清水真木の作品一覧
「清水真木」の「これが「教養」だ」「新・風景論 ──哲学的考察」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「清水真木」の「これが「教養」だ」「新・風景論 ──哲学的考察」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
Posted by ブクログ
親しい友人がいることは無条件にいいことだと思われている。
友人の数が、すなわちその人間の価値だとみなす風潮がある。
TwitterやFacebookなど、ソーシャルネットワークでも、フレンド数の多さが競われたりする。
名刺の数が「人脈」と称され、仕事の能力とほぼイコールだと考えられている。
確かに、人と人とのつながりは尊い。人間は一人では生きていけないから、人間同士のネットワークが大事なのはあたりまえだ。しかし──。
「あいつは人付き合いが悪い。だからつまはじきにしてしまえ」。
「あいつは友達だから、特別に便宜をはらってやろう」。
「同じ釜の飯を食った友人なのだから、不正にも目をつぶるべきだ
Posted by ブクログ
201112/
教養とは「公共圏と私生活圏を統合する生活の能力」/
公的な生活と私的な生活のこのような衝突という難問を巧みに解決する能力こそ「教養」とよばれるべきものである/
少し抽象的な言い方をすれば、一人の人間が帰属している複数の社会集団、組織のあいだの利害を調整する能力ということになる/
バラバラになった生活全体を見渡し、複数の相容れない秩序、家庭の秩序、職場の秩序、政治の秩序をいわば「通約」する第四の新しい秩序をみつけることであります。具体的に申せば、職場での役割、家庭での役割、政治の場面での役割の他にもう一つ、家庭内での立場からも独立した、政治的な主張からも独立した、職場での地位から
Posted by ブクログ
本文中に何度も現れる「友人とは何か、友情とは何か」という問いに哲学の歴史の中で答えは3通り。
一つ目が、友情とは公共の空間を成立させるための基盤であるとするもの。
二つ目が、本当の友人とは自分の「分身」であるとするもの。
三つ目が、利害の一致などでの親密な雰囲気を友情とするもの。
実感に近い、三つ目の見解はルソーによるものだが、著者はこの考えに嫌悪感に近いモノをあらわにし、徹底的に軽蔑している。「親しさ」と呼ばれるものが如何に「友情」を汚すか、そのことを繰り返す。
「親しい」とは異なる「友情」を考え、著者もまたアリストテレスの遺言に戻ってくる。
「友人たちよ、友人などいないのだ」
Posted by ブクログ
現在ではその名を知るひともすくない土田杏村の思想を紹介している本です。
杏村がとなえた「文化主義」は、大正時代の日本において、桑木厳翼や左右田喜一郎といった哲学者たちによって用いられていました。そこでは、新カント主義の価値哲学を背景としながらも、科学の基礎づけという文脈に収まるものではなく、価値をめぐる人間的な経験のありかたにせまることをめざす思想として展開されていました。杏村はそうした議論を継承しており、一方ではさまざまなテーマに関心を示して旺盛な執筆活動をおこないました。
しかしその一方で著者は、杏村の思想はジャーナリスティックな評論に尽きるものではなく、「象徴の哲学」を中核とした独自
Posted by ブクログ
著者は、「親密さ」が必ずしも哲学者にとって友情の条件として捉えられていなかったことを示す。
むしろ「親密さ」を友情の条件としたルソーは異端であり、友人は助け合うものという思想は全体主義に繋がるものとする。
「現代の日本を、(...)構成員の善意をあてにしなければ成立しないような鬱陶しい社会、友人の有無が生活の質を左右するような親しさの牢獄にしてはならない(...)」
書籍の副題を含むタイトルを顕著に表している一文。いささか過激ではあるものの、同調できる。
同じような思想を持つ者としかつるまず、異なる考え方を監視・排除して結束しようとする全体主義的な考え方は、フランス革命時の恐怖政治やナチス政権