ナンシー関の作品一覧
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Posted by ブクログ
ナンシー関の名声を磐石なものとした週刊朝日連載の同名コラムからの書籍第一弾。記念碑的な作品である、と思う。
ナンシー関の本の解説を書いている人の中だけでも、彼女のことを男性だと思っていたという人が多くて驚くのだが、実は私も相当長い間男性だと思っていた。あまりの文章の切れ味の良さと切った後に漂う寂寥感にダンディズムまで感じ、孤高のおじさまがその知性を存分に振るって滅多斬りにしているのだと信じていたものである。同時期に連載されていた「恨ミシュラン」が西原のおねーちゃん的キャラを前面に出していたのとは対照的に、消しゴム版画一つで引き締められたストイックな紙面のせいもあったかもしれない。余談だが西原はナンシー関の二つ年下なだけである。
さて中身だが、当時を知らない人が読んだらさすがに厳しいかもしれない。出てくる固有名詞はかなりのものが歴史上のもの(あるいは灰塵)と化しているし、そもそもこの頃はまだインターネットが普及しておらず、テレビはまだ娯楽の王様の座に安寧していた。「昨日なに見た?」といえばテレビ番組のことであり、手持ち無沙汰な夜に頭を使わずに一人でできることといえば深夜番組を見ることくらいだった。隔世の感がある。
しかし、ナンシー関がテレビを切って切って切りまくったその道行としてこの本を読むと、そんなテレビの絶頂期にあって、心中も辞さないほどに深く「おもしろい」テレビを愛し、その先行きを案じていたのだと感じる。(忖度という言葉が今ほどはやる前であるが)忖度するテレビのつまらなさ、内輪ウケするテレビの危うさを心配し、愛するテレビが面白くなくなってしまうことに怯えるナンシーの危惧は案の定現実となり、今や「テレビ離れ」という言葉はWikipediaに載っているほどである。
もうすぐ没後20年である。ナンシー関が生きていたら、今のテレビをなんと書くだろう? テレビに「ひっかかるもの」を見つけるたびに、いつも思ってしまう。私自身も田舎のテレビっ子として育ったので、刷り込みとして「テレビには面白くあってほしい」と思ってしまう部分がおそらくあって、それがナンシー関と共通しているのだと思う。しかしナンシー関の深い愛情(もしかしたら愛憎かもしれないが)と明快な分析力には遠く及ばないので、もはや死に体のテレビの「もやもや」をすっきりと説明してくれるナンシー関を、今こそ強く求めているのだ。
Posted by ブクログ
2002年に亡くなったナンシー関が矛先を向けるのは、当時のテレビの中の人たち。だから、十五年以上経過した今となっては、誰だかよく分からん人も登場する。
けれども、彼女が丹念に拾い集めて指摘する、テレビの中の発言から感じる違和感、もっと言えば不快感は、いまの読者にもありありと伝わってくる。なぜなら、その違和感は、いまのテレビ、マスコミ、ネットからも常に垂れ流され、自分たちも確かに感じているんだけど、目をつぶってやり過ごしているものと同じだから。そして、その「おかしいな」「何か嫌だな」という感情に目を瞑らず、かと言って怒り散らすわけでもなく、その違和感の源をピシャリと言い当てる彼女の言葉、その言葉に辿り着くまでの理論は、腑に落ちるものばかりだった。