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美女の口元から垂れた生贄の血が、点々と羽毛に染みを作る『飽食のセイレーン』──作品に込められた重要なダブル・イメージとは? その酒を飲めば豚に変えられてしまう『オデュッセウスへ杯を差し出すキルケ―』──妖艶な魔女の背景に描かれた、数々のアイテムが示す意味とは? 入場者数68万人超、最長3時間半待ちの大行列。美術史に残る大ヒットとなった「怖い絵」展を監修者の著者が解説。リアルに匹敵する、永久保存版「読む」展覧会!
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Posted by ブクログ
832円 189円 これは皆言うけど、セザンヌは本当に本物を見なきゃ分からないんだよね。私も本物見てから、熱心なセザンヌファンになった。 ファム・ファタールがアートの源泉だから、マリリン・モンローはアートの源泉。古典美術においてはファム・ファタールが創作の大きな源泉であり、20世紀以降の大衆文...続きを読む化や現代アートにおいては、マリリン・モンローはその系譜を受け継ぎながら、独自の神話となった存在。 中野 京子 (なかの きょうこ、生年不詳)は、日本の作家[1]、ドイツ文学者[2]、西洋文化史家、翻訳家[3]。北海道生まれ[4]。1979年、早稲田大学大学院修士課程修了[5][6]。オペラ、美術などについて多くのエッセイを執筆する。2007年に発表された『怖い絵』を端緒とする『怖い絵』シリーズが大ヒットとなる。新聞や雑誌に連載をもつほか、テレビの美術番組にも出演する[7][8]。早稲田大学講師[9][10]。『怖い絵』シリーズの刊行10周年を記念して2017年に開催された「怖い絵」展では、特別監修を務めた[11][12][13]。2021年9月に開催された「怖いクラシックコンサート」(東京文化会館)での解説[14]、2022年3月公演の舞台「怖い絵」の監修[15][16]、同年7月上映の「星と怖い神話 怖い絵×プラネタリウム」の監修・解説を担当した[17][18]。 「現代音楽の紹介文や批評には、いかにその作品が斬新かを必要以上に難解な専門用語を駆使し、あたかも読み手を無理やり説伏しようとするかのごとき熱っぽさで語るものが多い。それは長く愛され続けてきた古典が力説不要なのと対照的だ──というようなエッセーを何かで読んだ記憶がある(うろ覚えなので大意のみ)。 大いに共感し、ふとセザンヌを思い起こした。どうも個人的にセザンヌは苦手だったのだ。現代音楽が無調でメロディーがないように、セザンヌには物語性と感情がない。また現代音楽のリズムが複雑なように、セザンヌの画面構成は多視点から成る。どちらも人間の自然な感覚に NOを突きつける。また画面とそれを観る者との間に生まれる、ある種のイリュージョン(感動と言い換えてもいい何らかの情動)にも NOを突きつける。 そこが新しいという。 そうかもしれないが、その新しさには酔えない。酔うのではなく、理知の喜びを味わえ、新世界を構築する創り手の苦闘を知れ、と言われても、なべて芸術は生理的心地よさから発して展開してきたのだし、創り手への関心は作品を気に入ってから先の段階なのではあるまいか。 セザンヌを紹介する美術書には、概ね次のようなことが書かれている。 ──後期印象派の画家とされることもあるが、瞬間を捉えようとした印象派の軽妙なタッチからは次第に離れ、堅固さを求める独自の画法を開拓。「自然を円筒・球体・円錐によって扱え」という言葉を残しており、実際、自然の形状を単純で幾何学的な色面に分解した。いっさいの意味や物語を排除し、純粋な絵画的要素のみに価値があると主張したことで、後のキュビスムやフォーヴィスム、また抽象絵画へ多大な影響を与え、「近代絵画の父」と呼ばれる。」 —『展覧会の「怖い絵」 (角川文庫)』中野 京子著 「この説明では、だからどうなんだ、と思われるばかりなので、代表作の一つ、『りんごとオレンジの静物画』を見てみよう。 台の上に白いテーブル・クロスが掛かり……と言いたいところだが、その布はシーツであってもおかしくないほど、ぐちゃぐちゃに拡げられ端がめくれている。上には数多くの赤いリンゴ。奥には白い果物鉢に黄色いオレンジ。横には陶磁製の水差し。背後にあるのは模様付きのカーテン、ないしソファ掛け。 セザンヌは写実を目指していないので、遠近法は使用せず、対象はさまざまな視点から描かれる(平皿のリンゴは真上から、果物鉢は真横からというように)。従って台の右側が極端に高く感じられるのも、リンゴが今にもころがりそうに見えるのも意図的なのだ。 さて、美術史家はこう結論を出す──三次元に存在する物を二次元の画布に「実在」させようとする試みは成功した。 セザンヌ・ファンもこう言う──これは「平面の深み」であり、静物画の奇蹟だ。 しかし本作の良さを全く理解せぬ(?)ダリは言う──リンゴを凹状に描こうとして、一生かけても凸状にしかできなかったセザンヌは悲劇的だ。 ほんとうにダリの言葉かどうか真偽のほどはわからないが、いかにも彼なら言いそうな気がする。ただしセザンヌらしさは、写真やネット画像では絶対にわからない。実物のマティエール(材質感)を見て初めて、彼がどんな世界を追求し、格闘していたかを感じることができる。厚塗りや重苦しいタッチが作り出す独特の画肌、存外、美しい色彩。熱心なセザンヌ・ファンがいるのもうなずける。またカメラや動画が美術界を脅かし始めた二十世紀初頭の若い画家たちが、セザンヌの示した「純粋絵画」という新たな方向性にどれほど興奮したかも想像できる。」 —『展覧会の「怖い絵」 (角川文庫)』中野 京子著 「ただしセザンヌらしさは、写真やネット画像では絶対にわからない。実物のマティエール(材質感)を見て初めて、彼がどんな世界を追求し、格闘していたかを感じることができる。厚塗りや重苦しいタッチが作り出す独特の画肌、存外、美しい色彩。熱心なセザンヌ・ファンがいるのもうなずける。またカメラや動画が美術界を脅かし始めた二十世紀初頭の若い画家たちが、セザンヌの示した「純粋絵画」という新たな方向性にどれほど興奮したかも想像できる。」 —『展覧会の「怖い絵」 (角川文庫)』中野 京子著 「当時の小説や現実の事件に触発されて描かれたと推測されるものの、詳細は不明だ。いずれにせよセザンヌはこの時期(二十代後半から三十代前半)、かなりの点数のサディスティックでエロティックな絵を描いていた。『殺人』のような現実社会における犯罪はもちろん、神話や聖書を題材にした乱交やレイプ・シーンの数々である。 このことはセザンヌ研究者ならまだしも、一般にはあまり知られていない。若い頃の非行歴を隠すかのように、本人が破棄したものも多かったらしい。後世の美術史家たちも口をつぐんでいた。「静謐な」と形容されるセザンヌのセザンヌらしさを守るためだろうか、それとも単に無価値と見做したのか。 近年ようやく初期作品に特化したセザンヌ展がフランスで開催されるようになったが、展示自体に反対する評論家が少なからずいたという報告は興味深い。「近代絵画の父」のイメージを壊したくない、ひいては偉大なる画家を研究している自らの優位性を守りたい、それが本音かと勘繰られても仕方がない。 さほどセザンヌに関心のなかった筆者としては、だが初期の激烈な作品に触れて、むしろセザンヌの魅力が増したように感じた。無機質に見えるリンゴや山や奥さんもセザンヌ自身の内面を表している、という解釈に少し共感できるようになった。 セザンヌは同時代人にほとんど認められなかった。最晩年にようやく一部の画商から評価され、個展を開くことができたので、その意味では、生前一枚しか売れなかったゴッホよりははるかにマシだ。とはいえゴッホにはテオという献身的な弟がいて、才能を信じ続けてくれた。セザンヌの場合、彼が誰より認めてほしいと願った父親と親友に理解されずに終わっている。」 —『展覧会の「怖い絵」 (角川文庫)』中野 京子著 「南フランスのエクス・アン・プロヴァンス生まれのセザンヌは、一代で帽子屋から銀行家に成り上がった父の期待を一身に浴びて育つ。大学で法学を学び、成金の父の跡を継ぐのが既定路線とされた。家父長の命令は絶対だが、セザンヌは画家になりたかった。それは少年時代からの親友エミール・ゾラの影響でもある。ゾラは作家を目指し早々とパリへ出て、貧しいボヘミアン生活に明け暮れながら創作に励んでいた。 父親の期待に応えたいという思いと自分の夢の間で揺れ惑うセザンヌは、ゾラからの?咤激励の手紙でついに実業家になる努力を放棄し、二十二歳でパリへ。 わがままで癇癪持ちのセザンヌと物静かなゾラは妙にウマがあい、互いに励ましあって、金銭も愛人も野心も分かち合う。夢に燃えた蜜月期と言えた。デッサンの下手なセザンヌはどうやっても美術学校に合格せず、サロン(官展)にも落選し続ける。ゾラは革新的な新聞に印象派擁護の記事をせっせと書く。そうやって日々は過ぎ、運命が彼らの境遇を変えるのはまもなくだ。」 —『展覧会の「怖い絵」 (角川文庫)』中野 京子著 「ウィリアム・ホガースは一六九七年、ロンドンに生まれた。その人生はよくチャールズ・ディケンズの小説の主人公のようだと言われるが、実際にはディケンズのほうが一世紀も後に生まれ、ホガース作品の登場人物をお手本にしたという。 二人には大きな共通項がある。どちらも少年時代、父親が破産して債務者監獄に入れられたため(当時、借金を返せない者は投獄された)、貧困と屈辱感を味わっている。学校もやめざるを得ず、工場労働や徒弟奉公をさせられて苦労したが、独学と才能と不断の努力で乗り越え、成功と富を手に入れ、片や「イギリス絵画の父」、片や「国民作家」と讃えられるまでになった。」 —『展覧会の「怖い絵」 (角川文庫)』中野 京子著 「 のどかな船遊びの絵。だが『チャールズ一世の幸福だった日々』というタイトルが不穏さを醸し出す。「だった」と過去形なのだから、先には不幸や災難が待ち受けているに違いない。だがどの程度の? 日本人がヨーロッパ人に比べて英国史に詳しくないのは当然だが、それでも世界史の授業の記憶をたぐれば、チャールズ一世 +クロムウェル +ピューリタン革命の三点セットにつながり、イングランド史上ただ一人の処刑された王(女王だとジェーン・グレイがいる)だと気づく人は少なくないだろう。その時に浮かぶ感慨は、日本史に置き換えるとわかりやすい。 平家の公達らが宮廷で花見をする屛風図があり、祖母の二位尼といっしょの幼い安徳天皇も描かれていたとする。鑑賞者はたちまち「祇園精舎の鐘の声……」と『平家物語』の一節を思い出す。雅びな花見の宴から壇ノ浦の戦いまではわずか数年しかなく、無邪気に笑うこの幼帝が二位尼に抱かれて海の藻屑となった史実が喚起され、「諸行無常の響き」すら聞こえてくる気がするのではないか。」 —『展覧会の「怖い絵」 (角川文庫)』中野 京子著 「この俯瞰図をいわばズームアップして特定の人物に焦点を合わせているのが、同主題・同タイトルのレンブラント・ファン・レイン作品『ベルシャザールの饗宴』だ。ただし正確には、幻の手があらわれて文字を記した瞬間のシーンだ。 そしてもちろんレンブラント作品のほうが古く、マーティンとは二世紀近い隔たりがある。従ってこうも言い換えられよう、レンブラント作品をズームバックすれば、マーティン作品になる、と。 レンブラントの画面に登場人物は六人のみ。本来の主役ベルシャザールが、背後を振り返っている。闇に沈んでいるのでそこが壁かどうかは判然としないが、ふいにあらわれた形の良い男性的な右手が、なぜか中指で文字をなぞり、文字は光り、この世ならぬ明るさを発する。」 —『展覧会の「怖い絵」 (角川文庫)』中野 京子著 「ロトは、死海近くの豊かな町ソドムに住んでいた。だが神はこのソドムと隣町ゴモラを、悪徳の咎で壊滅させることにした。どんな悪徳だったかは、今に残るソドミー(男色、獣姦)という言葉から明らかだ。子孫を増やすためではない性行為(「不自然な肉欲」)を、この唯一絶対神は断罪し続ける。」 —『展覧会の「怖い絵」 (角川文庫)』中野 京子著 「性の逸脱現象たるフェティシズム傾向は、圧倒的に男性に多いと言われる。男は女より「物」への偏愛が強いのかもしれない。物を集めることに情熱を燃やすコレクターも、やはり男性に多いからだ。それともそれは「物」そのものに囚われているというよりむしろ、「物への妄想力」が強いということなのか(そのあたり、ビー玉や牛乳瓶の蓋を集める同級生の男子に呆れ果てた身としては、さっぱりわからぬ嗜好ではある)。 呪物に関しては「イワシの頭も信心から」という言葉があるほどで、鉱物、動物、植物と多種多様な物が神聖なる対象とされた。当然ながら性的対象物も多岐にわたり、『フェティシズム』( P = L・アスン著)によれば、それらは次のようなものだという──「身体の部分(胸、鼻、手、おさげ髪)、身体特性(髪の色、体格、身体障害、嗅覚)、衣類と布地(ハンカチ、靴、ナイトキャップ、喪のベール)、行為(髪を櫛でとく行為、排尿行為)、心理特性(残忍性も「フェティッシュ」であり、マゾヒズムに向けられる)」。 クリンガーが描いたのは、手袋へのフェティシズムなので、「靴」と同様、比較的わかりやすい。憧れの女性の手をすっぽり覆っていた手袋に、彼女の放つエロスの残り香が秘められているとの期待は突飛と言えない。聖遺物を収めた聖櫃(アーク)が長い歳月を経て聖遺物と同じような力を獲得し得る(インディ・ジョーンズシリーズ第一作『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』 S・スピルバーグ監督)との考え方に通じよう。」 —『展覧会の「怖い絵」 (角川文庫)』中野 京子著 「風景画が認知された十八世紀には各国で専門画家が活躍した。中でも産業革命の発祥地イギリスでは、文明に毒されない自然への憧れが強まっていたこともあり、風景画人気はオランダを凌ぐようになる。すでに「グランドツアー」(イギリスの良家の子弟が教養を深めるため大陸を長期旅行すること)も盛んだったので、異国的風景も大いにもてはやされたし、その美的概念と重なる形で、「崇高」という新たな価値観も生まれる。 この「崇高」に「恐怖」が必須なのだ(ようやく怖い絵になってきた)。 風景画における「崇高」(サブライム sublime)とは何か? ──これはイギリスの政治思想家エドマンド・バークが著書『崇高と美の観念の起原』(一七五七)で初めて唱えた概念で、簡単に言えば、圧倒的な大自然を前にした時の人間の感情のこと。 バークは、それまで賞讃されてきた「調和的な美」と「崇高」を次のように対比させる。前者は小さく、曲線的、明晰、優美、そして源にあるのは快楽。後者は荒々しく、巨大、鋭角的、曖昧、そして源には恐怖。 風景画の誕生自体が驚きであったのに、それに慣れると今度はさらなる美の地平が開拓されたわけだ。「崇高」は醜をも内包し、感嘆と畏怖をもたらす。題材は、高峰、氷海、瀑布、火山、地震、洪水、雷鳴、嵐といった大自然の凄まじい脅威、さらにはその結果としての崩壊、難破船、廃墟など。「崇高」がロマン主義の到来を告げたと言われる所以である。ちなみに「崇高」な風景画の人気と、イギリスでの恐怖小説の席巻時期は重なっている。」 —『展覧会の「怖い絵」 (角川文庫)』中野 京子著 「テーバイがアテナイやスパルタと並ぶ有力な都市国家だったことが、背景の壮麗な建築や石像などで示される。両目を失ったオイディプス(ちなみに両目を睾丸と解釈する説もある)は、眉根に深い皺を寄せてはいるものの、筋肉質の壮健な身体つきで、髪も髭も黒々としている。確かに当時は十二、三歳で成人扱いであったし、女性もそのくらいで結婚した。となるとオイディプスは十五歳くらいで、二十代後半の母イオカステと結婚したと思われる。幸せな夫婦生活が十数年だったとして、このころの彼はまだ三十代半ばくらいだろうか。」 —『展覧会の「怖い絵」 (角川文庫)』中野 京子著 「「怖い絵」展に出品されたリトグラフ『マドンナ』は、ノルウェーの画家エドヴァルド・ムンクが生涯を通して描き続けた愛、死、性、病、不安、嫉妬、狂気、孤独といった、己の生々しい体験を主題にした作品群のひとつだ(後に彼はそれらを「生のフリーズ(装飾帯)」と呼ぶことになる)。 まだ『マドンナ』を制作する前、そしてもちろん『叫び』も生まれる以前からムンクは前衛画家扱いで、国内での展覧会は酷評の嵐だった。主題も筆致も画面構成も全て、伝統的な歴史画の美意識とは相容れなかったからだ。 チャンスが飛び込んできたのは、一八九二年、二十八歳の時。ベルリン芸術家協会の招聘で個展を開けることになった(理事にノルウェー人がいたおかげらしい)。結果は──故国での酷評をさらに上回り、「ベルリン・スキャンダル」だの「ムンク事件」だのと言われるほどで、展覧会自体も一週間で強制終了させられてしまう。」 —『展覧会の「怖い絵」 (角川文庫)』中野 京子著 「世はファム・ファタール時代。彼らのようなタイプにとって、「運命の女」「男を破滅させかねない女」「強烈にセクシャルな女」への怖れと憧れは特段に強く、愛と死が創作の主要テーマになるのも必然だった。 ムンクは友人らの肖像も描いている。ストリンドベリの肖像は油彩をもとに版画も制作しており、そこでは──おそらく故意に──名前のスペルを間違えた上、縁を飾る模様に女性ヌードを描き込んだ(二人はこれを契機に疎遠となる)。プシビシェフスキの場合は単独肖像画の他に『嫉妬』という作品にも登場させ、そこでは親密に語り合う着衣の男と裸体の女(ムンクとダグニー?)を背景に、プシビシェフスキと瓜二つの男が正面を向き、嫉妬に身を焦がす。」 —『展覧会の「怖い絵」 (角川文庫)』中野 京子著 「最初は油彩で描かれた。タイトルはムンクが付けたのではなく、本作を購入したオスロ国立美術館館長による命名とされる。ぴったりの名だ。本来マドンナとは「私の女主人」の意だったが、カトリックの伝統で「聖母マリア」を指すようになり、転じて「憧れの女性」という意味でも使われることとなった(夏目漱石の『坊っちゃん』に登場するマドンナなど)。 聖母であり、憧れであり、男を支配する女でもあるムンクのマドンナは、長い黒髪を乱し、目を閉じる。下から見上げる男たちに、その表情は行為のさなかの恍惚とも感じられよう。頭部には聖なる光輪。だがそれは真っ赤で、同じ色が上唇、乳首、臍にもほどこされている。ムンク特有の不穏な流線が彼女を包み込む。背にまわした左腕と上に挙げた右腕は途中で消え、腰から下も切れて、トルソー(四肢のない塑像)のごとき印象を与える。」 —『展覧会の「怖い絵」 (角川文庫)』中野 京子著 「『マドンナ』は同時期に描かれた『叫び』とともに彼の代表作となる。 さて、マドンナでありアスパシアでもあったダグニーは、黒仔豚亭の誰を夫に選んだか? 一歳下のプシビシェフスキだった。 先述したように彼には妊娠中の愛人がいた。ダグニーが知らなかったはずはなく、この結婚には当初から暗雲垂れこめていたことがわかる。」 —『展覧会の「怖い絵」 (角川文庫)』中野 京子著 「エドヴァルド・ムンク(一八六三 ~一九四四)は象徴主義の画家にして、表現主義の創始者とも言われる。『叫び』の世界的知名度の高さは、おそらく『モナリザ』に匹敵するだろう。」 —『展覧会の「怖い絵」 (角川文庫)』中野 京子著
西洋絵画の解説というと、文化的にも時代的にも高尚で難解なものという印象を受けてしまい手を出しにくいのですが、この本での書かれ方は遠慮が無く、使われる言葉も現代的というか世俗的というか、そういった部分がとても分かりやすい上、面白くてぐんぐん詠み進められてしまいます。 あと巻末の、展覧会の舞台裏について...続きを読む当事者目線で書かれたおまけもとても興味深く面白い内容でした。
中野京子はよ〜!絵画に吸引力をつける文章書くんだよなあ!!読ませる文章でさあ!!!絵画に詳しくなりてえよ!って気分にさせるのが上手いんだよなあ…
中野京子さんの絵画解説はとても面白い。 展覧会でもガイドがあるとより楽しめるようになって世の中進化したなと思うが、通り過ぎてしまう細かな部分の因果関係まで解き明かし推理小説のよう。 絵画が素晴らしいのは最もだけど中野京子さんの解説でより掘り下げられ成る程と思うものだ。 アンニュイについての表現があ...続きを読むり、欧米の言語と日本語のニュアンスの違いを感じた。 この本は特に怖い絵を取り上げているが、中野京子シリーズはどれも読み応えありです。
件の「怖い絵」展は実際に観に行ったし、あの重くて分厚い図録も買って帰った組だが、新たな発見も多い一冊だった。 こうして改めて展覧会後の反応等を交えて絵を振り返る、この楽しさと興奮よ。 当時本物の絵を間近にした時の感動を追体験しつつ、更なる解説に興奮しっぱなしという。 (図録の解説は中野先生ばかりでは...続きを読むなかったこともあって) 先生がTwitterの反応をかなり気にしておられたのと、その反応を受けての解説文にもなっていたのが、特に面白かった。 まさに新感覚の、今の時代の展示だと思ったので。 巻末には「怖い絵」展の裏側を知れるエッセイも。 別のところでも読んだが、改めて数々の縁と奇跡でもって開催された凄い展覧会だったのだなと感謝しきりである。
絵はそれだけでも力を持つものだけれど、パッと見ただけではわからない絵画は、どんな解説を読むかでも魅力度が変わってきますよね。 中野京子さんが語る絵画の時代背景や注目ポイントはわかりやすく、面白い。そして通常の説明より文学的な表現で、私は好きです。 あと、「怖い絵」展開催までの裏話も面白かった。上野...続きを読むでの「怖い絵」展、すごく混雑しているというニュースは見たけれど、開催するまでは不安が大きかったんだなぁ。
怖い絵シリーズ4冊目。これまた面白かったです。今回は展覧会のー ということで2017年に神戸と東京で開催された「怖い絵」展にて展示された作品がピックアップされています。 いつも文庫のちっちゃな絵でしか見ていない作品を実際に見られる機会があったなんて…!レディジェーングレイの処刑の大きな作品もあったと...続きを読むか。見てみたかった。 巻末では展示開催までの過程が綴られていて、興味深かったです。もっと詳しく聞いてみたい。 20250422
中野氏の絵画の解説は面白く為になる。鑑賞には知らなくても良いかもしれないが、知る事によってより深く味わう事が出来る。第一章の「モッサ」の作品は初めて。これがいまから120年まえの作品とは驚いた。
原著はもとより、展覧会自体も幸いにして観に行けたので結構懐かしい気分に。覚えていないのもちらほらあるなぁ。 表紙のモッサは大出世じゃなかろうか。確かに滅茶苦茶インパクトがあった。その分、あまり作品が残されてないのが残念だったけど。 あとがきに等しい、「怖い絵展のできるまで」も面白い。結果的に大成功だ...続きを読むったとはいえ、現場では「際物」扱いだったとは。開催にこぎつけた皆様方に感謝するばかりだ。
2019年11月刊行『もっと知りたい「怖い絵」展』(KADOKAWA 刊行の単行本)の文庫版。単行本を読んだのは2年前。覚えているが、濃淡はある。「切り裂きジャックの寝室」は強烈な印象で残っている。当人がいないところが恐怖を増す。画家も有力容疑者。視点にいるのが本人なのか。殺されたのは売春婦たち。ウ...続きを読むォータールー橋から身を投げるのも娼婦たち。「発見された溺死者」も覚えている。落ちるところまで落ち、追い詰められ至った姿。それは美しくなければならない。落ちる瞬間、切り裂かれる瞬間、何を思ったろう。
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