無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで200万冊以上配信中!
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
タイトルが『狂人日記』ですが、「狂人」という言葉と裏腹に、精神病院に入院している主人公の語り口はいたって冷静です。現実と虚構を繰り返す中、自己の状況を細やかに分析して内省しています。ただ、その冷静に語る心の内が、ところどころ読み手の胸を刺す言葉がいくつもあり、どんどん話しに引き込まれました。
主人公は幻覚や幻聴はあれど、病気で働くことが叶わず、一緒に暮らしている女に対して申し訳なく思っているところは、まったく健常者と同様です。それだけに、余計に気に病んでいます。逆に、当人が病気であることに甘えて、周りの人たちに依存できれば、少しは気分も楽にもなるのにと、気の毒なところも感じました(それができないから苦しいのですが)。
そんな主人公は、この先どうなってしまうのだろうと読み進めていくと、予想もつかない衝撃的なラストで驚きました。素直に周りに依存出来なかった主人公が、生きるために最後に吐露した言葉が、正にタイトルを表しているようで、とても印象的でした。
Posted by ブクログ
小説を読んでいて「これ、俺のことじゃないか?」と思えることってあると思う。
ちょっとおかしな人だったら「断りもなく俺のことを書きやがって」と著者にクレームを入れる、なんてこともあるだろう(実際にあった訳だし)。
僕はそこまで頭がおかしく……って書くとまずければ……純情無垢じゃないから、そんなことはしないけれど、読んでいる間「これ、この狂人、俺にそっくりだよな」とずっと思っていた。
生き方が似ている、というか、他人への接し方、外の世界への接し方、社会との折り合いのつけ方、要するに己自身への接し方、それらがまるで自分を客観的に見ているように描かれている。
そりゃそうだよ、こんな生き方してたら精神が疲れちゃうよ。
実際、僕自身が今、職を探してあえいでいるのは、数年前に精神を壊して、仕事が続けられなくなったから。
この本の主人公みたいに幻影を見ることはなかったけど、幻聴はあった。
入院するまで重くはなかったけど、そこで人生、かなり狂わされた。
そんなこんなの自分の影が本の主人公に重なりあって、読んでいる間、ずっとずっと得体の知れないプレッシャーがのしかかっていたように思う。
そして、とてつもなく「生々しい」。
圭子さんだって、これじゃ浮かばれないだろう。
ずっとずっと彼を助けられなかった、彼を裏切った、そういった自責の念に苛まれながら生き続けなきゃいけないんだから。
彼女の心中を察すると、そりゃ切ないし悲しいし、何とも言えない。
彼女だって精神が異常なんだから……。
つらいよね……つらい。
それでも圭子さんは許されたんだから、母親よりも良かったのかも知れない。
そういえば、同じく色川武大の「怪しい来客簿」に書かれていた印象的なフレーズを思い出した。
『私たちはお互いに、助け合うことはできない。許しあうことができるだけだ。そこで生きている以上、お互いにどれほど寛大になってもなりすぎることはないのである』
まさにそれを地でいったのが主人公なのだろう。
最後の最後に主人公が発する言葉。
「俺もつれてってくれ。おとなしくしてるから」
これこそが、この主人公が、心の底から素直に発することが出来た、生まれて初めての、そして最後の言葉だったのではないだろうか。
最後の最後に、やっと自分に正直に発することが出来たのではないだろうか。
そう考えると、余計にむなしい。
本当に本当に、つらい……つらい……たまらなく、つらい。
この本に巡り合ったことに感謝している。
ただし、後悔することになる可能性も含まれているだろうな、とあくまでも自分自身を客観的に顧みて、嘘偽りなくそう感じている。
Posted by ブクログ
とても優しい小説だと思った。自分への優しさ、他人へのやさしさ。というより優しくありたいという気持ち。決して甘やかすのではない。この主人公は自分を甘やかそうと思っていないし、甘やかされて喜ぶタイプでもない。ただ現実があって自分がいるだけだが、それを真剣に見つめるということはすなわち対象へのこの上ない配慮であり、つまり優しさなのではないだろうか。
なによりも文章が優しい。主人公や主人公を取り巻く世界を見つめる作者の目が優しく、そして悲しい。ゴーゴリや魯迅の「狂人日記」との違いはこの点だろう。彼らは狂気をアイロニックに扱っているところがあるが、色川の作品にはひとりの男の必死な人生があるだけである。
悪夢というほかない幻覚に絶えず苦しめられながら、主人公はいったいなにを保とうとしていたのか。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸