井上篤夫の作品一覧
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Posted by ブクログ
605円
298P
目次
Ⅰマリリンは殺されたのか?
トーマス野口(元ロス郡検死官)
スーザン・ストラスバーグ(女優)
ジーン・カーメン(友人)
Ⅱノーマ・ジーン大好き
ジム・ドアティ(マリリンの最初の夫、元警察官)
ビービー・ゴダード(義理の妹)
Ⅲ誰も知らないマリリン
シドニー・ギラロフ(ヘア・スタイリスト)
ジェームズ・ハスピール(元マリリンのおっかけ少年、作家)
エヴェリン・モリアーティ(元マリリンのスタンドイン、女優)
ジョージ・バリス(フォトジャーナリスト)
Ⅳマリリンへの伝言
シェリー・ノース(女優)
キース・アンデス(俳優)
ドン・マレー(俳優)
ダグラス・カークランド(写真家)
井上篤夫
(いのうえ あつお、1947年[1] - )は、日本の作家・翻訳家。アメリカ、英国を中心に、時の人物を深く掘り下げた評伝を数多く執筆。翻訳の分野でも活躍している。1947年(昭和22年)岐阜県岐阜市に生まれる[1]。地元の小学校、中学校、高等学校を卒業[要出典]。早稲田大学在学中から、週刊誌記者を始めた[1]。1976年、集英社「週刊プレイボーイ」のアメリカ建国200年企画「VIPインタビュー」で、1か月間にわたり全米各地を取材した[1]。ビートルズのジョージ・ハリスン、元米大統領ジミー・カーターの息子などをインタビュー[1]。その後も英国のベストセラー作家ジェフリー・アーチャー、女優のブルック・シールズ、元世界ヘビー級チャンピオン、モハメド・アリ、米の元陸上競技のスーパースター、10のオリンピックメダリストのカール・ルイスなどをインタビュー[1]。1982年11月、渡英、ストロベリー・フィールド、リバプール、ビートルズ・メンバーの生地など、ビートルズの「足跡」を訪ねる[1]。1986年、マイクロソフト社のビル・ゲイツ会長、CNNのテッド・ターナー会長などをインタビュー[1]。1987年10月16日、ソフトバンクの孫正義社長をインタビュー[要出典]。以後、「時代を作る男・孫正義」を取材続ける[要出典]。
1990年から4年間、ボストンに滞在して執筆活動をした。『ボストンに友人あり』を出版[1]。
1998年、マリリン・モンローゆかりの人々13名を取材した[1]。
2004年、『志高く 孫正義正伝』を出版[1]。
2007年、ニューメキシコでネイティヴ・アメリカンの生き方に触れ[要出典]、ナンシー・ウッドの『今日という日は贈りもの』を訳す。
2008年渡英、ハリウッドと大統領との密接な関係を描くにあたって(『ポリティカル・セックスアピール―米大統領とハリウッド』)ロンドン大学のマーク・ウィーラー氏と対話を重ねた[要出典]。
2009年、ミシェル・オバマの育った町、シカゴ各地を取材[1]。
2010年、『志高く 孫正義正伝 完全版』(改訂・文庫化)配信サイト「アップストア」のダウンロード数が最初に1万を超えたのは、『志高く 孫正義正伝』(実業之日本社)の1万3千本[要出典]。
2011年、日本で初めてのフランク・キャプラ監督の評伝[要出典]『素晴らしき哉、フランク・キャプラ』を著す。
2011年、NHK-BS「永遠のヒロイン」で放映されたヴィヴィアン・リー、マレーネ・ディートリッヒ、キャサリン・ヘプバーン、イングリッド・バーグマンの4大女優の番組内容に加筆した『永遠のヒロイン~ハリウッド大女優たちの愛と素顔』を著す[1]。
2012年、マリリン・モンロー没後50年、遺稿集『マリリン・モンロー 魂のかけら』を訳・解説する[1]。
2017年、 『とことん 孫正義物語』(フレーベル館)が刊行される。
2021年〜孫正義育英財団の評議員を務める。
「さらにマリリンは向学心に燃えていて、大学の授業を受けたり、読書なども熱心にしているにもかかわらず、大衆のイメージは変わらず、「少し足りないブロンド女」のままだった。それに対するイライラや不満が鬱積していた。」
—『追憶 マリリン・モンロー (集英社文庫)』井上篤夫著
「「モンローは睡眠薬を常用していたために、その錠剤は胃に残らなかった。それで充分に説明がつくのです」 しかし、その後、野口を悩ます噂が流れたのである。有名作家のノーマン・メイラーなどが「マリリン・モンローは殺された」と書き始めた。 マリリン謀殺、他殺説である。 ジャーナリズムがそれを主張する根拠の多くは、毒物検査の不備である。 毒物分析官に検査を依頼していた野口は、驚くことを聞かされた。「腸の内容物の毒物検査をするように」と指示を出してあったのだが、毒物分析官の返事は「先生、すでに処理しちゃいました。捨てちゃいました」というものだった。問題がない、だからもう処分してしまったというのである。毒物分析官は、血液と肝臓の検査を行っただけで、これ以上の検査は不要と考えたのである。」
—『追憶 マリリン・モンロー (集英社文庫)』井上篤夫著
「最近では、「私はマリリン・モンローの娘です」という女性が現れた。ひとりやふたりではなく、ロサンゼルスにもメキシコにもマリリンの娘がいたという。マリリンの娘なら筆者も会ってみたい気がするが――。「でも、それについては私には『あなたは娘ではないです』と説得する必要はない」 と野口は断言する。「医学上、子どもを産んだ形跡はモンローにはありません」 出産をすると、子宮口が横に裂けるようにして開く。それが出産後は、魚の口(フィッシュ・マウス)のような形で治ってくる。「そのために病理学者は、その女性は子どもを産んだかどうかがわかる。彼女の場合はその痕跡がないんです」 マリリンは何度も流産をしていると言われるが、出産とは明らかに違う。流産では子宮口は切れない。中絶などは子宮口の形には表れてはこないのである。「小児病理学が進んできて、流産というのは大部分は体質によるものだということがわかってきました」 マリリンが流産を経験したのも、心理的な要因も大きいだろうが、あるいは体質とも考えられるのだ。 また、マリリンは奔放な男性経験を繰り返し、不感症だったという噂も流れた。これなどはマリリンのからだの特徴になって現れていたのだろうか、筆者は野口に聞いた。」
—『追憶 マリリン・モンロー (集英社文庫)』井上篤夫著
「「最近は、世界中から来た演劇の生徒たちを教えています。なかには、自分はマリリンの生まれ変わりみたいに感じている人もいます。しかし、それは絶対にありえない。マリリン・モンローは彼女ひとりです。生まれ変わるならマリリン自身でしょう」 しかし、生まれ変わるときには、愛される家族の元で、彼女が望むことをしてあげられる人がいる星の下に生まれてほしい、とスーザンは願っている。 ほとんど知られていない事実だが、晩年のマリリンは、心霊にとても関心を持っていた。「生まれ変わりとかそういうことにとても関心があったのです」 一九五五年から亡くなる一九六二年までの七年間、マリリンはスーザンと実の姉妹のようにして暮らした。初めて会ったとき、スーザンは十六歳、マリリンは二十八歳。」
—『追憶 マリリン・モンロー (集英社文庫)』井上篤夫著
「「最近は、世界中から来た演劇の生徒たちを教えています。なかには、自分はマリリンの生まれ変わりみたいに感じている人もいます。しかし、それは絶対にありえない。マリリン・モンローは彼女ひとりです。生まれ変わるならマリリン自身でしょう」 しかし、生まれ変わるときには、愛される家族の元で、彼女が望むことをしてあげられる人がいる星の下に生まれてほしい、とスーザンは願っている。 ほとんど知られていない事実だが、晩年のマリリンは、心霊にとても関心を持っていた。「生まれ変わりとかそういうことにとても関心があったのです」 一九五五年から亡くなる一九六二年までの七年間、マリリンはスーザンと実の姉妹のようにして暮らした。初めて会ったとき、スーザンは十六歳、マリリンは二十八歳。」
—『追憶 マリリン・モンロー (集英社文庫)』井上篤夫著
「しかし、マリリンは二度流産をし、そのショックを癒すためか、薬を飲みその結果、ますます精神の安定を欠くようになっていった。頻繁にカウンセリングにも通うようになった。「マリリンは、突然、開放的になったり、また急に自分の中に閉じこもってしまうということを繰り返しました。お酒を浴びるほど飲みました。そしてますます深みに嵌まっていったのです」 周囲の心配をよそに、彼女はアルコールだけでなく薬に頼るようになった。」
—『追憶 マリリン・モンロー (集英社文庫)』井上篤夫著
「 私はアメリカという国を高く評価しています、とても自由です。でも、政府はいろんなことを隠しています」 マリリンが殺されたのかどうかはわからないが、いつも危機に晒されていた、怯えていたとスーザンは考えている。 マフィアやケネディなどいろいろな説がある。むろん、薬を飲んで、それを何錠飲んだか忘れてしまったということは考えられる。誤って飲み過ぎた事故死かもしれない。「でも、私はマリリンが自殺するはずがないと思います。いっぱいすることもあったの。パパとテレビのスペシャル番組の計画を立てていたし、新しい家も気に入っていたのよ」 新しい家のためにメキシコで買った青い皿と台所用の籐椅子などをあんなに気に入っていたのに。 そして、スーザンは話題を変えて、マリリンの暗い過去への不安についても語ってくれた。「彼女はとても怖がっていました。自分の中にある遺伝的な素因による精神的な異常の再発を恐れていたんです。自分もいつかは異常をきたすのではないかという恐怖です」」
—『追憶 マリリン・モンロー (集英社文庫)』井上篤夫著
「「マリリン、あなたは充分に美しいから、化粧なんてしなくてもいいんじゃないの?」 とスーザンが言ったことがある。 スーザンはマリリンのようになりたいと思っていたし、マリリンはスーザンのようになりたいと思っていた。 ふたりでファイア島に行ったことがある。マリリンがニューヨークに来たばかりで、スーザンがブロードウエイの芝居に出始めた頃のことだ。マリリンは海に向かって裸になって歩きだした。 スーザンはそれを見て叫んだ。 「『まあ、綺麗!』あのとき、ああいうふうになりたいとほんとにそう感じたのです」 するとマリリンが振り返った。スーザンは当惑した。「ごめんなさい。じっと見ちゃって。でも、私はあなたみたいになりたいと思うから」 するとマリリンは悲しそうに言った。「そんなこと言わないで、スージー。私はあなたみたいになりたいのよ。みんなはあなたのことを尊敬しているでしょ。私はそういう女性になりたいの」」
—『追憶 マリリン・モンロー (集英社文庫)』井上篤夫著
「「みんな彼女のモンロー・ウォークしか知らないから、まったく気づかない。そういうものなのよ。ハイヒールを履くときは、ああいう歩き方になるけれど、普通はそうじゃない、当たり前だけど」 とスーザンは笑う。「それにマリリンはノーメークのほうが、もっと綺麗よ。白くて透き通る肌、輝いているの」 スーザンの話はまた、父リー・ストラスバーグとマリリンとの関係に戻った。 父はとてもスーザンには厳しかった。マリリンには優しかったのに。「おまえはどうしてそうなんだい!」 いつも詰問されたり、怒鳴られてばかりだった。「でも、パパはマリリンには一度もそんなことはなかったわよ」」
—『追憶 マリリン・モンロー (集英社文庫)』井上篤夫著
「 マリリンにはいろいろな伝説がある。 初めて重要な役についたときマリリンはこう言った。「もう、これでイヤなあれをくわえなくてすむわ」 モデルや駆け出し女優の頃は、売春婦に近い生活をしていたとも言われる。いわばセックスを知り尽くしている女性。あるいはマリリンはオーラルが好きだったという噂もある。特に、背中の悪いジョン・ F・ケネディとのセックスではそうだったと書いた作家もいる。「それは私にはむろんわからないわ。でも、少なくとも当時は彼女は変わった形のセックスはあまり知らなかったわ。彼女、本当にびっくりしてたもの。そして、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてたのを覚えているの」 スーザンにウソをつく必要はない。「私もその頃は、ヴァージンで何も知らなかったの。彼女もそれに近かったと思うわ。私は十六歳、彼女のセックスの知識もそれに近かったわ」」
—『追憶 マリリン・モンロー (集英社文庫)』井上篤夫著
「カーメンはマーメイドラインのぴったりとしたドレスでシナトラを誘惑した。カーメンがバーで座っていると、シナトラがやってきて言った。「なぜ、きみはそんなに綺麗なんだい?」「綺麗でいるのって、簡単じゃないわよ」 ふたりはそれで波長がぴったりと合ったのだという。 これまで、カーメンは映画スターとは長続きしなかった。スターたちは自分が注目を集めたいから相手のことをかまわないのだ。カーメンはそれで、すぐに飽きてしまったのである。「シナトラは少年みたいなんです。私は彼の家に行って座って、じっと彼の音楽を聞いていました。それに耐えなきゃと思っていたんですが、しだいに退屈し始めていました。私はそのとき十九歳だったし、彼は三十五歳になりかけていました」 カーメンにかかっては、プレイボーイの誉れ高いシナトラも形無しである。「セックスパートナーとしてはあまりよくなかったわね。まるで、何も知らない少年みたいに、じっと横になってされるままなんですから」 さらに、マリリンが『荒馬と女』でも共演し、最も愛した俳優のひとりであるクラーク・ゲーブルともカーメンは関係があったと告白する。マリリンは「クラーク・ゲーブルに触られると、鳥肌が立っちゃうの」というほど彼を好きだった。「私はクラーク・ゲーブルともデートをしたわよ。彼のペニスは小さくてよくなかった。ゲーブルは、『風と共に去りぬ』を撮ったあと、みんなからレット・バトラーであることを求められてきたの。でも、彼は女性の期待と実際の自分とは掛け離れているので、傷ついていました。それで酒に溺れたの。酒を飲んだら、ますます何もできなくなっちゃうでしょ!」」
—『追憶 マリリン・モンロー (集英社文庫)』井上篤夫著
「「マリリンは、自分がものを知らないって思われるのがイヤなんです。だから、好奇心で何でもメモをしたのです。マリリンは、もっと教育を受けたがっていて、語彙を増やしたがっていたのです」 その日記がマリリンの死後に消えた。「赤い日記がどのようにして消えたか、私にはわかりません。死体のそばから消えたとも言われています。マフィアの手先が部屋に侵入して持ち去ったという噂もあります。私にはわかりませんが、その日記を最もほしかった人物、それはボビーだとしか思えません」 さらに、カーメンは暗黒街のボスであるサム・ジアンカーナとマリリンやケネディ大統領が親交があったと明言した。「ジャックから紹介されたの。私とマリリンとジアンカーナは少なくとも三回はいっしょに食事をしたわよ」 ジアンカーナとマリリンが特別に親しい男女の関係にあったことも、カーメンは否定しなかった。「マリリンの死にマフィアがからんでいた、とは断言できません、私には。でも、私はフレディ・オタッシュという私立探偵から脅されたのです」」
—『追憶 マリリン・モンロー (集英社文庫)』井上篤夫著
「「夫はユダヤ教で、私はカソリックです。いい組み合わせとはいえませんね。案の定、私たちの結婚生活は長続きしませんでした。私は子どもを産むことにして、ロサンゼルスに戻ってきました。結局、子どもが二、三歳のときに離婚しました」 ビービーはそこで、二度目の夫と出会ったが、この結婚も幸せにはなれなかった。「私は専業主婦になったことはありません。二度目の夫と離婚した後、オフィスでの仕事に飽きて、給料のいいウェイトレスの仕事を始めました」」
—『追憶 マリリン・モンロー (集英社文庫)』井上篤夫著
「いまエヴェリンはマリリンの生き方をこんなふうに考えている。 マリリンはダイエットをしなければならないのに、コーヒーケーキが大好きだった。そのケーキはジャムが上に載っているデニッシュ・スタイルのもので、彼女はそれをおかしな食べ方で食べた。「マリリンはデニッシュの外側は、まったく見向きもしないで、真ん中のところだけを食べるんです。甘いところだけをすくって食べる。外側には手をつけないの」 これはマリリンの人生と同じ。外側の現実には目を向けないで、真ん中の甘い部分だけをすくって食べ続けてきた。「マリリンはいつまでたっても少女のまま、外側を繕う大人にはなれなかったのです」 人間には誰にも両面があるのに、あえてマリリンはもう一方の部分には目を向けなかったのではないかとエヴェリンは思っている。」
—『追憶 マリリン・モンロー (集英社文庫)』井上篤夫著
「「冗談じゃないわ。マリリンはコカ・コーラみたいなものよ。誰が代わりができるというの?」 コカ・コーラはブランドネーム、好き嫌いは別にして、誰も否定できないというのがシェリーの感想だった。 だから、シェリーはマリリンの役を演じることを気にしていた。」
—『追憶 マリリン・モンロー (集英社文庫)』井上篤夫著
「マリリンのからだのどこにも外傷はなく、胃にもカプセルは残っていなかったことにシェリーは疑問を抱いている。「私は死体を解剖したドクター野口と話したことがあるの。博士も胃には、何も残っていなかったと言っています」 シェリーは、マリリンが自殺ではない理由をあげている。「太り過ぎの体重を気にしていたけれども、それも減ってきて、また綺麗になった。それに彼女にとって生まれて初めての自分の家を買い、メキシコまで行って家具を揃えていたのよ。そんな人が自殺するかしら?」 マリリンは新しい生活を始めたばかりだった。「撮影でマリリンの家を使ったことがあって、そのとき偶然に、マリリンの隣の家に住んでいた年配の女性と話す機会がありました」 その女性が、問題の日のマリリンの家の様子を観察していたとシェリーに打ち明けてくれた。 彼女は友人たちとカードゲームをして遊んでいた。マリリンが死んだ日の夜、黒い車がやってきて、三人の黒服の男が降りるとマリリンの家の裏のほうに回ったのだという。「それは何を意味するの? 誰もそのことについては語っていないわね。この話はなぜだか揉み消されてしまったみたい」」
—『追憶 マリリン・モンロー (集英社文庫)』井上篤夫著
「マリリンが演じている役柄から見ると、とても官能的で、セクシーな女性のように見える。セックスのオーラみたいなものがあってそれに男は引きつけられる。彼女は強烈なオーラを発しているように思える。「スクリーンの上では、確かにマリリンのセックスアピールは強烈です。でも、実際のマリリンはそうではないんだ。むしろ、少女のようにしか見えない。ホープ・ラングのほうがそういったセックスアピールを持っていたね」 マリリンの魅力について、マレーはこう語る。「マリリンはセクシーというよりも、子どものような無邪気さがある。だから、みんな彼女の面倒を見てあげたいと思う。そういう無垢な少女のような魅力がある」」
—『追憶 マリリン・モンロー (集英社文庫)』井上篤夫著
Posted by ブクログ
孫正義さんの
『私より勉強した人はいない』
と言い切った講演をYouTubeで見て
孫正義さんに興味を持った人間です。
どんな人間でどんな思考なんだろうと
気になっていたときに出会ったのがこの本です
(やっと気づいたかという感じですが..)
学生時代の話から
たくさんの事業に挑戦してきた話
また周辺のキーマンにいたるまで
とても細かく書かれている本です。
楽しみながらすらすらと読むことができました
志、理念があること
ビジョンを描くこと
戦略を立てること
大切なことを教えていただきました。
そして何より大事なのは私自身が挑戦
することですね。頑張ります。
ありがとうございました。
Posted by ブクログ
どんな苦境も圧倒的なプレゼン力で跳ね返し、明るい未来を描く孫正義。その原点ともいえる幼少期から米国留学、日本ソフトバンク企業までのストーリーに胸が熱くなります。情報革命で世界の人々を幸せにしたい。そんな思いで、排他的な出版業に飛び込んだり、覇権的な欲望で規格統一を狙うアスキーに対して徹底的に対抗したり、NTTに通信業で挑んだりするエピソード。孫正義のまさしく「正義」と貫き通す志高い一人のビジネスパーソンとしての姿をありありと映し出す。覚悟と信念、そんな言葉を心に深く刻む小説だった。
(追伸)稲盛和夫との商談は、両者ともに現役であることもあり、リアルで緊張感があり、手に汗握る描写だった。