苅谷夏子のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
英語教育、国語教育、社会学のプロの方が、それぞれ異なる立場からことばの教育について論を交わしている本。議論の中心となるのが、大村はまさんという国語教師の方が実践した教育方法。半世紀の間、ひたすら、言葉を使うことの重要さを子供に感じてもらうような実習を自ら考えだしては実践したらしい。
論点としては想像以上に幅広く、面白かった。国語教育・英語教育に共通する現在の問題点や重要な点は何か?ことばの力を育てるために有効な方法は何か?そもそも教育について考えるとき、「理論」とはどんなふうにつかうべきものか?
最後にまとめられていた通り、ことばの教育=考える力の教育という点が印象的だったし納得した。
( -
Posted by ブクログ
いきつけの料理屋がある。使用されるのは大将自らが収穫した旬の野菜。大将はこちらが好きな料理を熟知してくれていて,新しいおすすめをさり気なく紹介してくれる。常に新しいメニューが登場し,頻繁に通っても飽きることがない。自然と饗されるその一皿に,人知れぬ苦労があることを大将の所作から感じられる。さらに,遠方から来店した客への心配りも忘れない。客に美味しい物を提供したいという大将の心が,痛いほど感じられる。
本書を読んで,そのように相手に心を尽くすことの共通点を感じられた。
「教えることの復権」と題された本書。教育社会学者である刈谷剛彦らが,国語教育の大家である大村はまの指導法と対談をもとに,教 -
Posted by ブクログ
筆者が国語嫌いだった理由とあたしが国語嫌いな理由が同じだった。国語ってなんか新しいことを学んだ進歩が感じられないのね。でも、この筆者は大村はま先生の授業受けて国語の印象がかわったらしい。あたしもそういう授業に出会いたかった。自覚的な学習者(自分のやるべき課題に気づく、自分を育てる方法をとる)は大村先生の基本的な姿勢がつくったものだとか。それから、『明日もまた教室に立って』と思えるような魅力を、自分の仕事の中に作り出すこと。』ってのが印象的だった。にしても、今の教師は、教えることが仕事ってことを忘れがちなのかもしれない。部活動に熱心になったり、授業準備を怠ったりなど。
-
Posted by ブクログ
国語力はありがたいことにいつの間にか身に付いていたと言う部分がかなりある。机の前に座ってテキストを広げ、先生から習うと言う勉強とは必ずしも直結しない。育っていく過程で、本人が勉強と何度も言わずに母語の基本を習得できていた。
小学校高学年に入った頃、勉強の内容が複雑化したり、抽象化したりして、日常の暮らしから離れていく時期に、ことばが内容を背負いきれない、複雑な思考を進めるための言葉の力を十分に持っていないとということがでてくる。
国語力が育つ第一の条件は、本気になって言葉を使うこと。主体的に言葉で考えるリアルを見せ、体験させることで育つ。
大村はま…「民主主義というならば、普通の庶民がちゃ -
Posted by ブクログ
ネタバレことばの力とは何か? どうやって育てるのか?
それぞれ専門分野が異なる3人の往復書簡のような意見交換。自分の中では鳥飼先生の分野にもっとも馴染みがあるので、鳥飼先生の意見が一番スッと入ってきた。しかし大村はまという大きな教育をどのように受け継ぐかは興味がある。教育に王道なしとはよく言ったもので、同じ生徒、同じ先生という条件にはないのだから、唯一絶対のメソッドなんてない。大村はまの教育がどんなに優れていようと、うまく適用されない現場や生徒がいるだろう。だからそれぞれの優れた教育法の核を認識して、教員がそれぞれの教室で一人ひとりの生徒をよく見て、もっとも適した方法を取る必要があるのだ。それはとて -
Posted by ブクログ
何を思いながら教師は教壇に立つのか
何を思いながら生徒は椅子に座るのか
生徒は受け身でもまだいい
しかし教師はそうはいかない。
何を教えたいのか
何を学ばせたいのか
どんな力を社会は必要とするのか
どんな力がこれからこの子を支えていくのか
考えない教師はきっといない
でも日々の業務に追われ
忘れる教師はきっと多い。
忘れたままにしないように
「教えたい」
という初心に戻るために
本書は有効となるだろう。
情熱だけでは教師になれない
時々で自分に対して
授業に対して
子どもに対して
「クール」な評価を下せる
そんな教師で溢れてほしいと願う。