あらすじ
鶴見俊輔氏(哲学者)
「この本の著者のような誠実な人とひざつきあわせてすわっていると、やりきれないと感じる読者もいるだろう。著者とちがう仕方で戦争をとおった私には、その感じのかけらほどはわかる。だが、新しい時代にはその時代なりの生き方があり、自分の生き方をもって、この本に対してほしい」
小熊英二氏(歴史社会学者)
「ゼロからの模索を記録する稀有のオートエスノグラフィ」
【戦後思想史のゼロ地点】
1945年8月、日本の敗戦はあらゆる価値の崩壊をもたらした。
熱烈な皇国少年として、海軍に志願した渡辺清は“不沈艦” 戦艦武蔵に乗り組み、激烈な軍隊内暴力と同胞たちの死、壮絶な沈没を経験する。故郷に戻った彼が見たのは、戦前・戦中を忘却したかのように日常を取り戻す人々と社会、そしてマッカーサーの隣に写る昭和天皇の姿だった……。自分はいったい何を信じ、何に加担していたのか? 戦争責任という問いに至る思索の旅路を綴った、『戦艦武蔵の最期』『海の城』に連なる最重要作! 鶴見俊輔氏の論考も再録。
新書版解説・小熊英二
【目次】
昭和二十年九月
昭和二十年十月
昭和二十年十一月
昭和二十年十二月
昭和二十一年一月
昭和二十一年二月
昭和二十一年三月
昭和二十一年四月
経済大国の内部で書かれたこの本 鶴見俊輔
稀有のオートエスノグラフィ――ゼロからの模索の記録 小熊英二
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Posted by ブクログ
日本の憲法には、天皇を日本国および日本国民統合の象徴と定める「象徴天皇制」として規定されている。天皇は政治的権力を持たず、「象徴」として国家の統一や国民統合のよりどころとされている。かつての大日本帝国憲法下における絶対主義的な天皇制では、天皇は統治権を総攬する元首であり、陸海軍(=軍隊)を統帥し、帝国議会の協賛を以って立法権を行使、帝国議会が議決した法律を裁可若しくは拒否することができ、国務大臣によって輔弼され、司法権は「その名において」法律により裁判所が行うものとされる。立憲君主制の下、直接的に政治指導をするケースは少ない「君臨すれども統治せず」の体をとるが、実質的には「万世一系の天皇之を統治す」「神聖にして侵すべからず」といった様に大きな影響力を持つ存在であった事には間違いない。そもそも天皇の「皇」の字には、天下を支配する者、天子の意味があり教皇、法皇などの神聖不可侵な存在に対して使われる漢字であり、更にそれに「天」がつくのであるから、絶対的な存在であった事は容易に想像がつく。戦後の憲法でも呼び方については変わらず、象徴と言いながらも、我が国に「君臨」する位置付けが継続しているかの如く感じるのは私だけではないはずだ。
度々国会でも取り上げられる天皇制に関する議論。直近では女性皇族の結婚後の皇族としての身分を確保したり、旧宮家の男系男子を養子に迎え入れる事を可能にし、皇族数を確保する皇室典範改正が議論されている。かつて中曽根政権時には天皇の戦争責任に関する質疑も行われている。何かと日本人に常に影響する天皇の存在であるが、その戦争責任についても昭和天皇崩御から既に40年が経過し、それを追求する声も殆ど聴かれなくなった。
本書は太平洋戦争の帝国海軍に志願兵として従軍し、各地の戦線、武蔵の沈没も経験した筆者による、戦後の日記の形式をとる。終戦直後のやり切れない気持ちをそのまま文字にした内容である。戦争中は天皇の命令が全てであり(実際に命令するのは軍部であり、その軍に属する直属の隊長になるが、軍事行動自体は天皇からの命令として下される)、天皇の赤子として命を捧げる想いで闘っていた。その天皇がGHQの戦後占領の中で、マッカーサーを訪問し、かつ象徴天皇として「人」に成り下がる課程、それを筆者は「砕かれた神」と表現する。自分が命を捧げた天皇が自分たちと同じ人間であり、神でなくなったことへの衝撃。占領軍による裁判にもかけられず、自らも生き続ける姿を見ながら筆者の中に生まれる疑念と怒り。畑仕事や亡き戦友たちの葬儀が営まれる日常の中に、生涯復員兵として生き続けなければならない運命にある筆者が、やり切れない思いを綴っている。一年を通じて筆者が何と向き合い、どの様な心境変化でそれを乗り越えていくか。戦争を経験していない世代としてこれに触れた時、理解し難いものもあるだろうが、終戦記念日を迎えるこの時期、この国をこの国の在り方を考えるきっかけになる一冊である。