・〈第三話「Under the rose」秋〉: 『こないだ会社で受けた健診、引っかかっちゃって』と話す夫の誠一郎の話を聞き『家長としての自覚がない』と詰め寄ったのは橋本菜摘。気まずい会話となる中に『ふいに電話の呼び出し音が鳴』ります。それは、高校時代に『園芸部』の先輩だった綾子でした。『会いたいわ。ねえ、しばらくぶりに…』と弾んだ会話の後、『あの頃のメンバーで同窓会を』開くことになります。『友人が海外土産に買ってきてくれたフレグランス』をつけて出かけた菜摘。同窓の面々が集まる中、『遅れちゃって、ごめんなさい』と綾子が現れます…。
一方で、最低限触れないとこの作品を語りようがない部分もあります。そうです。それこそが上記に引用した5つの感覚です。この作品に収められた五つの短編では、私たち人間が持つ『聴覚』、『視覚』、『嗅覚』、『味覚』、『触覚』という5つの感覚を題材に物語が描かれているのです。これは、非常に興味深い構成です。例えば冒頭の短編〈サクラオト〉では、かつて事件を起こした少女が残した『桜の音が聞こえる』という摩訶不思議な言葉が物語に不思議な雰囲気感を与えます。これはまさしく『聴覚』が取り上げられる物語です。一方で〈Under the rose〉では、短編タイトルからどことなく類推できる通り『嗅覚』が物語を引っ張っていきます。『むせ返るような』と形容される言葉が印象的な『薔薇の香り』。そして、〈春を掴む〉では、『自分の世界が変わったのは、颯太に手を摑まれたあの瞬間だった』と振り返る主人公が大切にする『触覚』が話題となっていきます。いずれの物語もその感覚を鮮やかに浮かび上がらせてくださる彩坂美月さんの筆の力によって短編が上手くまとめられていきます。そして、もう一つの感覚ともされる〈第六感〉を描く最後の物語がこの作品全体がまるで一つの物語であるかのようにそれぞれの作品に張り巡らされていた事ごとを浮かび上がらせていきます。そして、絶妙にクライマックスを盛り上げてくれる物語。なるほど、そういうオチが用意されていたのか、とまさかの驚くべきその結末。”ミステリ”作家でもある彩坂さんが紡ぐ”ミステリ”としての連作短編の妙を楽しませてくれる物語がここにはありました。