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※本作品は 2011年1月31日~2014年8月31日まで販売しておりました『私本太平記』全13巻を、全8巻に再編成した作品です。
巻の切れ目が違うのみで、本編内容は同じとなりますので予めご了承下さい。既に同作品をご購入されているお客様におかれましてはご注意下さい。
一夜にして人間の評価が変るのが乱世の慣い。尊氏が“筑紫隠れ”の朝、新田義貞は、凱旋将軍として、堂上の歓呼をあびていた。左近衛ノ中将の栄誉、それのみでなく、後醍醐の寵姫・勾当の内侍を賜ったのだ。それにひきかえ、貴顕に生命乞いする佐々木道誉の鵺(ぬえ)ぶり。また、朝敵たる汚名は逃れたものの、尾羽打ち枯らした尊氏。しかし彼は、北九州に勢力を養い、反攻を意図する。
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尊氏を筑紫へ落ち延びせしめた宮方軍。京は勝利の喜びに浸っていた。わけて新田義貞は後醍醐天皇の寵姫を賜わり、凱旋将軍の栄誉を浴びていた。この中にあって、依然行く末を憂いていたのは楠木正成。尊氏の反攻を脅威に感じ、和解策を献上するもそれは採られるはずもなかった。
都が戦勝一色に染まる間、尊氏は大宰府を基点として戦力の充填に務める。わずか一ヵ月半の間に陸軍・水軍ともに大軍団を揃え、東上を開始する。そしてついに、両軍激突となるのであった―。
真に国の行く末を案じている楠木正成、彼の姿が印象に残ります。彼こそまさに忠誠の士と呼んでしかるべき人でしょう。またそういう人はいつの時代でも受け入れられないものなのかもしれません。
ついに尊氏の反攻作戦が始まりました。この日を見据えて九州の武士へも恩義を与えておいたのでしょうか、さすがです。
時の運も味方している足利軍、これに楠木正成、新田義貞がどうぶつかるのか、また彼らの運命はどうなっていくのか、いよいよ最終巻、次が楽しみです。
Posted by ブクログ
本作品の主人公は紛れもなく足利尊氏だろう。そしてライバルとして楠木正成が据えられている。まあ、同じ源氏出身同士で仲違いをした新田義貞を合わせれば二人か。いや、後醍醐天皇も入れれば三人か。ならば護良親王も合わせれば四人…と、まあ主人公を引き立てせるためには幾人かのライバルを登場させるのが小説のやり方。話を戻そう、楠木正成。彼はどの時代人においても評価が高く、戦前などは彼が超ベビーフェイスで、尊氏がヒールという扱いだった。それは勿論、後醍醐天皇を敵に回した尊氏と、支え続けた正成という図式だからである。本作品は戦後描かれた作品であり、そんな図式にはとらわれず、この二人のキャラクターを魅力たっぷりに描いている。そこが画期的な作品なのだろう。そのライバル同士が、憎み合うことをせず、お互いに認め合うシーンは読んでいて清々しいものがあった。尊氏が一色右馬介を使いにやらせて正成を味方に引き入れようとするシーン、正成が後醍醐天皇に「義貞を切って尊氏と和睦を進めるべき」と迫るシーン…。本作品上ではこのライバル二人は一度しか会ったことがないのだが、これぞ宿命といった感じがした。
一度は敗れながらも、九州に落ち、再び盛り返す尊氏。戦力不足ながらもそれを迎え撃たんとする正成。いよいよ次巻、クライマックスを迎える。
Posted by ブクログ
▼本を読んだ理由(きっかけ・動機)
もともと吉川英治氏の作品は全て読破したいと思っていたため、いずれ読むつもりであった。
このタイミングで手をだしたのは、山岡荘八氏の『源頼朝』を読んで、鎌倉~応仁の乱を経て戦国に到るまでの歴史を改めて知りたいと思ったから。
「足利尊氏」という人物をぼんやりとしか知らなかったのも動機のひとつ。
▼作品について
室町幕府を起こした足利尊氏を主人公に南北朝動乱の始まりから鎌倉幕府崩壊後の泥まみれの戦模様が描かれている。
これを読めば、室町幕府が早期に瓦解し、応仁の乱を経て戦国に突入した理由がよくわかる。
▼感想を一言
切なくなった
▼どんな人におすすめ(気分、状況)
日常に疲れ、厭世観に付きまとわれている人。
「足利尊氏」の晩年の悲しさも最後の「覚一法師」の琵琶問答に救われる。
▼作者について
歴史・時代作家としては吉川英治氏が描く作品は司馬遼太郎氏のリアリティとは違い、人間愛に溢れている。
作品は最後に”救い”があり、現実の厳しさの中にも一輪の花(希望)を咲かせるような
読む人を励まそうとするような一面があるように思える。
Posted by ブクログ
・舞台は九州より勢力を盛り返す足利尊氏と、天皇、朝廷側に立つものの、独自のスタンスを保つ楠木正成が中心に描かれる。
・特に楠木正成の清廉な姿が見事に描かれており、足利尊氏も最後まで彼を見方につけようとしたことがよく理解できる。当時は、はやりトップに立つ武将の人物的な力量が大きかったのだろう。
・仮面作りの職人が、正成の顔を表現した箇所が巧妙。
「ゆたかな慈悲のおん相にはちがいない。けれど阿修羅もおよばぬすさまじい剣気を眸に持っておいてられる。したがその猛も貪婪な五欲には組み合わず、唇と歯には智恵をかみわけ、鼻、ひたいに女性のような柔和と小心と、迷いのふかい凡相をさえお持ちであらっしゃる。卑賤の親とは慕われようが、決して貴人の相とは申されぬ」
「いやいや、言い違えた。貴相ではあるが、その貴相は、福禄のそれではなく、堂上におごる人のそれともちがう。どうみても我利我欲の強さには欠けている。では私の自我心はないのか。それもちがう。おそろしい大自我、いわば大私といったような御自分の自信はなんぴとよりもお強く巌みたいにその貌心の奥に深く秘めてはおられる」
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