成田龍一のレビュー一覧
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幕末〜敗戦後までの時期を扱った日本史史(歴史学の歴史学)。本書は1950年台〜2000年台の日本史学を3期に分けて、各テーマごとにどのような蓄積や発展を経てきたのかを解説するものです。
内容的にとくに印象的な部分だとか、面白い部分があるだとかいうことはなので、若干退屈なものになってしまうのですが、戦後日本史学界の歴史と各テーマとのマトリクスを淡々と解説していくという性質上、これはもうどうしようもないことだとは思います。
第1期〜第3期までの各時期には、それぞれの時代背景に起因する固有の問題意識や方法論の共有があり、それにより各時期の歴史学が近現代の「日本」について表象してみせた「歴史像」にも固有の解釈が示されていた……。
──という点は、本文中、著者によりしばしば言及されているところですが、私としてはその日本史学界の世代的な弁証法(界に固有な歴史)を通じて、徐々に徐々に史学界全体の理論と方法が練成され精緻にされていく様が印象的でした。 -
Posted by ブクログ
歴史像を記す歴史家は、自らが生きる時代の影響を受けながら歴史を解釈する。本書を読みながらそんなことを考えた。
相当な量の近現代史研究の著作が紹介される。中には、その評価について意見が大きく割れたものもある。正直な所、近現代史の歴史学を通史として見せるにあたって妥当であるのか否か判断に迷った。
歴史学以外の政治学、経済学、社会学、女性学などの著作も紹介されているが、バランスのとれた選び方なのか、こちらも評価が難しい。この人の著作を紹介するなら、なぜ、あの人の著作は取り上げられないのか不思議に感じる点もあった。
意図的に紹介していないのではと思う学者が数名頭に浮かんだ。また、私の感覚では大事だと感じる学者の著作について簡単な記述にとどまっている場合もあり、評価の差ではあるのだろうが、違和感が残った。意欲的な作品ではあるが手放しに評価していいのか非常に迷う内容だった。他の筆者の手による同じテーマを扱った著作が発表され、将来比較ができるようになることを望む。 -
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「開国」「倒幕」「維新政権」「自由民権」「大日本帝国論」「日清・日露戦争」「大正デモクラシー期」「アジア・太平洋戦争」「戦後社会論」の9つの時期区分・テーマ別の戦後近現代史学史概説。
戦後の歴史学研究の潮流を、第1期(敗戦-1950年代~)=「社会経済史(マルクス主義・近代主義)」、第2期(1960年代~)=「民衆史」、第3期(1970年代後半~)=「社会史」と区分けし、それらが重層的に日本近現代史研究を規定しているという見方を前提に、代表的な研究業績をそれぞれの時代状況との緊張関係の中に位置づける。大学の歴史教育の講義が元になっているので、初学者のための研究入門テキストと言える(そのまま教科書や文献ガイドとしても使える)。著者のバイアスによるテーマ設定や文献選定の偏り(例えば意識的に「実証主義」系の業績を軽視している)に異論はあるだろうが、戦後の近代史学の大まかな流れと学界の現状の見取り図を理解する上で非常に便利な本だと思われる。 -
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タイトルでは何の本かわからなかったが、成田さんの本は好感をもっていたので購入。
日本の近現代史が、様々な歴史かからどのように批判され、今、どの位置にあるか、という過程を分析した本。
歴史学発展過程論のようなもの。都市計画の世界で『都市計画の理論と系譜』という大著があるが、その歴史学版。
雑学のようなもんだが、なるほどと思った点。
(1)戦後は、マルクス主義にベースをおいた遠山茂樹先生の考え方が、随分、日本史の教科書にも反映されていること。
(2)鈴木裕子氏に対して、上野千鶴子氏が「戦後の位相から女性リーダーの言動を批判している」と批判していること。(p224)
上野さんもたまにはいいこというな。
あとは参考文献ジョン・サワー『容赦なき戦争』、成田龍一『近代都市の文化経験』。 -
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岩波新書の「シリーズ日本近現代史」のなかの1冊。以前、『ネオ・リベラリズムの精神分析』で著者の言葉として紹介したように、近年はマクドナルドや吉野家、ユニクロといった安値競争が激化しているなか、アカデミズム出版業界も単価が安い新書への充実が図られている。そんななか、岩波新書でもこのシリーズが全10巻で企画されていたことを最近知った。
私事だが、最近引越しをした。未読の本も含めほとんどをダンボールに積めてしまい、読書中の本も引越し当日前に読み終えてしまい、あまり大きくない本をということで、急遽購入したもの。本当は同じシリーズの吉見俊哉『ポスト戦後社会』が欲しかったのだが、職場近くの書店にあったのは本書だった。もちろん、成田龍一は『「故郷」という物語』で知っていたし、西川長夫『国境の越え方』の日本近現代史の解釈を読むにつれ、「大正デモクラシー」については教科書レベル以下の知識しかなく理解不足だったので、ちょうど良かった。一応目次を示しておこう。
はじめに
第1章 民本主義と都市民衆
第2章 第一次世界大戦と社会の変容
第3章 米騒動・政党政治・改造の運動
第4章 植民地の光景
第5章 モダニズムの社会空間
第6章 恐慌下の既成政党と無産勢力
おわりに
目次で分かるように、本書は大正デモクラシーの解説書ではない。大正史概説といったところか。冒頭に「「大正デモクラシー」の語は、時期や内容、指し示す対象、あるいは歴史的な評価にいたるまで、論者によってさまざまに用いられている」(p.vi)と書かれているが、本書では著者なりの大正デモクラシーの定義が示されるわけでもなければ、さまざまな論者の用法が検討されるわけでもない。かといって、大正時代に起こった出来事を全て「大正デモクラシー的なもの」として解釈するほど大胆でもない。まあ、とにかく大正時代について知りたいという素朴な動機で読むのが一番いいのかもしれない。
そういう意味では、私も本書の読書を通して、大正デモクラシーとは何ぞやという問いに対して明白な答えができるような知識を得たわけではないが、いくつか知らなかったこと、知識が曖昧だったことを知ることができた。第4章や第5章の内容もそれなりに知っているつもりではいたが、大正時代ということを意識して、他の出来事と関連付けることで理解が深まる。なんといっても、都市民衆史を専門とする著者ですから、米騒動などの社会運動の高まりと、そこから市民の政治参加(といいながら、当時の政治家がどれだけ一般市民と近い立場にあったのかは不明)としての政党のあり方に関する記述は学ぶことが多かった。
でも、やはり史実が次々と説明される本書は私にとっては非常に読みにくく、改めて私の歴史的知識の足りなさを思い知らされる読書でもあった。ちなみに、あとがきによれば、成田氏は卒業論文以降、大正デモクラシーに関する研究をしていたらしい。30年以上たって、昔のテーマについてまとめるってのも素敵です。