あらすじ
朝人が詩織を連れ出した満開の夜桜の下には、痛ましい事件が埋まっていた。少女が起こしたクラスメイトの毒殺、恋人同士の扼殺、中学教師による教え子殺し……なぜ、ここで殺人が起きるのか? 少女が口にしていた「桜の音が聞こえる」という言葉も謎を深めていく(「サクラオト」)。聴覚を鍵に描いた表題作など五感をテーマにした五編+Extra stage「第六感」からなる本格ミステリー連作短編集。
...続きを読む感情タグBEST3
Posted by ブクログ
伏線がそこかしこに散らばってるのに、自然な描写なのでストレス無く読み終えられた。大胆に伏線回収もしてくれるので読み終わりもスッキリ。特に最後の章は、この作品全体の謎が解明されていくので、わくわくしながら読み進めて、ついつい駆け足に…!
作者のスリリングなシーンの描写がすごく好き。読んでるこっちまで身の危険を感じてゾワゾワするような感覚になって、表現力とはこういうことかと思った。
Posted by ブクログ
あなたは『五感』をすべて言うことができるでしょうか?
はい、これは分かります。『聴覚』、『視覚』、『嗅覚』、『味覚』、『触覚』の5つのことですね。これらは、”動物が外界の情報や生命をおびやかす危険をキャッチする重要なセンサー”とも言われています。
そして、『五感』は、私たちが他の存在と関わるための外部世界への入り口の役割を果たすものでもあります。とは言え私たちは普段の生活の中でそれらをことさら意識することはありません。しかし一方で、もしそれらのすべてを欠くことになったとしたらそこにはどのような世界が待っているのでしょうか。外部世界との繋がりをすべて失ってしまった状態。それはこの世を生きていく中にあっては非常に厳しい状態です。改めて私たちに与えられた『五感』のありがたさを思います。
さてここに、そんな『五感』を取り上げた物語があります。5つの短編それぞれに一つずつの感覚が取り上げられていくこの作品。そんな短編を最後の短編が一つにまとめてくれるこの作品。そしてそれは、それぞれの物語に隠されていた謎に最後の最後で気付かされる彩坂美月さんの”ミステリ”な物語です。
『暗いから、足元に気を付けろよ』と言う西崎朝人(にしざき あさと)に『平気よ。…へえ、すごく綺麗じゃない』と『助手席から降りた』のは遠藤詩織(えんどう しおり)。『満開の桜が咲き誇る』のを仰ぐ詩織は、『田所君も来られれば良かったのにね。法事じゃしょうがないか』と『共通の友人である田所雅也(たどころ まさや)のことを話題にします。『祖母の一周忌だとかで昨日から』実家のある金沢に帰省している田所からは『卒業後は』『伝統工芸品』を扱う『家業に携わるつもりだと聞いて』います。『都内で就職を決めた朝人や詩織と異なり、東京を離れる彼とはもうじき気軽に会えなくなるだろう』と思う詩織。そんな詩織は『それで?そろそろ種明かししてくれてもいいんじゃない。西崎君。ここって何なの?』と朝人に視線を向けます。『以前、この場所で何人も人が死んだんだよ』と話し始めた朝人に『目を瞠』る詩織は、『その話、詳しく聞かせて』と『好奇心に満ちた』目で訊きます。『大学一年のときに「ミステリ研究会」に入った』朝人は、『庇護欲をそそるような可憐な外見と相反する、はっきりとした個性』を持つ詩織と出会いました。『詩織と過ごす時間は楽しく刺激的だった』という時間を過ごした朝人は、それを『互いに良き友人で、ライバルだったと思』います。『ここは格式ある、有名な女子高だったんだ』と『桜の下を並んで歩きながら』説明する朝人は、『すっかり色褪せて文字が薄れた「立ち入り禁止」の看板』の先にある『錆付いた背の高いフェンス』に手をかけ、それを開きます。そして、中へと入った二人。『今から十三年前の春、卒業を間近に控えた少女たちがクラスでお茶会をした…クラス委員の少女が挨拶をし、皆がお茶を口に運んだ直後、異変が起きたんだ。少女たちは突然、次々と苦しみ出した』と『感情を差し挟まない冷静な口調で語』る朝人は、『一人の少女が、紅茶にあらかじめヒ素を混入していたんだ。ある者は嘔吐し、ある者は腹痛を訴えた。クラスメイトたちが倒れてもがき苦しむのを背に、ヒ素を入れた少女は屋上に向かい、そこから飛び降りて絶命した。教師を含む六人が死亡した、凄惨な事件だったらしい』と続けます。『なぜ、少女はクラスメイトたちを毒殺して自ら命を絶ったのか?…結局、動機はわからずじまい』、そして『事件の影響で入学希望者が激減し、数年後には廃校となってしまったんだ』と語る朝人は『家庭環境も円満で、両親は一人っ子の彼女をとても可愛がっていたそうだ…何の問題もなく、幸福だったはずの彼女が、なぜ突然そんなおぞましい事件を起こすに至ったのか?』と問いかけます。『広い敷地を囲むように、桜の木が植えてあ』るのを見る詩織は、『一瞬、静まり返った建物自体が無表情にこちらを見下ろしているような錯覚を覚え』ます。『事件を起こす前、彼女はこう言っていたそうだ』と『目を眇めて』、『ー 桜の音が聞こえる、って』と続ける朝人。そして、『桜の木の下を歩きながら』、『事件は、それで終わりじゃなかった』、『その後、ここでいくつもの殺人が起きたんだ』と言う朝人に『…どういうこと?』と訊く詩織。『五年後の夏、男女が夜間に学校内に忍び込んだ。校庭で、男性が女性の首を絞めて殺害したんだ…ああ、もしかしたら現場はその辺りかもな』と『人気のない真っ暗な校庭の中央辺りを指差』す朝人に詩織は表情を硬くします。『それから三年も経たないうちに、またしても人が死んだ。女子中学生が二人で、学校帰りに、当時もう閉鎖されていたこの場所に入り込んだんだ。片方の少女が親友の後頭部を石で殴り、殺してしまった』と語る朝人は『さらに三年ほどして…』とこの場所で起こった悲劇を語り『なぜ、この場所で殺人が起きるのか?』と問います。そんな朝人の語りの先に浮かび上がる『桜の音』。そして、緊張感漂う物語が描かれていきます…という冒頭の短編〈第一話「サクラオト」春〉。『桜』の描写がとても印象的に物語を演出する好編でした。
“朝人が詩織を連れ出した満開の夜桜の下には、痛ましい事件が埋まっていた。少女が起こしたクラスメイトの毒殺、恋人同士の扼殺、中学教師による教え子殺し…なぜ、ここで殺人が起きるのか?少女が口にしていた「桜の音が聞こえる」という言葉も謎を深めていく(「サクラオト」)。聴覚を鍵に描いた表題作など五感をテーマにした五編+Extra stage「第六感」からなる本格ミステリー連作短編集”と内容紹介にうたわれるこの作品。6つの短編が連作短編を構成していますがその構成は少し変則的です。というのもこの作品は第一話〈サクラオト〉から第四話〈悪いケーキ〉までは「小説すばる」に2012年4月から2018年5月に掲載された作品であり、そこに第五話〈春を掴む〉と最後に掲載された〈第六巻〉が書き下ろされた上で1冊の作品として刊行されたという経緯を辿っているからです。
では、今回のレビューはまず第一話から第五話の内容を見てみましょう。
・〈第一話「サクラオト」春〉: 大学卒業を三日後に控えた遠藤詩織は、同じ「ミステリ研究会」に所属する西崎朝人と廃校になった女子高へと足を踏み入れます。そんな場で『今から十三年前の春』に起きた『お茶会』の異変を語り出した朝人は、『一人の少女が、紅茶にあらかじめヒ素を混入していた』と説明します。『教師を含む六人が死亡した、凄惨な事件だった』と語る朝人はその少女が事件前に『桜の音が聞こえる』と話していたことを説明します。そして、その後も次から次へと同じ場所で起こった『いくつもの殺人』について話し続ける朝人…。
・〈第二話「その日の赤」夏〉: 『くも膜下出血で突然、この世からいなくなってしま』った母親の代わりに弟の晴希にお弁当を作る樋口夏帆は『母を亡くして一番変わってしまったのは、おそらく晴希だ』と『暗い表情でふさぎ込み、まともに話そうともし』ない弟のことを思います。そんなある日の帰り道、晴希が見知らぬ『小さな女の子』の手を握って公園へと歩いていく姿を目撃します。『この辺で子供がいたずらされるみたいな事件』が起きていることを耳にする夏帆。また別の日、晴希を見かけた夏帆が後をつけると赤で表示された婦人用トイレへと入っていく晴希…。
・〈第三話「Under the rose」秋〉: 『こないだ会社で受けた健診、引っかかっちゃって』と話す夫の誠一郎の話を聞き『家長としての自覚がない』と詰め寄ったのは橋本菜摘。気まずい会話となる中に『ふいに電話の呼び出し音が鳴』ります。それは、高校時代に『園芸部』の先輩だった綾子でした。『会いたいわ。ねえ、しばらくぶりに…』と弾んだ会話の後、『あの頃のメンバーで同窓会を』開くことになります。『友人が海外土産に買ってきてくれたフレグランス』をつけて出かけた菜摘。同窓の面々が集まる中、『遅れちゃって、ごめんなさい』と綾子が現れます…。
・〈第四話「悪いケーキ」冬〉: 『そもそもの原因は、クリスマスケーキなんだよ』と『向かいに座る友人、三島空知』に語る斉藤紘一。『平凡な大学生』を自認する紘一ですが、『一つだけ「変わってる」と言われる』ことがあります。『それは、デコレーションケーキが大嫌いということ』でした。『クリスマスの時期は最悪』という中に、『それが原因で』『初めてできた彼女』にふられてしまった紘一。そんな紘一は、その『大嫌い』の原因が幼き頃、伯母に連れられて赴いた別荘での出来事にあると語ります。そして、そんな曰く付きの別荘へと向かう二人…。
・〈第五話「春を掴む」春〉: 『自分の世界が変わったのは、颯太に手を摑まれたあの瞬間だったのだ』と過去を振り返る小沢風花。『人見知りをする性格』を心配した両親によって『一人でバスツアーに参加』させられた九歳の風花は、結局気が重いままの一日を過ごします。そして、帰りのバスに乗る風花を乱暴な揺れが襲い『金切り声が上が』る中に『ガードレールが迫』り、『体全部に、衝撃が走った』風花。意識を取り戻した風花の目の前には『傾斜した地面に鬱蒼と生える木々や叢』がありました。パニックになる中、一人の男の子が伸ばしてくれた手にすがる風花は…。
五つの短編をご紹介しましたが、上記の通りその内容は全く異なり、また登場人物も異なります。そんな五つの短編を連作短編として束ねる役割を果たすのが最後に置かれた〈Extra stage「第六感」〉の物語です。ここでまず引っかかるのがその〈第六感〉という言葉とその前に置かれているのが五つの短編であるという整合性です。〈第六感〉には、沢村碧という作家と、大友はるかという編集者の二人が登場し物語が展開していきます。そこでこんなことが語られています。
『久しぶりに会うなりはるかが口にしたのは、〈五感〉を題材にしたミステリ短編を書いてみないか ー そんな依頼だった。「聴覚」、「視覚」、「嗅覚」、「味覚」、「触覚」、それぞれの感覚を題材に五つのミステリ短編を掲載しようというのだ』。
この作品の〈第一話〉から〈第五話〉のあり方がいきなり説明されることに驚きますが、それ以上にそれを語る作家が物語中に登場するというのも驚きです。このシチュエーションがあるとすると普通は、それは〈あとがき〉であり、そこで作者の彩坂美月さんがこの作品の構成について語られるのであれば分かります。しかし、そうではなくそれを語るのは〈第六感〉の登場人物の一人である作家の沢村碧であるという二重構造をとっていることです。このような凝った構成を取る作品が大好きな私にとって非常に美味しい展開ですが、この章に展開するまさかの謎解き、全く関係のない五つの短編を鮮やかに結びつけていく物語の詳細はこれからお読みいただく方のお楽しみとし、ここではこれ以上触れないようにします。
一方で、最低限触れないとこの作品を語りようがない部分もあります。そうです。それこそが上記に引用した5つの感覚です。この作品に収められた五つの短編では、私たち人間が持つ『聴覚』、『視覚』、『嗅覚』、『味覚』、『触覚』という5つの感覚を題材に物語が描かれているのです。これは、非常に興味深い構成です。例えば冒頭の短編〈サクラオト〉では、かつて事件を起こした少女が残した『桜の音が聞こえる』という摩訶不思議な言葉が物語に不思議な雰囲気感を与えます。これはまさしく『聴覚』が取り上げられる物語です。一方で〈Under the rose〉では、短編タイトルからどことなく類推できる通り『嗅覚』が物語を引っ張っていきます。『むせ返るような』と形容される言葉が印象的な『薔薇の香り』。そして、〈春を掴む〉では、『自分の世界が変わったのは、颯太に手を摑まれたあの瞬間だった』と振り返る主人公が大切にする『触覚』が話題となっていきます。いずれの物語もその感覚を鮮やかに浮かび上がらせてくださる彩坂美月さんの筆の力によって短編が上手くまとめられていきます。そして、もう一つの感覚ともされる〈第六感〉を描く最後の物語がこの作品全体がまるで一つの物語であるかのようにそれぞれの作品に張り巡らされていた事ごとを浮かび上がらせていきます。そして、絶妙にクライマックスを盛り上げてくれる物語。なるほど、そういうオチが用意されていたのか、とまさかの驚くべきその結末。”ミステリ”作家でもある彩坂さんが紡ぐ”ミステリ”としての連作短編の妙を楽しませてくれる物語がここにはありました。
『〈五感〉を題材にしたミステリ短編を書いてみないか』
編集者からの依頼を元に出来上がった『五感』にこだわる物語は、実は〈第六感〉の主人公・沢村碧によって書き下ろされたもの、という体裁を取るこの作品。そこには、5つの短編それぞれに描き出された『五感』に焦点を当てる物語と、そんな短編を一つに繋ぎ合わせる〈第六感〉の物語が描かれていました。表題作〈サクラオト〉に描かれていく『桜』の描写に酔うこの作品。絶妙な構成の妙に読後もう一度読み返したくもなるこの作品。
“五感をテーマに描かれる謎と闇”と、本の帯に記された言葉通りの世界観が楽しめる、そんな作品でした。
Posted by ブクログ
「サクラオト」「その日の赤」「Under the rose」「悪いケーキ」「春を摑む」「第六感」
6話収録の連作短編集。
彩坂作品に漂う不穏さは今回も健在。
本作では更に緊張感もプラスされ趣向を凝らしたミステリーとなっている。
春夏秋冬の各季節に聴覚・視覚・嗅覚・味覚・触覚の五感を掛け合わせた構成は新鮮。
ライトノベル風な装丁で軽いミステリーをイメージしていると良い意味で裏切られ予想していた結末は見事に覆される。
春の日中に見る満開の桜は美しいけれど夜桜はどこか禍々しさを感じる。
その桜の様に人の心の多面性に慄く読後。
Posted by ブクログ
この作者様の他の作品を読みたいのですが、なかなかなくて…気分転換に選びました。
五感をテーマにした五編+Extra stage「第六感」からなる本格ミステリーの連作短編集でした。
とても読みやすくて面白かったです。そこまで長くないのでサラリと読めます。温かい話もありつつ、基本はホラーよりでした。
「変わった構成の本だなぁ。でも連作なのかな?」と思っていたら、最後で種明かしがありました。「騙されたー!」と言うより、「あぁなるほど」と思わず納得してしまいました。全てが明かされたあとはスッキリした読後感でした。
常に不穏な空気を出しつつ進むお話は、ちょっぴり怖かったです。
表題作にして一番最初に読むであろう『サクラオト』で一気に作者様の世界観に入り込んでしまいました。もうどっぷり浸かりながら一気読みです。
個人的には、ゾクッとした終わり方で続きが気になる『サクラオト』『悪いケーキ』と切ないけれど前向きに終わる『春を摑む』が好きでした。
早くほかの作品を読んでみたいです。
Posted by ブクログ
ーー
桜、ミステリ、彩坂美月となると、読まないわけには。
咲いてしまえば、散るしかなくて。
学校その他が9月始まりになかなかならない最大の理由って、桜の季節が4月だからなんじゃないかって本気で思っている。
桜の下で始まって桜の下で終わる、連作短編、となっているけれど通読をおすすめします。各編それぞれが想い合い、すれ違う姿を様々に描いていて、しかし夕陽と一緒に鬼も背負っちゃったような奴ばっかりなんだけど、それも伏線と云えばそうなのかな。
桜を題材にした、となるとやはり梶井や安吾が出てくるんだけれど、皆さん何か桜と云ったらこれ、みたいなのあるのかしら。桜塚護か? あれはなんていうかトラウマ。
1冊をとおして、彩坂美月のいいところ悪いところ気になるところがザッピング出来る良い作品だと思います。☆3.4