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裏切ってでも、書け!
文藝春秋読者賞に輝く圧巻のノンフィクション大作が遂に発売。
巨大メディアを牛耳る「独裁者」に立ち向かった男が、恥辱に満ちた抵抗の半生と、特ダネに情熱を注ぐ反骨記者たちの生き様を描く――
〈概要〉
オールドメディアが後退戦を強いられる中、記者はいかに生きるべきかを問い直す、圧巻のノンフィクション大作。『しんがり』『石つぶて』などの著作で知られるノンフィクション作家・清武英利氏が、野村證券をはじめ四大証券会社の損失補填を暴いたスクープ記者時代から、「読売のドン」こと渡邉恒雄氏と対決した「清武の乱」の内幕に至るまで、約50年にわたる波乱万丈の記者人生を克明に綴る。一方で、特ダネに異様な情熱を注ぐ令和の反骨記者たちも登場。自民党の裏金問題を暴いた赤旗事件記者や、話題作『対馬の海に沈む』で農協の暗部を追及したジャーナリスト、神戸連続児童殺傷事件「少年A」の両親の独占手記を取った元週刊文春記者など、強烈な個性を持つ記者たちの生き様を描く。逼迫したメディア界を揺り動かす、重厚かつ熱量あふれる記者列伝が誕生!
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Posted by ブクログ
清武の乱の会見の清武さんは何とも地味でおどおどとした感じの人だったことをおぼろげながらに覚えている。巨人ファンでもないし渡辺恒雄にさして興味もなかったからこのニュース自体に興味もなかった。この本を読んで清武さんの印象が180°かわる。気骨ある人だった。
この本は大きくふたつの構成で清武さんの歩んできた人生が描かれる。ひとつめは社会の闇を暴こう、弱者の声を届けようとペンを持ち続けた記者たちの生き様とともに清武さんの記者人生を振り返るパート。ふたつめは渡辺恒雄との対決の実際を描くパート。特に自らが当事者である後者のパートは生々しく、独裁者渡辺恒雄の姿や独裁に染まった読売新聞のくだらなさがよく分かる。
新聞は欠かさず読んでいるが、年々社会的な弱者へ寄り添う姿勢が失われてきているように思う。ほぼ国際問題と経済問題に紙面がさかれ、政治面は政治全般の批判か首相の礼賛もしくは批判記事だ。週刊誌と対して変わらない。稀に取り上げられる社会的弱者もジェンダーや人権上の弱者で名もなき市井の弱者にはほぼ光が当たらない。
権力の監視機関たるメディアは何がしたいのだろうか?政治を社会を良くしたいと思ってるのか?そんなことを思い、新聞の劣化を嘆いていた。
清武さんはそんな劣化する新聞と対峙し変えようと努力してきた。その姿は彼のノンフィクションの主人公である後列の人々と重なる。現状は過去からの作為の積み重ねだ。きっと渡辺恒雄に嘆き、新聞のあり方を変えようと努力した結果が今だ。だから最悪ではないし、変えようとしている人は今もいるはずなので改善の途上にあるとも言えるかもしれない。清武さんや彼が取り上げた後列の人々が社会を支えている。
清武さんにはぜひ天国に行ってほしい。
Posted by ブクログ
600ページの大作で、素晴らしい同僚たち、仕事をした人々を描く。
だいたい1/3くらいはありがちな「わが歩んだ道」系の自伝なのだが、いかんせん持っているエピソード自体が数奇で激烈なものだから、そしてそれが著者の筆力で生き生きと描かれているものだから、とても面白い。
下北半島の重く湿った空気と酔いどれ記者羽中田誠、ナベツネという怪物と読売グループで起きたことが生き生きと迫ってきた。
P35 絶対的な勝利の瞬間を楽しむマッカーサーの気安さは、(羽中田誠が)嫌というほど味わった、ふんぞり返った日本軍人の権威とは全くかけ離れ、敗戦国記者たちの気持ちを和ませた。彼はその時の鮮烈な思いを娘に何度も話して聞かせた
「俺はあの時、自由というもののスマートさに生唾を飲み込んだよ」
P48 (新聞社の社会部は)人間の生き死にを扱う社会ののぞき窓である。
P55 話の肝は、記者は警察から奪い取ってでも記事を書く、という気概にあった。
P85 意外だったり逆説的であったり詩的であったり、つかみを深く考えることが、読まれる記事につながり、自分のためになる。【中略】特ダネと文章で立つことができれば、会社におもねる必要はない。この二つが両立できる記者はめったにいない
P169 (畳の上で死ねなかった)その一つは戦場の死、殺人被害者の死などの「非業の死」、二つ目は免罪でありながらの処刑死。無念の思いで自ら死を選ぶ自殺など「無念の死」三つめは労働災害、航空機事故などによる「不慮の死」ーこれらの死について「なぜだ!」と疑問をもって追及していき、それらの死につながる様々なプレッシャーやシステムを問題視していくのが新聞記者の原点ではないか(元共同通信斎藤茂男)
P184「やっつけようとか、追及してやる、と思ったらだめなんだ。真実を究明しようと考えることで道が開けるよ」(元新聞赤旗 松宮敏樹)
P192 警部らにとっての重要事は、暴力団の抗争や事件、それに大きな犯罪につながる拳銃の不法所持や検挙件数なのである。考えて見れば私だって彼が「拳銃が上がらない」と漏らしても聞き流してきた。立場によって関心は違う、という当たり前のことに思いが至らなかったのだ。つまり「何か変わったことがありましたか」と彼らに尋ねるような御用聞き取材では、事件報告書の綴りをつかむ幸運はあっても、報告書や彼らの頭の中にある事件以上のものはつかめないのである。【中略】本当の特ダネは、他力本願ではなく、夜回り以前に始まる自力の疑問から生まれるということなのだろう。
P206 (税務署員の心得)「査察官は不正断じて許さずという鉄の手を持っていなければならない。しかし、鉄の手をむき出しにするのは悪魔である。鉄の手を持っていればこそ、その態度はあくまで懇切丁寧に上品にやらなければならない。鉄の手に上品な絹の手袋をはめなければならない」
P242 (森下香枝は)「コンパッション」という意識を持つように努めているという。コンパッションとは、相手の苦しみを深く感じ、軽くしてあげたいと思う感情や態度のことだ。
P272 たとえ成果のない日でも、その角の向こうに自分を待つ人がいる、と信じるように努めた。どんなにむなしい日も結局これは自分のためで、必要な一日だったと思えば苦痛を軽く受け止めることができる。
P275 脱税事件で摘発されるのはいつも中小企業や個人で、大企業の所得各紙は追徴のみで済まされている。国税庁には、刑事事件の「脱税」と、立件にまで行ったらない「所得隠し(追徴処分のみ)」を区分けする「脱税告発基準があった。
P288(警察庁の林則清暴対部長)なってほしくない「あいうえお幹部」
「ああいいよ」とよくわからないまま了解しておきながら、後になって「ああだこうだ」と文句を言う
「いま自分がいるときに実績を上げる」ことばかりを考えている
「うえの顔色や評価ばかりを気にしている
「えらそうにしたり、いい恰好ばかりしたりしているが、いざとなると逃げる」
「おれがおれがと手柄を独り占めにし、苦労は部下に押し付ける」
P296 (むのたけじ)「山のこなたにないものは、山のかなたにもない」
P429 「まああなたにはプロの世界はわからないでしょうから、私たちに任せて後ろの方で見ていてください」と「どうせ最後はナベツネが決めるのだから」この玄人意識と諦観が、巨人を支える編成の現場に同居している。(前者と後者が混ざると)失敗の責任をだれも取らない、無責任体質となって現れる。
P430 何をどう攻めていいのかよくわからなかったのである。この霧がかかったように「わからない」ということがだんだんわかってくる。ところが私のように前例踏襲が大嫌いな人間はわかってくる前に動いたり書いたりするから、ひどい恥をかく。
P452 各球団の強化策は、新人ドラフト、FA補強、トレード、外国人補強の4つに限られている。これに育成ドラフトという新たな武器を加え、異能異才の一芸選手を獲得すればその分だけ先を走ることができるはずだ。
P478 しごきに慣れた彼らにげんこつは効き目がない。その猛者たちももはや逃げ場はないところにいることを、背の愛やコーチたちははっとするような言葉で伝え鍛え上げていた。選手のうちにある力を引き出す術なのだろう「言葉の鉄拳こそが大事です」という古参選手もいた。
P508 無知は罪という言葉があるが、発表報道を疑わないことは罪だ
P563(むのたけじ)どのように生きるかに焦る人は多い。何のために生きるかに悩む人は少ない。生きる目的がはっきりすれば、どのようにでもして生きていけるのに。
P589 (大谷昭宏)黒田さんが決然と社を飛び出した時、付いていったのはオッチョコチョイの僕一人だ。人間はそういうもんなんだよ。【中略】誰しもわが身がかわいいに決まっている。許してやれよ。他人を咎めず、自分の力で生きていけ
Posted by ブクログ
ネット上でよく聞く「マスゴミ」「偏向報道」などメディアに対する風当たりは強い。その中でもオールドメディアの代表格のように言われる新聞報道。ただ聞き込み取材と裏付けを取ったスクープ記事はやはり価値がある。
著者自身の記者人生を振り返ると共に、その時代時代で出会った記者や事件などを紹介していくノンフィクション。
やはり面白いのは巨人軍の球団代表時代のナベツネとの確執の顛末。当事者でもあるのでやや偏った自己弁護のような感じもするが、いわゆる「清武の乱」に対する読売新聞の苛烈な対応に唖然とする。解雇、訴訟、人間関係の断絶。げに恐ろしいのは集団組織から外れた裏切り者への報復…
多様な意見を取り入れ、権力に埋没する弱者の声を拾うはずの報道機関も、やはり組織の論理が働くのかと思うとなんとも言えないやるせなさがある。
Posted by ブクログ
読売新聞の記者だった時代から巨人の球団代表と言う異なる世界で、客観視する記者の視点からより勝利に導くための管理職になったことで著者の当事者としての心情がより赤裸々になった印象を受けた。
それが渡邊独裁との決定的な対立になり、訴訟、退社そして独立したジャーナリストとしての覚悟ができたのかなと感じた。
605頁と長大だが、平易で情緒や人情の機微をとらえた文章で読みやすく、社会部をベースにした幅広い話題でサクサク読める。
ただ事件をもっと掘り下げたモノは期待しない方がよい。
新聞がオールドメデイアとして事業として衰退していく現状で、オールドメデイアのしんがりとしての矜持を見た思いはした。
Posted by ブクログ
途中までは確かに面白かったんだが。
読売新聞の元記者。
豪放磊落な先輩たちがまだ残っていた頃の会社に入り、そのエピソードや、ご自分の不器用で辺りとゴツゴツしながらも真実に迫ろうとする姿。
お会いされたこともない記者の記事に感銘を受けつつ、その評価にも触れられる。
ただ、途中から読売巨人軍の球団代表とかになって来てこの辺からおかしくなった。
ナベツネとの衝突。独裁ぶりと、反発。
解雇から、どのようにノンフィクション作者になって、何を考えて生きて来たか。
全く興味のない世界なので知らなかったのだが、ナベツネと喧嘩して放り出された社長だったのか。
いいんだが、どうしても、俺はこうやって闘ったって、筋を通したっていう書き方になって鼻白らむわけで。
何だろう、前半面白く読みやすいと思っていた文章が、その辺からうざくていつまでも終わらない独り語りに落ちた気がした。
もうちょっと、マスコミとは何か、何が大事で何が問題か、そこにどう向かい合うべきかなんて話をしてほしかった気がする。
どこか、真実さえ追えば正義だ的なマスコミの傲慢さも見え隠れする。
鈴木エイト氏を持ち上げてたり、「大臣の首を取る」なんて言葉が出てくるあたりは、ナベツネの尻尾の端にしっかり連なってるやん、と思った。
Posted by ブクログ
新聞記者の清武氏の半生を自身が語るノンフィクション。そこで訴えているのは正義の追求への矜持である。昨今、マスゴミという言葉が世の中にあるが、本当の報道とはこのような厳しい世界があって初めて成立するものだ。所謂マスゴミが提供する情報は情報と言うことさえ恥ずかしい、本来は触れてはいけないものだ。本書は新聞記者のあり方を超え、我々が生きるにあたりどのような気持ちを持たなければならないのか、強く訴えてくる。また、還暦を過ぎても揺るがない生き方をする著者の行動は、自分がこれからどう生きるべきなのか考えさせられるきっかけとなる。元気をもらえた。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
小説・文芸
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