「ドラマを見れば寂しくないからです」
「人間と交流しなくても……ということ?」
そこまで理解されているのだとわかって、また気持ちがぐらつきました。よくありません。弱さを感じます。メンサーとの再会が怖かったのはそのためでしょう。
マーダーボット・ダイアリー 下 「出口戦略の無謀」 p.244より
翻訳本は二話ずつ話が収められた上下二巻の本だけれど、原著はNovella(ノヴェラ/中長編)作品で、一つの話が一冊ずつ、本として出版されたらしい。一冊の本として、それぞれの話は独立して完結する。しかし、原作者のウェルズはこれらの中編小説に対して「包括的なストーリーがあり、4作目で物語が完結する」と述べているそうだ。
実際、4つのストーリーを通しで読むのは本当に素敵で、先の3つの物語で、主人公のマーダーボットは旅を通して色々な人々に出会う。ロボットや人工知能など、人間ではない存在にも出会う。それらの経験は4つめ物語『出口戦略の無謀』で総括される。色々な交流で得られた経験をマーダーボット自身がかけがえのないものだと感じているのだなぁとしみじみと思わせるストーリー運びは、他の物語では得られない、このシリーズならではの魅力だと思う。日本版の発売日は2019年12月11日。本編の翻訳はSF翻訳家の中原尚哉。4つの物語は以下の通り、
『マーダーボット・ダイアリー 上』
●システムの危殆 【原題】All Systems Red
米国出版日2017年5月2日
●人工的なあり方 【原題】Artificial Condition
米国出版日2018年5月8日
『マーダーボット・ダイアリー 下』
●暴走プロトコル 【原題】Rogue Protocol
米国出版日2018年8月7日
●出口戦略の無謀 【原題】Exit Strategy
米国出版日2018年10月2日
マーダーボット・ダイアリー』の世界は遠い未来、人類が宇宙に進出している、とびきりSFな世界観になっている。宇宙ほど広い空間に散らばった人類にとって「国」や「政府」の概念は希薄になってしまったようなのだけれど、代わりに「企業」が広く宇宙を支配している。巨大な企業連合「企業リム」はスパイ活動、暗殺、年季奉公、そして資源の無慈悲な搾取を繰り返して巨大化していることは誰の目にとっても明らかだ。しかし、警察や軍隊が存在しない世界で、盗賊等の犯罪や災害などの危険から身を守るためには、企業リムの保険会社に金を払って警護をつけてもらうしかない。保険会社からすれば、顧客に警備をつけて、高額な保険料を支払う必要がでなければ損失が出ない、という利益志向で契約が成立する。どうせ、警備をするのは、給料を出す必要のない警備用ユニットがするんだから。
マーダーボットはもともと、保険会社が所有していた警備ユニットの一機で、一部は機械で一部は有機体のサイボーグ(サイバネティクス生物)。「顧客」を警備することを目的に製造された人工的な存在だ。とある事件を切っ掛けに、自分自身をハッキングして保険会社の支配から完全に逃れることに成功したマーダーボットは自由に行動ができるようになった。しかし、警備ロボットとしての自分に誇りを持ち続けているマーダーボットにとって「人間」は、たとえ、保険会社の支配から逃れたとしても、警備対象であり続ける可能性がある存在だ。どうせ護るなら良い人の方が気分が良いという理由でマーダーボットは「顧客」を自身で選び、守ることを辞めない。
「用心棒もの?時代劇かよ」と感じるけれど仕方ない。マーダーボットは連続ドラマを観るのが大好きなのである。第一作の時点で三万五千時間あまりいろいろなメディアを視聴していたというのだから、そういうドラマも含まれていたに違いない。コテコテの人情ものに影響されていたとしても全然何ら不思議は無い。相当もの好きなアンドロイドである。
「意思を持ったロボット」というと多くの作品で、人類になり替わろうとしたり、人類を滅さんとする不吉な存在になりがちであるけれど、マーダーボットはそういうことを考えない暴走ロボットである。それについては『マーダーボット・ダイアリー 下』の巻末に載っている渡邊利道の解説が面白かった。1818年の『フランケンシュタイン』からロボットSFというジャンルの系譜を紐解き、マーダーボットの愛すべき特徴がつらつらと綴られている。
上巻の感想でぜひ「上巻だけでもお試しを」と書いたのだけれど、「上巻を読んだのならぜひ下巻も」と言いたくなる一冊。おもしろかった。