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Posted by ブクログ
80歳まぎわ。視力、体力、脳力(とくに記憶力)の衰えを感じながら、本を読む日々。それにまつわる17章の連続エッセイ。とくに、瀬田貞二、山田稔、メー・サートンが登場する章が印象に残った。
視力の章では、津野自身が編集した伝説の雑誌『ワンダーランド』の話が出てくる。当時はカッコよいと思い、小さな活字をぎっしり詰めた紙面にした。ところがいま読もうとしたら読めず、高齢者のことをまったく考えていなかったと反省している。そうなの?と思った私。『ワンダーランド』創刊号をトランクルームから引っ張り出してきてみた。あらま、ほんとうだ、紙面が霞にしか見えない!!
津野が子どもの頃に身につけたのは、歩きながら本を読むクセ(二宮の金ちゃんみたいだ)。歩きながら本を読むこの津野少年を目撃していた別の少年がいた。それから40年経って、新宿のバーのカウンターでその少年から初めて話しかけられる。そのエピソードがおもしろい。もちろん、そこから少年時代に夢中になった本の話になるのだが。
Posted by ブクログ
今年最初の読書のタイトルが『最後の読書』というのは、もちろん狙ったところもある。ただ、それ以上に感じるところもあってさ。編集者、演劇人とのことだけど、齢80になろうとする時期に、読書周辺での年齢からくる苦労など、あれこれというのがね。なんとなく最近年取ってきたなぁという自分の親を観る視点と重なったところがあるんだろうね。
冒頭、鶴見俊輔が脳梗塞となって以降、話すことも書くこともできなくなり、亡くなるまでの3年ちょっとの期間、ただひたすら本を読んでいたという話。幸田露伴の晩年、目が悪くなっていき、読むのに忙しいから、もう書く時間がない、と言っていた話など。読書人の晩年というのは、なんのためというのではなく読むこと自体に喜びを見出していくのかなぁ、なんて思った。
読書好きな人に限らないかもしれない。ただテレビを観たり、庭を眺めるだけでもいいのかもしれない。自分の外にあるものを、ただ受け取り、そこに溶け込んでいってしまうような。歳をとり、最終的にあの世に旅立つというのは、自分自身がこの世に溶け込んでいくということなんじゃないか、なんてことを考えてしまったね。
著者は古典をダイレクトに読めない自分の世代を、ダイレクトに読めていた先行世代と比較して苦笑している感があるけど、その視点に立つなら、俺なんてものはもう知的能力に欠けるなんてものじゃないよなぁ、と苦笑するところもあった。別に悲観や卑下して思うのではなく、まだまだ伸びしろ、あるよね、って。
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