母の友の作品一覧
「母の友」の「母の友2022年04月 特集「幼い子と共に生きるヒント」」「母の友2022年05月 特集「暮らしに役立つ科学のはなし」」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
- 作者をフォローする
- フォローすると、この作者の新刊が配信された際に、お知らせします。
無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで201万冊以上配信中!
「母の友」の「母の友2022年04月 特集「幼い子と共に生きるヒント」」「母の友2022年05月 特集「暮らしに役立つ科学のはなし」」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
Posted by ブクログ
共通の趣味、共通の興味があると、友だちになりやすい。
「『母の友』を読んでいる」という共通点で、文通ができるしくみがあったなんて。イタリアに住んでいる常松さんと、神奈川県在住の盛島さんが15年前に文通を通してお友達になった件が、とてもステキだと思った。
移住したり、離婚したしても、何があっても困らないように資格を取り続けている方たちが登場してくるのも、シンプルに「すごいな」と思う。
酒寄希望のエッセイで、「子どもの謎言葉は、大人が鼻歌を歌うのと同じ」という件に「なるほど!」と思った。私の息子はもうすぐ5歳だが、謎言葉が多い。他の本の感想にも書いたけど、「オーミンキントン」のブームが去らない。「コーミンキントン」「タスマキントン」という、派生系のキントンも登場している。
どんなときに謎言葉を言うかなぁ。たしかに、機嫌がいいときに言ってるなぁ。あるいは、良い機嫌を取り戻したいときも。そう思うと、なんとも愛おしい。
井戸川射子の『手』という連載ストーリーもよかった。
意識しないと、人の手に触れる機会はあまりない。そんな中で、幼い子の手を握るということ。手の感触を覚えておくということ。プニプニが気持ちいいんだよなー。今のうちにたくさん触っておこう。
2年間、積読にしていた。
「心のセルフケア」に書かれている[相手が怒りをぶつけてきたら、恐れることも、不安になることもない]という内容は、もっと早く知りたかった。
エツサジさんの「くの一ママ」のマンガも共感だらけだった。育児は初めてで知らないことばかりで、「なんでもカンタンにできるわけじゃないよ」というセリフに涙ぐんでしまった。ベビーカーに乗せていた赤ちゃんが、いつの間にか靴下を片方脱いでいる。しまったー!落としたー!という経験は、私も何度もある。エツサジさん、私も友だちになれそうな気がします…。
母の友だけは毎月読む!って、やればよかったな…
失敗だらけ、後悔だらけの毎日を生きている。
夫に子どもたちを託して慌ただしく出勤してしまって、電車で感想を書いていて気づいた。
今朝は子どもたちの手を触っていないなぁー、って。
汗ばんでベタベタして少し気持ち悪いのだけど、帰りは手をつないで帰ろうと思う。
Posted by ブクログ
本誌の電子書籍版は表紙の画像があって、どちらで登録しようか迷ったものの、そこは紙の雑誌を読んだという拘りもあったので、こちらにしましたが、塩川いづみさんの表紙の絵は、「母の友」の72年間の歴史ともリンクしたものだっただけに残念です。
ということで休刊前の最終号となりましたが、1961年からの4年間「母の友」の表紙を担当した宇野亞喜良さんの『描いたものが印刷に置き換わることで変容していくのが面白かった』や、梨木香歩さんの「わたしのストーリー」の『読み手がゆっくりと広場で憩う時間が持てる』例えに、紙の雑誌の魅力はあったのだと実感することで、本当にこれで良かったのだろうかという思いは正直残るものの、過去に掲載された言葉たちは(創刊編集長の松居直さんは、これをとても大切にされていた)、きっとこの先の未来に於いても必要とされる時が来るだろうと、私は思うので、ひとまず72年間お疲れ様でしたと書きたい。
まあ最終号くらいは、ざっくりと私自身が思うことだけを書こうかなとも思ったのですが、やはりこれは掲載したいという気持ちもあってと、この中途半端感に私は生きていることを実感するのは、人がどうこう指摘するとかいうのをあまり気にしなくなったこともあるのかもしれない、私の『生きる』なのだろうということで、ご了承下さい。
私自身「母の友」を読み始めたのは、ちょうど2年前で、きっかけは、今でもずっと気にかけて下さるブク友さんに影響されたので、別に本誌の昔からのファンとか、過去の連載陣を全て読み込んでいるという訳でもないのだけれど、それでも何冊か読んでみると、他の雑誌には無いような面白い視点が多いことに驚きと喜びを感じながら、更に大人になっても学ぶことはいっぱいあるのだなということに気付かされ、それ以降、ずっと読むようになる。
また、そう感じたことの要因の一つに、これまで知らなかった素晴らしき執筆者たちとの出会いも私には重要で、本誌の最後の特集は「『生きる』を探しに」だけれども、既に連載のタイトルからして、その人自身のそれが表れているように思われたのが面白くて、それは、長田杏奈さんの『私のきれいは私が決める』に、コウケンテツさんの『やさしくいきましょう』、小林エリカさんの『母の冒険』に、小川たまかさんの『自由のほうへ行くために』と、見事に人それぞれで様変わりすることに、人の生き方に縛りなど無いことを教えてくれた。
そして、更にそれを幅広く感じられたのが多彩な特集に於ける多彩な人選であり、それは児童問題や家庭環境問題に詳しい方だけに留まらず、作家、漫画家、エッセイスト、学者、写真家、イラストレーター等々、特集を読む度に誰かしらの考えにハッとさせられるのも、その多彩さにあるのではないかと、私は思うのである。
例えば、本誌の最後の特集にしても、生きるということを実感するというのは、本当に様々なんだなということが分かり、理学博士の中村桂子さんの『わからないものとわかっているものを比べるなんて、人間が全てわかったつもりになっているような気がします』には、AIの存在が幅をきかせ始めた今の世の中に対する警鐘とも思われた、その一方で、漫画家の鶴谷香央理さんの甥っ子が、自転車を走らせながら外から大声を出して彼女に呼びかけつつ、そのまま去って行くだけの展開に、「ああ、毎日こうやって伝えたい気持ちが止まらないんだろうな」と、爽やかでほのぼのとした気持ちにさせられた、これも甥っ子にとっての『生きる』ということなのだろうと思う。
そんな中で私が最も印象に残ったのは、絵本作家の五味太郎さんの言葉で、言葉遣いはやや悪く感じられるかもしれないが、だからこそ本音で話されていることも実感できた、そこには『好きに生きる』ことと『人の数だけ存在しそうな膨大な数の物語』との関係性を知ることで、別に全てに共感できなくたっていい、それが人なんだからという、人という存在の多彩さに垣間見えそうな人の奥深さを悟ることで、自分の奥深さの可能性もまだまだ追いかけて行きたい気持ちになることができたというか、その助けとなりそうなのが絵本や本といった『物語』にあるのではという、五味さんの視点に大きな共感を覚えた。
その他にも、「読んであげるお話のページ」の店主があの方に見えてくる、粋な計らいがあったり、「中川李枝子」さんの追悼特集では、そのお人柄の良さを(天真爛漫さがあるのも素敵)、彼女の担当編集者だった井上博子さんの言葉で掲載されていたのが嬉しかった上に、極め付けは「母の友」連載著者のみなさんが『生きる』をテーマに選んだ、おすすめの本が紹介されていることで、これは読んでみようと思うものが多かった。
最終号ではあったものの、連載の中ではそれだけに固執せず、寧ろ、普段通りの雰囲気だったことに救われた気持ちとなる。
そして、未来への架け橋として、川内倫子さんの写真「三月の光」で明るく輝く、希望と可能性に満ちた存在、小幡彩貴さんの「Kinderszenen」の、ここで終わるわけではない美しくも切ない場面には、新たな出発という意味もありそうで、こうした繰り返しで、これからもきっと、人それぞれの『生きる』を模索していくのでしょう。
72年間、ありがとうございました。
またお会いできる日を楽しみにしております。
Posted by ブクログ
・人間は「生きもの」です。わからないことに生きものであることの意味があるのです。
・生きものは手をかける、その関係性に意味がある存在です。手がかかるからこそ、かわいい愛しい存在なんです。
・世間が押しつけてくる「こうすべき」という物語から逃れて、自分の物語を生み出していくには、やはり力がいる。その力を鍛えるトレーニングというのが、絵本や本を読むということなんだろう。
・母が死んで空いた穴は、母の形をしているから、違う人でそれが埋まるわけはない。でも、その穴や周りを暖かい空気で優しく包み込むことはできて、夫と娘と友人がそうしてくれている。
・自分を育てるとき、強いちからとなるものに「憧れ」があると私は思っています。
・八つ当たりができる、謝れる、本音が言える関係が親子の間でも大事です。〜憧れると同時に、親が「生もの」だってわかってる。だから、つくろわずに、親も今の自分を生きていればいいんだと思います。
・カリブ海は小さな島々が集まっていて、潮の流れに身をゆだねていると、偶然何かに出会ったり出会わなかったりする。到達点があるわけではないまま、円環的に海にたゆたうこと自体を肯定する発想を、西洋の「弁証法」と対比して、ブラスウェイトは「弁”潮”法」と名づけました。
Posted by ブクログ
4号連続の「さよなら特集」も残すところ、あと2回となった今回は、『子どもがおとなになった頃の社会』で、「編集部より」によると、日本の婚姻数は過去50年でほぼ半減しており、結婚そのものが問われる時代ともなっていることから、社会というのは常に変わり続けているのだということを改めて実感させられ、更に、この先の社会はどうなるのかに迫っている。
「鼎談・未来はどうなる?」
古賀及子×酒寄希望×三好愛
それぞれの言葉で印象的だったものを掲載すると、古賀さんは『家族というよりチームっぽくなったなと感じる』、『AIには無い、人間の予定調和ではいかないところを大切にする』で、後者は『子どものきらめき』に擬えている点も肯けるものがあり、酒寄さんの「女性芸人に『ブス』って言うのがお笑いのお決まりとして成立していたけれど、今は一切許されなくなった」に嬉しくなり、三好さんの『一方的に助けるとか思いやるも大事だけど、その前に、自分とは違う気持ちが世の中にはたくさんある』にハッとさせられたのは、多様性本来の理想的なあり方とはなんなのだろうということを考えさせられたからであり、これについては、後の伊藤亜紗さんも似たような意見を書かれている。
「気候変動」 榎本浩之
人間でいうところの、高熱があるのかを確認するために『おでこを触る』行為が、地球温暖化では『北極』にあたる、そこでの現状に対する関心や、『温暖化を止める、ということは車のブレーキを踏むようなもので急には止められない』ことを認識した上で、好奇心の塊である子どもたちが未来への鍵であることを述べられていたが、知らない間に、どうにかなっていましたという風にはならないことだけは確かなのだと思う。
「家族」 西野理子
思っていた以上に家族という概念は、時代毎に様変わりしていたことや、実は『誰が家族か』ということに関して、現時点に於いても定義がないこと等、新たに知ることが多かった。
「仕事」 勅使川原真衣
「能力主義」社会について二つの大きな問題があることに加え、特定の能力だけが評価されることが本当に皆にとって平等なのか、その言葉の裏にあるものを考えることの大切さを教えてくれた。
「夢の果ての世界」 石塚元太良
地球の各地で撮影を続ける写真家の石塚さんが、『未来の風景を撮影しているような感覚』を抱いたのは、世界中の19世紀末のゴールドラッシュの史跡であり、何故、当時は「辺境」と呼ばれていた地域の風景にそれを感じたのかについて、今、私がいる場所にも様々な見えない過去の歴史が刻まれているように、おそらく今の風景も未来の風景も、繰り返しの過程で存在しているのだろうと思うと、石塚さんの『終わりなき人の欲望はこれからどこに向かうのでしょう』という言葉にも染みるものがあり、その写真を眺めていると、かつては夢を抱く人々が集まり栄えていた輝かしき軌跡と共に、今ではそれも塵となって消えてしまったのではないかといった寂しさも漂っているようで、思わず見入ってしまうものがあった。
「コミュニケーション」 伊藤亜紗
「本当に『人のため』になる、って実はすごくミラクルなこと」というのは、「『与える』側の視点ばかりで『受ける』側の視点が抜けてしまっていることが多い」ことを知った中で、奈良県生駒市の「まほうのだがしや チロル堂」の試みは、とても面白く感じられた。
「メディア」 ドミニク・チェン
生成AI的な「それっぽい答え」ではない、『拙くてもいいから自分の味がある言葉を交わせる場所』が必要であることに加え、ここでも多様性という真の意味合いとは何かを問い掛けており、『うちはこう、あなたたちはそう。お互い勝手にやりましょうということじゃないと思う』には、考えさせられるものがあった。
「子どもに寄り添う現場から」
若者の死因の第一位がダントツで自殺なこともあって、子ども食堂、ファミリーホーム、弁護士と、様々な現場から届けられた声には他人事でいられない心境となり、その寄り添い方は本当に最低限でいいのかや、間宮静香さんの弁護士としての志に、あらゆる子どもたちの未来を思う中で、大人の問題が子どもに派生していることから、大人への支援も同様に欠かせないことが、子どもの支援にとっても重要であることを知る。
そして、「子どもの権利条約」の中では、『子どもが意見を表明する権利』が保障されていることによって、大人は子どもの意見を聞いた上で、最善の利益を考えなければならず、これは知らない方もいらっしゃるのではないかと思い、様々な境遇の子どもたちにとって救いとなるような道が開ければと、掲載いたしました。
「未来マンガ」
5人それぞれの持ち味が発揮されている中、ツルリンゴスターさんによる「今日 君がした事が」の、『世界はいつでも1人から始まって変わっていくんだよ』に爽やかな希望を感じられる中、しりあがり寿さんによる「明るく強くたくましく」の、2045年に生きる男性がご先祖への挨拶と称して、それを象ったサンドバッグを殴る姿には、今を生きる者として申し訳ない気持ちにさせられて、『なんでもかんでも問題後送りにしやがって』、『温暖化とか全世界が協力しなきゃならない時に』『戦争とか分断とか世界バラバラにしやがって』と、確かにその通りとしか言いようがないが、私も含め、今を生きる人達はそのままにしていていいのだろうか?
その他に、金原由佳さんの「きっと支えになる映画」と、三宅香帆さんの「未来を感じる本」も、さよなら特集に掲載されており、興味のある方は本誌を読んでみて下さい。
ここからは気になった連載を。
長田杏奈さんの「私のきれいは私が決める」
冬場の部屋や肌にとって好ましい湿度から一気にシフトチェンジする内容に、果たして『美容は余裕のあるときに楽しむオプションでしかないのか?』という問題が生じるが、決してそんなことはないということを、ある場所の支援の時に起こった事実を以て実感できた、その副題は『誰かのための潤い』。
読んであげるお話のページは、酒井駒子さんの「びっくりした おかあさんねこ」で(私はいきなりの酒井さんの新作の登場にびっくりした)、内容としては絵本のショート版といった印象だけれども、ころころと様変わりする表情豊かなおかあさんねこや、愛らしい子猫たちを、場面毎に活き活きと描いていて、おそらくアクリルガッシュではないかと思うのだが、そののっぺりとした感触の画材を、これだけ優しく穏やかな雰囲気で色の選択と共に使い分けて描いた、おかあさんねこがすやすやと眠る始まりの場面が、特に印象的で癒される。
「わたしのストーリー」は、今号、最終号と梨木香歩さんが担当し、今回はインターネットやメールのやり取り、それ以前はFAXの導入で、会わなくとも人とコミュニケーションを取る手段は様々ではあるものの、やはり圧倒的に情報量が違うのは・・・といった素晴らしさを、ご自身の体験談から書かれていたことに確かな説得力を感じられた。
小林エリカさんの「母の冒険」
コスパや効率性というのは、時に必要では無い時もあると実感し、それは自分の作品に於ける疑問点にしっかりと向き合いたい時に加えて、『子どもと生きるというのは、よけいなことの、連続である』に込められた思いというのは、まさに明るい未来に向けた眼差しとも感じられた、それぞれにとって大切な時間なのだと思う。
もりやままなみさん、齋藤陽道さんの
「ひょうひょう かあちゃん」
親から見たら思いも寄らないような、子どもたちの世界との出会い方に、改めて子どもたちは世界のいろんなものとの出会いを求めていることを実感し、それは時に大人になると尻込みしてしまうような物事にも素敵な出会いがあって、人生の財産となるのかもしれないということを、私に教えてくれた。