長江優子のレビュー一覧
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サンドイッチが好きな人の集まりの話かなーと思いきや、全っ然違って、進路に悩む小学生の話。
家庭環境に恵まれ、塾にもたくさん通い、やりたいことをやらせてもらっているようにみえる珠子だが、自分の道を実は見失っている。
今の子は、たくさんチャンスを与えてもらっているし、世界もすごく広がっているような見えるけれど、だからといって、即なりたいもの、やりたいものが分かるわけじゃない。
そこは昭和も平成も令和も関係ないよなーと分かる。だって子供なんだから。
環境は違っていても、いつの時代にもどこの世界にも珠子はいるのだ。
大人はそんな子供を見守り応援してあげるだけ。
そうやって世界は回っているのだと思う。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ中学3年の健吾が副部長を務める地理歴史部は、ゆるーい部活だった。ところが部員が足りず、このままでは廃部の危機に陥るという状況の中、顧問がやる気満々の教師に代わった。健吾が周りの変化に追いつかない間に、研究発表にジオラマを作ることになり、部長の太陽は大きな土台だけ残して転校してしまった。受験を控えた健吾は、それでもみんなをまとめて期間内にジオラマを作り上げなくてはならない立場になる。
100年前の渋谷を再現していきながら、かつてそこに生活していた人たちの想いに気づき、仲間や協力してくれる周囲の人たちに励まされ、製作は進んでいく。
ジオラマづくりを通して成長していく思春期の姿を描く。
ジオラマ制作の場面が非常に詳細で、著者の強いこだわりを感じる。ジオラマに詳しくなれるかも。
困難に出会いつつも、葛藤しつつも何とかがんばる少年たちの姿を描く教科書的な物語。
そんな物語に変化を与えているのは健吾の元彼女の希の存在だが、それも、ちょっと取って付けた的に感じる。 -
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石田健吾は地理歴史部の部長。もともと、活動らしい活動もない楽な部活だからと、草野太陽(くさのたいひ)と一緒に入った。けれど、このまま新入部員が入らなかったら存続の危機にあるらしい。部長だった太陽は、今年の学習発表会で「地元の渋谷を調べる。ジオラマ製作」と決めて、2メートルの土台作りだけして転校していった。
代わりに部長になった健吾は、ジオラマを作る気もないし(トラウマになる想い出もあるし)、後輩をまとめるもの面倒だと思ってる。三年なのに
なぜ自分がこんな役回りをする事になったのか、と。
けれど、もともと鉄道好きでジオラマ作りをやったこともあった健吾。渋谷を歩き、調べ、地図を見て考えるうちに、出来るかもという気持ちになってきた。作業を進めていくうちに、部員達の意外な才能を知ったり、それぞれの事情を知ったり。
百年後前の渋谷は、今の渋谷とはちがう生活が息づいていた。
そして、百年後、今とは違う、渋谷がある。
特に、東京オリンピックに伴う開発で消えてしまう商店街などもある。
そんな生活の一瞬を切り取ったかのようなジオラマ製作作りを通して成長してゆく、青春物語。 -
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ネタバレ中学生。部活動。地理歴史。模型。ジオラマ。渋谷。友達。失恋。上下関係も活動内容もユルいチレキに入ったけど、今年はジオラマを作ることになった。そして言いだしっぺの部長・太陽は転校してしまう。どうやって作る?テーマは何にする?部員たちと掘り下げていくうち、自分の中の傷や悩みに触れることになる。彼らの葛藤はとてもストレートだ。ジオラマの作り方を学ぶ部分はあっさりとしているのにすごいものが出来ていくのがちょっと不思議。2014年ごろの渋谷駅周辺の様子が描かれていて、これも少しすると、そんなこともあったんだ~っていう過去になるんだろうなぁ。
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記憶から未来へ
戻りたくても戻れない。
深い考えなく行ってしまった言葉が、行動が、誰かの心をえぐっているかもしれない。
そう考えると自分の口から発せられる言葉が恐ろしくなってくる。
特に私は、口でよく失敗をしている。
三歩あるけば忘れてしまうなんて!
でも、だから人の痛みに敏感になろうと思える。
まだまだ、それは遠いけれど。
おばあちゃんにはハンナという親友がいた。
茶色い目の「外国人」。
二人は親友だった。
しかし戦争はそんな二人を引き裂いてしまう。
ハンナにとって日本は故郷。
生まれ育った街だ。
それを奪われてしまった悲しみが伝わってくる。
現在を生きるハンナの言葉は出てこない。
登場するのはI may forgive youという言葉だけ。
それが何を意味するのか。
そこには長きにわたる悲しみと、希望があった。
物語の背景に「3・11」がある。
人が起こしてしまった最大の悲劇。
政治が、原発が、二元論に陥りがちな背景を善悪のみで直接語らないところは評価できる。
ただ、個人的な希望としては、ハンナとシズが会えるところまでを描ききってほしかった。
そして、「とりあつかい説明書」はあえて強い言葉を使っており、著者自身の厳しい指摘だと感じた。
中学生らしい表現を描いているが、若い読者にはどれだけ伝わるだろう?
記憶は生き続ける。
嫌な記憶ほど、ある時突然フラッシュバックする。
それを残すべきなのだろうか?
本作品内での指摘もあったが、「記憶」を持つヒトとして、考えさせられる。 -
Posted by ブクログ
中学受験に失敗した少女と、特別な感覚を持った少年の物語。
共感覚で文字に色を感じるとかは知ってたけど、音に手触りを感じるっていうのは初めて聞いた。
例えば赤ちゃんの泣き声は「バカデカいハンドクリームに手をつっこんだ」感触とか、ボウリングのピンが倒れた音は「ファスナーのギザギザ」の感触とか。単純に面白いというか、彼らが見て聞く世界はどんななんだろうと興味が沸く。まあ当人にとっては周りからの理解がなかなか得られなくて、大変なんだろうけど。
あと共感覚とは関係ないけど、読んでて気になった事。
最近の若い女の子の一人称は「ウチ」が定着しつつあるのか?