森茉莉のレビュー一覧
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単行本は1968年刊、森茉莉65歳の時のエッセイ集。もとは「熊本日日新聞」連載。
父・鷗外のこと、子どもの頃のこと、最初の結婚のこと、パリ時代のことなど、各3ページのミニエッセイが110篇。ミニだから、容易に読めそうだが、そうではない。後半にゆくにつれて、スノッブな書き方(カタカナのフランス語やドイツ語が頻出)になり、(たぶんわざと)意味のとりにくい書き方をしている。ふつうなら放り出すところだが、内容はおもしろく、意味深なだけに、そうもいかない。それに、文豪・鷗外の娘だもん。
森茉莉(1903-87)。17歳の時に10歳年上の山田珠樹と結婚。山田はパリに留学するが、1年して、茉莉も(2歳になる息子を日本において)パリへ。そのパリ生活のことがかなり詳しく書いてある。そこに登場するのは、同じくパリに留学中の矢田部達郎(山田も矢田部も東大心理出身)。3人はつねに行動をともにするのだが……。茉莉は矢田部に懸想、夫はそれが気に入らない(当然だ)。矢田部は2人のフランス娘(ルイズとショミイ)からも猛烈なアタックをかけられている。それにホテルのメイドたちも彼にメロメロ。矢田部達郎、どんだけモテたん。
矢田部は、帰国後、九大教授を経て京大教授。いまもその名が残っているのは性格テストのYG(矢田部・ギルフォード)検査。父親は植物学者の矢田部良吉(あの牧野富太郎の上司。朝ドラ「らんまん」では牧野にアカハラをする悪役に仕立てられてしまったが)。
気になったのは、矢田部を慕うフランス娘のショミイ。あれっ、獅子文六の奥さんじゃん。彼女は、日本で娘を産んだのちに病死した。獅子はシングルファザーとなり、その生活の一部始終は、彼の作品『娘と私』になった。
山田も矢田部も獅子も、同じ1893年生まれ。その3人が同じ時期にパリにいて、そこに恋愛の駆け引きが繰り広げられていたわけか。事実は小説よりも奇なり。 -
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森茉莉の世界から抜けられない。抜けたくない。貧乏な、ブリア・サヴァラン。一行目からひきこまれてしまう。食べ物の描写は独特のカタカナ使いもあって、食べたくなること間違いなし。明治大正の日本を体験してみたいと思う。森鴎外が飲んでいたチョコレエト。ロシア・サラダ。トマトをバタアを入れて煮て、ご飯にかけて食べる。トマト好きなので、試してみたい。ご飯にかけず、そのままを白葡萄酒でいただきたい。そう、ワインも葡萄酒と言われた方が、幸せなのでは?と思ってしまう。バラも薔薇の方が素敵。独りよがりな世界と言われればそれまでだけど、どんどん独りよがりになりたいと思う。年表まで作り、森茉莉のいた時代を感じたい今日この頃。
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家事はまるきり駄目だった茉莉の、ただ一つの例外は料理だった。オムレット、ボルドオ風茸料理、白魚、独活、柱などの清汁・・・江戸っ子の舌とパリジェンヌの舌を持ち贅沢をこよなく愛した茉莉ならではの得意料理。「百円のイングランド製のチョコレートを一日一個買いに行くのを日課」に、食いしん坊茉莉は夢の食卓を思い描く。垂涎の食エッセイ。
こないだEテレでお金が欲しい時に読む本で森茉莉が紹介されていて、若い人にも茉莉さんの素敵な文章が広まればいいなと思ったばかりです。何度読んでも、やっぱりいいな。空腹のときには決して読んではダメですが(笑)彼女の過激だけれど愛にあふれた言葉の数々が私にとってはまぶしくて、豊かな精神性を目標にしたいと思いながら生きてます。 -
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ネタバレ筑摩書房から1968年に出版された、エッセイ集。
のちに旺文社文庫、ちくま文庫では1992年2月24日第一刷。この本は、2006年9月5日第13刷版。
自分ではいつ買ったのだろう?忘れてしまった。
3年ほど前に、早川茉莉氏の編で、テーマごとにまとめられた森茉莉のエッセイ集を3冊読んだ。
この本も、同じように、父・森鷗外のこと、巴里のことなどが綴られているが、なぜか、以前読んだ3冊に対するものとは違った印象を受けた。
やはり、“誰かが選んだ”というものは、その人のフィルターがかかるというか、主張のような物が入ってしまうのだろうか?
この本では、直に茉莉に触れた、と感じた。
たった一年の滞在だが、茉莉は巴里が大好きだ。
銀座の高級店の店員の無礼な態度に憤る時も、必ず、巴里の店員の優雅な対応を引き合いに出す。
私はその中に多少の、日本人特有の西洋コンプレックスを見出していたが、今度は、それは少し違うと感じた。
たった一年の滞在だったが、その間に巴里は細胞ごと茉莉を変えたのである。
茉莉が文筆活動を始めたのは中年を過ぎてからだが、巴里での生活が無かったら、今のような作品は書かれなかったかもしれない。
父の思い出も、賛美だけでなく、知られざる一面が描かれている。
“鷗外の妻”だったが故に、ソクラテスの妻並の悪妻のように言われた母親に対しても、優しい弁護をしている。
物事に対する辛口の視線は相変わらずだが、今でも少しも古さを感じず共感できる。
たとえば、やりすぎな正義についての考え方。
茉莉は、正しいことを守るにしても、ある程度の余裕(ゆとり)、多少の振幅をつける方が道を踏み外さない、と考える(もちろん、他人に迷惑をかけること、犯罪となることは除外しての話)
この本は、一度目の結婚の失敗を描いて終わるが、茉莉が婚約をすると、自分から婚約者の方へと茉莉の気持ちが移るようさりげなく仕向けたり、初めての海外で青春を楽しむ娘に自分が重篤な病であることを知らせないようにと気遣ったりする鷗外の父親心が染みる。
そして、旅先で父の死を知る茉莉。
その後に予定通り回った、父が生前、もう一度行きたいと願っていた伯林(ベルリン)では、何を見ても父が偲ばれる。
帰国して、次第に心を病む夫。
そのせいで家庭は壊れた。
そして、一人では何もできないお譲様奥さんだった茉莉は、相談したい人をすべて失い、一人で考え、一人で家を出たのである。
うつむいて門を出る姿が目に浮かぶ。
茉莉が書くからかもしれないが、物語のような結末だった。 -
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とても好き。オモロイ。
日常のどうって事のない出来事が、ひたすら美しく書き尽くされている。自称マリア。生業は文筆業。美味しいものと美しいものに目がない世間知らずの痛い女。自分の行いにチョコチョコ突っ込みを入れている所が可愛いです。殆どコメディ。読んでいる間ずーっとニヤニヤしてしまった。全然貧乏ではない現代の手塚治虫、森鷗外の娘である。マリアごっこしたい。だがしかし、悲しい哉、語彙が無さ過ぎて出来ないわ。流石マリア様ね。
三谷幸喜のしょーもないエッセイを最後まで読める方。若しくは、嶽本野ばらの怒涛の一人称お耽美作品が好きな方にはお勧めします。繁忙期に読むとイライラすること間違いなし!元気な時にだけ会いたい友達ですね。居る居る、こういう子。私は嫌いではないです。毎日は疲れますが。ハイ。 -
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長らく気にはなっていたのに、読む機会がなかった作家。
このほど、ようやく、はじめて読む。
サヴァランというと、洋菓子を思い浮かべる。
あのお菓子の由来となったフランスの政治家にして美食家のブリア・サヴァランという人がいるらしい。
「グルメ」の謂いかと思われる。
自由な形式。
一つ一つの文も、長かったり短かったり。
最初読みにくいなあ、と思ったが、あっという間にハマる。
ただ好きな食べ物について語っているだけなのに、人となりが伝わってくる。
食いしん坊で、好き嫌いがはっきりしている。
少し前に流行った「丁寧な生活」なぞとは大きく違う。
こんなふうに、好きなように生きて行っていいんだ。
勝手に、そんなふうにも思えてくる。
フランス料理は大好きなのに、ビスケットだけはイギリス流がよく、「ビスキュイ」は認められなかったらしい。
氷屋さんで買うダイヤ氷。
婚家で覚えた「八杯豆腐」とは一体なんぞや?
薔薇や菫の砂糖菓子。
記述から、今の世にはない生活が彩をもって目の前に現れてくる気がする。
家族からの評価も高かったという彼女の料理の特徴は、日本酒をたくさん振りかけることと、上等のバターが使われること。
母のしげと自分は世間から「悪妻」認定された、と書く。
けれど、どこかおおらか。
別れた夫、山田珠樹との生活も、それなりに楽しかった、と思っているようだ。
父鴎外から、「上等、上等」と言われて育てられたため、実際より幾分上等に育った、とご本人はいうけれど、そうした人柄のよさが見える気がする。
思いついたことを散漫に書いてしまうけれど、白雪姫のことが気になる。
彼女が子供の頃(明治の終わりごろ)には、まだ子供用のおとぎ話の本には入っていなかった由。
両親はそれを「ゆきしろひめ」と呼んでいたという。
たしかに英訳では「Snow White」。
「しらゆき」という言葉がなんとなく嫌い、という茉莉の感性が、わたしにもなんとなくわかる。
それから、文化人の仲間、先輩とのつきあいも割と多い人という印象も受けた。
三島由紀夫、室生犀星、三好達治、吉行淳之介・理恵きょうだい。
白石かずこ、矢川澄子、富岡多恵子、三宅菊子。
人間関係も豊かだった人のようだ。