渡辺清の作品一覧
「渡辺清」の「海の城 海軍少年兵の手記」「砕かれた神 ある復員兵の手記」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
- 作者をフォローする
- フォローすると、この作者の新刊が配信された際に、お知らせします。
無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで200万冊以上配信中!
「渡辺清」の「海の城 海軍少年兵の手記」「砕かれた神 ある復員兵の手記」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
ビジネス・実用
小説・文芸
ビジネス・実用
Posted by ブクログ
日本の憲法には、天皇を日本国および日本国民統合の象徴と定める「象徴天皇制」として規定されている。天皇は政治的権力を持たず、「象徴」として国家の統一や国民統合のよりどころとされている。かつての大日本帝国憲法下における絶対主義的な天皇制では、天皇は統治権を総攬する元首であり、陸海軍(=軍隊)を統帥し、帝国議会の協賛を以って立法権を行使、帝国議会が議決した法律を裁可若しくは拒否することができ、国務大臣によって輔弼され、司法権は「その名において」法律により裁判所が行うものとされる。立憲君主制の下、直接的に政治指導をするケースは少ない「君臨すれども統治せず」の体をとるが、実質的には「万世一系の天皇之を統治す」「神聖にして侵すべからず」といった様に大きな影響力を持つ存在であった事には間違いない。そもそも天皇の「皇」の字には、天下を支配する者、天子の意味があり教皇、法皇などの神聖不可侵な存在に対して使われる漢字であり、更にそれに「天」がつくのであるから、絶対的な存在であった事は容易に想像がつく。戦後の憲法でも呼び方については変わらず、象徴と言いながらも、我が国に「君臨」する位置付けが継続しているかの如く感じるのは私だけではないはずだ。
度々国会でも取り上げられる天皇制に関する議論。直近では女性皇族の結婚後の皇族としての身分を確保したり、旧宮家の男系男子を養子に迎え入れる事を可能にし、皇族数を確保する皇室典範改正が議論されている。かつて中曽根政権時には天皇の戦争責任に関する質疑も行われている。何かと日本人に常に影響する天皇の存在であるが、その戦争責任についても昭和天皇崩御から既に40年が経過し、それを追求する声も殆ど聴かれなくなった。
本書は太平洋戦争の帝国海軍に志願兵として従軍し、各地の戦線、武蔵の沈没も経験した筆者による、戦後の日記の形式をとる。終戦直後のやり切れない気持ちをそのまま文字にした内容である。戦争中は天皇の命令が全てであり(実際に命令するのは軍部であり、その軍に属する直属の隊長になるが、軍事行動自体は天皇からの命令として下される)、天皇の赤子として命を捧げる想いで闘っていた。その天皇がGHQの戦後占領の中で、マッカーサーを訪問し、かつ象徴天皇として「人」に成り下がる課程、それを筆者は「砕かれた神」と表現する。自分が命を捧げた天皇が自分たちと同じ人間であり、神でなくなったことへの衝撃。占領軍による裁判にもかけられず、自らも生き続ける姿を見ながら筆者の中に生まれる疑念と怒り。畑仕事や亡き戦友たちの葬儀が営まれる日常の中に、生涯復員兵として生き続けなければならない運命にある筆者が、やり切れない思いを綴っている。一年を通じて筆者が何と向き合い、どの様な心境変化でそれを乗り越えていくか。戦争を経験していない世代としてこれに触れた時、理解し難いものもあるだろうが、終戦記念日を迎えるこの時期、この国をこの国の在り方を考えるきっかけになる一冊である。
Posted by ブクログ
戦艦大和と並び、太平洋戦争時の帝国海軍の象徴的存在だった戦艦武蔵。全長263メートル、幅38.9メートル、海面からの高さはビル10階建以上と、広大な太平洋の海原にあってもその艦影は異様なものであったに違いない。そこに3000名以上の船員と46センチ砲三連を三門抱えていたから、主砲を撃つためにも艦自体が大きくなければならなかった。本書内でも最終的には主砲が撃てなくなるまで闘いを続けるのであるが、砲の撃てない武蔵はその攻撃力の大半、そして存在の意味も失う。
一方、大和と同じ様に太平洋戦争では象徴を失う事は許されず、また航空機を搭載できる空母中心の機動隊の方が余程使い勝手が良いため、戦いの機会からは遠ざけられ、やがてヤマトホテル、武蔵旅館などと陰口を叩かれる存在になっていく。しかしミッドウェー海戦で空母を大量に失い、徐々に戦況が厳しくなるにつれ、武蔵・大和が前線に出撃せざるを得なくなる。
本書はその様な武蔵にとっては結果的に最後の出撃となるレイテ海戦を末端の兵士たちの目線から描く秀逸な読み物である。以前、吉田満の「戦艦大和ノ最期」も読んだが、難しい文語体に慣れるまで多少読みづらかったのに対して、こちらは初めから読み易くかつ、途中途中に挟まれる間奏と呼ばれる、兵士たちの会話が登場し、まるで演劇を見ている様な感覚に陥る。それがリアルさを増して、決戦目の前の兵士たちの緊迫感、死を覚悟しながらも故郷を懐かしむ人間臭さなどが、まるで自分がその会話に参加している様に耳元に声が聞こえてくる。
そしていよいよ開始されたアメリカ軍の爆撃機や潜水艦による第一次攻撃。最終的に第五次攻撃まで武蔵は戦闘を続けるが、その最中に次々と無惨に散っていく仲間たち。戦艦上の戦闘という逃げ場も隠れる場もない死地に於いて最後まで自分の持ち場を全うしようとする姿。少し前まで一緒に飯を食っていた仲間たちが木っ端微塵に散っていくがそれでも闘いは終わらない。主人公(19歳)は悲しみを感じる暇もなく、恐怖もやがては薄れ、一体何のために戦争をしているのかと、虚無感さえも感じてくる。
砲撃手の目の前に止まる1匹の蝿。戦闘機が飛び交い対空砲が火を吹き、仲間の死体で埋め尽くされる周囲の喧騒とのコントラストはまるで主人公の心が無になった静けさを表している様だ。
亡くなっていく仲間一人一人の人生を振り返りながらも射撃をやめず足はペダルを踏み続ける。その様な現実と夢の間を常に行き来する様な感覚に、読み手の私も、まるで一瞬、船酔いの様に体の力がふっと抜ける。気づけば主人公と一緒に枯れて流れなくなった涙が瞳から溢れる様に、心が泣いているのを感じる。最終的に武蔵は沈む。主人公も必死の脱出をはかるのだが、結末は読者自身で確認されたら良いだろう。
読み終わった直後、戦争とはなんだろう、天皇の責任は、人の命とは、次々と疑問が浮かぶ中、武蔵沈没後の暗い海原に無惨に広がる重油の匂いと、浮かぶ木片などに捕まり必死に生を求める兵士たちの中に自分もいるかもしれない。
Posted by ブクログ
一応、小説の体裁。帝国海軍の戦艦に、水兵として乗るということが、いかに精神的、肉体的に辛いことであり、甚だしきは、戦闘でなく上官によって嬲り殺しになることもある、というリアリティに溢れている。
戦争の最前線に臨む兵というものは、それぐらい理不尽な鍛錬?によってスクリーニングされていなければ、ここが切所というときに逃亡などをはかり、全軍にダメージを与えかねない、というのが、制裁・しごき・・が指導層によって黙過されてきた理由ではある。しかし、古年兵が初年兵に精神注入棒を見舞うときの感情は、もはや野獣めいた感覚でしかなかろう。兵隊と人権は、もともと相容れないものだということ。