作品一覧

  • 友情を疑う 親しさという牢獄
    4.2
    友人とは何か、友情とは何か――このような問に私たちはどのような答を与えることができるだろうか。たとえば、友人が悪事に手を染めた時、私たちはどのように行動すべきなのか。本書は、アリストテレス以来、二千年以上にわたって、哲学者たちの頭を悩ませてきた友情の問題が、「公共性」をめぐる問題の一部であることを示し、現代において友情のあり方が社会に看過し難い影響を与えていることを指摘する。
  • 忘れられた哲学者 土田杏村と文化への問い
    4.0
    西田幾多郎門下の哲学者、近代の可能性を追求した文明批評家、日本画家・土田麦僊の弟、自由大学運動の主導者……、土田杏村(一八九一~一九三四)。「文化とは何か」を問い、大正から昭和初期にかけて旺盛な著作活動を展開したにもかかわらず、戦後、人々の記憶から消えた。この〈忘れられた哲学者〉に光を当て、現象学と華厳思想に定位する「象徴主義」の哲学を読み解き、独自の「文化主義」の意義を問いなおす。
  • これが「教養」だ
    3.8
    「教養」の歴史は意外なほど浅い。もともとは、一八世紀西欧の片隅でひっそりと生まれた小さな概念で、「公の立場と私の立場に引き裂かれた人間が、それを統合するために必要な能力」という極めて限定的な意味しか持たなかった。その教養がなぜ、「古典」「読書」「該博な知識」などと結びつき変質してしまったのか──。新進気鋭の哲学者が、探偵のごとく「真の教養の姿」を追い求め、現代に蘇らせる知的興奮の書。

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  • ニーチェ入門
    -
    1巻1,287円 (税込)
    現代思想に多大な影響を与え、今なお多くの著作が読み継がれているニーチェ。しかしアフォリズム的に書かれたその文章は、他の哲学者にはない魅力である一方で彼の思想の核心を捉えにくくもしている。ニーチェは終生何について考えていたのか? 実はそこには「健康と病気」をめぐる洞察がある、と著者は述べる。みずからも病に苦しみつつ、その経験の中から「身体の健康とは何か、精神の健康とは何か」という身近な問題意識への思索を深めていったのだ。ニーチェの生涯や思想、キーワードを平明に解説し、その思想のもつアクチュアリティを浮かび上がらせる入門書。
  • 新・風景論 ──哲学的考察
    -
    1巻1,606円 (税込)
    川越、祇園、白川郷……。不自然なまでに「和風」に統一された風景。その実態は、本当の意味における風景の経験を閉ざす「和風テーマパーク」にすぎない。本書では、「風景を眺めるとは何をすることなのか?」という問いを、西洋精神史をたどりながら、哲学的な観点から考える。美しいだけの絶景を求めていても、風景の秘密には到達できない。風景に出会い、風景の秘密に到達する道をひらく。

ユーザーレビュー

  • 友情を疑う 親しさという牢獄

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    親しい友人がいることは無条件にいいことだと思われている。
    友人の数が、すなわちその人間の価値だとみなす風潮がある。
    TwitterやFacebookなど、ソーシャルネットワークでも、フレンド数の多さが競われたりする。
    名刺の数が「人脈」と称され、仕事の能力とほぼイコールだと考えられている。
    確かに、人と人とのつながりは尊い。人間は一人では生きていけないから、人間同士のネットワークが大事なのはあたりまえだ。しかし──。

    「あいつは人付き合いが悪い。だからつまはじきにしてしまえ」。
    「あいつは友達だから、特別に便宜をはらってやろう」。
    「同じ釜の飯を食った友人なのだから、不正にも目をつぶるべきだ

    0
    2012年04月05日
  • これが「教養」だ

    Posted by ブクログ

    201112/
    教養とは「公共圏と私生活圏を統合する生活の能力」/
    公的な生活と私的な生活のこのような衝突という難問を巧みに解決する能力こそ「教養」とよばれるべきものである/
    少し抽象的な言い方をすれば、一人の人間が帰属している複数の社会集団、組織のあいだの利害を調整する能力ということになる/
    バラバラになった生活全体を見渡し、複数の相容れない秩序、家庭の秩序、職場の秩序、政治の秩序をいわば「通約」する第四の新しい秩序をみつけることであります。具体的に申せば、職場での役割、家庭での役割、政治の場面での役割の他にもう一つ、家庭内での立場からも独立した、政治的な主張からも独立した、職場での地位から

    0
    2012年01月05日
  • 友情を疑う 親しさという牢獄

    Posted by ブクログ

    本文中に何度も現れる「友人とは何か、友情とは何か」という問いに哲学の歴史の中で答えは3通り。
    一つ目が、友情とは公共の空間を成立させるための基盤であるとするもの。
    二つ目が、本当の友人とは自分の「分身」であるとするもの。
    三つ目が、利害の一致などでの親密な雰囲気を友情とするもの。

    実感に近い、三つ目の見解はルソーによるものだが、著者はこの考えに嫌悪感に近いモノをあらわにし、徹底的に軽蔑している。「親しさ」と呼ばれるものが如何に「友情」を汚すか、そのことを繰り返す。
    「親しい」とは異なる「友情」を考え、著者もまたアリストテレスの遺言に戻ってくる。
    「友人たちよ、友人などいないのだ」

    0
    2010年03月13日
  • 忘れられた哲学者 土田杏村と文化への問い

    Posted by ブクログ

    現在ではその名を知るひともすくない土田杏村の思想を紹介している本です。

    杏村がとなえた「文化主義」は、大正時代の日本において、桑木厳翼や左右田喜一郎といった哲学者たちによって用いられていました。そこでは、新カント主義の価値哲学を背景としながらも、科学の基礎づけという文脈に収まるものではなく、価値をめぐる人間的な経験のありかたにせまることをめざす思想として展開されていました。杏村はそうした議論を継承しており、一方ではさまざまなテーマに関心を示して旺盛な執筆活動をおこないました。

    しかしその一方で著者は、杏村の思想はジャーナリスティックな評論に尽きるものではなく、「象徴の哲学」を中核とした独自

    0
    2025年03月10日
  • 友情を疑う 親しさという牢獄

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    著者は、「親密さ」が必ずしも哲学者にとって友情の条件として捉えられていなかったことを示す。
    むしろ「親密さ」を友情の条件としたルソーは異端であり、友人は助け合うものという思想は全体主義に繋がるものとする。
    「現代の日本を、(...)構成員の善意をあてにしなければ成立しないような鬱陶しい社会、友人の有無が生活の質を左右するような親しさの牢獄にしてはならない(...)」
    書籍の副題を含むタイトルを顕著に表している一文。いささか過激ではあるものの、同調できる。
    同じような思想を持つ者としかつるまず、異なる考え方を監視・排除して結束しようとする全体主義的な考え方は、フランス革命時の恐怖政治やナチス政権

    0
    2024年12月21日

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