朝ドラ原作、日本のナイチンゲール、そして私は看護師。読まないわけにはいかない。
ナイチンゲールの国イギリスでも、看護師という職業は「なるものではない」と疎まれてきたという歴史を持つ。そして、奉仕、献身という言葉に縛られる職業でもある。
読んでみて、想像以上に医師らの嫌がらせ、反発にあったことが分かり驚く。そして、明治も令和も大きく変わらない部分も多少なりともあるのだなと情けないような、悲しい気持ちにもなる。
現代だって、看護師はあくまで医師の指示のもとに動くことを求められる。この時点で対等な関係は作りにくい。だからといって看護師の意思で動きたいのか、と問われればそうではないと答える看護師が大部分だし、私自身もそれを求めてるのかと問われれば、なんとも言えない。だけど、看護師と医師では、考えることも実際に動く内容も当然ながら違う。ただ、なんとなく医師に忖度したり、医師を立てたりしながら上手くやるのも看護師としての技量の一つ、という風潮がある。
それがいいとか、悪いとか。まぁ、正直どうでもいいのかな、とも思う。患者さん、病にある人が少しでも楽になり、その人らしく生きることのお手伝いができるなら、それは医師とか看護師とか関係なく、尊いことだ。
大関和さんと鈴木雅さん。両者の考えもとても良くわかる。看護師のお給料が医師と雲泥の差があるのは、やはり奉仕、献身、そして女性が多いといということが影響していないとは言えない。一方で、世間的には看護師はお給料をもらっていると思われることが多い。もちろん、たくさんもらっている方も多いのだろう。だけど、肉体労働であり、不規則勤務であることを考えると、どうなのかなと思う。もちろん、看護師以外の夜勤のある仕事に従事している人たちのお給料についても同じだと思う。
などなど、この本を読んでいると頭の中は忙しい。赤痢の描写では、ノロウイルス、インフルエンザそして新型コロナに日々関わる看護師、医療職について想いを馳せる。確かに苦しんでいる人により質の高い看護を、と思うが実際にそれに従事する看護師の賃金を考えると、それなりのお金が必要となる。お金持ちだけが質の高い医療を受けられる、なんてことはあってはならぬ、と教えられてきたし、現場に出ていてもそれは思う。一方で、生活保護の人にサービスが行き届き、真面目に働いてきたけど年金が少ない、けど生活保護には至らない人たちがサービスを受けられない、ということにも疑問を抱く。それが和さんと雅さんとの対比で考えさせられた。
なによりも、先代たちの様々な苦労に成り立つ今の看護師資格なのだと思うと、確かに生涯勉強が必要だし、看護師として矜持を持つ。所謂ベテランと言われる看護師歴の今、読んだことに意味がある本だったなぁと思う。