また子への母の愛情の深さ(もちろん、父の愛情もあるだろうけど、この本は母がメイン。)があるのか再確認させてくれた。私の母はまだまだ健在だし、元気いっぱいだけど、いつかの別れについて考えさせてもくれた。命あるもの、いつか朽ち果てる。たまにこういった本を読まないと親は永遠ではないことを忘れてしまう。
    親子の関係については、とにかくこの2人はファンキーだった。全体を通してファンキー。特に、お母さんの方が物凄い強烈。だけど、読み進めると、娘もなかなかしっかり強烈で、親子だなって感じがする。
    そして、この話の肝、親子関係に絡んで美味しそうな母の手料理の話がたくさん。韓国料をたくさん知らないけど、ぜひ食べてみたいなってご飯がたくさんあった。それと同時に、やっぱりどの国でも母の料理の偉大さ、自分を作った母の味は一生物なんだなって。読み進めながら、自分の母親のご飯が恋しくなった。なんで今私は母のところにいないんだって何度も思った。何度も大好きな母の料理を思い出した、他人の母の料理なのに。それくらい色こく親子関係に「食」が韓国のカルビのタレみたいに絡み合ってた。
    ちなみに、彼女のお母さんが彼女にブーツを贈った話の時はもう涙が溢れそうになった、通勤ラッシュの満員電車で。
    とにかく、母は偉大なんだな。私は今のところ、母になる予定はないけど、なるならちょっとこのお母さんにみたいにファンキーで自分の母みたいに愛と優しさに溢れた感じになりたいな。

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    2024年02月05日
  • Hマートで泣きながら

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    声をあげて号泣した一冊。父の書斎に置いてあったのを何気なく手に取り読み始めたが、3時間夢中で読み切ってしまった。素晴らしい翻訳による韓国料理の描写にお腹を空かせつつ、もう若くはない自分の両親を大事にしようと思える本だった。

    カナダに留学中Hマートにお世話になっていたので、懐かしく感じたり、またルーツが韓国にある自分にとってはジョンやわかめスープなどの韓国料理や家族間の韓国文化など、馴染みの深い話が多かった。それもあって余計に感情移入してしまったのかもしれない。

    アメリカに住む韓国人ハーフとして、多感な思春期には自分の韓国人の部分を隠そうとしたり、逆に韓国に訪れる際には自身に韓国の血が流れていることを証明する部分を探してアピールする主人公が、自分を客観的に描写されているようで少し心がザワザワした。

    そして何より、主人公と母の関係がリアルで、自分と重ねてしまった。何歳になっても、親に褒められたい・認めてほしいという気持ちが自分にもあるのかもしれないなと思った。

    キムチ、作ってみたい。

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    2024年01月01日
  • Hマートで泣きながら

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    ネタバレ

    二年前くらいになんとなく聞いていたNPRで紹介されていて、気になっていた本。日本語版が出ているなんて知らなくて、たまたま見つけて即買い。

    著者はいわゆる二世で、アメリカ人とのハーフ。
    母親は韓国からの移民。
    いわゆる反抗期から親との距離は精神的にも肉体的にも離れるが、ある日突然母が末期がんと知る。


    一世が祖国の味を恋しく思うのはあたりまえだけど、特に母親の味というのはこうやって次の代にもつながっていくんだなぁ。
    私の夫は四世にあたるけど、やっぱり二世三世と続いてきた味とそれに関連する想い出はいろいろあるみたい。

    それにしても、これは涙なしには読めない。
    お母さんって何なの?
    海外で初めて暮らし始めた時に、バラバラな出身のみんなでそんな話で盛り上がった。どこの国のお母さんも、おなじような、ハハオヤという種類の生物なんだ。
    "母は私のアーカイブだった。(中略)その母がいなくなり、こうしたことを聞ける人もいなくなった。記録されなかった事がらは母とともに死んでしまった。"

    "あなたに本当のことを話すのはお母さんだけ。なぜってあなたを本当に愛するのはお母さんだけだから。自分の十パーセントは自分のために取っておきなさい。(中略)万が一のとき、頼れるものがあるように。お父さんにだって全部はあげない。"

    お母さんってどうして子供や周りの人の、どうしようもないような細かーいことばかりなぜか覚えてて、そうか、それも愛なんだ。
    "今Hマートで食事をしている人たちの、どれくらいが家族を恋しがっているのだろう(中略)わたしみたいに人生から永遠に失われてしまった人を恋しく想いながらご飯を食べているのはどの人?"

    筆者のお母さまがご自身のお母さまを亡くされたところが、心がえぐられました。
    家族・親と離れて暮らすのは、それが自分の選択でも、つらいですよ。親と国を残して、何年も何十年も・・・。
    "あの時の私はまだ喪失の淵のこちら側にいて、向こう側には足を踏み入れたことがなかった"

    親元を離れて初めて親のありがたさが分かる。。。多くの人が一人暮らしで経験することだと思う。ない人もいるけど、反抗期があって、うるさいな、ほっておいてよ、友達といるほうがいい・・・そんな態度をとり続けておいて、ころっとそう思えるのは子供だけで、親はしこりがあるんだろうか。


    筆者のアイデンティティのゆらぎ?も面白い。
    アメリカで生まれ育ち、白人からは白人として扱われず、韓国に行けば韓国人として見られない。(これも夫が前言ってたな・・・)
    ずっとアメリカに溶け込みたかったのに、アメリカに居場所が欲しかったのに、お母さんの看病をするお母さんの韓国人の友人と一緒にいると自分を韓国人と認めてほしくてたまらない。お母さんの言葉、お母さんの家族の言葉、文化をわかりたい。
    母の家族といても、沢山言いたいこと、伝えたいことがあるのに、それを韓国語にできない。


    それにしても、彼氏(のち旦那さん)、良い人だなぁ。
    そして、お母さんの最後まで苦しみながらもたくさんそばで過ごせたのは、言葉が適切かわからないけど、羨ましい。


    お母さんを喜ばせようと必死に頑張った韓国料理
    お母さんを亡くし、その料理に支えられる。


    どんな高級なレストランの味よりも
    お母さんが忙しい朝にばっとつくってくれた海苔段のほうが記憶に残り、あたたかく、おいしい。
    料理があまり徳ではないおばあちゃんが、食パンを切ってバターでいためただけのおやつが、なつかしい、おいしい。
    そんな料理が誰にでもあるはず。
    この本を読みながら、どんなひとも自分の家族に思いをはせて、目頭を熱くするんじゃないかと思う。


    私はまだ淵のこちら側だけど
    いつか来るその日のことを考えてしまった。

    一番近いのに
    一番強く反発することもある

    一番愛しているはずなのに
    一番わかっていなかった人かもしれない

    "痛みを散らしてあげたい、お母さんへの愛を証明したいと、これほど切に願ったことはなかった。添い寝をし体をぴったりと押し付けて、苦しみを吸い取ってあげられたらどんなにいいか。人生は子どもに、親を想う気持ちを証明するチャンスを与えるべきじゃないか"


    訳(雨海弘美さん)も素晴らしいです。

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    2023年12月01日
  • Hマートで泣きながら

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    移民であること、故郷とはなにか、属しているものとは、と色々考えさせられるが、著者の母親の闘病生活が辛すぎてしんどくなる人もいると思う、どうしたって自分と母親との関係が重なってしまう しんどいのだけれどグイグイ読ませられる

    食べ物とは記憶であり、思い出であり、会話のツールであり、人との繋がりであるものだなと 

    おそらくまたある時に紐解くであろうなと思わせる本 でもそれが遠く遠く先であることを望む本

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    2023年08月16日
  • Hマートで泣きながら

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    先にJapanese Breakfastとして知っていたが、文才もすばらしいとは!過度にエモいわけではない、とてもみずみずしい筆致。

    「母親」と「食物」という、人がどうしても逃れられない根源にとことん向き合う若さと勇気と、その先に至った悟りや郷愁のようなものが、作品全体に充満している。さらにそこに彼女自身のブレイクまでの道のりが重なり、まさに「生きざま」を映すような唯一無二の作品になっていると思う。

    わたしは母であり娘でもあるので、ずっと涙腺が刺激され、胸がしめつけられるようだった。パートナーであるピーターの人となりも最高。

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    2023年07月13日
  • Hマートで泣きながら

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    景色や音楽から記憶が甦り胸がヂリヂリした経験ならあったが味にも同じ効果があるんだなという発見

    体がちぎれそうな程の苦しみや悲しみが描かれつつも
    こんなに愛しくてたまらない本に出会えた事に感謝

    親になんとか元気になってもらえる、喜んでもらえる為にと自分の一生で一番とも言える大きな決心をするというのは思い当たる記憶が自分にもあるのでこれをある種のあるあるという枠に入れるには抵抗があるが
    今差し出せる精一杯の"何か"がそれにはあると信じる
    気持ちはよーく理解できる

    バンドの方から先に知り出版した本がベストセラーになったという話しは知っていたが、これほど胸を打つとは。なるたる幸せな読書時間を過ごせたのだろうと思い返すだけで数々の場面を思い出してはまた泣ける

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    2023年06月02日
  • Hマートで泣きながら

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    料理や音楽は人と人の関係を繋ぐ存在であり、またセラピーともなりうる

    ナミは私の母にはなれないし、私もナミの妹である母にはなれないけれど、その次に大切な人になることはできる

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    2023年02月26日
  • Hマートで泣きながら

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    実家を出て、両親との距離感がうまく掴めるようになった。特に母との関係は、前よりもずっとずっと良くなったし、前よりもさらに母のことが大好きになった。
    それなのに、両親は着々と歳をとっていて、私は着々と大人になっていて、いつか両親がいなくなることを否が応でも考えざるを得ない年齢になってしまった。
    私が生まれてから、ずっと私を見守ってくれた両親。そんな2人がいなくなっても、私の人生が続くなんてとても想像ができない。

    そんなことを考えていた頃にこの本を手に取った。
    著者の苦労と悲しみは、いつかのわたしが経験するものなのだと思いながら読んだ。
    第一章を読んでいるときから涙がどんどん溢れた。

    大事な人を失った喪失感を深めるのも、その喪失感を慰めるのも、その人との思い出なのだと思う。

    著者と叔母の関係性が、とても美しくて、とても切なかった。


    著者と同じように、わたしも思春期の頃、母に当たったこと、ひどい態度をとっていたことを思い出した。「そんなことがあったけど、いまは良好な関係だ」とわたしはのほほんと構えていたけど、母には、この本のお母さんと同じように、顔に出さないだけでしこりが残っていたりするのだろうか。

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    2023年01月24日