小谷真理のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
[ 内容 ]
一般にファンタジーというとき、それは「フランケンシュタイン」や「妖精物語」のように、新世界の発見と急激な機械化に触発されて十八世紀中頃に生まれた作品を嚆矢とする。
そして第二次世界体戦後に発表された「ナルニア国物語」や「指輪物語」などによって、一挙に多くのファンを獲得することになった。
ファミコン・ソフトなどを通して現代人の想像力に意外な影響を及ぼしているファンタジーの魅力を、歴史的な文脈に即して紹介する。
[ 目次 ]
序章 ファンタジーへの誘い
第1章 妖精戦争
第2章 パルプとインクの物語
第3章 ファンタジーのニューウェーブ
第4章 魔女と女神とファンタジー
第5章 ハイテク革命とファンタジー
第6章 J・ファンタジーの現在形
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
四人の執筆者たちが萩尾望都の作品をとりあげ、その魅力を語っています。また巻末には、「萩尾望都スペシャルインタビュー」が収録されています。
小谷真理が解説しているのは『トーマの心臓』です。小谷が主要なフィールドとしているフェミニズムとSFという二つの観点から考察をおこない、とくに美しい少年たちの物語としてえがかれたこの作品が、女性たちにどのように受け入れられたのかということが論じられています。
ヤマザキマリが解説しているのは『半神』と『イグアナの娘』です。おなじマンガ家としての立場から、表現技法などに立ち入った話がなされるのかと思っていたのですが、むしろ作品のテーマを掘り下げる議論が展開されています。
夢枕獏は『ポーの一族』をとりあげていますが、巻末のインタビューで萩尾自身が明かしているように、四十年ぶりに続編の執筆が再開されることになったきっかけを提供した人物ということもあって、この作品に対する愛があふれだしています。
中条省平は『バルバラ異界』をあつかっています。フランス文学の研究者でありマンガの評論・研究も手がけている著者だけに、この複雑なテーマをもつ作品をどのように読み解くのか、個人的にもっとも関心があったのですが、いくつかの解読のための切り口が示されているにとどまっている印象です。本格的な評論を執筆してくれることを待ちたいと感じました。 -
Posted by ブクログ
番組を見損なった。萩尾望都大ファンの番組プロデューサー(秋満吉彦)が満を持して放つ100分de名著。番組よりも論者は更に加筆したようだし、論者たちをア然とさせたらしい萩尾望都ロングインタビューも完全版で載っている。番組観なくても、こういうムックで読む方がよっぽど役に立つ。
【内容】
『トーマの心臓』をよむ――小谷真理
『半神』『イグアナの娘』をよむ――ヤマザキマリ
『バルバラ異界』をよむ――中条省平
『ポーの一族』をよむ――夢枕獏
萩尾望都インタビュー
ここで新たに提示されている萩尾望都論は、それなりに新しい視点ではあるけれども、驚くようなことは書かれてはいない。かつて80年代の初めに漫画評論誌「ぱふ」に於いて橋本治が「花咲く乙女たちのキンピラゴボウ」で指摘した時から、萩尾望都は文学評論の水準で語られてきた。まだまだ汲めども尽きぬ視点が出てくるだろう。
ここの論者たちが繰り返し指摘している視点がある。
「異端者」としての主人公=作者が、どうやって世間と折り合いをつけてゆくか。
「ここではないどこかへ」というのは、21世紀から出てきた萩尾望都短篇のテーマではあるが、それはそのまま萩尾望都の生涯のテーマであるというのである。
それはその通りだと思う。
じゃ、それは単なる「世間」なのか?
というのが私の問題意識である。
それはもっと手強い「世界」ではないのか?
言葉にできない「世界」に対する不安。
それは同時に私たちの問題意識でもある。
萩尾望都が何度も読み返されるのには、理由がある。
小説では描けないものを描いているから、萩尾望都はマンガを描いているのである。と、インタビューで萩尾望都は明確にしていた。ネームの作り方は、最初は登場人物の心理状態も全て書くらしい。そのあと絵で還元できるものは全て削って、最後にうまく絵にならない部分が、あの夢のように流れる「モノローグ」として残るらしい。曲のない歌詞が歌ではないように、絵のない言葉はマンガではない。「悲しみの天使」という映画とヘルマン・ヘッセの小説に刺激されて「トーマの心臓」が出来たようだが、一度その両方を見て、私にも「トーマ」がつくれるか試してみたい(笑)。
論者たちの討論では、「イグアナの娘」のラストシーンに出てくる小さなトカゲの正体について、議論があったそうだが、インタビューではあっさり「それはお母さんです」と明かしている。ヤマザキマリは放送された番組を観てズッコケたらしい。この場合、娘とお母さんの和解は成立していたようだ。
その他、新「ポーの一族」で「アランは復活させます」とあっさり語っていたり、とっても重要なことをさらっと言っている。
萩尾望都を読んでいくために、新たに重要な本がまた誕生した。 -
Posted by ブクログ
19世紀中葉の産業革命以来、世界を席巻した合理主義のカウンターカルチャーとして登場した「ファンタジー」・それらは多大な分野に影響を与えながら広がって行き、さまざまなサブジャンルを生み出す。
トールキンの指輪物語、ラブクラフトのクトゥルー…
サイエンスフィクションが登場すると、それはペーパーバックとともに広がった。
また、こうじてはアメリカでは家長主義へのカウンターカルチャーとして魔女、女神信仰を織り込んだものなどを生み出している。
現代では(書かれた当時は20世紀末)ファンタジーやSFがジャンルを超えそこかしこに繁茂している。ファンタジーは既存の枠を超えた柔軟性のあるジャンルへと変貌している。
ファンタジーと銘打たれているが、実際はファンタジーとSFの歴史の解説(SFマガジンで連載されていたらしいのでそりゃそうか)。
著者の専門分野に力が入りがちではあるが、縦断的に歴史を負い、有名どころをチェックするにはいいかも。 -
Posted by ブクログ
モダン・ファンタジーの歴史をたどりながら、ファンタジー作品に秘められた想像力の意義について考察している本。
前半は、「モダン・ファンタジーの父」G・マクドナルドから、ラブクラフト、トールキンとルイスなど、ファンタジー作品の歴史を、ていねいにたどっていきます。しかし後半に入ると、現代のファンタジー作品の紹介とともに、それらが持つ政治的な意味についてのやや突っ込んだ考察が展開されるようになります。
著者は「序章」で、D・プリングルによる「ファンタジー」の定義を紹介して、ファンタジーには、「合理的できちんとした現実感とそれに裏打ちされた文学スタイルに対して、おかまいなしにどこでも勝手に侵入し、超自然的現象をもって現実的な秩序を崩壊される機能がある」と語っていました。著者は、このようなファンタジーの持つ想像力に、現実からその外部を見ることが、同時に外部から現実を見ることでもあるという両義性を見いだし、文明/野蛮、男性/女性といった現実の秩序を壊乱するようなおもしろさに読者を誘っています。
とくに、山田詠美の『アニマル・ロジック』をはじめとする現代日本文学のさまざまな作品に、上で述べたようなファンタジー的な想像力の諸相を論じている箇所には、著者自身「好きなものは書き始めるととまらなくなる」と語っている通り、それらの作品に対する著者の思いが溢れていて、一つひとつの作品を手にとってみたいと感じさせられました。