作品一覧

  • 微分積分学

    微分積分学

    ビジネス・実用

    -
    1巻1,815円 (税込)
    『零の発見』『数学序説』『ルベグ積分入門』の著者による微分積分の教科書。構成は微分法・積分法の基本事項から初等関数(三角関数・指数関数・対数関数)の微積分、多変数の微積分、微分方程式など、大学初年度で学習すべきオーソドックスで過不足のない内容で、具体的な事柄や注意すべき点、演習問題も豊富に載っている。非常に丁寧かつ厳密に叙述された、理工系大学の微分積分学の決定版として長年読まれ続けてきた大定番の入門書。
  • 数学序説

    数学序説

    ビジネス・実用

    4.3
    1巻1,716円 (税込)
    数学を“教養”として身に付けたい。苦手意識はあるけれど、理解する喜びを味わってみたい──。そんな世間一般の期待に応え、半世紀以上にわたり愛読されてきたロングセラー。ユークリッド幾何の体系、微積分の概念、数学の基礎づけ、確率・統計などの重要なトピックについて、歴史的背景を辿りながら解説。叙述は丁寧そのもので、紙と鉛筆は必要なし! 文章をじっくり追うことで、おのずと数学への理解が深まってゆく。『零の発見』と双璧を成す数学入門の古典的名著。
  • ルベグ積分入門

    ルベグ積分入門

    ビジネス・実用

    -
    1巻1,397円 (税込)
    ルベグ(ルベーグ)積分は20世紀初頭に登場したまったく新しい概念である。従来のリーマン積分ではどこに問題があったのか、そしてルベグ積分を定式化するにはどんな基礎概念が必要になるのか。リーマン積分では扱いきれない関数の「反例」のほか、点集合論や測度論などの予備知識を紹介しつつ、丁寧に定理を証明していく。著者は『零の発見』で知られる名文家でもある。本書においても筆さばきは明快そのもので、叙述はまったく古びるところがない。名著のほまれ高い教科書がここによみがえる。
  • 数学の影絵

    数学の影絵

    ビジネス・実用

    4.0
    1巻1,067円 (税込)
    本書所収のエッセイ「林檎の味」では感覚の本質、「数学とは何か」では公理主義と抽象化、「四色の地図」は集合論、数学基礎論、位置解析学と展開して四色問題に及ぶ。日常の何気ない生活のなかにこそ数学の抽象的な概念は生起し、そこに数学の影を認めることができると著者は説く。影の裡にある無限の広がりと深さを縦横無尽かつ軽妙に綴った数学エッセイ。第1回日本エッセイスト・クラブ賞受賞。
  • 零の発見 数学の生い立ち

    零の発見

    ビジネス・実用

    3.9
    1巻990円 (税込)
    インドにおける零の発見は、人類文化史上に巨大な一歩をしるしたものといえる。その事実および背景から説き起こし、エジプト、ギリシャ、ローマなどにおける数を書き表わすためのさまざまな工夫、ソロバンや計算尺の意義にもふれながら、数学と計算法の発達の跡をきわめて平明に語った、数の世界への楽しい道案内書。

ユーザーレビュー

  • 数学の影絵

    Posted by ブクログ

    もとは1952年刊。あのロングセラー『零の発見』の著者のエッセイ集。第1回日本エッセイスト・クラブ賞受賞。
    1932年から52年に書かれたエッセイ、大小とりまぜて、49篇。書名から数学エッセイを連想するが、数学ネタは3分の1弱。「数学を怖がる話」「数学と日本語」「算術以前」など、内容は一般向け。「アランと数学」「アンリ・ポワンカレ」は留学先だったフランス絡み。「行列」という1篇があるが、これは数学とは関係のない、本物の行列の話題。
    どのエッセイも目のつけどころが秀逸。たとえば、「林檎の味」はいまでいうcross-modal interaction。「暑さずれ・寒さずれ」は温度感覚と環境と順応の話、いまでも研究のトピックになるかも。
    My favoriteは「動く地球、動かぬ地球」。地動説が正しいというけれど、そんな証拠がどこにある? 直感的には、どうしたって天動説。どうしたら、この直感をひっくり返せるか。まわりのいろんな専門家にも聞いて回る。「追記」でパスカルが出てくるあたりが、いかにもアカデミック。

    0
    2026年05月31日
  • 零の発見 数学の生い立ち

    Posted by ブクログ

    初版は1939年、私が手にしたのは2024年1月の第119刷でした。
    零の発見
    直線を切る
    という2つのお話です。
    零と連続という数学の根本的な概念が読み物として語られています。
    最後のほうは難しくて良くわからなかったですが、数学ってほんとうに果てしないなと思いました。

    0
    2024年09月05日
  • 零の発見 数学の生い立ち

    Posted by ブクログ

    792

    吉田洋一
    1898年東京生まれ。1989年逝去。東京帝国大学理学部数学科卒業。第一高等学校教授、東京帝国大学助教授、フランス留学を経て1930年北海道帝国大学教授。1949年立教大学理学部数学科教授。著書:『零の発見』、『微分積分学序説』他多数。M&Sでも『微分積分学』、『ルベグ積分』、『数学序説』(娘婿の赤摂也と共著)を収録。


    こんにちのように、自然科学が進歩し、また、産業が異常な発達を見た世の中にあっては、必然的に厖大な数を取扱う場合が多く、インド記数法は一日も欠くべからざるものとなった。あるいは、そういうよりも、インド記数法なくしてはこんにちの科学文明はもたらされえなかったと考える方が、むしろ、適切であるかも知れない。

    形式的な考えかたというけれども、形式的であるところが実は数学の特徴なのであって、これがなかったならば、こんにちの数学の進歩はえられなかったろう、といっても過言ではないのである。代数学がギリシァで発達しなかったことについては、さきにものべたギリシァ数字の影響も無視することはできないが、一つにはまたギリシァ人の数に対する考えかたが、ある意味で、きわめて具体的であって、代数学のような形式的方面には向かなかったということも、その理由として考えられているのである。

    ギリシァ時代に零が発見されなかったのはなぜであるか、という疑問に対しても、いまのギリシァ数学の具体性ということを理由の一つとして数えることができるであろう。ところで、それならば、とくにインドにおいて零の概念の発達を見たのはなぜであるか、ということが当然問題になるのであるが、こういう種類の問題に対しては明快な答を期待しうべくもないことは最初から明らかであろう。なかには、これを「空」というようなインドの哲学思想と結びつけて考えようとしている人もないではないが、これは、はたして、いかがなものであろうか。こういう高遠な考えかたは、ただ興味だけを中心とした見地からは、捨てがたい味があるにしても、とうてい問題の本質に多くの光を投げえないのではないか、と思われるのである。

    十三世紀も終りに近づくにしたがって、イタリアの諸都市においてはインド記数法がようやく日常の用に供せられはじめたらしい。その一つの証拠をわれわれは一二九九年に発せられたフィレンツェ政府の布告において見ることができる。

    地味ゆたかな流域を擁するアルノ河にまたがって「花の都」の称をえたフィレンツェは、十字軍の影響その他のためにヨーロッパの商業が活発になってくるとともに、しだいにその繁栄を加えてきた都市であって、十三世紀にはヨーロッパにおける産業および金融の一大中心となるほどの成長をとげた。この都市に銀行業をいとなむ者の数が、このころ、すでに二十二家に達していたという事実からもその繁栄の度をうかがうことができるであろう。こうした銀行業者たちのなかには、この世紀の終りごろにいたって、簿記の記入にインド記数法を採用するものが現れてきた。前記の布告は、すなわち、この新しい数字の使用を禁止しようとする趣旨のものであったのである。

    西洋の数学はギリシァにおこり、ギリシァの数学はピュタゴラスにはじまる、といわれる。  もとより、ギリシァの数学とても、忽然として無から生まれでたものではなく、またピュタゴラス以前に数学に心をひそめたギリシァ人が全然いなかったわけでは決してなかった。  ナイル河の流域に幾千年の文化を築き上げたエジプト人は、ギリシァ人にさきだって、すでにかなりの程度の計算術と幾何学的知識とをもっていた。

    もっとも、近ごろになって、バビロニアの数学が全然経験だけの産物であるということに対しては、疑いをもつ人が出てきた。彼らは、たとえば、二次方程式の解法その他の代数学的知識を心得ていたのであるが、こういう種類の複雑な公式類が思いつきや経験だけで得られるとは考えられない、どうしても、複雑なものを一歩一歩単純なものに還元していく方法によって得たものと見るべきで、もしそうならば、これはすなわち単純なものを出発点として複雑なものの証明をおこなったということにほかならない、というのである。また、ギリシァ数学の文献が多くは失われて、いま残っているものはそのきわめて小部分だけに過ぎないことはよく知られてはいることであるが、バビロニアの数学の文献はこれにくらべて、さらに、はるかに乏しいことを考えて見なければならない、すなわち、現在えられた材料だけでバビロニア人が「証明」を知らなかったとにわかに断定もできまい、というのである。

    なお、バビロニアの数学は天文学と密接に結びついて発達したという説が一般におこなわれているが、最近の研究によればバビロニアにおいては計量的天文学が出現するに先だって、久しい以前に「純粋数学」がすでに高度の発達の段階にあったことが明らかになってきた。このことは、バビロニアの数学が実用向き一点張りの「技術」に過ぎなかったと断言するのはすこしく早計であることを示すものであろう。

    ここにいう態度の相違がいかなるものであるかは、ここにこれを詳説するいとまがないが、きわめて大ざっぱないいあらわし方をすれば、ギリシァ人は、数学的事実 たとえば、ユークリッド幾何学における諸定理 は数学者がこれを発見するに先だって、すでにそれ自身存在しているものと考えていた、これに反して、現代では、数学的事実は、ポアンカレのいったように、「数学者自身が 時として数学者の気まぐれがこれを創造する」のであると考えられている、ということができるであろう。とくに幾何学についていえば、ギリシァ人にとっては、真の空間はただ一つ与えられたものであって、ユークリッド幾何学はその空間の性質を演繹的方法によって記述しようとするものであった。しかるに、現代の考えかたからすれば、ユークリッドの空間以外にいくらでもちがった構造をもつ「空間」を創造しうるのであって、そのいずれが真の空間であるかということは意味がない、ただし、考察の範囲を日常の経験にとどめておくかぎりにおいては、ユークリッドの空間をもちいることがもっとも便利である、というだけのことになるのである。こうなってくると、こんにちの幾何学は、ユークリッド幾何学がその内部において多大の進歩をとげたという程度のものと見るべきではなくして、そこに幾何学的なものにたいする態度の上に革命的な飛躍があったと考えなくてはならないであろう。

    0
    2024年01月17日
  • 零の発見 数学の生い立ち

    Posted by ブクログ

    ゼロのおかげでN進法が使えるようになるなんて革命的な出来事です。世界はやがて、0、1の二つで表せるようになろうとは、当時のインド人も考えもしなかったとおもいます。ありがとう、インド人。

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    2021年09月27日
  • 零の発見 数学の生い立ち

    Posted by ブクログ

    (2018年1月のブログ内容を2020年11月に転記したものです)

    ○ インドとギリシャの数のかぞえかた

    零はインドで発見されたというのはよく知られていることですが、興味があり、詳しく読もうと手に取りました。

    私たちが何気なく行っている数の計算にも実は長い歴史がありますが、その歴史の中で、「位取り記数法」という考えに至るのにとても長い時間が必要だったことが書かれています。わたしたちが27529と書くとき、1番初めの2は20000を表すのに対し、4番目の2は20を表しています。同じ記号で2種類の数字を表しているのです。言われてみればそうですが、あまりにも普段自然に使いすぎているので、これを読んだときなるほどと思いました。BC五世紀の古代ギリシャでは

    M(β) ,ζ φ κ θ (M(β)は (Mの上にβ))

    と書いたそうです。ここでは20000はM(β)、20はκと書かれています。27029であれば

    M(β) ,ζ κ θ

    となるでしょう。1瞬4ケタの数かなと思ってしまいますが、2729であれば、

    ,β ψ κ θ

    となります。20000と2000と20にはそれぞれ別の文字が割り当てられているのです。これは当時の数字が計算のためのものではなく、そろばんなどの道具で行った計算結果を記録しておくための道具だったことに起因するようです。

    インドでなぜ、それとは逆に、0を置くことによる位取りが行われていたかということには諸説あり、本書でも明確にはしていませんが、インドでは数を郵便番号や電話番号のように順に読んでいく流儀があったことも原因のひとつではないかといっています。27529であれば

    2アユタス 7サハスラ 5シァタ 2ダシァン 9

    と読んだようです。これは現代日本で

    2マン 7セン 5ヒャク 2ジュウ 9

    と読むのに似ていますね。

    このような読み方をすると必然的に空位(0)という概念が出てくるのではないか、というのは面白い考察だと思います。


    ○ 数の概念の拡張

    さて、0の発見だけにとどまらず、数が自然数から実数まで拡張していく歴史も述べられています。これこそ本書の中心ではないでしょうか。


    本文を一部引用します。

    “ギリシァ人は、数学的事実――たとえば、ユークリッド幾何学における諸定理――は数学者がこれを発見するに先立って、すでにそれ自身存在しているものと考えていた、これに反して、現代では、数学的事実は、ポアンカレのいったように、「数学者自身が――時として数学者の気まぐれがこれを創造する」のであると考えられている”

    人間のこころを説明するためのワードも、そのような飛躍が必要なのかもしれません。自然数(有理数の一部)から無理数への飛躍、これは離散から連続への飛躍でもあります。特に性に関して述べるとするならば、男女という枠組みから脱して様々な分類がなされていますが、これらは全て離散的な概念であり、連続的な性という考え方を持っている人は、少ないのではないでしょうか。真実は後世にまかせるとしても、そのようなことを考察するには十分な価値があるように思えます。そのために、数学の歴史というのは一つのロールモデルになるのではないでしょうか。

    0
    2020年11月23日

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