Posted by ブクログ
2019年07月16日
内容の前に、大変にリーダブルな小説だということを、まず強調したいです。
相性もありますが、これほどスイスイと読める小説は滅多にない。
食事が終わって「そろそろ食後のコーヒーが欲しいな」と思った次の瞬間にコーヒーが運ばれてくるようなジャストインタイムな読み心地。
これは高い技量がなければ出来ないことだ...続きを読むと思うんです。
早見和真さんの作品は初めて読みましたが、相当な巧者だということが最初の2~3ページを読んだだけで分かりました。
つまり、小説家として信頼できる。
そしてそのことは、「小説家」を題材にした本作を書く上で、とても大事な資質だろうと思いました。
本作は、華々しいデビューを飾ったものの瞬く間に落ち目になった作家・豊隆と、豊隆とは幼馴染で大手出版社に勤める編集者・俊太郎が主人公。
二人三脚で「いい小説を世に送り出そう」と奮闘する感動作です。
一度でも小説を書いた人なら、2~3ページに一度は心を動かされる箇所に出合うに違いない。
私は、気になる箇所があるとページの下端を折る癖がありますが、折り過ぎて下の角だけ厚くなってしまいました。
たとえば。
「直前まで恐怖の対象だったはずの『書けなくなる』ことが、途端に『もう書かなくてもいい』という希望に化けた」
「夢にすがっているだけで、せめてそのフリをしているだけで、とりあえず『いま』を留保することはできるのだ」
「どうして目の前の一作にこそ全精力を込められないのだという不満を、多くの作家に対するのと同じように、俊太郎は豊隆に対しても抱いている」
『申し訳ないですが、吉田さんの小説はテクニックばかりで、ひりつくような熱を感じません。率直に言わせてもらえば、読者が期待しているのは〝人称〟の問題なんかじゃないんです」
「小説にかかわることでしかもたらされない孤独は、書くことでしか解消されない」
「物語がなかったら人間はもうとっくに滅んでいるよ」
「もはやよほどの売れっ子か、資産家、あるいはパートナーにしっかりとした稼ぎがあるか、パトロンでもいない限り、専業作家など成り立たないと気づいていた」
「作品を読んでもらうことってその人の時間をもらうのと同じことなんだ。自己顕示欲が先立ってしまっている彼らにその覚悟があるとは思えない。少なくともプロはそこに対する自覚はあるよ」
「メインキャラクターの人物造形を変えていくことは、決して簡単なことではない。それでも絶対的に良くなるという確信がある以上、どんなに手のかかる作業だとしてもやらないわにはいかない」
「読者の心を捉えるのは、誰かが書いたそれっぽい美文ではなく、本人が記す熱しかない。同じ『おもしろい』の一語であっても、本気で思っているのとそうでないのとでは伝わり方がまったく違う」
「考えてみれば、デビューするまでは父に対するエネルギーだけで書いていたのだ。それがいざデビューしてみると、今度は読者や編集者の評価ばかり気にするようになり、怯えながら書いてきた。編集者たちに散々ぶつけられた『自分をさらけ出していない』という指摘は、きっとこのことに起因している。傷つくのがこわかった」
「俊太郎自身は早く書き始めることが正しいとは思っていない。中学生には中学生の、高校生には高校生の〝経験しなければならないこと〟があるはずだ」
「ある程度じゃダメだ。もうこれ以上直しようがないというところまで追い込んで、追い込んで、それでも直すところがイヤになるほど出てくるのが小説だ。ある程度なんていう失礼なことは許されない」
「太陽が昇っていく様を心の中で描写してみろ。カメラには切り取れない美しさが絶対にあるはずで、それをお前自身がフィルターになって映し出すイメージだ。本当に作家になりたいと思うなら、これからそういうクセをつけるんだ」
「そうなんです。書いている最中から、自分はどうしてこんなに日本語に不自由なんだろうって、どうして伝えたいことを素直に書くことができないんだろうって、そんなことばっかり思っていて。それで次はもっといいものを書けるはずだと思っちゃって」
「脱稿した瞬間だけは信じられないくらいの快感があるんだよね。そのときだけは何ものにも代えられない喜びをいまでも感じる。ご褒美のようだし、麻薬のようでもあって。実は信頼している編集者とさえ共有できないものなのかもしれないけど、その気持ちを覚えているからまた書こうって思える気がする」
「最後にもう一つだけ言わせてもらえるなら、書くことはやっぱり楽しいよ。やっぱり書いて生きていきたいと感じて、自分の人生を背負えると思える日がいつか来たらこっちに来ればいい。楽しいよ」
「出版社など編集も営業も関係なく、しょせんは本好きの集まりだ。これは……と思える作品に出会いさえすれば、何かしたくなるに決まっている。会社に対する不満は少なくないが、その点に対する信頼は強くある」
「小説家は書き続けるしか道はない。休むのは干されてからいくらでもできる。いいわね、書きなさい」
「とりあえず今日だけ生きてみようと思いました。明日もそう思える気がします。吉田先生の次の作品が楽しみだから」
「小説にとっての春はすぐそこまで来てるよ。また物語が必要とされる時代は、たぶん僕たちが思うよりもすぐ近くにまで迫っている。だからみんな急いで準備しなくちゃいけないし、焦らなきゃいけないんだ」
キリがないですね笑。
書き写しながら、胸が熱くなりました。
そして、早見さんに対する信頼がますます増しました。
小説を書いている人、これから小説を書こうとしている人、そして何より、心から小説を愛する全ての人たちに読んでほしい小説です。