「大阪ことばの謎」のうち最大の謎は、近代以降方言の弱体化の中で、なぜ大阪ことばだけが全国の日本語話者に影響を与えるほどの力を持っているのか、とのこと。
それを、語法やアクセント、大阪ことばの発達の歴史や、他の関西方言との関係、コミュニケーションの特質など、多彩な観点から解明していく。
第一章で「大阪人のじゃべりはなぜ軽快か」とある。
どんな話が来るのかと思ったら、オノマトペの使用が多いという特徴から話が始まっていく。
三島・芥川(東京人作家)と織田作之助・上司小剣・今東光(大阪人作家)の比較をすると、1万字あたりの使用率に数倍~十倍弱の開きがある。
そして、大阪人のオノマトペの使い方には、それを使うことでいきいきと伝わるが、削っても文意は通る用法(本書では「詳細オノマトペ」と名付けられる)が多いという。
これを著者は大阪人のポジティブ・フェイス(相手との一体感を重視する傾向)、相手と体験を共有したいという大阪人の欲求に由来するもの、と説明していた。
が、話はここで終わらない。
東京ことばと違い、大阪ことばは繰り返し表現を好み、それをかなり高速で発音すること、打消の助動詞「ん」や撥音便による「ん」の多さなどと合わさって、独特のリズム感を生み出す、というのだ。
正直、音楽のグルーヴ感がいまいちわからないリズム音痴の自分にはこのあたり、面白いけれど今一つ腑に落ちない感もある。
大阪ことば(関西弁?)にはねっとりしたイメージもあるから。
第2章では、大阪ことばの音楽性に関わるアクセントの特徴が扱われる。
東京式アクセントの分類は、音の下がり目となる拍を数値にした「型」式だが、京阪式アクセントでは型に加え、単語の頭が高いか低いかで「高起式」「低起式」の「式」の区別が加わるという。
ここ、もう少し知りたいと思ったところ。
なぜ大阪ことばは「型」だけでは分析できないのだろう。
ともあれ、大阪ことばがメロディアスであることはよくわかった。
大阪弁と一口に言っても、摂津・河内・和泉の三つがあり、現代では摂津・河内の差はあまりなくなっているそうだ。
非関西語圏で生きていると、そんなことも知らない。
ただ、大阪弁には規範意識があまりないというところが興味深かった。
漫画に見る「大阪弁・関西弁キャラ」の変遷は、著者の専門領域である役割語(人物像に結びつく言葉の使い方)にも関わる話題なのか?
図々しい、騒々しい、がめついなど、あくの強いキャラを演出してきた関西弁が、近年は変化し、コミュニケーション力が高い活発なキャラクターと結びつくようになったそうだ。
それは知らなかったし、将来も変化していくことが予想されるわけで、面白い。
自分のことに関わってくることがらとしては、最終章で扱われる関西外の日本語話者の、関西弁へのまなざしがある。
関西弁話者の楽しさ重視のコミュニケーションスタイルが、団塊ジュニア以降の、特に若い世代のコミュニケーションスタイルと共振して、関西弁が広がっているという話だった。
自分の実感としては、関西圏の近くに住んでいるとはいえ、それほど関西弁にあこがれはない。
東日本の震災後、関西出身のボランティアの方が、現地の方から警戒感を持たれたという話も本書に紹介されていたが、その気分がなんとなくわかる感覚を持っている。
「どんくさい」などは関西弁オリジンだとは思わず使っていたかもしれない。
むしろ、漫才の言葉が大阪弁一択でなくなってきているという変化がとても気になっている。