苅谷夏子のレビュー一覧

  • タカシ 大丈夫な猫

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    これはありえなくすごい猫の話。
    こういうふうに生きれるなら・・・
    今を受け入れつつ、できることを探っていく。
    受け入れるってすごいよなあ。

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    2024年01月16日
  • タカシ 大丈夫な猫

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     右の前足と後足を事故で失った猫タカシ、その飼い主ケイコさんのお話。

     交通事故で重傷を負いながらも、健気にシャーする子猫を見捨ててはおけなかったケイコさん。動物病院に連れては行ったものの、足2本を切断しなければならないと言われる。獣医の先生からは、障害を持って生きるのは大変、お世話するのもこれまた大変と言われ、安楽死を勧められた。迷ったケイコさんだが、何とか世話しようと手術を決断。

     そしてタカシの生命力の強いこと強いこと。ケージの中にても、2本の足で匍匐前進する。そして直ぐに退院して、2匹の猫と1匹の犬がいるケイコさんの家に。

     タカシは傷が癒えると、二本の足で壁とかに寄りかかりながらも、何とか立ち上がる。そして、今度は歩こうとする。試行錯誤のすえ、歩くのではなく、走ることでバランスをとることに成功する。これ自転車の原理だね。

     そしてタカシは、お外に出るようになる。近所を走りまわり、お隣りナカノさん宅の三毛猫りんちゃんと仲良しになる。いや恋をしたのかな。

     このりんちゃんだが、かなりのおてんば娘で、走ってはタカシを置いてきぼりに、木に登っては置いてきぼりにする。どうしても2本足ではかなわないのだ。だが、タカシは自宅の庭の木で猛練習の末、木登りをマスターする。2匹で木に登り、下を眺めることができたのだ。これはスゴイ。

     そんなある日、りんちゃんは交通事故で虹の橋を渡ってしまう。毎日ナカノさん宅の窓辺にあらわれて、呼びかけても答えはない。10日程してタカシは理解する。 りんちゃんがいなくなったことを。そして、もうはしゃいだ姿を見せることもなく、木に登ることもなくなった。

     でも、タカシは大丈夫。持ち前の運動能力と狩猟本能を発揮して、カナヘビ、セミ、ネズミ、さらにはハトまで捕まえてきます。ちなみに我が家の茶トラネコも、そういったものに加え、この間はハトじゃなくムクドリを捕まえてきた。

     もし猫のパラリンピックがあれば、確かにタカシはいくつもメダルを取れると思った。

     飼い主のケイコさんの手術を決断した勇気に拍手。それから、あまり登場しないが、ケイコさんを全面的に信頼しているダンナさんにも拍手。

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    2023年06月02日
  • タカシ 大丈夫な猫

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    事故で左足2本になってしまった猫。それを普通のように
    受け入れて生きているポジティブな姿に勇気ももらえます。
    字も大きいし、漢字に読み仮名をつけてくれているので、子どもにも読んでもらいたい一冊です。
    泣けます、感動して!

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    2023年05月13日
  • ことばの教育を問いなおす ──国語・英語の現在と未来

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    ネタバレ

    対談形式で、ことばの教育について日本語、国語、英語にかかわらず、哲学や理論など様々な視点で語られている。
    互いに批判を恐れず、誤解を解き合い、少しずつ本質に迫っていく姿勢に尊敬の念を抱かずにはいられない。



    p198〜
    教える者がなすべきは、自身が研鑽を積んで真剣に学習者と向き合い、彼らに刺激的な知を提供して学びを深化させること、そのような教育を通して自律性を育むこと。
    国語であれ英語であれ、ことばを教えることも、根本はそれに尽きる〜

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    2023年03月21日
  • ことばの教育を問いなおす ──国語・英語の現在と未来

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    戦後の国語教育を支えて来た大村はまの教育実践。そして、グローバル化に伴い小学生から授業として取り組まれていく英語。アクティブラーニング、英語のみの授業といった指導方法。この本を通して、私自身も授業について考えさせられました。

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    2021年09月02日
  • 教えることの復権

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    大村はまに関する著書は何冊か読んできたが、何度読んでも大村はまの言葉には身につまされる。
    本書も何度も繰り返し読みたくなる金言、また私もやってみたいと思える実践がたくさん。
    例えば、目標を具体化し、その評価を毎回の授業のたびにしていたというエピソードや、中学生を大人にするために話は必ず一度で聞くようにさせたこと、掲示物はこまめに張り替えていたことなどが印象に残っている。
    どれも奇をてらった取り組みではなく、むしろ当たり前にやらなくてはいけないことなのかもしれない。
    しかし、実際にこれらを継続的に行うには教師の覚悟が必要である。
    大村はまの言葉からその覚悟と教師としての矜持を感じた。
    72歳まで自分の話をテープに採って聞いていたというのだから脱帽だ。
    ちなみに本書の刊行は2003年。約20年経っても教育問題として取り上げられていることはあまり変わらないように思える。いくら新しい時代の学力観と騒ぎ立てたとて、大村はまの思想が今でも色褪せないように、教育の本質は不易流行であると改めて感じた。

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    2021年08月04日
  • ことばの教育を問いなおす ──国語・英語の現在と未来

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    国語教育での大村はまの実践的な指導方法を継承している刈谷夏子と、英語教育で先進的な発信をしている鳥飼玖美子が、ことばの教育について議論した好著だ.まとめの形での刈谷剛彦の提言も良い.『星の王子さま』を例に英語、フランス語、日本語の絡みを議論する部分が楽しめた.(p155-)
    大学入試の問題点について的確な議論がなされている.

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    2020年08月15日
  • ことばの教育を問いなおす ──国語・英語の現在と未来

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    ネタバレ

    外国語習得の基盤は母語(国語)。「第二言語としての英語」(ESL)≠「外国語としての英語」(EFL)。後者を意識的に勉強した学生の読み書き能力が高いことは珍しくない。異言語習得の基盤は「母語」だから。

    BICS(日常会話力)CALPS(認知的学習言語能力)。CALPSにはまず、母語の獲得が大切。だから母語を獲得してから海外に行った方が学習言語を習得するのが早い。
    にも拘わらず、(日本語が覚束ない)幼少期から英語漬けにしようとする。母語をしっかり獲得しないから、日常会話レベルの発音だけは流暢になっても学習言語の修得がおぼつかない。にも拘らず、もてはやされるのは日常会話レベルの流暢さ。

    考えてみれば、英語教育もまた言葉(人間)を育てる教育。言葉であるからには、生き生きと興味深い豊かな世界に直結しているはず。しかし単語を暗記したり、学術的な文法書を読んだり、単なる入試対策であったり、TOEICの点数を上げるためであったりと、英語は無機的は要素の集積のように感じてしまう。言葉として当然持っているはずの豊かさや人間らしさ、社会や文化ということを忘れ、スキルの集合体としての英語ばかりを見るようになっている。
    原点に戻って、言葉(人間)を育てる英語教育を目指すべき。
    協同学習は「自律性」の涵養に有効とはいっても、学習者中心の能動的な学習を誤解して、生徒や学生をグループに分けて話し合いをさせる(自由放任)だけでは学びにならない。共同学習の原点は、「周囲との相互行為を通して一人では到達できない領域に達する」ところにある。教師による適切な介入と丁寧な指導があってこそ「共同学習」は「自律性」の育成に大きな役割を果たす(p198)。これが、コミュニケーションとしての英語の学習の原点なのだろう。

    それにしても80年代から、教育行政に(教育素人の)経済界が(自社の利益を念頭に置きながら)割り込みすぎ。英語は人間育成でなく、産業育成に成り下がっている。こういった現状が教育をダメにしていることを考えれば、必読の価値がある一冊だ。

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    2020年08月20日
  • 教えることの復権

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     確かめておく必要があること。
     ①専門家としての教師は、授業づくりの手間暇を楽しむこ
      とができる。
     ②「教える」ということは、=「説明すること」ではな
      い。ここの誤解が解消されないと、一方的な講演型の授
      業になってしまう。「教える」ことには、学習者を思考
      に導くということが、含まれている。

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    2020年05月18日
  • ことばの教育を問いなおす ──国語・英語の現在と未来

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    教育の本質的な部分を手堅く突いた、正攻法の指南書です。本当に大切なことは、こういう書物にこそ書いてあります。
    最近はYaho●や●martNewsでやたらと英語、プログラミング、早期教育、教育改革を煽り、人々を煙にまく論調が目立つ分、このような書は見向きもされないのかもしれませんが。。悲しいことです。

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    2020年01月07日
  • 教えることの復権

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    ネタバレ

    教えることの専門職としての教師の役割についてはっとさせられた。自分がはっきり言葉にできないまま今まで来てしまったのを大村はま先生と刈谷夫妻が引き出してくれた。
    「社会人でも勉強はできるが、学ぶことだけを専門にしている時間は生徒、学生でいる間だけ。学校という場があって、教える専門職の教師があって、その中で学ぶことのを専門としている時期の子どもがる。社会の中で特別な場である。」本当にそう思う。

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    2018年04月07日
  • 教えることの復権

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    本当に、本当に、よい本に出会った。
    ここまで心を揺さぶられたのは、どれくらいぶりだろう?
    読み進めるたび、涙腺が緩むような感動があった。新しい冒険に向かう朝のような興奮があった。埋れていた大切な思い出をふと思い出したときのような発見があった。

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    2012年02月10日
  • 教えることの復権

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    [ 内容 ]
    今、日本の教育界では、子どもの自主性を大切にしようと、「教える」ことよりも「学ぶ」ことに重点を置きはじめたように見える。
    これまでの「詰め込み」への反動であろう。
    だが一方で、教師の役割を軽視しすぎてはいないだろうか?
    本書では、教師が「教えるということ」をもう一度正面から見つめ直し、今もっとも必要なことは何かということを、すぐれた教師とその教え子、教育社会学者の間で徹底的に考える。

    [ 目次 ]
    序章 「大村はま国語教室」への扉
    第1章 言葉・文化を学ぶことの価値観
    第2章 大村はま国語教室の実践(生徒の目から見た単元学習の実際 単元学習の本質とは)
    第3章 教えるということ
    第4章 中学校の教室から大学の教室へ
    第5章 教えることの復権をめざして(徹底したリアリズム 教えない教師たち ほか)

    [ POP ]


    [ おすすめ度 ]

    ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
    ☆☆☆☆☆☆☆ 文章
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    ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

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    2014年10月27日
  • 教えることの復権

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    小学生のとき、いざ、自由にやりなさいと言われて、何から手をつけていいかさっぱりわからず、それまで自分で考えることをしないでただ先生の好みそうなものを形だけ整えて提出していただけだったことに気づいて、愕然としたのを覚えている。自分がいかに空っぽな人間であるか思い知らされ、その後も長々と苦悩した。
    でもそれは一概に、私個人の能力だけの問題ではなかったのかもしれない。教わっていないのだから、やり方がわからなくてもよかったのだ。この本を読んで少し救われた。

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    2009年11月17日
  • 教えることの復権

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    大村はま先生のご冥福を、つつしんでお祈り申し上げます。
    この本は何回も読みました。
    EBMの勉強会をしながら、ポジティブフィードバックだとか、批判のサンドイッチだとかいろんな方法にトライしていたときにこの本を紹介されたのです。
    自分は、目先の教育技術だけをみていて、なぜそうすることが必要なのか、をすっかり忘れていました。

    大村先生が、生徒一人一人に合った本を選んで渡してあげたという逸話を読んで、僕はしばらくフリーズして身動きも出来なかったのを覚えています。
    教育者でなくても、読むべしです。

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    2009年10月04日
  • 教えることの復権

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    21/7/7 95
    掲示板は一日で剥がす>ともかく一度と言うことはいいことだと思うわ。そういうふうにして教室にはピリッとしたところが何処かにないと

    なんとなく分かるをはっきりと分かるに

    常に二つを比べる>カードの振り分け作業>「ことば」の使われ方を分ける

    地道な作業の積み重ねが一番大事

    教師のもっともいい姿は、新鮮だということと謙虚だ度言うことですよ。

    人と比較してみていれば、子供は必ずそれが分かる。伝わってしまいます。そして子供はそういう目で見られることが大嫌いなものです。

    書くことも同じですよ。上手も下手もない。役に立つかどうかでもない。自分の心を文字と言うものを使ってそのまま伝わるものにする。書くというのはそういう技術だということ。

    自分の思っていることがそのまま相手に伝わる力を持っていないような人が集まって話し合いをしても、民主国家にはならないじゃないか。

    一生懸命やりました、という熱気だけに流されない部分を持っていたから、大村教室はバランスが良かった。

    生徒に静かにしなさいって言わなければならないようなら、教師として敗北宣言をしたようなものだ。

    読書の手引きは子供の心の内側の声になって書くんですよ。

    子供を知るというのはとにかく大変なことですよ。教育の仕事で最大のものではないかしら。その力を持たずにいろいろなことをやっても、上手くいかないというくらい。

    『教えすぎる」ことと「教えるべきことをちゃんと教えること」との境目が曖昧になってしまった。

    覚えるのは何とか覚えるとしても、忘れてはいけないことを忘れないように教えるのが教師。

    使命感を単なる精神論にしないための教えることのリアリズムである。

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    2011年07月01日
  • 教えることの復権

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    教師の私ができることは
    「自分で考え、意見を言い、話し合いのできる」
    人間が育つ手助けをすること。

    それが民主的な社会に貢献すること。

    と、この本で思いをまた新たにしました。

    (本書166pより)
    決して授業をそのままコピーするわけではないし、
    といって一般化・抽象化した分析を学術的に示すのではなくて、
    両者をつなぐような中間物を作る。

    ことに成功している本です。

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    2009年10月04日
  • 教えることの復権

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    担任に貸して頂いた一冊。
    私も大村氏の授業を受けてみたかった。
    どんなに充実した授業だったろうか。
    うらやましい、と思ってしまった。

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    2010年06月12日
  • 教えることの復権

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    「教えることの復権」という難しいタイトルだが、中身は対談になっていてしかも難しい言葉は何一つ使われていないのでとても読みやすい。しかし、本の内容が本当にすばらしい。ゆとり教育について様々騒がれているがこれほど問題点を明確にあげている本はなかなかないだろう。教師を目指す人は絶対に読まなければいけない本だ。

    これはすごい本に出会ってしまったかもしれない…

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    2009年10月07日
  • 教えることの復権

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    国語教師として50年以上実践的指導に携わった大村はま。
    その大村はまと、教え子の苅谷夏子の対談を中心に、大村の国語指導のあり方について読みやすい形でまとめてある本。
    学校教育という形では、他の教師がまねをして実践することがなかなか困難な方法論だと思うが、家庭教師の枠組みの中で、取り入れられるべきところはいくつもあるのではないだろうか。

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    2009年10月04日