作品一覧

  • 持統天皇 壬申の乱の「真の勝者」

    持統天皇 壬申の乱の「真の勝者」

    ビジネス・実用

    3.8
    1巻1,100円 (税込)
    後の天智天皇の子として大化改新の年に誕生した少女は、五歳のときに祖父が自害し、心痛の余り母が没するという悲劇を体験する。十三歳で叔父の大海人皇子(後の天武天皇)と結婚。有間皇子の謀反や白村江の戦いの後、二十七歳のとき、古代最大の争乱である壬申の乱を夫と共に起こし、弟・大友皇子に勝利する。その後は中央集権化に邁進し、兄弟継承だった皇位を父子継承に転換させた。古代国家を形作った女帝の実像とは。
  • 桓武天皇 決断する君主

    桓武天皇 決断する君主

    ビジネス・実用

    4.0
    1巻1,166円 (税込)
    皇位継承者には成り得なかったにもかかわらず,藤原氏の奇計により即位した桓武天皇.長岡京,平安京への二度の遷都と,蝦夷との戦争を決断し,実弟・早良親王との骨肉の確執を乗り越えた多端な生涯を読み解く.血統に頼らず,政治的パフォーマンスに優れた「造作と軍事の天皇」の新たな実像と,日本古代史の転換点を描く.

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  • 光明皇后 平城京にかけた夢と祈り

    光明皇后 平城京にかけた夢と祈り

    ビジネス・実用

    3.7
    1巻968円 (税込)
    大宝元年(七〇一)、藤原不比等の子として生まれ、同い年の聖武天皇と同じ邸宅で育った光明子。やがて皇后となり、天武―文武―聖武と続く皇統の維持が最大の使命となる。だが、長屋王の変、相次ぐ遷都、身近な人々の死など、動乱の荒波は彼女にひとときの安らぎも与えることはなかった。「稀代の女傑」か、慈悲深い篤信の女性か。毀誉褒貶半ばする光明皇后の心奥まで光を当て、天平のヒロインの実像にダイナミックに迫る。
  • 聖武天皇―「天平の皇帝」とその時代―

    聖武天皇―「天平の皇帝」とその時代―

    ビジネス・実用

    5.0
    1巻1,430円 (税込)
    強烈な個性と高い政治力を発揮し、東大寺の大仏造立をはじめとする数々の事業を推進した聖武天皇。「天平の皇帝」たらんとしたその生き様と治世を鮮やかに描き、「ひ弱」「優柔不断」といった旧来の聖武天皇像に見直しを迫る。
  • 藤原摂関家の誕生 皇位継承と貴族社会

    藤原摂関家の誕生 皇位継承と貴族社会

    ビジネス・実用

    3.0
    1巻1,012円 (税込)
    死の床に就いた桓武天皇.安定した皇位継承を願う彼の“遺言”は,歴史を大きく動かした.ポスト桓武の時代,血なまぐさい事件が起こるなか,藤原北家は幸運を引きつけ,類い稀な才覚と政治的嗅覚を持つ者たちが,天皇家との関係を深めてゆく.藤原道長「望月の歌」をさかのぼること一五〇年,藤原摂関家はこうして生まれた.

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ユーザーレビュー

  • 持統天皇 壬申の乱の「真の勝者」

    Posted by ブクログ

    飛鳥・藤原の宮都が世界遺産に登録されることになったというニュースを知り飛鳥に興味を持ちこの本を手に取った。
    持統天皇は天智天皇の娘で天武天皇の妃という程度の知識しか持ち合わせていなかったが、この本を読んで、パワフルかつ意志の強い凄い女性天皇がいたもんだなと思った。とても面白く読むことができた。
    はじめにで、万葉集の有名な歌
    「春過ぎて 夏来るらし 白たえの 衣干したり 天香久山」
    の説明が記載されている。
    百人一首にもあるこの歌、そういえば高校ぐらいのとき覚えさせられた記憶があるので知っていた。当時は夏の到来を詠んだ爽やかな季節の歌という程度の理解だった。
    この本を読んで、その理解がガラリと変わった。
    そもそも天皇が単なる季節を愛でる歌を詠むだろうかという疑問。
    もしこれが天皇即位時に読んだ歌であれば、持統天皇の思いが込められているはず。その心情とは一体なにか?
    夫、天武天皇を亡くした哀しみを乗り越えて、最愛の子である草壁皇子をやがて天皇にするという決意を神聖なる香久山に誓った歌と読めないだろうか。
    想像を掻き立てられる。
    瀧浪先生の著書は、読者に様々な想像を掻き立てるような文章を書く。260ページの新書の至ることが付箋や赤線だらけになった。
    そう、驚いたことに、116ページに「日本書記」には天智天皇の陵墓の記載がないとか書かれている。そんなことがあるのか。あえて記載していないのか。そのあとに、京都市山科区にある山科陵にほぼ間違いないとある。どうしてそんなところにあるの?教えてと言いたい。
    あと、74ページに斉明天皇の葬儀に、高句麗、百済、新羅の人も参加していると書かれている。日本は、数年前、白村江の戦いで新羅と一戦交えている。そんな国がなんで日本に無事にこれるの?
    このように飛鳥時代は謎が多く、想像の翼が広がる。

    0
    2026年09月23日
  • 聖武天皇―「天平の皇帝」とその時代―

    Posted by ブクログ

    本書ではこれまで誤解されてきた聖武天皇の知られざる姿を知ることができます。

    「ひ弱な、優柔不断な天皇とのイメージが強く、光明皇后や藤原仲麻呂の傀儡であったという聖武像」

    このようなレッテルが貼られていたという聖武天皇ということですが、ただ、正直申しますと私はそのようなイメージすらなくもっとシンプルに「仏教信仰が篤く、奈良の大仏を建立した天皇」というイメージしかありませんでした。聖武天皇という存在に対し、信仰的な面から考えても政治的な側面をイメージすることがなかったというのが正直なところでした。なので「ひ弱、優柔不断、傀儡」というレッテルも今こうして日本史を学び直して初めて知ったくらいです。きっと私と同じ方も多いのではないでしょうか。

    ですがその「奈良の大仏のイメージしかない」ということそのものが聖武天皇に対する理解の不十分さを物語っているのかもしれません。

    上の引用にもありましたように、聖武天皇はただ大仏を建立した天皇というだけにとどまらず、政治的、文化的にも後の日本に大きな影響を与えた存在でありました。この伝記を読めば驚くような事実がどんどん出てきます。「聖武天皇はそこまで考えていたのか!」とびっくりすると思います。そして従来語られてきた聖武天皇像がいかに不適切であったかを実感することになります。

    著者が述べますように、奈良時代を知るには聖武天皇は欠かせぬ存在です。彼の存在無くして奈良時代は語れません。仏教の歴史を学ぶために手に取った本書でしたが、これは刺激的な一冊でした。

    0
    2024年12月18日
  • 光明皇后 平城京にかけた夢と祈り

    Posted by ブクログ

    聖武天皇の妻である光明皇后の生涯と時代背景を学べるおすすめの参考書です。
    従来の説で語られがちだった政治的野心の強い光明皇后像ははたして本当に正しかったのかということを本書では見ていきます。
    同じく瀧浪貞子氏によって書かれた『聖武天皇』とセットで読めばより相乗効果がある一冊です。

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    2024年10月15日
  • 桓武天皇 決断する君主

    初めてこの著書を知りました。

    「長屋王残照記」や「ざんねんな歴史人物 それでも名を残す人々」への投稿レビューで四条天皇の「あまりにも突然すぎてあまりにも幼すぎる崩御」について述べましたが、この際に約2週間に亘って「天皇空位」の状態が続いたのは奈良時代に聖武天皇の皇女の称徳天皇が崩御してから天智天皇の皇孫で志貴皇子の子の光仁天皇が即位するまでに約1ヶ月間に亘って天皇空位の状態が続いて以来の出来事でした。この光仁天皇の即位を転機に天武天皇の血筋が次第に皇位継承から排除されていきますが、この光仁天皇の皇后でしかも聖武天皇の皇女の「井上内親王」と彼女の息子の「他戸親王」がその典型的な例ですね。その結果、光仁天皇の子で天武天皇の血を引いていない桓武天皇が即位して今日の天皇家や「源氏」や「平氏」や「在原氏」の祖先になりましたね。その一方で、天武天皇の血筋は皇位継承から排除されてしまったものの、「清原氏」や「在原氏」や長屋王の子孫の「高階氏」の祖先になって平安時代に栄華を極めてあの「清少納言」を生みましたね。面白い話ですが、後鳥羽天皇の子でありながらあの「承久の乱」に関与していませんでした土御門天皇の母も長屋王の子孫であります「高階氏」の血を引いています。四条天皇が突然崩御した途端に土御門天皇の子が後嵯峨天皇として即位しまして今日の天皇家の祖先になりましたから余計に「四条天皇の崩御は後鳥羽天皇の祟りだ」と言う噂が拡大してしまったのでしょう。また、後嵯峨天皇の即位によりまして天武天皇の血筋が皇位継承権を奪還しましたし、あくまでも僕の推理や憶測にしかすぎませんが、その当時は「後鳥羽天皇や仲恭天皇や彼らの処罰に反対していました「慈円」と言う僧に加勢して長屋王までが四条天皇を祟り殺してしまった」と言う内容のとんでもない噂までもが飛び出したでしょう。

    #ドキドキハラハラ #タメになる

    0
    2024年05月20日
  • 持統天皇 壬申の乱の「真の勝者」

    Posted by ブクログ

     持統天皇の生涯を新たな視点も交えて書かれている。持統天皇は父、中大兄皇子や母方の蘇我氏が持っていた深謀遠慮、機を見るに敏、競争相手に対する容赦ない仕打ちなどを受け継いだ女性である。壬申の乱に勝ち抜き、自らの血筋を皇位に即けるべく、さまざまな策を弄して権力の座を保持し続けてきたのである。譲位制度や、若年即位、不可解な「不改常典」、吉野行幸など理を通すよりは情で突破したという感がある。ただ天智、天武と通う野望の強い女帝であったことが本書を通してうかがえる。
     女性天皇の是非については今日的問題にもなっている。その際によく持ち出されるのは古代の女帝は男系が途切れそうなときの時間稼ぎであり、実権はさほどなかったという論である。持統もまた文武天皇即位までのつなぎであったことは確かであるが、単なる時代の傍観者ではなく、積極的に政権に携わった持統天皇のような存在がいたということは忘れてはなるまい。

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    2019年12月23日

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