小林秀雄の悲哀

小林秀雄の悲哀

小説・文芸
2,695円 (税込)

13pt

3.0

「もう、終いにする」。戦後の知識世界に輝くビッグネーム・小林秀雄が、晩年、10年にわたって取り組んだ『本居宣長』は、執筆に難渋し、結論に達しないまま意外な一言で終わってしまった。日本が誇る知性は、なぜ最後の仕事で挫折したのか。彼がこの書物にかけた思い、そして小林がたどり着きたかった「ゴール」はどこにあったのか。小林の批評ぶりを多角的に検証しながら、批評とは何か、その原理について考える。

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    Posted by ブクログ

    小林秀雄の晩年の代表作である『本居宣長』を読み解き、さらに宣長の『古事記伝』がじっさいにはなにを問題としていたのかを明らかにすることで、小林がなにをめざしたのかということを考察し、さらにその限界を指摘しています。

    前半は、小林の『本居宣長』から数多くの引用をおこない、小林自身に語らせるというスタイルをとっています。もちろん思想史的事実についての解説はくわえられているのですが、著者自身が小林の議論のスタイルに大きな不満をもっており、小林の問題意識を内側からとらえることを避けているために、このような議論のしかたがえらばれたのではないかという気がします。

    後半は、宣長の『古事記伝』についての解説にあてられていますが、ところどころで著者自身の「言語派社会学」の立場に引き寄せるようなしかたで説明がなされています。そこで著者は、宣長が『古事記』のテクストから「漢心」を引き算することで「古言」にせまるという実証的な方法論にもとづいて『古事記』の思想を読み解いていると論じるとともに、こうした方法論が宣長におけ合理主義とナショナリズムの同居を可能にしていると主張します。

    ただ、著者の宣長解釈からみちびかれるべき結論は、宣長の「古言」がまさしく上述のような方法論によって「つくられた」ものであるということでしかないように思われます。これは、たとえば子安宣邦の宣長批判とかさなるような論点のはずなのですが、この点について著者は立ち入った議論を展開しておらず、すこし不満をおぼえました。

    0
    2019年10月18日

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