【感想・ネタバレ】戦艦武蔵の最期のレビュー

あらすじ

「おれたちをここまで追いつめたやつは、一体誰だ、誰だ、誰なんだ……。」

“不沈艦” 神話を信じ、乗り組んだ船で見たのはあまりに悲惨な戦場の現実だった――全長250m超の大和型2番艦「武蔵」は1944年10月、日本の存亡をかけたレイテ沖海戦へと出航する。アメリカの航空戦力を前になすすべなく、主砲も沈黙するなか、「おれ」が選んだ道とは? 組織内暴力や上官の不条理、無差別に訪れる死。実際の乗艦経験をもとに、戦場の現実を描いた戦記文学の傑作。鶴見俊輔氏の論考も再録。 解説・一ノ瀬俊也

◆主砲の制御装置が魚雷一本の振動で故障、航空機には通用せずあえなく廃棄
◆「鬼」と恐れられていた上官が戦闘では遁走
◆元小学校教師は爆弾に吹き飛ばされ、十六歳で志願した少年は足を失い息を引き取る
◆沈没時は乗員よりも天皇の肖像写真の退避が優先された

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Posted by ブクログ

戦艦大和と並び、太平洋戦争時の帝国海軍の象徴的存在だった戦艦武蔵。全長263メートル、幅38.9メートル、海面からの高さはビル10階建以上と、広大な太平洋の海原にあってもその艦影は異様なものであったに違いない。そこに3000名以上の船員と46センチ砲三連を三門抱えていたから、主砲を撃つためにも艦自体が大きくなければならなかった。本書内でも最終的には主砲が撃てなくなるまで闘いを続けるのであるが、砲の撃てない武蔵はその攻撃力の大半、そして存在の意味も失う。
一方、大和と同じ様に太平洋戦争では象徴を失う事は許されず、また航空機を搭載できる空母中心の機動隊の方が余程使い勝手が良いため、戦いの機会からは遠ざけられ、やがてヤマトホテル、武蔵旅館などと陰口を叩かれる存在になっていく。しかしミッドウェー海戦で空母を大量に失い、徐々に戦況が厳しくなるにつれ、武蔵・大和が前線に出撃せざるを得なくなる。
本書はその様な武蔵にとっては結果的に最後の出撃となるレイテ海戦を末端の兵士たちの目線から描く秀逸な読み物である。以前、吉田満の「戦艦大和ノ最期」も読んだが、難しい文語体に慣れるまで多少読みづらかったのに対して、こちらは初めから読み易くかつ、途中途中に挟まれる間奏と呼ばれる、兵士たちの会話が登場し、まるで演劇を見ている様な感覚に陥る。それがリアルさを増して、決戦目の前の兵士たちの緊迫感、死を覚悟しながらも故郷を懐かしむ人間臭さなどが、まるで自分がその会話に参加している様に耳元に声が聞こえてくる。
そしていよいよ開始されたアメリカ軍の爆撃機や潜水艦による第一次攻撃。最終的に第五次攻撃まで武蔵は戦闘を続けるが、その最中に次々と無惨に散っていく仲間たち。戦艦上の戦闘という逃げ場も隠れる場もない死地に於いて最後まで自分の持ち場を全うしようとする姿。少し前まで一緒に飯を食っていた仲間たちが木っ端微塵に散っていくがそれでも闘いは終わらない。主人公(19歳)は悲しみを感じる暇もなく、恐怖もやがては薄れ、一体何のために戦争をしているのかと、虚無感さえも感じてくる。
砲撃手の目の前に止まる1匹の蝿。戦闘機が飛び交い対空砲が火を吹き、仲間の死体で埋め尽くされる周囲の喧騒とのコントラストはまるで主人公の心が無になった静けさを表している様だ。
亡くなっていく仲間一人一人の人生を振り返りながらも射撃をやめず足はペダルを踏み続ける。その様な現実と夢の間を常に行き来する様な感覚に、読み手の私も、まるで一瞬、船酔いの様に体の力がふっと抜ける。気づけば主人公と一緒に枯れて流れなくなった涙が瞳から溢れる様に、心が泣いているのを感じる。最終的に武蔵は沈む。主人公も必死の脱出をはかるのだが、結末は読者自身で確認されたら良いだろう。
読み終わった直後、戦争とはなんだろう、天皇の責任は、人の命とは、次々と疑問が浮かぶ中、武蔵沈没後の暗い海原に無惨に広がる重油の匂いと、浮かぶ木片などに捕まり必死に生を求める兵士たちの中に自分もいるかもしれない。

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2023年11月11日

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