足踏みミシンを踏む母の傍らで、じっと聴いていた心地よいリズムとほんのり漂う油の匂い。
私の母もかつて足踏みミシンを使っていたので、私の中の記憶とシンクロする。
母が幼いモリオのために選んだ布は暖かい春の匂いのするような花柄。
亡き母から譲り受けた足踏みミシンで、今度はモリオがスカートを縫う。
「ひだ
...続きを読むり布地屋」のおばさんと黒猫の三郎さんが選んでくれた花柄の布で。
モリオにとって足踏みミシンを踏んでいる時が唯一の、大好きだった母と向き合える穏やかな至福の時。
人は安らぎの時間が持てれば心地好く生きていけるのかもしれない。
ちょっぴり不思議で、心の奥をきゅっと掴まれる文章がたまらなく好き。
もう一つのお話『エウとシャチョウ』も柔らかい雰囲気がとても好き。
人付き合いは苦手だけれど猫には好かれるエウと、余命三カ月の猫シャチョウとの穏やかに過ぎる時間。
その時が近づくにつれ切なくなるけれど、温かい気持ちにさせてくれる。
「僕もヨーコさんも、君を本気で愛しているよ」
「知ってるよ」
『かもめ食堂』『めがね』『やっぱり猫が好き』を監督した荻上さんの創る物語は、それらの映画の醸し出す雰囲気そのままに、ふわふわした独特の間のあるものだった。
両方のお話に出てきた「ひだり布地屋」のおばさん役はもたいまさこさん以外あり得ない。