志村真幸の作品一覧
「志村真幸」の「熊楠と幽霊(インターナショナル新書)」「在野と独学の近代 ダーウィン、マルクスから南方熊楠、牧野富太郎まで」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
- 作者をフォローする
- フォローすると、この作者の新刊が配信された際に、お知らせします。
無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで202万冊以上配信中!
「志村真幸」の「熊楠と幽霊(インターナショナル新書)」「在野と独学の近代 ダーウィン、マルクスから南方熊楠、牧野富太郎まで」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
Posted by ブクログ
読みやすかったです。水木しげる著の猫楠に次いで、南方熊楠に関する本を読みましたが、熊楠を何をしてきて、何を成し遂げなかったのか、分かった気がします。
彼のスタンスは、知を追求する人間として、幸せだと思います。
コンプリートすることや、立場、権力を持つこと、そこに知的な幸福はないでしょう。
その時、その場で、学び続ける事を選択し続けたのだと思います。おそらく、死の間際まで。
1人の人間として、職業としてではなく、権威やお金のためではなく、彼のように学び続ける先に、知的な幸福があることと思います。それは、誰にでもできるし、アマチュアでもできるんだと思います。
Posted by ブクログ
博物学、民俗学の分野で多大な功績を残した地の巨人である南方熊楠。
本書にもあるように、私自身も含めた多くの人は、水木しげるの「猫楠」での超人的なイメージが強いかもしれません。
「猫楠」でも息子の熊弥との関係は描かれていましたが、本書では父親である弥兵衛との関係や、熊楠が自身を親不孝者と思っていた節があること、自身の精神状態への不安など、等身大の人間としての熊楠が描かれています。
熊楠が生きた時代はアメリカやイギリスで神秘主義が流行っていましたが、熊楠は「オッカルチズムごとき腐ったもの」としてオカルトや、宗教を装ったインチキを激しく糾弾していました。その一方で、英国不思議研究会(心霊現象研究協会)には興味を持ち、自身の幽体離脱体験などの不思議体験に対しては分析考察を試みています。
現代においてはコロナ禍における社会的不安もあり、似非科学や陰謀論が蔓延し、一部ではカリスマ的な人が詐欺まがいのビジネスを行うなど、熊楠が生きた時代と空気感が似ている気がします。スペイン風邪やペスト、コレラなどの流行り病があったことも現代と似ています。
「オッカルチズムごとき腐ったもの」が流行っている中で、流行に流されずに、冷静に自分に起こっていることを分析する熊楠の態度は、現代社会を生き抜くうえで参考になる部分があるように感じました。
熊楠は決して超人ではなく、家族との関係や、自分自身の健康や精神状態に不安を持つ、等身大の人間です。本書ではそんな一人の人間の生きざまについて知ることができる、読みごたえのあるとても面白い一冊です。
そして、ろくろ首や河童、幽霊や心霊現象などに対する熊楠の考察も知ることができて二度おいしい一冊でした。
Posted by ブクログ
とかくブッ飛んだエピソードで語られがちな天才・南方熊楠の人物像とその人生に関する伝記。表題にある「未完」の文字は、本書の終盤でちょろっと触れられるが――多少「取ってつけた感」が否めない――、この不世出の博物学者による学問的企図のなかには志半ばで終わったままになっているものも少なくないことに由来する(作者としては、熊楠は敢えてそうしたのだ、という見解)。とはいえ、本作で詳しく論じられている熊楠の業績や個性は、やはり傑出したものであり、決して「中途半端」なものではないことを一言添えておきたい。
個人的に面白かったのは以下の2点。一つ目は、南方熊楠自身は、なんと実はシティ・ボーイであり、尚且つ「南方家」の人間ではないという事実。熊楠といえば、勝手なイメージで「大自然の中で生まれ育った」と思われがちだが、実際は徳川御三家・紀州藩の城下町で彼は育った。そして更に、紀州藩の侍医の家系であった「南方」家には後継ぎがおらず、仕方なく頭脳明晰で有望な熊楠の実父が「養子」の形で当家に婿入りしたものの、本来の南方家の人間である妻がすぐに死去し、後妻として迎えられたのが熊楠の実母だった。つまり、父母ふたりとも、正式には「南方家」の人間ではなく、当然その二人から産まれた熊楠も同様。
もう一つ興味深かった記述は、熊楠がイギリス滞在中それから日本に帰国してからも、せっせと寄稿していた学術誌やジャーナルの内容が仔細に紹介されている箇所。今や世界的に有名な科学誌『ネイチャー』の寄稿論文はもとより、読者参加型であった学術誌(実際はそこまでアカデミックでもない)『ノーツ・アンド・クエリーズ』での質疑応答のやり取りまでもが、本書では解説・紹介されており、この部分が読んでて非常に楽しかった。後者のジャーナルは、当時の好事家・アマチュア達同士での意見交換の場というか、みんなで情報を交換し合う――そこには、多少の虚栄心が入り混じった衒学趣味もあったろうが――談論風発の場としても機能していた様子が窺われて、シンプルにその知的環境や雰囲気が羨ましく感じられた。学問分野が、今日のように極めて専門的かつ「タコツボ型(by丸山眞男)」になってしまう以前の、未だ総合的かつ間口の広い形を成していた頃を偲ばせるエピソードである。
新書としては、一部、かなり丹念に調査された内容になっている(前述した「投稿論文」のくだり)が、全般的には、「南方熊楠」の入門書として非常にキレイにまとめられている。語り口も難しすぎず、程良く学術的な言葉遣いになっていて、好印象。
Posted by ブクログ
著者がこれまでずっと専門としてきた熊楠を話題の中心としつつ、大学の枠にとらわれず独学で学び続け、発表し続け、生きて死んでいった人々を辿り直し、これからの在野と官学の関係性を問う本。
熊楠も、ダーウィンも、三田村鳶魚も、恵まれた家庭環境に育った人であった。本人たちとしては苦汁をなめた日々を過ごしたことであろうし、本人たちがこの世を去った今我々が彼らの書いたものを読んでもそこは共感できるのだが、日々働きながら、その隙間時間を学問にあてる、という生き方をしている身としては、全面的に共感できるとまでは言い難い。(でも、そうはいっても、この人たちは、私とは違って、お金持ちのボンボンだからなあ。おぼっちゃんだったんだからなあ。働かずに一生を過ごせたなんて、いいご身分だこと)と思ってしまうのである。
柳田國男や牧野富太郎は、熊楠との軋轢で知られる。が、それ以上に、彼ら自身の功績で今も語られ、参照され続ける。でも、それは無数のアマチュアの仕事と人生を、柳田や牧野が実質的には搾取しむしり取り続けた結果でもあった。NHKの朝ドラのように美しい生き方ではなかったのだ。
柳田や牧野と、熊楠との関係がどうして拗れたのか。著者は、柳田や牧野が、官と民のどちらでもあり、どちらでもない立場にあったことを一因とする。だが、より本質的な指摘は「植物学であろうが民俗学であろうが、情報収集の中心にいるのは、ひとりで充分なのである」(p145)という著者の指摘だ。ほんとにそうだ。そして、その、ひとりの名前だけ後世に遺り、彼に情報を提供した無数のアマチュアたちの名前は消え去り、忘れ去られていくのだ。じゃあ、彼ら彼女らの、学問への情熱は無意味だったのか。そんなわけはない。彼ら彼女らは、名前を遺すために学問に取り組んでいたわけではないだろう。愉しいから取り組んでいたのだろう。
大学や、大学の教員の価値が、つい最近までの日本では過剰に高かった。今、大学が潰れたり、ネット上で独学者たちが発表をしてそれが注目を集めたりしている。著者はそれを肯定的にとらえている。学問それ自体の厳密性やカテゴリーも、時代時代で変化していく。細分化の時代を経て、かつての博物学がもっていたような総合的な学問の発展に、私は期待したい。
Posted by ブクログ
研究と言えば大学教授やシンクタンクの研究者が行うもの。このような固定観念を持っている人は多いだろう。在野で個人的に研究を行ういわゆる「アマチュア」がいないわけではないが、「プロ」としての研究者とは隔絶された世界にいると言っても過言ではない。しかし戦前にはその垣根を超えて研究に励んだ人がいる。本書はそういった在野の研究者に焦点を当てたものである。
本書では著者の研究テーマである南方熊楠を半ば狂言回しのような役割に据えることでダーウィン・マルクス・牧野富太郎・柳田国男らについて論じている。いずれも大学で王道的な教育を経て研究の道に入ったとは言い難く、彼らがどのようにして研究を進めていたか、またどのように研究の輪を広げていったかが論じられている。
本書で挙げられた人物の中で私が特に注目したのが2人にジェイムズ・マレーと福来友吉だ。マレーはオックスフォード・イングリッシュ・ディクショナリー(OED)の編纂に尽力した1人である。彼はほぼ独学で知識に関する素養を身につけ、OEDの完成に多大なる貢献を行った。福来友吉はオカルト本などでは有名なのでご存知の方も多いかもしれないが、かの「千里眼事件」後も研究者生命は絶たれず、長く研究の道に携わった。現代であれば社会的に抹殺されてもおかしくない一大スキャンダルではあるし、全く科学的根拠もないのだが、科学と心霊現象の境界があいまいだった時代における彼の社会的評価は非常に興味深い。誤解を恐れず言えば、心霊現象や超常現象を馬鹿真面目に論証しようとすることもまた科学とも言えるのではないだろうか。
現代における研究体制について考えされられるとともに、学ぶとは何かについても色々と考えされられる一冊となっている。