アンネ・フランクのレビュー一覧
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1番印象に残ったのは1944-2/23の「これが存在しているうちは、そして私が生きてこれを見られるうちはーこの日光、この晴れた空、これらがあるうちは、決して不幸にはならないわ」という一節でまずいつ殺されてもおかしくない中学生がこんなに前向きに生きていけるんだということに驚きましたし、今僕は幸せなので、何かきっかけがないとこのような当たり前に存在している自然に感謝する機会というのはなかなかありませんが、苦しい時何か不安な時には当たり前の日常への感謝やそれこそ自分が日々愛を受け取っているという自覚をしていくことは生きていくゆうきになるのかなと思いました。また終わり方も印象的でしたね。アンネ自身が終わりを演出することは残念ながらできませんでしたが、そこにこそナチドイツ、戦争、ファシズムなどの残酷さが滲み出ていると感じます。アンネは日記のほんとに終盤でヒトラーの暗殺が計画したことに大きな希望を抱いていました。そんな時にアンネたちは連行されほとんどが収容所に送還され命を落としました。この惨事はかわいそうの一言で決して片付けることはできません。幸運にもアンネは「死んだ後もなお生き続け」ています。アンネが残した記録をもって私たちは個々人がなにをできるか、社会がどうあるべきかを考えていかなければならないと思います。
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読み終わった。
戦争の無惨さという焦点だけではなく、人と生きること、すなわち、自分とは、世界とは、愛とは、を常に考えさせられる素晴らしい日記であった。
素晴らしかったというのは、美しかったという意味を含んでいる。
現実は、戦争という美しいとは対極の内容。
しかし、アンネの心にわたしは、愛と生きるという意思を強く感じ続け、その美しさを身体で受け取ったような感覚を覚えている。
その心の隣には、戦争というあまりにも愚かな現実が常に同居しており、わたしの身体には少しもわかるわけがないものが、散りばめられていた。
日記を読みながら、何度か手で文字をなぞったのは、アンネの思いを自分の皮膚に、身体に伝えたかったからかもしれない。
自然を慈しむ言葉に、そして世界から目を背けず、生命と向き合う言葉に何度涙しただろうか。
アンネの繊細さ、感受性、鋭さ。
そして、逞しくも、深い慈悲深さを持った言葉たちに触れられて、本当によかった。
この日記は、無惨な戦争の状況を伝えるだけではなく、生きている人に大切な想いを響かせてくれるものだと感じている。
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ネタバレ『アンネの日記』は、第二次世界大戦中のナチス・ドイツによるユダヤ人迫害から逃れるため、アムステルダムの「隠れ家」に潜伏した少女、アンネ・フランクによる実在の日記です。
迫害された人々の生活を知ることができる大変貴重な記録ですが、それを一人の少女としての視点から描いています。そしてこの日記が今もなお世界中で愛されている最大の理由は、極限状態にありながらも、一人の少女としての瑞々しい感性と成長が記されている点です。
隠れ家での生活は、想像を絶するほど閉鎖的で過酷なものであることが日記を通してよく伝わります。アンネたち家族を含む8人は、下の階の従業員に見つからないよう、昼間は音を立てることも、窓を開けることも、トイレを流すことさえ禁じられていました。常に死と隣り合わせの緊張感や食糧不足に晒されながらも、命がけで食料を運んでくれる支援者たちの存在に支えられ生きているという生活でした。
同時に、13歳から15歳へと成長していくアンネの思春期の悩みが赤裸々に書かれています。母親との価値観の違いによる衝突、同居する少年ペーターへの淡い恋心、自分の身体や性の変化について、聡明かつ客観的で的確な文章で綴られています。
この日記は1944年8月1日で突然途切れてしまいます。隠れ家がゲシュタポに発見されたからです。アンネは終戦を目前にした1945年初頭、収容所でその短い生涯を閉じました。彼女の死という結末をあらかじめ知っていたからこそ、「いろいろなことがあっても、私は今でも、人間の本性は真に善いものだと信じています」という希望の言葉を残した、明るく前向きに生きたアンネの人生が、より一層光り輝いて見えるのだと思います。
本書を通じてナチスの暴挙という歴史的知識を学んだだけでなく、お腹いっぱい食べ、安心して眠り、外で自由に遊ぶことができる自分の境遇が、どれほど幸せなことなのかを深く問いかけられました。隠れて生きる必要のない現代の日常が、決して「当たり前」ではないということを、アンネの言葉は私たちに教えてくれました。一人の少女の目線から戦争を捉え直すことで、平和の尊さを改めて心に刻むことができる一冊でした。 -
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1番印象的だったのは、一歩も外へ出ることを許されない《隠れ家》での生活が1年以上過ぎた日に、
「この生活がいつまで続くのか分からない恐怖にただ耐え続けるだけの時間を過ごすのなら、それが良い結果であれ悪い結果であれ、この際何か変化が起きてほしい」
と明かすところです。
この“悪い結果”というところには、
勿論SSに連行される、その先の地獄まで想像した上で、それでも現状の閉塞感から抜け出したい、と綴っている。
迫り来る外世界からの恐怖と、
思春期故の、家族との密過ぎる精神的制約、
両方が日記から明白に伝わってきます。
『また、桜の国で』や『ベルリンは晴れているか』『ユダヤ人の歴史』等を併読する中で
オランダの戦禍を想像することは初めてで、
けれどこの時代、“オランダ”という国の隔ては無いに等しいぐらい他の欧州国と変わらぬ惨状だったことが分かる。
生き残ったお父さんも、どんな思いで、
この作品に光を灯したのだろうか。
愛する子どもが巣立つ時と同じような気持ちだっただろうか… -
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何も言うことはありません。
読めばわかります。
一人の少女が、戦争と人種差別の渦中で、生きたいと願う気持ちを誰が受け止めるのでしょうか?
今生きる我々が、15歳で命を失った少女から学ばなければいけないことは、多々あると思います。
戦争のない国で生活できていることの感謝。
大人になっても健康に生きていられる感謝。
銃を持たなくていいことの感謝。
銃を向けられることのない環境への感謝。
毎日死ぬかもしれないと思わずに生活できることへの感謝。
とにかく、アンネは犠牲者、可哀想、戦争は嫌だ、など、ネガティブなことだけを受け取らず、そこから色々な自分の環境への感謝を改めて感じて欲しいです。
2年間の日記が、世界中の多くの人たちに平和とは何かについて考えさせたということが本当に素晴らしいです。
子供がもう少し大きくなったら、読んで欲しい一冊です。
コロナで色々と制限が続いている中でも、きちんと生活できていることに感謝しながら、今日も一日頑張ろうと思います。 -
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購入から1年ちょっと、ようやく読み終えました。私は買ってから一度、この本を挫折しました。それはこの本が、戦争とかのことではなく恋愛とか母親への愚痴とか普通の女の子の日記であったからです。(しかも580ページある分厚い本)
今回友達に「夜と霧」を貸してもらい、そちらを読むより先にアンネの日記を読もうと決意することができました。ありがとう笑
普通の女の子の日記と書きましたが、空に戦闘機が飛び、街のどこかでは爆撃の音がする、自分たちは外に出ることはおろか、窓を開けること、部屋で大きな声を出すことすらままならない隠れ家生活の中で、恐怖に支配され続けるよりかは少しでも希望を持って明るく生きようというアンネの気持ちが見えてきます。
また、この14歳の少女の精神の強さに驚くと共に、思春期である14歳らしい一面をたくさん見ることができます。
短縮版はアンネの日記の性に関することや母親への批判などが削除されているそうですが、確かにその部分を削るとユダヤ人迫害における人種差別問題についての本となりそうです。しかし、こちらの増補新訂版を読むことで、アンネ・フランクという1人の少女についてより深くについて考えることができると思います。
アンネのその後はご存知のとおりですが、それでもあとがきで心が抉られました。 -
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言うまでもなく超有名な「アンネの日記」。第二次大戦時、ナチス占領下のオランダ・アムステルダムで隠れ家生活を送っていたユダヤ系ドイツ人の少女アンネ・フランクの日記様式の文学作品。
教科書に載っていた部分しか読んだことなかったので、全てを読んでみたいとは思っていました。
全てを読み終えて思うのは、思っていたより悲壮感が少ない。
隠れ家生活ということから想像していたのは、完全に外部との接触を絶たれ、なんの情報も入らない監禁のようなものでした。その時点で、勘違いしていました。やはり、読まないとわからないものです。
平穏な日常ではないし、先の見えない窮屈な生活を送っている中での諍いや苦労、困惑もあるのですが、将来への希望や未来への目標を持ち続けているアンネの精神性によって、陰鬱ばかりではないのが救われる部分でありました。
正直、苦悩や悲嘆に塗れたものだとばかり思っていたので、読み進めるために覚悟をしていたのですが、少女の青春を日記として読んだという感想を持つとは予想外でした。
だから、なおさらこのアンネという少女が、平穏な日常を送れなかった戦争という現実を憎まずにはいられない。アンネ・フランクだけでなく、戦時下における全ての民間人は、本来過ごすはずであった平穏を不条理に奪われてしまった被害者である、ということは強く記憶に留めておきたいし、誰もがその立場になってしまうということも理解すべきだと思います。
戦争がなければ、ナチスの台頭がなければ、彼女は多くの同世代の少女と同じように、日々を過ごしたことでしょう。
未来の夢を語り、淡い恋に身を焦がし破れた痛みを涙で癒し、お菓子の味に文句を言いながら満腹になるまで食べ、体型を友人と比べてそれを後悔する、というような。
どこにでもいる、特別でないけどただ一人のアンネ・フランクとして、子供から大人への階段を時につまずき、時に1段飛ばしで駆け上がって行ったのだと思います。
戦争の記憶は、戦史として記録されているものも、国家の公式記録として残されているものも大事ですが、一人の人間の記録も貴重なものとして残しておかなければならない、と思います。どちらか片方だけでは、理解が追いつかない。
「アンネの日記」だけでなく、他の残された記録も知らなければならない、と思います。この1冊だけを読んで、その感想だけで思考を止めてはいけない。 -
Posted by ブクログ
18歳の時、有名な題名に惹かれ、なんとなく「アンネの日記」を買った。
本を好きになり始めたばかりの当時の自分には読破は難しく、挫折してしまった。綺麗な伏線の敷かれた小説とか、腕のある学者が書いたサイエンス本とは違い、若干単調で、長いというのは正直あった。
家から出られず、戦時下で、楽しい出来事がなかなか起きないのだから、そりゃ多少つまらない箇所も多かろう。しかし、時々見せるアンネの弱音や不安が鮮烈だし、日記にしっかりと残された「戦争がいかに愚かであるか」という声を聞き逃してはならない。
そして、本の終わり=アンネの終わりを意味しており、読み進めるにつれてアンネの死に近づいてしまう。1人の人間の人生が詰まった一冊としては、あまりにも短い本であると、今なら言える。
25の今、改めて再チャレンジしてみると、いろいろな発見があった。
そもそも「アンネの日記」はなぜ日記であるのに、本の形式で出版しても問題なく読めるのかについても書いてあった。アンネは最初は好きなように書いていた日記を、戦後誰かに見られることを想定して、清書しなおしたらしい。
たとえ架空とはいえ、キティーに見られることを想定した文章であったから、そもそも文章が整っていた可能性も高そうだ。
また、アンネは冒頭で、日記を書いているのは"ほんとうの友達"がいないからだと述べている。アンネがまだ学校に通えていたら、アンネがもっと長く生きていられたのなら、彼女の言う"ほんとうの友達"に出会えていたかもしれない。現実はあまりにも残酷である。
日記の中で、ペーターとの恋愛について書かれるが、「ティーンの女子だったから起きた自然な恋愛感情」なのか、それとも、「楽しみが少ない中で、唯一アンネの心を癒してくれたのが恋愛」だったのか。 -
Posted by ブクログ
隠れ家でひっそりと暮らし、悲しく辛いことが身の回りで起きていても、ささやかな幸せや楽しみを見つける心の持ちように感動しました。
自分の生活はどれほど恵まれているだろう。
どんな環境にあっても、自分の好きなことや、価値観を失わずにいられるだろうか?
好きなものを好きだと言い、嫌なことを嫌だと言えるだろうか?
そんなことを考えました。
戦争によって世の中が混乱していく様が、アンネの視点から描かれています。
約600Pほどある本ですし、内容も辛い気持ちになる部分もあります。
それでも読み通せたのは、アンネの文章が、希望や絶望、期待、細やかな日々の楽しみなどを、鮮明に表しているからだと思いました。
アンネの元々の才能と、置かれた環境が、このとてつもなく人の心を打つ文章になって現れているのかなと考えていました。
「わたしの望みは、死んでからも生き続けること」と、作中でアンネは書き残しています。
約80年も経ったいま、私がこうしてアンネの日記を読んで、心を打たれているというのも、アンネが生き続けている、と言えるのかなと思いました。
人と人が争うのは、「自分とは違うから」と言えるのかもしれません。
違いを認めて、尊重し合えるようにはなれないのか?
そんなことを、この本を読んで考えました。
こどもにも、大きくなったら読んでほしい。 -
Posted by ブクログ
普通に作家として凄い才能。想像していたよりも明るい内容でぐいぐい読ませる。13歳〜15歳で書いたと言うのだから、驚きでしかない。後世に残る大日記となってしまった。
死の恐怖と闘いながらの隠れ家生活。しかも2年も。過酷だった暮らしの中で、人ととして成長していく姿に感銘を受ける。そして未来への夢を語る文章に泣いてしまった。
「わたしの望みは、死んでからもなお生き続けること!その意味で、神様が、この才能を与えてくださったことに感謝しています。」(本文433ページより)
アンネに伝えたい。あなたの思う通りになりましたよ。あなたの死後80年経った今でもあなたの日記は世界中の人々に読み継がれ、あなたは生き続けています、と。
日記は1944年8月1日で突然終わる。その後どうなったかは、解説に記載されている。わかってはいたが、生き生きと暮らしていた姿を読んできただけに突きつけられた事実の不条理に怒りと悲しみが溢れるばかりだ。